夏の来歴

イギリスという国はもともと天気が悪い国で、頭がビミョーにへんな国民が多いのはそのせいであると信ぜられている。
夏、とゆってもバルセロナの春がせせら笑う程度の夏だが、夏は素晴らしい気候になることがあっても、きれぎれで、ちゃんと連続しない出来の悪い連続ドラマのような夏で、冬になると、こっちはもう完全に人間が住める気候ではなくなります。
やけくそみたい、というか、イジメみたい、というか、イギリス人が歴史のかなり早い時期から神様なんて信じねえ、という態度をみせるようになったのは、このクソ天気を根にもってのことだと思われる。

12月になって連合王国からニュージーランドへ、2万キロの距離を飛行してやってくると、それがオークランドなら飛行機が降りてゆくに従って馬さんが見えてきたものだった。飛行場の周りが「馬牧場」だったからで、いまは24時間営業のカウントダウン(オーストラリア資本のスーパーマーケット)や倉庫やオフィスビルやホテルが建っていて退屈な風景になってしまったが、だいたい2000年くらいまでは牧場に囲まれた飛行場だったのをおぼえている。

成田で乗り継いで日本からの便に乗ると、クライストチャーチにまっすぐ着いて、わしガキの頃は、飛行場がリンゴの果樹園に囲まれていた。
いまはアメリカ人が買い占めて、開発の許可が下りずにアメリカおっちゃんがキレて黒い幕で目隠しをした広大な土地があったり、果樹園はとうのむかしに住宅地になったりで、随分面変わりしてしまったが、それでもオークランド同様、一面の緑は緑で、夏は水不足のことが多いので、ときどき一面茶色(^^)ということもあるが、だいたいにおいては「緑のニュージーランド」が眼下に広がることになる。

ガキわしはオークランドよりも遙かにクライストチャーチのほうが好きであって、ほぼいつもクライストチャーチで夏を過ごしたが、それもフェンダルトンという住宅地にある家よりも「牧場の家」のほうを好んだ。
ニュージーランド人が「ゴムの木」と呼ぶのは、オーストラリアのほっそりした感じのユーカリプタスとは違う、雄大な姿になるユーカリプタスの木のことで、おおきくなると60メートルほどになる「ゴムの木」がある牧場がクライストチャーチのある「カンタベリー」の特徴です。

オープンロードという。
対向車線を白線で仕切っただけの道路を、いまは100キロでマジメに走る人が多くなったが、その頃は120キロが普通だった。
追い越しというようなときは、140キロ、というようなスピードなので、そのくらいのスピードになると安手のつくりのクルマは頭をふるので、よく道路脇にひっくりかえって、こけている。

あるいは、このブログを読んでいる人にはわしが知っているだけで5人ほどニュージーランドとオーストラリアに住んでいる人がいるわけだが、そのひとたちが田舎にドライブしてぶっくらこいたに違いないが、一見、まっすぐに見渡せる道路の地の底から、いきなり二台横に並んだクルマが湧いてくる。
道路が地面の凹凸をなぞって低くなったり高くなったりするからで、ニュージーランド名物というか、こういう箇所と、(道路の幅を拡張しても橋は古いままなので)そこだけ狭くなっているという殺人的なつくりが多い橋とで、よく死人が出る。
田舎の白い小さな橋に、いくつも十字架が立っているのは、田舎のひとらしく信心深いわけではなくて、マンハッタンの白く塗られた自転車と同じ、そこでひとが死んだことをあらわしている。

