我思う我

日本の原発事故あるいは原発議論を眺めていて不思議に思ったことのひとつは、自分が正しいと感じていることが「絶対に正しい」と思えるひとというのが、こんなにたくさんいるのか、ということだった。
自分では「放射性物質なんてあぶねーに決まってんじゃん」と思って、それ以上考える必要を認めない、というか、もしかすると事故が起きている福島から1万キロ離れたところで考えているので、もともと切迫感に欠けているからかもしれないが、低被曝量ならずっと放射能を浴びててもダイジョーブだ、と考えるひとがいるのか、へえええー、えっ、このひと科学者なのか、どひゃあー、という程度のことでそれ以上は興味がなかった。
だから確実とは到底言いかねるのに「いまくらいの放射能ならダイジョビだ」と言い切るひとびとをあげつらおうと言うのではない。
ちょっと異なることを言おうとしている。

「目の前に見えているものがほんとうに存在するか」というのは、人間にとってはずっと大きな問題だった。
また、ヘンなことを言う、という声が聞こえてくる。
眼前に見えているのだったら、あるに決まっているではないか。
ガメと話していると、マジで頭がおかしくなってくる。
風紀紊乱という言葉があるが、きみの場合は知性紊乱の罪、というものがあるのではなかろうか。

前にも述べたがコンスタンティヌス帝はMaxentiusとの戦いの前夜に空に燃える十字架を見たという。
Lactantiusは夢であったとゆって、

Constantine was directed in a dream to cause the heavenly sign to be delineated on the shields of his soldiers, and so to proceed to battle. He did as he had been commanded, and he marked on their shields the letter X, with a perpendicular line drawn through it and turned round thus at the top (P), being the cipher of CHRISTOS. Having this sign, his troops stood to arms.

と書いているがEusebiusは

He said that about noon, when the day was already beginning to decline, he saw with his own eyes the trophy of a cross of light in the heavens, above the sun, and bearing the inscription, CONQUER BY THIS. At this sight he himself was struck with amazement, and his whole army also, which followed him on this expedition, and witnessed the miracle. …

と述べていて、あれはほんとーはどっちなんですかとわしが一般的に信用していなかったオトナ族ながら碩学でなんでも知っていたので愛好していた自分の学校で教鞭をとるハゲに訊いたときには彼は躊躇せずに後者であるとゆった。

夢である、というLactantiusの説は、疑い深いわりに理屈さえ立てば手もなく納得する性癖がある凡庸な知性のひとびとを納得させるための虚しい合理化であっただろう、という。

その頃はただでさえ「空を駈ける巨大な黒い馬」を視たり、中空に聖母マリアの大船観音みたいなデカイ御姿が現れたり、人間はいろいろなものを視て暮らしていたのであって、いまの後知恵で集団ヒステリーであるとか、社会が停滞すると集団幻覚がなんちゃらであるとかいろいろな理屈をくっつけて安心しているが、当時のひとにとっては見たものは見たとしか言いようがない事で、ずっと後になって、それを何故みたのか詮索するひとたちが
「頭がおかしかったんちゃう」と言い出しても困るだろう。

あるいは目の前に幽霊が明然とあらわれてしまった場合、自分はどうすればよいか、ということをよく考える。
世の中には頭はたしからしいのに幽霊を明瞭にみてしまう人がたくさんいるからで、連合王国は生きている人間より幽霊の人口のほうが多いので有名だが、新しい国でも、アメリカ合衆国のゲチスバーグ、というような幽霊が皆勤なので観光の対象になっているような場所を挙げなくても、幽霊は頼んでないひとの前にも現れてしまうもののよーだった。

日本では八甲田山という場所がもっとも間違いなく幽霊に会える場所として知られていて、幽霊に会えるのはいいが、会ってサインをもらえるようなフレンドリーなひとびと、というか魂々(タマタマ、ではない。タマシイタマシイと読みます)ではないので、軍靴の音を響かせてどこまでも追いかけてくる、とか、ほんでもって余りに怖いので気絶すると意識がもどったときに、ぐるっと取り囲んで生者への嫉妬と憎悪に燃えた眼で睨んでいるという話であったので怪力と乱神は触られねば祟らないという、
出かけるのをやめたりしたものでした。

