多文化社会

秋になって、庭から蝉の声が聞こえている。
ニュージーランドの蝉は、身体が小さい、声も日本の猛々しく巨大な音響を響かせる蝉に較べると、小さくてやさしげな蝉です。
夏のあいだじゅう咲き誇っていたブーゲンビリアの花も散って、もう数えるほどしか残っていない。
いつもなら、この気候に変われば、どおりゃそろそろマンハッタンに移動すべか、と考えるところだが、今年はオークランドにずっといる。
なんだかヘンな感じがします。

マクドナルドとタイムアウトの店の数を基準に文明度を定義していたガキわしの頃は、
一度かーちゃんに内緒でこっそりやってでかけてビッグマックを頼んだら出てくるのに15分もかかったオークランドなど、文明というものが理解できないチョー田舎であって、ケーベツの対象であった。
まさか、こんなところに縁が出来るとは思わなかった。

ニュージーランドが多文化社会に舵をきったのは、結局よいことだった。
クライストチャーチという、ニュージーランドのなかでさえ、日本人である義理叔父によれば、おまえたちは鈴木その子か、というほど白い顔ばかりが好きなので有名で、マオリ人も少ない白人町に毎年ニュージーランドの夏をすごしたせいもあるが、ガキなりにわしはオークランドが中心になって始めた「マルチカルチュラルソサエティ」への実験を、うまくいかないのではないかと考えていた。
案の定、1995年という頃のオークランドは、訪れるたびにどんどんバラバラになっていく印象で、そこここに虫が食ったように漢字やハングルの看板が並び、英語人のニュージーランド人からすると、外から見ただけではいったい何を商っているのかもわからない店がクイーン通りの片側にずらっと並んで、銀行のロビーでは接客用のカウチでキスどころか、お互いの身体をまさぐりあうアジア人の高校生カップルがねそべっていたり、
パジャマ姿の中国人ばーちゃんが大通りで声高な中国語で何事か話し合っていたりして、
これでは国がなくなってしまうと考えた首の後ろが赤いおっさんやおばさんたちが集団で立ち上がって、一足先に暴れ出していたクイーンズランドのオーストラリア人たちに呼応して、
すさまじい反アジア人運動を起こしたりしていた。

オークランドは都会なので、それでも表面で目につくほどではなかったが、ネルソンやオタゴの小さな町では、首を切った鶏をさかさまに中国系移民のドアに釘付けしたり、
韓国移民の農場の家の庭に羊のくびを放り込んだり、現に、わしが「牧場の家」と呼んでいた農場のある町は、中国人家族や日本人家族が4家族引っ越してきたが、嫌がらせに耐えかねて、何れも3ヶ月もしないで引越して出ていった。

わしはニュージーランドでは一年のうち短いあいだしか学校に行く必要が無かったが、わしが大好きだった先生が、ある日、校庭で遊んでいたわしに向かって歩いてきて、仲がよかったアジア人の友達Kについて話しておきたいことがある、と言った午後のことをおぼえている。
「仲が良いのはいいことだけど、あんまり仲が良くなりすぎてはいけませんよ」という。
わしが、どういう意味だろう、と考えていると、
先生は物事を理解するのが遅い、わしの頭のはたらきの遅さにしびれを切らしたのか、
今度はごくはっきりと、「アジア人の子と、お友達になるのは感心しないわね」と微笑みながら言う。
いま考えてみると、その同じ学校に次の年にやってくる父親が日本人の従兄弟の影響だけではなくて、そのときの先生のひと言が、日本への興味を後押ししたのかもしれません。

夕方、どういう理由だったかおぼえていないが、その日は午後にテレビを観ていて、トロントの特集をやっていた。
トロントは当時でもすでに成熟した多文化社会で、街を楽しげに闊歩しているインド人たちや、中国人たちの姿を観て、どうしてカナダではニュージーランドでうまくいかないことがうまく行くのだろう、と訝しんだ。
アメリカのマンハッタンのような都会よりも、1990年代のその頃はカナダのトロントのほうが多文化社会化が進んでいたと思います。
きゅうりのサンドイッチを食べながら、どーしよーかなー、と考えたがおもいきって、かーちゃんに
「トロントではみんなが仲良くやれるのに、ニュージーランドではうまくいかないのは、なぜですか? 国の大きさが違うからでしょうか?」
と訊いてみた。
かーちゃんが、にっこり笑って、
「時間が必要なだけですよ、ガメ」という。
でも、お隣のボブさんは、自分はロスアンジェルスに去年までいたが、ニュージーランドがロスアンジェルスのようになったら大変だ、と言ってました。
「それはお隣のボブおじさんが頭が悪い人だからですよ、ガメ。内緒だけど」
とかーちゃんが、ゆったのをありありと表情付きでおぼえている。
母親ながら、いたずらっ子のような顔で、シィーと人差し指を唇にあてて、くすくす笑っている。
「ロスアンジェルスになって、いろいろな文化の人が増えて、悪い事はひとつもないじゃないの。
素晴らしいことです」
わしは、ついでにディズニーランドもできるといいなあ、と間抜けなことを言いながら、
でも今度ばかりは、かーちゃんも間違えていて、どうもオークランドは滅茶苦茶になりそーだ、とクイーン通りのアジア語の看板の列を思い出していた。

