時計の終わりに

ものごとは、ゆっくり、じっくりやらなければ解決できない、というのは英語圏の子供が最も初めに教育の場において習うことであるとおもわれる。
おもわれる、と元から知っていたようなことを言っているが、そのことに気が付いたのは日本の学校を見物したときのことでした。

えらそーに言うと、小学校のテストで算数の問題用紙を配ると、わっ、とか、それっ、とかいう心の声が聞こえてきそうだが、ああいうことはたいへんよくないであろう、と思う。

クリケットもそうだが、ベースボールもそうなはずで、世にも素晴らしいアーチを描いてスタンドに消える大飛球を放つには、うまく言えないが、軽い「タメ」がいる。
すっ、と一瞬レイドバックする瞬間があって、そこから腕が伸びるときに、ボールが狂気したように飛んでゆく瞬間がうまれる。
そういうときにはボールがバットに叩かれる反動も感じないはずで、「すこん」というような微かだが明晰な手応えで、その実ボールはロケットのように飛んでゆく。
力んで前のめりで、わっ、とバットを振っても、ボールはボテボテボテと不服でもあるかのように足下を力なく転がってゆくだけである。

はっはっは。ほんまに、えらそー。
でも、身体も頭も、力みや一拍の間もない飛びかかり方で簡単に動きが死んでしまうのは、実際、共通しているのだと思います。

数学にいたっては、もっとそうで、多少でも数学が出来る子供が、問題用紙を渡されて一目散に問題を解きはじめるとは、到底、考えられない。
初めは鉛筆もおいて、問題を読んで、天井を眺めたり、情けなさそうな表情で膝をじっと見つめたりして、問題用紙に絵を描いてみて、よしよし、こーゆー感じなんだな、とゆって計算をして確かめるのでなければまるでダメである。

前に、このブログ記事で、もともと戦後までは日本の工員は工作のスピードが速すぎて不良品が多かったことを書いたことがある。
朝鮮戦争で日本の会社から納入される部品の余りの不良率の高さに音をあげた占領軍がイギリスから熟練工を派遣して、工作のスピードをゆっくりにさせたのが、いまの日本の手のひらで鉄板の表面をなぞって何ミクロンという差が判る、神技と呼びたくなるような熟練工の始まりだった。
イギリス人たちは、日本の工員に「時間」を教えにきたのだ、と言ってもよいようでした。

ドキュメンタリを観ていると、いまは中国の工場のなかに明らかに作業の速度が速すぎる工場が映って、中国の工場は最近日本の製品よりも質が高い製品をつくるところが多いが、多分、ああいう工場でつくられた製品は品質が低いだろうと推測される。

驟雨の日に蚊が野外を飛ぶ高速撮影フィルムを見ると、大粒の雨の水玉を蚊は悠然と避けて飛んでいる。蚊の反射を支える神経系の速度からすると、雨の水玉が落下する速度など、牛さんが歩いているのと同じくらいなのがよく判る。
試しにプールで蚊をみかけたときに、ホースで水をかけてみると、水が当たっているように見えて、蚊はちゃんと避けて飛んでいってしまう。

蚊には痛覚がないので、学習もするとは思えない。従って意識もあるはずがないが、意識があるとすれば、それは人間に較べればかなりの高速なはずで、3日で死ぬ蚊が、人間だと十年を生きたことになる、とか、そんな感じになりそーです。

時計は物理的に定刻を刻むが、ほんとうは、ああいうことをされると人間には迷惑なのは、よく知られている。
同じ物理的な一時間が、あるひとにとっては本来は40分であり、また他の人にとっては1時間半であるからで、身長が145センチのひとから2メートル20の人まで一律にサイズMの服を着せようとしているようなものである。

社会として定刻を遵守する、というのは個々の人間にとっては相当なストレスを生じるはずの取り決めで、放射能を心配するのは放射脳である、などと、無神経まるだしのバカ言葉で放射性物質を心配するひとびとを小馬鹿にした口を利いて悦にいっているひとびとは、ばらまかれた放射性物質の害を心配するという正当な心配のストレスで早死にする、というようなノータリンなことを考えるヒマと悪意を捨てて、自分が言わば「他人が設定した時間」の枠にあわせて無理矢理切り詰めた精神の丈のなかで生活を強いられているストレスが自分のコンジョワルな人生を短くする心配をしたほうが良いだろうと思われる。