羊毛をとるための牧羊の没落がはじまったのはジーンズの普及のせいで、70年代のことだったという。
羊農場がヴィンヤードにどんどん変わってゆく初めの頃にあたったわしガキの頃は、ファームハンド、と呼ぶ人手も多くかかる牧羊はすでに下火もいいところで、酪農の牛さんや欧州に食肉として輸出される鹿牧場が多かった。
牛さんは牧草の草の部分だけをちぎって食べるが、羊は根っこごと掘り返して食べるので、羊を飼うのは普通広大で痩せた土地であると決まっている。
牛のほうは、土壌がゆたかな牧草地で飼う。
いま羊を飼う農場はラムちゃんをぶち殺して食肉として売る、という農業が非常に高い利益を生むからで、こっちは需要の減少と中国の無茶苦茶低価格の競合とで利益がほとんどない羊毛もあわせて、500エーカー(61万坪ちょっと)が最低限農業として成り立つ農場の広さ、ということになっている。

わしがパドックで4輪バギーを走らせて転倒してクビをぶち折りそうになったり、不時着した熱気球めざして妹とふたりで大歓声を挙げて駆け寄ったりしていた「牧場の家」は300エーカーちょっとなので坪でいうと36万坪っちゅうか、そのくらいであることになります。
酪農なら商売でやれるが羊農業には小さすぎる大きさだということになる。

英語ではホビー・ファームという。
生産を目的としていない牧場で、パドックの大半は隣の牧場のおっちゃんに貸していたが、自分の家でも鹿や馬を飼っていた。
馬はパドックに深い足跡を残すので、他の家畜とはパドックを別にする。
鹿は英語でも「Sika」という日本の鹿はおとなしいが、普通に牧場で飼うのはRed deerで、中国ではこの鹿を「馬鹿」と呼ぶそーだが、これを飼うには高い特別なディア・フェンシングが必要で、家の牧場でも買ったばかりのときにフェンスを鹿用に変えた。
牧場の管理をまかされていた夫婦が、いま考えてみるともしかしたらチェルノブル以来の需要でドイツ人が高価格で買い取る鹿を飼ってみよう、と言い出したからで、ある年「牧場の家」に行って見ると、優美、という言葉そのもののRed deerがたくさんいて妹とわしはコーフンしてしまった。

ところが夜になると、ガシャアーングワワシャアーンという音がパドックから聞こえる。
鹿たちが逃げだそうとして必死にフェンスに体当たりする音で、妹とふたりで夜中にこっそりパドックに見に行ったわしは、なんだかやりきれないような悲しい気持ちになった。
妹とふたりでかーちゃんに陳情にでかけて、その年いちねんだけで鹿を飼うのは沙汰やみにしてもらった。

子供部屋の寝椅子に寝転がって本を読んでいると、窓に影がさして、なんのこっちゃと思って窓をみあげると、フェンスをくぐって脱出に成功した牛さんが窓に顔をくっつけて覗き込んでいるので、ぎゃあああああー、と叫んでとびのいたり、やはり子供部屋でPCゲームに狂っていると、なんだか大きな犬みたいなものが外のテラスを跳ね回っていて、正体を見極めるべく外に出てみると仔牛がパドックを抜け出て自由の身になったので文字通り欣喜雀躍して跳ね回っていたのであったり、牧場は妹とわしにとってはいつも楽しい場所であって、ガキどものために連合王国のクソ冬をニュージーランドの天国のような夏でいれかえようと考えたかーちゃんととーちゃんの良いアイデアはいまでも賞めてつかわす、と思っている。
温和で成熟したオトナに成長した(笑うな、ばかもの)理解力の深まった成人アタマで考えると、かーちゃんなどには、イギリスみたいな国にばかりいさせると古い文明が感染ってろくなことはない、という考えもあったのだと思われる。

前にも書いたが、夏の夕暮れ、テラスにデッキチェアを出して妹とふたりで空を眺めていると、人工衛星がすうううううっと移動してゆく。ひっきりなしに流れ星が空を横切ってゆく。ほんとうは5000ちょっとしかないそうだが、満天に輝く星は何百万、と表現したいくらいで、見つめていると遠い恒星が瀑布をなして降り注いでくるようで、怖いほどだった。