かーちゃんは正しかった。
混沌のるつぼに見えたオークランドは、落ち着いてみると、多文化かどうか、というようなこととは関係なく、住みやすい、素晴らしい街になった。
多文化ということで言えば、ひとつの街がたとえば人種的偏見が少ないかどうかは、異性間のいわゆる「カップル」の数よりも、仕事帰りに職場の同僚同士でパブのテーブルを囲んで居る女同士、男同士の友達、あるいは学校の帰りに連れ立って帰る高校生たちがどんな組み合わせがあるか観察していたほうがはっきり判る。
アメリカの大きな都市で、普段はもちろん皮膚の色で嫌な思いをすることはなくても、
comfortableに感じるかどうかで、どうしても同じ文化グループで「下校友達」になることが多いようだ。
オークランドでは、インド人の女の子と赤毛の、みるからにアイルランド系の女の子が仲良く家に帰ってゆく。すれちがうときにインド人の女の子が「あんたって、ばっかよねえー。ドジ」と笑っていうのが聞こえる。

ポンソンビーのカフェで、ふと気が付くと、中東人と中国人の夫婦が赤ん坊をあやしていたり、ジャマイカ人の父親とオタゴ訛りのイギリス系のニュージーランド人の母親がベビーカーを覗きこんで笑っている。
インドの人、韓国のひと、たまたまだが、ちょうどテーブルが全部mixed coupleで、
あたりまえだが、ふつーにリラックスして日曜のブランチを楽しんでいて、オークランドはいい街になったなあー、と思う。

わしは、おいしいものが好きなので、その点でも多文化社会になって、ニュージーランドは激しく向上した(^^)

ガキわしの頃、クライストチャーチの「町の家」と呼んだ家はフェンダルトンというクライストチャーチでは名前がよいということになっているところにあるが、家の近くで繁盛していた中華のテイクアウエイ屋の春巻は水筒くらいの大きさがある巨大なもので、煮染めたというか、濃い褐色の油がしみこんでいて、その上にその油が機械油みたいな微妙ですらない臭いがするものであって、それを新聞紙に包んで、台の上にどんっと置く。
上から、最近はケチャップというひともいるが、もともとは日本のひとの「トマト」に近い発音で「トマトソース」と呼ぶウォッティーズ
http://www.watties.co.nz/
のハインツよりはやや甘味が少ないトマトソースをどちゃっとかけて食べます。
ガキわしの頃はロンドンも昼ご飯に食べる食べ物に関してはろくでもない街だったので、
そーゆー、馬のチ○チンを切断してフライにしたみたいな訳のわからない食べ物をへーきで、なんとも思わずに食べていた。
フィッシュアンドチップスの店は隆盛をきわめていたが、鮫の肉で、イモはいま考えてもうまかったが、鮫はおもいだしても腐った魚の肉をおしっこに漬けたようなヘンテコな味がしたりした。

その頃は、ふつーなニュージーランド人の夕食は大半の家庭で定食化していて、ひとつの皿の上に野菜と肉とイモがのっている。
野菜が温野菜であったりサラダであったりグリルした野菜であったりして、肉も、ステーキであったりラムであったりチキンであったり、ビンボな家ならばハンバーグやミートローフ、あるいはコーンドビーフであったりする。
変化はただそれだけで、来る日も来る日も、その「三色定食」を食べていた。

おととい、わしは、フランス人たちのチョーおしゃべりな大晩餐会に飽きて、後半だけの参加を企図し、ひとりだけこっそりテイクアウエィを食べることにして、中東人が多い店のラムチョップのトマト煮を買ってきたが、ラムはもちろん、カシューナッツがはいったサフランライスも、なんだか非現実的なくらいおいしかった。
巨大ポーションなのに、700円である。

アメリカ人や日本人は味覚のほかの部分は発達していても、文化的に「スパイス音痴」であるという。
スパイスの新鮮さや、微妙な香りの違いがわからない。
そーゆー通説はほんとうであるかもしれなくて、レジの綺麗なねーちゃんたちがビニル袋を鼻の前に持ち上げて、くんくんして判別しながらチェックアウトしてくれるスパイススーパーマーケットのスパイスは、本国人の厳しい評価をくぐっているので、新鮮で、すげーカッチョイイスパイスです。
当然、スパイスのものは、断然世界水準をうわまわっていて中東料理の水準に達している。
中近東の、たとえばレバノン料理などは、トルコ料理と並んで、世界の食べ物のうちの白眉で、中東人が西欧人を文明論的に憐憫するときにはだいたい食べ物が基準になっている。

