ハヤシライスの謎

カレーライスは比較的わかりやすい食べ物で、たとえばロンドンのなかでも割と高級なほうのレストランであるAmaya
http://www.amaya.biz/index.html
というインド料理屋に行くと仔羊の腎臓を細かく刻んでいれたカレー粥というサイドメニューがあるが、これは日本のカレーそのままの味です。
あるいはインド人たちがよく使うレトルトカレーは、新鮮なカレーと味が違うのは他のレトルト食品と同じだが、いろいろあるレトルトカレーのなかでもチキンティカマサラはたいへんに日本のカレーと味が似ているものがある。
インドのひとびとはスパイスの本家なので当然ながら香辛料の新鮮さに厳しいが、わしがときどき買う会社のものを例にとるとレトルトカレーにもちゃんとガラムマサラとスパイスミックスの袋が本体のソースのレトルトバッグの横に貼り付けてある。
このふたつの袋に入った香辛料をいれる前の状態ではまことにCoCo壱番屋がやや上品・高級になった状態で試みにニンジンやイモ、ついでにポークのフィレも買ってきて揚げるとカツカレーが誕生して、日本が懐かしいのお、と思う。
要するに日本の伝統カレーは、インドのカレーマイナス新鮮スパイス、なのかしら、と考える。

くるぶしから膝まである裸のねーちゃんがウインクしているでかい刺青のある元水兵のおっさんとパブで話してみると、海軍の遠洋航海では最後の一週間はたいてい毎日カレーだそーで、なぜそうなるかというと、もう肉が傷んで普通の料理では供せないからカレーにする。来る日も来る日もカレーで、駆逐艦の甲板で仲間の水兵とイギリスの小さな帝国がかつてインドを植民地にしていたことを日々皆で呪い合ったそーである(^^)

日本の海軍はイギリスの海軍をお手本にしたので、多分、カレーもそこから来たのでしょう。
田舎の茄子の味噌汁とご飯で朝ご飯を食べるような若者を想像してみればよいが、イギリス水兵たちにとっては呪詛の対象だった、この「イギリス海軍式カレー」も、西洋の食べ物を見たことがなかった若者にとっては珍奇な「文明の食べ物」と意識されたに違いない。

毎晩夜中に叩き起こされてはさまざまな理由をつけて殴られて顔を腫らし、ときに理由もなく半殺しになるような陰惨なイジメに満ちた水兵生活を送りながら、しかし、東北出身の兵などは、軍隊では「白い米」を食べられるということが、もうすでに有り難い、奇跡のようなことであって、その上にカレーまで付いていては、戦闘になれば天子様のためにどうしても死んでみせなければならないようなことだった。
当時のひとの述べることを聴いていると、貧しい村の出身の文字通り純心な若者たちが死を怖れなかった原動力の大きな部分が、豊かな社会の人間なら唇の端を歪めて笑うかもしれないが、「カレーライス」だったことに気が付きます。

軍艦の厨房で働いて故郷に帰った水兵は、自然、海軍生活のなかでおぼえたカレーライス、ハンバーグ、シチューというような西洋世界では最下等、というと言葉が強すぎるが、いっちゃん安い食べ物をメニューの中心に据えた料理屋を開いたに違いない。
そーゆーこととは別の、いろいろ有り難げな由緒が書いてあるレストランが多いのは承知しているが、わしのほうは、そもそもレストランでおじやを出すようなものであるビーフシチューや、おから料理みたいなものであるとゆえば判りやすいかもしれないハンバーグステーキや、水兵が悪態をつきながら航海の終盤に皿をつつきまわす食べ物であるカレーライスが、どうして日本ではときに2000円というような迫力ありすぎな価格になっているのか説明がつかない。
このみっつともビンボニンの食べ物だからです。

そもそも東京において初めて見た(大好きだったペンザンスのインド料理屋、というようなところでバスマティライスだけが違うかなり味が日本のカレーと似たチキンカレーというようなものは食べたことがあったが)「カレーライス」は別にして、ビーフシチューやハンバーグは「なんで、こんなものがメニューにあるんだ」というのが正直な感想で、妹とガキわしはいま思えば失礼千万にも笑い転げてかーちゃんに怒られたりした。
食べれば多分うまいと思ったに違いないが、その場合でも、なぜビーフシチューのような食べ物をおいしくしなければならないのか理解できなかったに違いない。
ましてハンバーグにおいておや。

しかしガキわしと妹および従兄弟を連れて奈良というようなところに旅行にでかけたかーちゃんは、外で食べる料理、というようなものに難渋したようで、奈良の公園の裏手にあたる繁華街で洋食屋にはいったのをおぼえている。

日本語を当時からちゃんと理解できた従兄弟がメニューを説明してきかせてくれて、わしはいっちゃんオモロそうなオムライスを注文した。
その頃は、いま考えると信じがたいことだが、皿を出してくれるばーちゃんの手がカタカタと震えていて、田舎にいけばガイジンはまだ珍しかったものであると思われる。

妹は、チョーちびで、まだ人間に至っていないような、ぽにょぽにょでふにゃふにゃした奴だったが、ハヤシライスを注文した。
ところがまず差し出されたハヤシライスの外観を見て顔がひきつっている。
あまつさえ、みるみるうちに涙が浮かんでいる。
ひとくち食べたら、今度はじっと皿をみつめて、世にも悲しげな顔をしているのであって、そのままじっと動かなくなってふにゃガキの彫像のようなややこしいことになってしまった。

やむをえないので、わしが自分のオムライスと交換して食べたが、食べたあとで、あれはいったいなんだろう?と不思議の感に打たれた。
その焦げ茶色のよくわかんないソースがねっちりして香りのないご飯にかかった食べ物の正体が判らなかったからです。