またあるいは鎌倉と逗子の市境にあった曼荼羅堂の墓地に腰掛けて名越の切り通しのほうに向いて絵を描いていると中世の武士が肩越しに後ろから覗き込んでいるという。
鎌倉は地名の由来が神武天皇がアイヌ人を五万人ここでぶち殺して「なっはっは。屍の倉じゃ」と勝ち誇った「かばくら」が語源になったという説があるくらいで、数多の争乱、死体の上に建っているような町なので、その他にも簡易裁判所から消防署にかけてあった松林のあいだを喊声をあげながら駆け回る武者や佐助の山を駆け上る武士たち、腹切りやぐらのまわりを蒼惶として歩き回る髪を乱した落ち武者、霊魂が成仏しないで徘徊する目撃談が山のようにある町だった。

目の前に幽霊に出られてしまうと科学をゆいいつ「確からしい」考えの拠り所としてきたわしとしてはたいへんに困ったことになって、眼前の自分の目では現実としか思えないことを理性では否定しなければならないことになる。

一箇月ベッドに縛り付けて拘禁しておくとたいていの人間は幻聴を聴くようになる。
通常の生活においても長いあいだ入院生活を送るひとは、次第に医師たちや看護師が自分の悪口を言うのを「聞」いたりする。

そういうことでなくても、わしも小さいときから、低いが明瞭な声で「あっ」というような声を一瞬「聴く」ことがある。
かーちゃんと一緒ならば、「いま、なにか言いましたか?」と訊くと、かーちゃんは、いいえ、なにも言いませんよ、おかしな子だこと、とゆって可笑しそうに笑う。
別にわしが気が触れているわけではなくて(というのは単に自分についての希望的確信にすぎないという可能性もあるわけだが)、注意していれば誰にもあることです。

では、もっとおおがかりに自分が毎朝起きてはいってゆく毎日の生活が、まったくの幻覚で、そばでやさしい目をしてわしを眺めて珈琲を差し出しているモニも、チョーちびな新しい家族も、「要塞じみている」とわしが自嘲する家も、くるまがひっきりなしに通ってゆく街の大通りも、向こうになだらかな柔らかい線を見せて横たわっているランギトトの島も、この世界そのものがすべて幻なのではないか、と考えれば、そういう可能性がなくもなくて、現実などは「こころごころ」であると述べた三島由紀夫が遺書の代わりに残した物語りの、悲劇のヒロインの言葉を思い起こさせる。

人間は100%正しいと信じている直覚や認識に容易に裏切られる。
科学の世界で生活する人がよく見舞われる、その裏切りが起きたときの呆気にとられるような感じは、言葉では表現しがたいものである。
上下が逆に見える眼鏡(たとえばプリズム)を装着して一箇月も生活すれば、初めは床の障碍物を乗り越えるために頭をさげて足をしたたかぶつけ、鴨居をさけるために足をあげてデコをいやというほどぶつけたりするが、すぐになれて、ひょいひょいと避けて歩けるようになる。
ところが、上下逆に見えるデバイスを外してみると、足下の箱をまたごうとして頭をひょいと下げて脛をいやというほどぶつけて、ぶち
転び、地下鉄の低いドアを避けようとして足をあげて頭をしたたか打ちつけることになる。

行った実験の意識についての直観的ないし伝統的な考えを遙かに裏切る結果によって素人科学愛好家にも人気があるBenjamin Libet
http://en.wikipedia.org/wiki/Benjamin_Libet
がBereitschaftspotential
http://en.wikipedia.org/wiki/Bereitschaftspotential
について観察したことは、実際には、われわれが意識すなわち「自己」として認識しているものが、17世紀の大陸欧州人たちが安んじて腰掛けていられる、と考えていたものとは異なる相貌をもっていることの可能性を示している。

正しさとはなにか?という古典的な問題が単に対象への判断のみならず、判断の主体である自己にさえ及んでいることを考えると、日本のある種類の科学者たちが放射性物質がどの程度健康に影響をもたらすかについて示した、「お気楽」としか言いようのない態度は、二重の意味で不思議なものであったと考えました。