第一個人にとって最適な睡眠時間など4時間から12時間、なかには大庭亀夫のように14時間は眠らないと辛い人生が悲しくて枕が濡れてしまう、という人までいるのに、朝の9時になる前に会社に来い、などと、そーゆーのを人間性の無視、というのではなかろーか。
そーすると、わしなどは、幸せな気持ちで会社に行くためには、夜の7時には寝床に行かねばならないわけで、もうすぐ特殊寿状況が終了すれば、どうしてもいちゃいちゃもんもんは避けられないが、そうすると5時には寝床にいかなければいけなくて、そんなに早く寝室に向かっていてはCriminal Mindsのシーズン7も、Cold Caseの再放送も観られない。

誰にも時間のお仕着せを着ろといわれないとき、たとえばひとりで田舎の知らない駅で降りて、急に視界が開けて遠くに青みがかった山が見える野原を横切って歩いたり、朽ち果てた別荘のある旧別荘地の木洩れ陽がちらちらと乾いた土を照らしている木陰の道を歩いていると、自分の身の丈にあった時間がもどってきて、滑るように、ぴったり寄り添うように一緒に歩き出す。すると、いろいろな楽しい考えが浮かんできて、小さなときに飼っていた犬のジャンセンが死んだのは悲しかったけど、もう一回犬を飼ってみてもいいな、とか、同僚の女の子に野球の試合を一緒に見に行こうと誘われたのに、ああいう断り方をしたのはよくなかった。
「誘われてるんだ」なんて緊張しないで、友達になれたら楽しい、くらいの気持ちで、どうしてウンと言わなかったのだろう。俺って、バカだな、と考えたりする。
女の子だって「友達」が欲しいときがあるのではないか。
世の中には自分には判らないことがたくさんあって大変だが、ゆっくり少しずつ片付けていけば、なんとかなるのかも知れないな、と思う。
ときどきは、いったい自分は、どうしてあんなにつまらないことで思い詰めていたのだろう、と思うこともあるやもしれぬ。

いまの社会は、単位時間あたりの生産性を上げるのに必死になっている。
もっとも大きい背景には、「豊かな生活をする」ゲームへの参加者が30年前の数倍になって、新しい競技者、中国人やインド人、ブラジル人、中南米人、メキシコ人のような北米人の新顔が大量にゲームに参加しだしたので、ぼんやりしているとゲームから蹴りだされてしまう、ということがある。
アメリカやオーストラリアというようなタイプの国では、最早「貧富の差」なんて言ってられなくなってしまっているのはそのせいです。
フィンランドが「良い人間をのばすことに集中する」という、ちょっと怖いかもしれない教育システムを導入したことにも、そういう意味がある。
「弱い者を守る」などといっていて社会ごと競争に負けてつぶれたらどうするつもりだ、という支配層の考えがある。
この厳しい競争が、きみたちには見えないのか。

無能な経営者が考えることは平たく言えば「こき使う」ことであって、むやみやたらと残業させて残業はなかったことにする。そうすると時間あたりの労働単価がさがって生産性があがる、という狸の子供が皮の算用電卓を使ってほくそえむような、単純粗漏な考えです。

むかし日本軍はもう30分戦闘を続ければ勝利できるのに午後5時になると、くるりと踵を翻して、さっさと帰ってしまう連合軍の「根性のなさ」を大笑いした。
制空権の切所に来て、つばぜり合いをしているときに戦闘機があまっているというのにパイロットを「休暇」で本土に帰してしまうアメリカ軍のやりかたを見て、なんてヘンなやつらだろう、と考えた。
その結果、根性があれば疲労しないという根本的な仮定の誤りに気が付かないまま、覚醒剤を打ちまくり、お互いを殴り合って「気合い」をいれつづけなばならなかった日本人は、あっさり敗退してしまった。

あるいは、アメリカ人は、苛酷な労働条件でもひるまずに良質な製品をつくりだす日本人たちを見て、80年代にはもう「ものづくり」は競争が激しいわりに個々の人間に還元できるほど利益が出ないからダメだと見限りはじめた。
アメリカ人たちのように、もともと「ものづくりマニアック」みたいな、誇り高い熟練工を大量に抱える社会が「ものづくり」を捨てる決意をするのは大変なことだったが、いったん富裕になった社会が、さらにもっと豊かな社会になる、という難題の解決のためにはやむをえない選択だったでしょう。
その結果アメリカ人は熟練工の手がハンマーでたたきだしたクライズラーの、美しいという言葉では全然たりないような優美な曲線を失ったが、マイクロソフトやアップル、インテル、グーグルによって桁違いの生産性を獲得することになった。
長期的には、厄介なお荷物、ロビイングを通じて強烈な政治力をもつ自動車産業のような旧産業を整理する余力をたくわえつつあると思います。
5%程度の人間が残りの95%を「国のお荷物」として養ってゆく社会の構造は、案外、「お荷物」の側から崩れてゆくかも知れないが、全体の生産性を高く保つためには仕方がない、という選択でしょう。

