いろいろな、いろ


このブログを書き始めた5年前には世界には4カ国語を話す人間などふつーにいるのだ、ということが理解できるひとは日本にはいなかった。
そういう人間がいるのだ、と書いただけで、たちまちウソとみなされて、そんなことはありえない、これを書いているひとはウソつき、と自動的に決まる社会だったのは、ガメ・オベールというひとについての記事を中心に日本語インターネットにはたくさん痕跡が残っている(^^)
言葉はわるいが、その頃の日本は、まだ酷い「田舎」だったのだと思います。

日本語の世界で、わしの言う事を聞いて「そりゃそーだ」と思ったのは、外国、特に欧州にながいあいだ住んでいる日本人だけで、そーゆー日本のひとのほうは、「4カ国語を話せる人間などいるわけがない」という大騒ぎな反応のほうにびっくりして、日本て、そんなに遅れた国だったのか、と思ったもののよーであった。
eメールがたくさん来ました。
あなたがなんだか気の毒である、とか、気をくさらせて日本を嫌いにならないでね、とか、反応が卑劣と失礼を極めてるから、もうやめちゃえば、とか、いろいろだった。
ただ、いちように、「あー、びっくらした」という反応は同じで、故郷をあんまり長いあいだ離れていると、頭のなかで理想化されて、実体とはかけ離れた薔薇色の姿で、それを灰色に塗り替えちって、ごめんごめん、と思ったりした。

欧州でなくても、カリフォルニアくらいに住んでいても、自分の周りを見渡すと4カ国語くらいを話す人間はふつーにいるがなあ、というひともいたが、このひとは大学人だったので、少し異なる現実について話していたのかもしれません。
アメリカという国は、わしの印象では、日本と似たよーなもん、というか、単言語志向の国で、通りでスペイン語で話しているひとも単純に英語がまだあんまりよく判らんからスペイン語で話している、ということが多い。

わしの留守、というか、いっつも留守なので留守というよりも常態というべきだが、その常態留守の電話その他を預かっている秘書のねーちんはもともとはスイス人で、ジュニーバというフランス語を話すひとがいっぱいいるところの出身である。
ジュニーバはモナコの課税権がフランスに移ったので繁栄していて、オカネモチのフランス人がたくさん「スイス人」になっている。
有名な名前をもちだすとプジョーの一家も、確か、いまではスイス人です(^^)

この秘書なるひとは、4カ国語などとケチなことを言わず、いっぱい言葉を話すひとで、最後にあったときは「フランス語、忘れちったぜ、ガメ。この頃はフランス語を話してるのに英語が頭に浮かんだりしてわけわかんなくなるから、一個くらいフランスの会社の投資先つくれよ」とゆっておった。
ゆっておった、と書いたが、その言葉自体がフランス語だったので、くっくっく、と思いました。

欧州というところはそういうところなので、母語、というが、母語も父語もなくて、
このあたりの言葉で考えるのがちょうどいいな、と思う言語で考えているだけのことで、
連合王国などは欧州のなかではどうしてもちょっと田舎なので、英語ばっかしだが、まんなかのほうに寄っていけば、少なくとも教育がある層では、言葉というものの意味、母語というものの「確かさ」もどんどん曖昧になってゆく。

わしがバルセロナにいるときに必ず一緒に食事にでかける夫婦が何組かいるが、国籍ということで言えば全部「国際結婚」で、たとえばPというカタロニア人の奥さんはSというフレミシュで、パスポートで言えばスペイン人とベルギー人のカップル、ということになる。
このふたりが何語で生活しているかというとフランス語で、ふたりが出会ったのがベルギーの大学で、毎週、週末になるとなんでもかんでも閉まってしまう大学町では他にやることがないので毎週末大学生どもが集まって来て乱交していた…というのは、大庭亀夫の妄想で、週末にはみなで集まって政治や社会の問題について議論するのが習慣だった。
その議論に使われるのがフランス語で、その議論仲間だった同士で結婚したので、そのまま結婚生活の言語もフランス語になった。
「モニさん、わたしたちのフランス語、ヘンでしょう? フランス語じゃなくて『私たち語』なのよねえ」とゆって奥さんは屈託なく笑っている。