あるいは満月になると、深い青色の光がパドックを照らして、いつもは真の闇であるのに、「皓々と」という表現そのままの強烈な明るさで点点とある立木やパドックを横切る小川を照らし出している。

小さな身体なのにドラゴンのような声で鳴くポサムや、朝になると大軍団でやってきてすさまじい騒音を原因する鳥たち、その鳥を茂みに潜んでじっと待っていて、まず両目をつぶし、それから盲目になって方角もわからず逃げ回り、のたうちまわる鳥を、執拗に痛めつけて殺すのが毎日の娯楽の二匹の飼い猫、(しかもわしのベッドに得意そうに「お土産」の鳥の死体をよくもってきたものだった!)
そういうことがいっぱいあわさって、わしの「南半球の夏」というものの記憶をつくっている。

湖のほとりで家族そろって、お行儀良くテーブルを囲んで、毎夏に顔をあわせるPという新しく別荘を買ってやってきた他人の家柄をくさす以外に能がないクソババアや、ガキわしから見ても、知的な人であるのに、なあーんとなく不安そうに落ち着かない様子で、あとの離婚を予想させたような、Kというひとのよいじーちゃんと結婚した美しくて品のよい若いアメリカ人だったMというようなひとびとが通り過ぎる度にテーブルによって挨拶してゆく午餐や、ボートを出して、木陰の下にもぐりこんで本を読んで午寝をするときの涼しい風、というようなもので構成されている欧州の夏とはまったく別の性格で、わしはどちらも好きだったが、南半球の夏は、神様がとんでもない離れた島に隠しておいたとでもいうような、この世界にあるはずがないほど気持ちのいい季節で、どうしてもどちらかを選べ、とゆわれればやはりニュージーランドの夏を選ぶだろうと思われる。

いまこうやって、人がまだ寝静まっている朝のオークランドで、何人かの友達と経験や考えをわかちあおうとして、なんだか訳の判らない日記を書いている、現在の変人大庭亀夫の、遙かな遠因をなしているのだと思います。

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5 Responses to 夏の来歴

  1. たろさ、

    >上野にボストン美術館の日本ブランチが来てるってんで見に行ったら鳴り物入りの蕭白や若冲、平治物語絵巻に限らずいい作品がたくさんあってびっくり。

    日本は、そーゆーの来るからいいよねー、とピントの外れたことを考えてもうた。
    ニュージーランド人は、美術に触れる機会少ない。
    アーティスト志望の若い衆は、ニューヨークとかに出かけてウエイターとかやらなならん。日本にうまれてラッキーだのい。

    shirganedoriどの、

    >何か作業に没頭している間は、時間の流れも体のスケール感も、通常の生活とは全く変わります。

    日本のひとも作業に没頭しているときは作業のスピードが遅くなるのね。
    観察していてオモロイと思いました。

    >>個人の時間よりも全体の時間が優先

    「全体にあわせる」機会がおおくてつらそうにみえました

    狐茶どん、

    >むかしは、あった。「粋だね」って。

    粋とdecency、共通項あるかなあー?
    粋のほうがちゃんと判らないので判らん。
    今度、考えてみよう。

    >ゴテゴテの満艦飾で、あれもこれも着飾って、リチャード・ヴァーグナーの曲みたいに金管が、ぱんぱかぱーんって鳴り響く

    decencyのほうは満艦飾でもいいのね。
    狐茶の論は「日本文化のなかのdecency」ということのよーです。

    >武士道には「放射能を浴びそうになったら、逃げるが勝ちでござる」とかいう教えはないもんな。

    ほんとうですのい。
    それ、おもしろい。

    >親鸞を引っ張ってくるまでもなく、仏教って何でもアリでしょ

    親鸞は仏教なのかなあー、うーん、難しい、むずかしすぎる。
    あのおっさんは仏教とはゆえないのではあるまいか。

    >去年の地震のあと、タイに素早く逃げて、ヨメと一緒に寺参りに行ったんだけどね。ヨメは海の向こうで起こった大地震よりも「ウチのひとが早く戻ってきて、ありがとう」くらいにバチあたりなことを思いながら合掌してるわけです