どういう行き方をするにしろ、なにしろ次から次に参加者が増えるゲームなので、世界の競争は厳しくなってゆく。
それにつれて時間はますます身の丈にあわない窮屈なものになって、ゆっくりとしか歩けない者にも倒れるまで早足でついて歩くことを強制する。

ここでやっと本題に入ることが出来るが、わしの疑問は、この世界全体の速すぎるペースは、もう人間にとって本来の力がでないペースになってしまっているのではないか、ということで、自分がチョーのんびりに生まれついたせいかもしれないが、IQというような考えに代表される、いまのquick mind、目から鼻に抜けて、打てば響く、なんでもかんでもてきぱきと処理する能力を良しとする世界では、人間の本来の最大のサバイバル能力である「ブレークスルーを生み出す力」が阻害されているのではなかろーか。
人間を滅亡の瀬戸際にまで押しやったらしいトバの大噴火、現生人類の故郷であるアフリカを襲った5万年前の大乾燥期や、そこから「緑の道」をたどって脱出した人類が直面した氷結した地表の上での生活、そういった人類全体の存亡の危機を救ってきたのは生産性の向上ではなくて生産の質的変化だった。
いまの世界は破滅に向かって先を争って競争しているようなもので、懸命に走っている本人たちは自分達のノアの方舟をめざしているつもりでも、実際にはより立派な棺桶にとびこむ競争をしているに過ぎない。
生存の道が競争にあるかどうかすら怪しい、というよりも、実際には、競争をして生き残れないのは、ほぼ明かで、よく考えてみると、長期将来戦略に長けている中国人たちが、いま盛んに画策しているようにアジアでもアフリカでもオーストラリアでも資源をおさえ、カナダやニュージーランドで食料生産設備である農場を買い占めることに成功したとしても、では中国高官が高らかに述べたように「この世界が近いうちに必ず直面する資源不足の時代には誰かが死なねばならないが、それが中国人であってはならないのだ」というカッコイイ約束が実現できるかというと、大国に鎖国を許すほどの余裕がないいまの世界では、中国にだけ資源があって、だからどーだっていうの、と思わなくもない。

近々、20年くらいで大規模で本質的なブレークスルーが生まれなければ、どのみち世界はおっちゃぶれてしまう公算が高いわけで、もうダメと判っている時間の体系を無理矢理圧縮して稠密にするいまのやりかたでは、かえって自殺行為なんちゃうかなあー、と思うのです。

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2 Responses to 時計の終わりに

  1. AK says:

    >いまの社会は、単位時間あたりの生産性を上げるのに必死になっている。

    まさに、グローバル・ラット・レース!

    そういえば以前、日本のスパコン「仕分け」騒動がらみのお題で私もコメントさせていただいたのですが、そこで、科学技術の「投資に対するリターン」が近年世界的に低下してきているのでは?、という疑問を書いた記憶があります。
    で、最近では状況はさらに悪化して、「製品技術の寿命が世界的に短くなってきている」ようにも思えます。
    あのシャープがまさかの赤字転落とか、あのサムスンが液晶ディスプレイ部門を本体から追い出しとか、はたまた液晶製造設備製造の某社が工場閉鎖とか、ビジネスとしての液晶ディスプレイは2011年で完全に終了したようにも感じます(まあ、中国様が残存者利益を独り占めするのでしょうが)。
    だって、ブラウン管ディスプレイ(CRTのことです)関連ビジネスは50年メシが喰えたのに、液晶ディスプレイ関連ビジネスは20年でメシが喰えなくなったんですよ。

    ですから、
    >20年くらいで大規模で本質的なブレークスルーが生まれなければ、どのみち世界はおっちゃぶれてしまう公算が高いわけで

    というガメさんの読みには妥当性があると私は思いますし、ひょっとすると加速度ついてもっと早まるかもしれませんです(^_^;

  2. じゅん爺 says:

    <身体も頭も、力みや一拍の間もない飛びかかり方で簡単に動きが死んでしまう>
    ダンスもそうだよん。ワルツは&1、&2、&3で踊るンだってことm最近やっと実感できた。
    身にしみなきゃ分らんのがじゅん爺の悪いとこだわな(笑)。

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