花の名前

スティーブ・ジョブスが死んだときに日本語メディアは「世界を変えた男」という言葉で紹介したものが多かったが、わしには少し違和感があった。
グーグルは世界を変えたがアップルコンピュータの製品が世界を変えたかどうかにはいろいろな意見がありそーな気がする。

わしが生まれて初めて手にしたコンピュータはアップルのSE30
http://en.wikipedia.org/wiki/Macintosh_SE/30
というコンピュータで、たしか7歳のときにかーちゃんのお古としてゆずってもらったのが初めだったと思う。
わしはこのSE30が好きでヒマさえあれば、ひっつくようにして遊んでいた。
9インチの白黒ディスプレーが組み込みになっている「トールボーイ」というスタイルが好きだったのかもしれないし、北半球と南半球の行き来はもちろん、短期間の旅行にももってゆける簡便さがよかったのかもしれない。

Puppy Love
http://www.d4.dion.ne.jp/~motohiko/topseshow1.htm
(リンク先のページは音が出るので注意してけろ)
という、その頃でも古かったゲームが好きだった記憶が残っているが、もしかするとこのゲームはSE30でなくて、古いゲームやってみたさに、クライストチャーチのチャーチコーナーにその頃はあった(1998年くらいに無くなったと思う)中古アップル屋で買ってもらった、マッキントッシュプラスで遊んでいたのかもしれない。

最も狂ったのは、SimCity
http://lh6.ggpht.com/_N9qFM1mwukM/S16df_p8KrI/AAAAAAAAACg/8Nb0eqYp-BA/s288/simcity_classic.PNG
で、このゲームをやっているあいだじゅう、他のことがなにもやれないので、やむをえず紙と鉛筆でベンキョーをして、えらく成績が上昇したのをおぼえている。

他の時間の大半を占めたのは言わずとしれたCompuServeで、特に自称はしないまでも、なああああーんとなくオトナのような顔をして、主に技術系のフォーラムを歩きまわった。初めの頃は何をゆっているのか、全然なんにもわかりひんな状態だったので、大学の購買部まで自転車をこいででかけて本を買ってベンキョーしたりした。
まことにませたガキで、しかし、このひとしれぬ背伸びのせいでサンスーがかなり向上したもののよーだった。

冬のキッチンのベンチとかで、トマトスープを飲みながらコンピュサーブのソフトを起動すると、ピー・ヒャアー・ピーというマヌケな音がして、ビーン・ビカアーン・ビカビカビカとゆってつながるコンピュータ通信というものは、わしにとっては「オトナの世界」への入り口で、わくわくする時間だった。

SE30は、相当ながいあいだ使っていた。
5年間くらいも使っていたかもしれません。
大きな理由はハイパーカードで自分でスクリプトを書いてスタックを作って遊ぶこのソフトウエアには、どうゆえばいいか、「しあわせな感じ」があったと思う。
使ってるあいだじゅう、なんとなく幸せで、自分で作った表計算ソフトは、お小遣いをたしていこうとすると枠だけが上へずれていって、数字から「脱げて」しまうというチョーへんてこな表計算ソフトだったが、それでもロータス1-2-3なんかよりも、ずっと大好きな「ガメ1-2-3」で、後年、オカネみたいに下品なものを、そんなに嫌がらずに普通に扱えるようになったのも、この自作ソフトのせいではないかと思う事があります。

そのあと、ガキながら贅沢にも、IIci+PowerBook、Power Macintoshというふうに買い換えて、というか、買い足していったが、System 6.03を最後にだんだんヘンテコになりつつあったアップルのオペレーティングシステムは、インターネットを使おうと思うとチョー不便だったSystem 7からOS8になると、もう爆裂なバカOSになって、頭に来たわしはもっていたApple 製品を全部ぶち捨てて、好きだったペプシコーラもコカコーラに宗旨替えしてしまった。

わしがSE30を使っていた頃、物理学者である大叔父はNextというコンピュータをもっていて、これは無茶苦茶かっこいいMathematicaマシーンで、どうやら大叔父は研究者用のインチキな価格でものすごく安く手に入れたらしかったが、いま考えれば、もともとはAppleコンピュータが好きだった大叔父も、スカリーのアップルに含むところがあったのかもしれません。

アップルというコンピュータのよさは、よく考えて製品が出来ていたことで、事務機や計算機であるより、たしかに「パーソナルコンピュータ」であるような気がした。
電気回路を設計して自分でものを作る人は判ると思うがキーボードにソフトウエア電源スイッチを付けて自分自身の電源をいれたり切ったりする、というのは、危なくて、少なくとも当時は、ハードウエアとしてはかなり滅茶苦茶な思想です。

しかし、多分、手元のキーボードから電源のオンオフがやりたくて仕方がなかったエンジニアは躊躇せずに仕様として採用した。
わしなどは、もうそれだけでも、アップルコンピュータを設計しているひとたちの「興奮」が伝わってきて、いいなあ、と思ってしまう。

もうひとつはデザインで、わしはいまでもあんまりウインドウズ系のコンピュータで何か書いたりする気はしないが、それは何から何まで、デザインがクソだからで、見ていて気分が悪くなる、というか、画面のデザインから色使いまで、どうやったらこんなにダメになるのだろうかと訝るくらいひどい。
とどめはフォントで、いっぱいあるのはわかるけど、Helveticaのようなフォントですら、なあーんとなく根性の悪い姿をしている。