    そりゃ、そーでしょう。

    >中国や日本の大乗仏教が勝手に平等だって言ってるだけ

    日本の大乗仏教て「死ぬことの平等」と思う。
    「死」に平等の、人間間の凸凹を止揚する機能を求めてるのよね(^^)
    不思議なお国柄と思います。

    >良かったよ、結婚して。

    良いことやん。
    いつ聞いても「結婚して、よかった」は良い言葉だのい。

    Kaisei Ezureさま、

    >十全外人翁は『俊頼髄脳』なんて読むのか。

    源俊頼は日本語がすごく上手い。
    文章の名人です。
    だから、大好きなのね。

    Akiraさん、(自分でないもののふりをすつ、ということ)

    >この本の翻訳はどうですか?(^^;

    わし翻訳できませんもん。

    >ところでこういう人間は何を拠り所に行きているのだろうか、、、

    細野豪志というひとは自己愛と悲壮感を拠り所に生きているように見えます。
    ヒロイズムに酔っている、というか、フクシマの対策に最も向かないタイプの人だと思ってます。
    拙かった、と思う。

    >京都のこういう運動を地道に続けるしかないと思います。

    この京都人たちの抗議の仕方はかっこよかった。
    声を揃えて「シュプレヒコール」を挙げるより、うんと良かった。
    見ていて喜びました。

    lazarus312

    >「要するに貧しかったんじゃね?」という指摘は、目からウロコというか個人的にはショッキングな指摘でもあった。

    外国人は(失礼だと考えて)日本人と面と向かっては言わないことが(あたりまえだが)いろいろあるが、「日本の貧しさ」は、そのひとつですのい。
    「見るからに貧しい」という。

    たとえばスポーツで日本の田舎に行った欧州の若い選手がびっくりするのは、自分達が子供のときに思い描いた「豊かなハイテク日本」とは正反対の「貧しさですすけているような日本」のことが多い。ショッキングだった、というひとがたくさんいる。

    家や着てるものとかを見ているだけの単純なことで深い意味は何もない、んですけどね。

    なぜ「国として豊か」なのに個人の生活が物質的にも豊かではないのかわからなくて困ってしまうよーです

    >復興の美名の元にフクシマでは(個人的には)苦行の象徴にしか思えないマラソンが行われている

    あれはわしには「苦行」というよりも「愚行」に見えます。
    そう言うと怒るひともいるのだろーが、救い難いほどの愚かさに見える。
    日本の文明度というのは、こんな薄っぺらいものだったのか、と思います。

    Akiraどん(コーヒー、もう一杯)

    >「ギリオージ」さんは小説で御願いします。

    そんなショボイ小説、わし読みたくない(^^)

    顔ガリレオ(galileinagano)さま、

    >がめさんの文章は読んでますよー

    さんきゅでごんす。

    >「現実世界」は多数の人が作っている共同幻想みたいなものじゃないたぶん?

    このあいだニュージーランドの大学教員が「この世界は神がプログラムした幻想にすぎない」(^^;) という論文を書いてうけてましたのい。

    >物質世界を現出させているソフトウェア自体を書き換えてしまうみたいなね。

    物質世界がありうるのなら物質世界の法則をbendする奇跡もある、ちゅう考えもあるでしょーね。
    量子物理学なんか正気のひとが直感で「物質世界」とおもえる世界では全然ないし、
    よく考えてみれば空に浮かんでいる月とこの地球が「見えない重力という絆」で結ばれている、というのも信じるのは狂気の沙汰である。
    「あたまだいじょーぶか?」と言いたくなるようなことですもんね。