スペインのように欧州のなかでもチョー保守的な土地柄でも、そんなふうなので、たとえばロンバルディアに行けば、モニとわしがよく朝ご飯を食べに行くホテルに並んだテーブルでは、ギリシャ語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、スウェーデン語、と雑多で、ウエイターのひとびとも普通にひとりあたま5カ国語は話します。
ロンバルディア、とえらそーにゆってもわしが僅かに知っているのはミラノとコモ湖のまわりくらいのものだが、コモなどは面白いところで、近年はなぜかアメリカ人が増えていっぱいいる。
いる、というのは観光に来ている、という意味ではなくて避暑に来ているか住んでいるか、というような意味です。
わしのいつものチョーくだらない観察によると「オカネモチの旦那と離婚した女びと」というようなひとが多いよーだ。
アメリカ人なのに、ちゃんとイタリア語を話す人が多い。
テーブルが近かったりすると、顔見知りのひともいたりして、短い会話くらいは交わすが、途中でウエイトレスがやってきたりすると、ちゃんとしたイタリア語で話していて、アメリカ人も変わったものだなあーと思う。
アメリカ人はむかしからフランス語が上手なひとは多かったが、移民の国であるのに外国語がからっぺたな人が多くて、都会に住んでいる組が必要に駆られてスペイン語を話すのと、内陸の田舎のたとえばカンザスに行くと、スウェーデン語を話す移民二世がいる、というようなことが目立つだけで、むかしはアメリカ人の言語白痴ぶりは有名だった。
わしが子供の頃は大陸欧州人はまだ、ただえばりくさっているアメリカ人を困らせるためだけに英語がわからないふりをするひとも多かったと思います。

そのうちまだ一回くらい反動が来てクビが赤いおっちゃんやおばちゃんたちが暴れるだろーが、世界中どこにいっても、どんどん人種が違うカップルが増えて言語も違うカップルも増えて、子供のほうは人種を説明するのがメンドクサイので、まあ顔見て勝手に考えてね、になっていて、こんなに良い事はない。
アングロサクソンとかクマバチとかいうが、そーゆー脳死に近いひとびとは、いまだに
「あの女は、われわれの種類の人間でない。息子と付き合うのは構わないが結婚は困る」なんちゃって、笑わせてくれるが、そういう壊れた骨董品も、何れはいなくなってゆくものだとおもわれる。

ブラジルという国は、むかしから「人種」とかゆっても、なんじゃそりゃ、な国で、
わしがいちばん仲が良いブラジル人は本人は繊細な感じがする体格のまっしろなひとだが、兄弟のいちばん上は真っ黒なひと、次はアジア人風、下はインディオ風な気の良いにーちゃんで、4人とも同じ生物学的両親から生まれた兄弟で、「人種」というような生物学用語としてはすでに死語になっている言葉が頭に残っている人にとっては、どうなのか判らないが、ブラジルという未来を体現しつつある国では、それでふつーのことです。
ブラジルに行こうとすると、お前が行くと死ぬから、という訳のわからない理由で当のブラジル人たちに止められるのでまだ行ったことがないが、少なくともブラジルの外でみるブラジル人は、世界中に住む人間の、考え方、感情のありかた、ありとあらゆる種類の「多様さ」を扱うのに天然の才能があるのは、要するにそういう社会が背景にあるからだと思われる。
日本のひとが知っていそうな名前でいえば、日産がはいっていた棺桶を掘り起こして地上に戻したあげく、クルマが作れる会社にしてしまうという奇跡を成し遂げたカルロス・ゴーンというひとはブラジルで生まれた人です。

昨日の晩はモニと、夫がケララ
http://en.wikipedia.org/wiki/Kerala
出身で、奥さんがムンバイ出身のインド人夫婦と無茶苦茶愉快な夕食を一緒に過ごしたが、ケララ出身のダンちゃんはマラヤラム語、奥さんはムンバイの出身だがタミル語系(元はチェンナイ)のひとで、ふたりともお互いの言葉がよく判らないので普段は英語で話している。
一緒にインド映画を観に行くと、ヒンディ語のものだと、ヒンディはふたりともよく判らないので、一緒に英語字幕を追いながら映画を観る。
「ムンバイにいるときは、画面で話している言葉も判らないし字幕もわかんないので映画観に行ってもつまらなかったりするんだよ」というので笑ってしまった。