アップルの持病の「囲い込み」、いまで言えば、絶対に壊れるように設計したとしか思えないクソデザインの「独自仕様」電源ケーブルやビデオの出力にかけたプロテクト、周辺機器やソフトウエアを独占しようとする姿勢や、同じ閉鎖性でも、一方ではiPhoneを強制的に行儀良くさせてアンドロイドの3分の1しか通信サーバに負荷をかけない方式への縛り、よいほうも悪いほうも、いかにもスティーブ・ジョブスの狭隘で陰険な性格まるだしで、あの強烈な、壊れかけた自己を抱えて荒れ野を彷徨っているような創業者が死んだあと、アップルは、どんなふうになっていくのかなあー、と思う。

Windowsマシンのほうは、わしは長い間、ケースさえなしで、木で組んだワゴン棚みたなものに適当にマザーボードやHDDをガムテープとかで貼っつけてコンピュータとして使っていた。
製品ぽい形をなしているのはふたつの30インチディスプレイだけで、ちゃんとコンピュータぽい顔をして机に座っているのは、あのぶち捨てたPowerMacのあと、キューブを買い直して、白いIMac 、いまは27インチのCorei7iMacです。
ノートブックコンピュータも東芝やVaioも持ってはいるが、使うのは殆どMacBookProかMacBookAirで、電話はアイポン、普段家のなかで手にもって歩いているのはiPad で、もっかはアップルだらけの生活になっている。

しかし、うるさいことを言えば世界を変えるのは、もう手元の端末の側ではなくてネットワークの側に移行してしまったのに決まっていて、フェースブックのようなイモなサービスがひと息ついた頃にあらわれそうな、現実世界から(ヘンな言葉だが)仮想世界のほうを見るのが終わって、仮想世界の都合で現実世界のルールが変わらざるをえなくなるサービスがあらわれるまで、すぐだという気がする。

仮想世界が仮想世界の進捗の都合に従って進展していけば、「世界を変える」力が現実世界の側にない以上、当然、仮想世界の都合で現実世界が変更されねばならないわけで、書籍や音楽の「著作権」のような問題は、きっと、これから続々と起きてくるに違いない仮想世界の側からの現実世界への「ルール変更の要求」の予兆というか、ごく小さな兆しであると思われる。
「著作権」などというビジネスモデルは、どうじたばたしてもなくなるに決まってると考える由縁です。
わしには、もうすぐ、現実世界が仮想世界の需要に従って整列しなおす、人間がいままでに見たことがない事態がやってくるようだ、と考える理由がある。

スティーブ・ジョブスは「世界を変えた男」であるより、世界を変える方法を模索して、自分達の魂の失われた欠片を求める努力のなかで、どんどん道に迷っていった、そして、道に迷うことを怖れることすらしなかった、「花の世代」と名前のついた世代の、最後のひとりだったと思う。
ネットワークという、いまはまだ幼稚だが、これから「リアリティ」という言葉の意味や現実の世界を動かしてきた法則そのものを根本から変えてゆくであろう「新しい太陽」が昇る前の暗黒時代に人間性の回復を夢見てはたせなかったひとびとの最後のひとりとしてひとびとが思い出す名前になってゆくだろうと思います。

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2 Responses to 花の名前

  1. SD says:

    最近出版された(と言ってももう二年前のことになってしまったが)”Steve Jobs”を、英語の勉強がてらちびちび読んでいるのだけど、「一筋縄ではいかない人だな」というのが素直な感想だ。エンジニアあるいは企業家としての側面はともかく、hippieと表現される、風呂に入らない、感情をすぐ露わにして汚い言葉を吐く、人から見るとヘンな習慣を大事にする、というJobsの人となりは、一部を除いて死ぬまでずっとそのままだったのであって、けして大人になるにつれ彼も丸くなり……というような筋書きじゃないんだよね。

    不思議なのは、日本ではJobsのような人間は落伍者であり嫌われ者であるはずなのだが、彼をもっとも嫌いそうな年代の人々から、どうやら高い支持を得ているということなんだ。あまつさえ若者に「Jobsたれ」というような無茶振りをしている。
    (せっかくなので、ここでJobsにまつわるオモロイ写真を紹介しておきます→)
    (と思ったが、なんだか最近妙に慎重になってしまったので、ガメさんにだけURLをメールで送る)

    「えらく金をもうけた」ことが金銭……いや琴線に触れたのかなあーと思うがやっぱり分からない。普段の当の若者に対する態度とJobsに対する態度がちぐはぐなので、こんなことで自己撞着するなよ、と突っ込みたくなる。
    彼らは当然、Steve Jobsくらいは日本語ででも読んだだろうが、ああいう人を脇に置いておきたい、なぜなら彼はきっとやってくれるからだ、と彼らは考えたのだろうか。私はそう思えるか自信がない。

  2. SDどん、

    >不思議なのは、日本ではJobsのような人間は落伍者であり嫌われ者であるはずなのだが、彼をもっとも嫌いそうな年代の人々から、どうやら高い支持を得ているということ

    「成功したものから学ぶ」というのは近代日本が西洋世界に大急ぎで追いつくために発明した効率的な方法だったが、効率的すぎて理解の仕方がケーハクになってもうたので、SDはそこに違和感を感じるのでしょう。

    Jobsは日本だけでなくてアメリカの、しかもコンピュータコミュニティのようなところでさえ嫌われるひとだった。ところがあのひとがもっていたマーケティングのヴィジョンというのは素晴らしいもので、ウォズニアックは、あいつが考えて、おれたちがつくる、そーすると、ワーオ、みんなが興奮して夜も眠れないものが出来るんだぜ、という。

    お友達サークルでは新しいものは出来てこなくて、Jobsのような人格も含めた「不協和音」が渾沌を生んで、そこからいろいろなものができてくる、ということもあるみたい。

    日本の社会が脱亜入欧の武器にした「成功例を真似する」という方法は、世界の変化のスピードが速くなりすぎて有効なものではなくなりつつある。
    でも賢い日本人のことだから、もうすぐ学習して違う手をあみだすと思います。

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