    >インドってなんか、奇跡ありまくりの文化なんだよね。

    奇跡ありまくり、かどうかはうまく実感できないが、インド人の友達たちは、「西洋の人間に言ってもどうせ信じないから言わないだけ」の神秘的な法則に則って生きているみたい。
    仲良くなると、あっ!と思うようなことがたくさんあります。

    >キリスト教の奇跡はもうちょっと倫理的

    論理の構成の基本部品に使ってるだけ、という感じしてしまうのね。

    >ブッダは奇跡とか超能力を無視

    実質をみようとした、みたい。
    哲学的思惟より、さしだされた一杯の粥に救われることによって仏教は哲学から宗教になったのだと思ってます。
    釈迦が実際に「覚者」で偉大な知性であった証拠と思う。

    >孔子も鬼神は語らず

    わし、孔子て、なにが偉いのかよくわかんねー。
    墨子のほうがかっこええやん、とかその程度のケーハクな理解なのでパス。

    >ブッダとキリストが日本の下町で同居するマンガ「聖(セイント)おにいさん」は読んだかね?

    おもしろそー

    狐茶どん(コーヒー、もう一杯)

    >山羊たちが興奮して飛び跳ねていたという。あのおとなしいどうぶつ

    山羊て、わしのイメージは意地悪ジジイですがな。

    >「とても忙しいのです」のんびりと農園のひとは微笑む。ぜんぜん忙しそうな口振りではないけれど、コーヒー農園のひとびとは、そういう話し方をする。もうね、全員そう。

    いいねいいね  狐茶っぽい

    >小さな茄子と小たまねぎ、レモングラスと胡椒の実なんかが複雑なスパイスとココナッツミルクで煮込んであって、肉は鶏か豚の細切り。

    うまそー

    >カノムチンという素麺みたいなものと食べるか

    あれ、素麺じゃないのか。わしは素麺だとばかり思いこんでいた。
    初めてタイランドに行ったとき、洋式朝食をふけて食べにいったものだった。
    カレーにつけて食べるの、おいしいんだよね。

    > 農園で飲むコーヒーは、すごいんだぞ。
 まわりが全部コーヒーの木なんだが、それだけじゃない。目の前で生豆を煎ってくれるんだよ。少量のときは焙煎機なんて使わない。
金網だ。

    わしは生豆を煎るの、中華鍋でやる。
    家の中華鍋は、そのためにあるのね。
    中国人の友達が不服そうにしてます。

    >もう一杯、どうだい

    狐茶式珈琲講義、読んだひとはみな楽しんだべさ
    さんきゅ

    cypraeaidae さん(いろいろな、いろ)

    >子供が母語が定まらぬ前に多言語になると、いろいろ問題が起こる、という説

    だから大陸欧州人て問題が多いのだな。

    >考える道具がひとつにまとまってないと人格も分裂する、というようなイメージのようです

    フランス語人の家にドイツ語人から電話かかってきたりすると、フランス人のおかーさんは、慌てて受話器を抑えて「いーい? これからおかーさんは「ドイツ語」という、いつも話している言葉と違う言葉で話すからね」とゆって話し始めます。
    ふつーのことですねん。
    そーしないと子供が混乱して、ひきつけを起こすのだとゆわれている(^^)

    >a.特定の国語ぬきで言語的に考えて、あとから特定の国語を被せる

    そんなことが現実にありうるのかしら。

    >a.でやってる間は上手くいくがb.になると喧嘩になるってことかいなあ、と思ったりしました

    単に相手が自分の勝手につくった幻想から歩み出てきてほんとうの姿をあらわすとがっかりする、ちゅうことかも知れません。
    あと、「外国人の使う言葉使いやアクセント」のうちは腹がたたないが、だんだん本物の言葉に近付いてくると、些細な違いが生理的に嫌で嫌いになる、ちゅうみたいこともあるよーです。

