Daily Archives: March 15, 2012

多文化社会

秋になって、庭から蝉の声が聞こえている。 ニュージーランドの蝉は、身体が小さい、声も日本の猛々しく巨大な音響を響かせる蝉に較べると、小さくてやさしげな蝉です。 夏のあいだじゅう咲き誇っていたブーゲンビリアの花も散って、もう数えるほどしか残っていない。 いつもなら、この気候に変われば、どおりゃそろそろマンハッタンに移動すべか、と考えるところだが、今年はオークランドにずっといる。 なんだかヘンな感じがします。 マクドナルドとタイムアウトの店の数を基準に文明度を定義していたガキわしの頃は、 一度かーちゃんに内緒でこっそりやってでかけてビッグマックを頼んだら出てくるのに15分もかかったオークランドなど、文明というものが理解できないチョー田舎であって、ケーベツの対象であった。 まさか、こんなところに縁が出来るとは思わなかった。 ニュージーランドが多文化社会に舵をきったのは、結局よいことだった。 クライストチャーチという、ニュージーランドのなかでさえ、日本人である義理叔父によれば、おまえたちは鈴木その子か、というほど白い顔ばかりが好きなので有名で、マオリ人も少ない白人町に毎年ニュージーランドの夏をすごしたせいもあるが、ガキなりにわしはオークランドが中心になって始めた「マルチカルチュラルソサエティ」への実験を、うまくいかないのではないかと考えていた。 案の定、1995年という頃のオークランドは、訪れるたびにどんどんバラバラになっていく印象で、そこここに虫が食ったように漢字やハングルの看板が並び、英語人のニュージーランド人からすると、外から見ただけではいったい何を商っているのかもわからない店がクイーン通りの片側にずらっと並んで、銀行のロビーでは接客用のカウチでキスどころか、お互いの身体をまさぐりあうアジア人の高校生カップルがねそべっていたり、 パジャマ姿の中国人ばーちゃんが大通りで声高な中国語で何事か話し合っていたりして、 これでは国がなくなってしまうと考えた首の後ろが赤いおっさんやおばさんたちが集団で立ち上がって、一足先に暴れ出していたクイーンズランドのオーストラリア人たちに呼応して、 すさまじい反アジア人運動を起こしたりしていた。 オークランドは都会なので、それでも表面で目につくほどではなかったが、ネルソンやオタゴの小さな町では、首を切った鶏をさかさまに中国系移民のドアに釘付けしたり、 韓国移民の農場の家の庭に羊のくびを放り込んだり、現に、わしが「牧場の家」と呼んでいた農場のある町は、中国人家族や日本人家族が4家族引っ越してきたが、嫌がらせに耐えかねて、何れも3ヶ月もしないで引越して出ていった。 わしはニュージーランドでは一年のうち短いあいだしか学校に行く必要が無かったが、わしが大好きだった先生が、ある日、校庭で遊んでいたわしに向かって歩いてきて、仲がよかったアジア人の友達Kについて話しておきたいことがある、と言った午後のことをおぼえている。 「仲が良いのはいいことだけど、あんまり仲が良くなりすぎてはいけませんよ」という。 わしが、どういう意味だろう、と考えていると、 先生は物事を理解するのが遅い、わしの頭のはたらきの遅さにしびれを切らしたのか、 今度はごくはっきりと、「アジア人の子と、お友達になるのは感心しないわね」と微笑みながら言う。 いま考えてみると、その同じ学校に次の年にやってくる父親が日本人の従兄弟の影響だけではなくて、そのときの先生のひと言が、日本への興味を後押ししたのかもしれません。 夕方、どういう理由だったかおぼえていないが、その日は午後にテレビを観ていて、トロントの特集をやっていた。 トロントは当時でもすでに成熟した多文化社会で、街を楽しげに闊歩しているインド人たちや、中国人たちの姿を観て、どうしてカナダではニュージーランドでうまくいかないことがうまく行くのだろう、と訝しんだ。 アメリカのマンハッタンのような都会よりも、1990年代のその頃はカナダのトロントのほうが多文化社会化が進んでいたと思います。 きゅうりのサンドイッチを食べながら、どーしよーかなー、と考えたがおもいきって、かーちゃんに 「トロントではみんなが仲良くやれるのに、ニュージーランドではうまくいかないのは、なぜですか? 国の大きさが違うからでしょうか?」 と訊いてみた。 かーちゃんが、にっこり笑って、 「時間が必要なだけですよ、ガメ」という。 でも、お隣のボブさんは、自分はロスアンジェルスに去年までいたが、ニュージーランドがロスアンジェルスのようになったら大変だ、と言ってました。 「それはお隣のボブおじさんが頭が悪い人だからですよ、ガメ。内緒だけど」 とかーちゃんが、ゆったのをありありと表情付きでおぼえている。 母親ながら、いたずらっ子のような顔で、シィーと人差し指を唇にあてて、くすくす笑っている。 「ロスアンジェルスになって、いろいろな文化の人が増えて、悪い事はひとつもないじゃないの。 素晴らしいことです」 わしは、ついでにディズニーランドもできるといいなあ、と間抜けなことを言いながら、 でも今度ばかりは、かーちゃんも間違えていて、どうもオークランドは滅茶苦茶になりそーだ、とクイーン通りのアジア語の看板の列を思い出していた。 かーちゃんは正しかった。 混沌のるつぼに見えたオークランドは、落ち着いてみると、多文化かどうか、というようなこととは関係なく、住みやすい、素晴らしい街になった。 … Continue reading

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