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3 Responses to 我思う我

  1. Akira says:

    ガメさん
    オイラの家は昔都内で病院を経営していてました。だから幽霊話はしょっちゅうだった。いまおっ潰れてマンションになっちゃってるけど住人の方は大丈夫かな〜って思います。

    昔、宜保愛子という沖縄出身の霊能者が居ましてね、もう亡くなられた方なんだけど、幽霊より彼女の顔が怖い、、って事は別にして(笑) 日本では偉大な(?)霊能者として有名でした。現在数多に居る自称霊能者さんの先駆けになった人とも言えるのかな。ガメさんの従兄弟さんは知ってるかな?(^^)

    彼女の場合、その温和な人柄と幽霊さんを見つけた時の表情が凄くて有名になりましたが、面白いのは彼女が物体を見る時は必ず左目(だったと思う)でしか見えなかったんだそうです。そういう所は当時のテレビは全く掘り下げなかった。
    とある大脳生理学者が真剣に彼女とコラボして研究したところでは、物が見えている時は右側大脳表面の活動電位が活発になっていることが解ったそうです。
    『それは彼女がPSYCHOだったからだ』なんてことじゃなくて、つまり彼女を含め我々は恐らく幽霊とやらの電磁波?(エネルギー体)を大脳表面から認識している可能性があるんじゃないか?ということだった。考えてみれば当然至極で、目で見ている訳ないんですよね。http://www.youtube.com/watch?v=TDRXXaDkWG0
    最後に必ず「ご先祖様を供養しましょうね、、毎日お皿に炊きたてのお米をお供えしてね、それだけで変わりますから」と言っていました。その指導は、要するにライフスタイルを変えて上げるという事に繋がるんですね。

    ところで昔オイラが精神科研修中に診た症例でCharles Bonnet syndrome(http://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Bonnet_syndrome、http://d.hatena.ne.jp/twooclock/20040128)というものに出会って、教授から調べてプレゼンしろと言われたんだよね。細かい定義があって詳細は省くけど要するに視覚異常と幻覚は関係があるんです。それも大脳の活動電位の過活動に在るらしいんだ。これを前述の宜保さんの事象と照らし合わせると面白いんです。

    その生理学者は最後に「貴女、でもこれ以上霊視は止めなさい、さもないと体を壊しますよ?」と警告した後ほどなくして彼女は亡くなられました。いい人でした。
    カミサンの姉が医者で連合王国で働いてるんだけど、ファティマに行ってみたいと言ってもいっつも却下されるのです、、、宜保さんに行って欲しかったな〜。。。

    Aki

  2. shiroganedori says:

    自分でも信じきれないし、普段は忘れてるのですが、私は子供の頃ユーレイ(化け物も)を、たまに見ました。大人になってからも数度、大体声とか音だけ。
    歌も聞きました。
    どうやったって人間が存在出来ないだろう塀の中から、子供背負ってるらしい、おばあさんの子守唄とか。

    アタマおかしいと自分でも思うので、普段は忘れています。

    こういうのの原因が、医学的に解っているなら、知りたいなぁと思いました。

    ただ、戦時中の体験など、これはやっぱり、現実に有り得るのではないか?と思う例も見かけるもので、ひょっとして、現在の人間が失ってしまった能力に、何かの拍子にアクセスしてしまう、ということも有るのではなかろうか?と思ったりもしています。

    ただ、自分に関しては、その医学的なリクツで納得してしまう範疇な気がします(知らないけど)。

    最後に、お子さんの無事のお誕生、おめでとうございます。

  3. shiroganedori says:

    書き忘れ。存在しないはずの声や歌は、まるで耳の傍で歌っているように、明瞭に聞こえます。そういうものなんですかね?

    幸いにして、私の聞く声は、快活だったり優しかったりばかりで、音も、まるで精霊のように何の感情も宿さないものだったので、怖くはありません。
    私のアタマが作り出したものなのかなぁ?と思う由縁です。

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