    >diversityによるダイナミズムの爆発に期待するビジョン

    これから(資源逼迫やなんかで)予想される世界の大ピンチを乗り切る方法はそれしかないと思うんだども。

    ぽんぴいどん、

    >残念ながらおぬしの日本語は英語思考を和訳したものだ、と感じます。

    ぬわーにをえらそーに。このゲージツかぶれのハゲおやじめが

    >無意味に長いのですわい。

    長い文の、ぼおーんびよおおおーんとした感じが好きでやってんだから、ほっといてくれたまえ

    >君が短い和歌を詠んでくれると面白いけんども、

    和歌が短かったら俳句やん。だっせー。

    >あ、じつはおれの正体は狐なんだよ

    狐なら芸をしてみせんかい

    cypraeaidaeさん(こーひー、もう一杯)

    >ブログの義理叔父様の思い出に現れるような昔のまだ愛せた東京

    最近、あのおっさんが従兄弟とわしに言いまくった「古き良き東京」て、でっちあげなんちゃうか、と考えてるんですけど。
    どーも、怪しい。

    >電気ブラン

    神谷バー!

    >そんなノスタルジ嘘じゃん  <−わし、いまここ

    >彼にしてみればそんなことはじゅうぶん承知のうえで、それでも、それがインチキのハリボテであることを、それがそうなってしまった成行きの全体を、なんとか慈しもうと、ぎりぎりの嘘にふみとどまろうとしていたのだと思う。

    ぬわるほど

    コーヒールンバ。西田佐知子のほうが井上陽水よりいいみたいね。

    アカシアのなんちゃらの人だな。

    Akiraどん (現実という冷酷)

    >一体何回こういうコメントがあっただろう。。

    ほんまや。さんきゅ。
    でも、ぽんぴいはゆってることを見てるとパーなひとみたいですが、ほんとはまともなんちゃう?と思う所がある、とゆーか、ときどき正気に返る人なんです。
    たいていはアホだが。

    だからわしは、あんまり嫌じゃないのね。

    >他人が揶揄するもんじゃないと思うのはオイラだけですかね?

    ぽおおおおんぴいいいいい。
    よおおおおく聞いておくのだぞ。
    恥じ入りなさい。

    ぽんぴいさま、(現実という冷酷)

    >お行儀の良い人だね、キミ。

    わっはっは。知らない人に怒られたんで、まともな切り出しかたしやんの。
    かわゆい。
    ぽんぴいちゃん、かわゆい。
    むふふ♡

    >この世からおせっかいが無くなれば会話が途絶えるんですよ。

    そりゃま、ほんとかも。

    >一人もいねーかもよ。

    うん。

    じゅらさん

    >「暗い」話

    シリアスな話を「暗い」と表現にしたのが敗因だったんだよねえええ。
    明るい。暗い。
    田舎のひとが都会に対抗するために考えそうな基準ですのい。
    うっちゃりの技としては気が利いているが品がない上に破壊的と思う。

    >乗っかってストレスを発散したい人も一杯いるみたいだし。

    ただ、それだけよね。
    ストレスを発散して、憂さ晴らしに「言葉」を使うと、その言葉の薄汚さが自分の魂のいちばん柔らかいところをつかまえて自分を一生ひきずりまわすことになる、という簡単な事実のほうには全然気が付かないのね。
    ケーハクというのは、悲しいものである。

    >他人の期待に応えることが善で、他人の期待に背くことが悪。

    じゅらは良く見てるのい。

    >他人の期待に応えることが善で、他人の期待に背くことが悪であるかのような前提があるから、常に他人の事情を思いやり、思考を他人の都合に乗っ取らせることになる。小さい頃からこれをやってると、自分が何を感じてるかも分からなくなっちゃうし、コミュニケーションと接待との区別もつかなくなりますよね。