ケララ料理の魚と細かく切って揚げた鶏肉の料理は、あんまりおいしいのでぶっくらこいてしまったが、何年か前に、ケララのコーチの街
http://en.wikipedia.org/wiki/Kochi
で古代ローマからもってきたワインの甕と歴然たる酒盛りの跡が発見されて世界中をびっくりさせたり、にっこりさせたりしたが、そういう貿易の町の出身らしく闊達なビジネスマンの旦ちゃんは、コーチに来なよ、そしたらおれと女房でインド一周の旅につきあうよ、マジだぜ、とゆって笑う。

アメリカや日本、中国というような単一文化志向の強い国権主義国家が繁栄の最後のひとしずくを楽しむ一方で、多様なだけ進み方も遅く、途中で座りこんだり、後じさりしたりしながら、それでもインドやブラジルのような国はだんだんと力をつけて世界のなかで存在が大きくなってきた。
英語でdiversityという。
生物をベンキョーしたひとは、きっと直感的に判るのではないかと思うが、diversityは、あるところまでくると爆発的なダイナミズムを生じる要因になる。
単一な文化では想像もつかない大ジャンプをする原動力になる。
いまの世界にはインド、ブラジル、欧州の三地域に潜在的な「多様性による力」が存在して、わしには、それがこれから世界全体が生き延びていかれるかどうかの鍵になると思われる。

ケララのおっちゃんやムンバイおばちゃんと夜更けまで笑い転げて話をしながら、
なんだかもうすぐ世界の夜が明けるところだ、とでもいうような、少し神妙で、なあーんとなく明るい気持ちになって家に帰って来たのでした。

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One Response to いろいろな、いろ

  1. cypraeaidae says:

     十全外人さんのところにはいろいろな人がやってきて耳に入っていると思うけれど、日本では、子供が母語が定まらぬ前に多言語になると、いろいろ問題が起こる、という説が、それなりにもっともな説として流通しているように観察されます。親の書いた本が世に俗解曲解されたためにそうした症例のように見られてしまった友人がいて、たしかに素朴には安定した性格とは言い難い彼ですが、原因があるとすれば、どっちかというと社会のガイジン偏見の所為のような気がするのだけど、どうなんだろう。
     日本での説の流通の根拠は、考える道具がひとつにまとまってないと人格も分裂する、というようなイメージのようです。多くの人は多言語が身近なことでないので、なんとなく、きっとそうなんだろうなー、と思うようです。

     人間の思考は言語的であるけれど、おおまかにいって、a.特定の国語ぬきで言語的に考えて、あとから特定の国語を被せる場合と、b.特定の国語の言葉を実際に並べてみること自体が、そのまま考えの形の発生である場合とがあるだろう、ぐらいに思います。頭の良い人は、前者a.を言語観が素朴すぎると笑うでしょうし、「翻訳」というものが本当は不可能なのに可能だと思っちゃう迷妄の原因の一つはたしかに前者a.のイメージに依るものと思う。
     でも、じっさい考えるときはけっこうa.じゃん、と思う。極端に簡単なことと難しいことを考えるときはa.で、中間になるとb.。
     詩はb.に深く関わるけど別格。
     b.がa.に及ぼす影響はほんとうにむずかしい。

     以前、別言語カップルが、傍で見てるとほとんど言葉が通じてない、10年くらいたって言葉がちゃんと通じるようになると離婚する、というようなことをツイッタだったかでおっしゃってたと思いますが、それはa.でやってる間は上手くいくがb.になると喧嘩になるってことかいなあ、と思ったりしました。それは、喧嘩する理由が現実には存在するのにお互い言葉が通じないためにたまたま発現が回避されちゃう、ということじゃなく、喧嘩というのがたいてい言語(国語)の方で勝手にやることなんだ、ってことなんだろうと思ったりします。

     何のためのコメントだかわかんなくなってしまいましたが、最後の段の、diversityによるダイナミズムの爆発に期待するビジョンは、夜明けの喩えどおり、透明でいいなーと思いました。忘れないようにしよう。

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