いま古本屋で買った文春文庫ビジュアル版「スーパーガイド東京B級グルメ」という半藤一利の肝いりで出来たらしい本を開いてみると、牛の脂身と小麦粉でつくったソースに豚のバラ肉、腎臓、タマネギをいれてつくるようなことが書いてある。
記述がどれもこれもチョーええかげんなのでいつも楽しませてくれる日本語ウィキペディアを見ると、意外やハヤシライスの記事はマジメげで、丸善書店の早矢仕有的が語源だとかいろいろな説が書いてあるが、どうもHashed beef with riceらしいというような事が書いてあるが、Hashed beef というかBeef hashでもいいが、英語の世界でHashed beef with riceとゆえばアメリカの南部料理で、クルマで南部の田舎をうろうろしながら寄ってカウンタのなかのおばちゃんとバカ話をするダイナーにはたいてい載っているメニューです。
しかし日本のハヤシライスとは料理として全然異なる。

日本には、ハヤシライスのような料理がたくさんあって、なあーんとなく「洋食」ということになっているが、西洋にはない食べ物、という趣のものがたくさんある。
だからダメでないか、というようなことがあるわけはなくて、わしの日本人友達にはパリに十年、というような生活のあとで日本に戻った途端に「日本の食べ物」を貪り食うひとが多いが、どのひとにも共通しているのは「熱燗で一杯」と「洋食」だった。
熱燗でいっぱいならおじさんだろう、と思う人がいそうだが、そんなことはなくて20代後半から30代前半というようなひとたちで女びとも含まれます。

ナポリタンスパゲティはオーストラリアやニュージーランドの、たとえばポートフィノ、というようなチェーン店に行くとある。
注文したことはないが、他人が注文したそれらしきものを遠くから眺めると、なんとなく日本のナポリタンに似た食べ物であるよーだ。
イタリアではローマの「ミートボールスパゲティ」が売り物らしい「イタリア料理屋」(^^)でしか見たことがないので、そもそも名称そのものがイタリアの通常のレストランには存在しないもののよーである。
ケチャップを加熱する、というのは、西洋人からみると、ものすごく異常な調理法(臭いが耐えられない)なのでレシピそのものは、純日本産であるとすぐに判ります。
ポートフィノ、のものは多分トマトソースを上からかけて混ぜて食べてね、というスタイルであると思量されるが、多分、他にもたくさんあるオーストラリア料理メニューと同じで、もともとは日本からやってきたメニュー品目でしょう。
ハヤシライスも、このあいだオークランドのCBDを歩いていたら、フランス料理屋のランチメニューに載っていたが、あれは日本人シェフの店であるに違いない。

日本にいるときに鳥肌を「チキン・スキン」というトーダイおじさんのひとりKさんを、ひっひっひ、かわいい、と言ってからかったら、負けず嫌いのKさんは、英語インターネットを検索して、「ガメ、おまえ、えーかげんなことを言うな。ちゃんとチキンスキンて、いっぱい出てるじゃないかあー」とゆって怒っていたが、それは多分大陸欧州系や日系の人が英語に直訳誤訳して輸入したもので、英語ではやはりいまでも「チキンスキン」がふつーの英語だと思っているひとはいないと思われる。
ミートボールスパゲティはイタリア料理ではないがイタリア人にはミートボールの入ったスパゲティを食べる人がちゃんといる(^^)のと同じなのは、カリフォルニア巻が日本の鮨ではないが日本の鮨屋でも供する店があるのと事情が似ている。

ひとつだけカリフォルニア巻とハヤシライスが異なるのは、その歴史の長さがおおきく異なることで、ハヤシライスはカレーライスと同じく料理として完成されている。
アイデアと味が乖離してしまったところがなくて、ちゃんと料理の体をなしている。
長い歴史があって、ナポリタン・スパゲッティ、オムライス、ハンバーグステーキ、カレーライス、そしてハヤシライス、どれも、洋食という名前の日本の食べ物、ようするに「和食」である。

なんで、こんなヘンな記事を書いているかというと、わしは日本の人が日本語で書いたフランス人を主人公にした物語、っちゅうようなものを読んでいると、なはははは、とどうしても思ってしまう。アイデアが洋モノのパチモンじゃダメじゃん、という意味ではなくて、細部で、フランスの人、そんなことしないよねー、と思う描写が出てくる。
シリアスなお侍の話がせっかく良く書けているのに主水介が洋式トイレのシートに腰掛けて大目付の不正について考えをめぐらせている場面のようなもので、うーむ、と思ってしまう。
他人事ながら、洋モノはいかんよねー、としみじみと考える。

だがハヤシライスやカレーライスの道、とでもいうべきものがあるはずで、脱亜入欧はもうやめたほうが良いと思うが、そういうモノマネな行き方を捨てたあとでもカレーライスやコロッケ、オムライスにハヤシライスの道はあるだろう、と思う。
日本のひとは、困難なレシピ上の問題を解決して必ずやってのけるだろう。
福島第一発電所は、アメリカの原子力発電思想をそのまま日本の海辺にもってきたパチモン西洋思想だが、黒部ダムは、「西洋のもの」という感じはしなくて、日本の風景である感じがするのと同じ趣の事柄であると思われる。
洋食がおもいがけずフランス料理に勝って、パリの定食屋のいちばん人気メニューに新世代ハヤシライスが輝くことだってあるだろう、と思うのです。

This entry was posted in 日本と日本人. Bookmark the permalink.

2 Responses to ハヤシライスの謎

  1. Y says:

    ( ;∀;)イイハナシダナー

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s