    ほんまだがや

    >そもそも他人が何を望んでるかなんて分かりゃしない

    「他人」のほうでも自分が何をのぞんでいるかも判ってるわけないのい。

    >「人の感情や情動」の定型やマニュアルを流布させればいいという答え

    他人への想像力なしで、迎合しようとすると、そうなる。
    じゅらは、すごくこの問題のほうを向いて生活してるのだな。

    >「地方出身でちょっと意見や背景が違う人を突っつき回して嘲笑するお局とその取り巻き」みたいな図

    あーゆーの全部ただのバカだから

    cypraeaidaeさま、

    >衣食住のために人口あたり社会が動かせる熱量がどんなだったとかの数字の比較で表せるような、単なる「貧しさ」があった。のだと思います。

    富が、社会のふつーのひとの視界の外に流れていって、それを「見えない人たち」がすっちゃった、みたいなことがあるみたい。
    日本の80年代に暴力団に流れたオカネの金額はチョー巨大なものだが、それをたとえばサーファーズパラダイスとかに、時価よりも遙かに高くつかまされて、ばんばん投下して、いまどうなってるかというとシンガポール人が全部もってる。
    そーゆーことが氷山の一角で、戦後の短い時間に稼いだカネが一般に還元されないで、ひとにぎりのひとたちの元にいって、しかも彼等は「あぶく銭」だったので、下手な投資で全部すってしまった。
    投資の世界には「アラブ人と日本人の姿が見えたら逃げろ」という言葉がむかしからあります。もう儲からないところに大金を突っ込んで、ますます壊滅的にする「マヌケなカネモチ」の代表なのね。
    そうやって、日本の人は豊かになるチャンスを逃したよーだった。

    >平成ガメ体

    わし、自分の文体なんてないよ。
    考えすぎちゃう?

  2. Akira says:

    ガメさん
    >ほんとうは5000ちょっと
    ホントかい? 昨日NHKで大マゼラン雲の中だけでも数百万の新星があるって言ってたよ〜?(^^)
    何でもその中のタランチュラ青雲の中には太陽の1000万倍の光を放つ星(R136a1)ってーのが在るらしい。。。
    凄くない?? これ持ってくりゃ原発要らんがな!泣

    Aki

    • Akiraどん、

      へえー、と思ったので、これだけいま調べてみたので先にご返事。

      >ホントかい? 昨日NHKで大マゼラン雲の中だけでも数百万の新星があるって言ってたよ〜?(^^)

      空に「見える星の数」ですのい。いま確かめてみると2000から最高6000だそーです。2000見えればラッキーなみたい。

      http://www.universetoday.com/24310/how-many-stars-can-you-see/

      >凄くない?? これ持ってくりゃ原発要らんがな!泣

      人間も最終的には恒星と同じやりかたでエネルギーをつくれるようにならないと滅亡することになると思います。

  3. Akira says:

    肉眼だったね! マゼラン雲に感動したのでそのままコメントしちゃった、ごめん! この星団、時速300キロ以上で我々の銀河系の重力を振り切って遠ざかってるんだって。テレビもよく特集するなーって思ってね。こないだはニュージーランドの空港の特集だったり、、ホントに岩山の間に着陸するような景色でした。ガメさんは視力いいの?(^^) オイラはド近眼だよ(@@)  両眼とも網膜剥離したくらい。今では左下からのパンチは見えなくなっちゃった(苦笑)
    NHKって役所みたいに部署が別れてるから原発問題もまるで無いかの様に特集していて、最初は感動したかと思うと、途端に複雑な心境になるね。。。

    僕ら日本人には、今では北斗七星の恒星が見え始めているのだろうね。。。

    • Akiraどん、

      >この星団、時速300キロ以上で我々の銀河系の重力を振り切って遠ざかってるんだって

      わしみたいな星団ですのい。

      >ガメさんは視力いいの?

      原因不明の失明っちゅう、こわいめにあったことがある。
      視神経が断線しかてるんちゃうか?とかいいたいことゆわれました。

      >NHKって役所みたいに部署が別れてるから原発問題もまるで無いかの様に特集

      部署間で話しないのね

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