モニとふたりで銀座でふらふらいちゃいちゃして遊んでいた頃は、中華料理というと交詢社ビルの上だとか、ペニンシャラホテルの二階だとか、そーゆーレストランにでかけてもいまいちで、残念であった。
中華料理はパリのほうがおいしーよなあー、
マンハッタンのChinatown Brasserie
http://www.chinatownbrasserie.com/

がなつかしい、グラミー賞をひとりでいっぱい取ったアデルの実物を初めて見たのもあの店だった、と考えるが、

オークランドには同じくらいdecentな味の中華料理屋もちゃんとある。

連合王国の唯一の紐帯、イギリス人の国民食であるインド料理に至っては、さまざまな料理屋が大量にあって、ブリヤニでもインドチャイニーズでもなんでも無茶苦茶においしい店がある。

しみじみ、えがった、と思います。

他にも香港人達が最新コンピュータパーツを持ち込み、インド人たちが知的職業の質を向上させ、というふうにオークランドは都市として世界中から学習している。

移民というひとびとの一般的な傾向はエスニックグループを問わず、遠く離れてしまっているからでしょう、自分達の祖国への愛情がほぼ異常なほど強く、一方では自分の一生と自分自身を向上させることに熱心で、「前向き」という日本語があるが、前向きどころか後進装置が壊れてるんちゃうか、というくらい驀進するひとびとで、とにかく懸命、頑張れば必ずなんとかなるであろー、と固く信じている点で楽観的で、もうダメだあー、どーせ、もうダメだあー、が大好きだったイギリス系ニュージーランド人たちも、主にアジア系移民達に背中を押されるように楽観的になっていった。

わしの部屋には、ひーひーじーちゃんが世界一周旅行の途中で撮った1915年のクライストチャーチの写真が壁にかけてある。
通りには自動車が犇めいていて、たくさんの人が歩いている。
第一、街並みからして現在(つまり、地震直前)より立派である(^^)

ニュージーランドは、いまはビンボ人の環境保護キチガイの国だが、もともとは富裕な国だったのが写真を見てもすぐ見てとれます。
歴史を眺めていると、それが、なにしろアングロサクソンばっかしの国で、欧州人よりも先に北半球から手こぎボートでニュージーランドに植民していたポリネシア人たちとも隔離しあっていて、いわば原理主義化したアングロサクソン文化のせいで、社会全体が硬直してしまった。
打つ手打つ手が裏目に出て、だんだんおちぶれていった。
安全で居心地がよく、みなが礼儀正しくて、清潔、正直ベースですべてがまかなえる国で、ガキわしの頃はまだ、何千ドルという小切手が誰でももっていける郵便箱に放り込んであり、ATMカードも同じならクレジットカードも同じ、家に鍵をかける人も少ない、という「同質社会」の特徴を全部もっていた。

移民をうけいれたのは、経済的な理由だったが、ニュージーランド人たちがみなでぶっくらこいたのは、経済であるよりも、生活が楽しいものに変わったことだった。
インド人たちは、とんでもない豊穣な文化の持ち主で、オークランドのあちこちのホールで年中コンサートや舞踊やビッグバンドのインド音楽をやっている。
他の国での迫害がひどくなるにつれていまは優秀な中東人たちがニュージーランドめざしてやってくる。

新しい移民達にとっても無論よいことはあって、たとえば、さっき挙げたスパイスだけのスーパーマーケットにはブルカの女びとの店員もいるが、わしがニッカリ笑って「だいさんきゅ」というと、覘いている目がきらきら光るようにして、にっこり笑って、ありがとう、という。
他人に言われて気が付いたが、そうやって見知らぬ男に笑いかけることは、あの女びとがやってきた国では極端に不道徳な犯罪とみなされる。
ニュージーランドでは、なんだったら髪を見せて微笑んでも犯罪にはならん。
それは、どうしても、あの女びとにとっては「よいこと」であると思う。

さんざんバカにされた態度をとられたアフリカ人たちが頭に来て、槍で中国人達を襲ったり、ポリネシア人たちが偏見に悩んでアルコールに溺れたりする問題は、もちろん、いまでもいくらでもあるが、ガキわしの頃から眺めていて、かーちゃんの言うとおり、
ニュージーランドは、切羽つまって、乾坤一擲キチガイじみて打った賭博に勝ったよーだ。

やっと、ここまで来た。
はっはっは、勝った、と思います。

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