1+1=1

人間は心のなかの混沌がうみだして、息をのんだり、涙をこらえたり、疑問におもったりすることのうちの、ほんの微かしか整列した言葉にすることは出来ない。
整列して自分の頭から外に出て行く言葉にあらわす事が出来なかった膨大な量の言葉は、そもそもほんとうは「考え」られていたのかどうかも判らず、あとで言い訳のように、ああきっと自分もそう思っていたのではないか、それは自分でも考えていたよーな気がする、と思うだけのことで、自分の意識にも誰にも、真実は判らないのが普通であると思う。何か他人が考えを述べたときに「口には出さなかったが、自分もそれを考えたことがある」と言えるひとは、よほど思考というものについて楽観的なひとであって、自分もそう考えていた、と思うその考えは、たいていの場合、そんな気がしているだけのことで、よく自分の心を相談してみると、跡形もなくて、なんとなくそんな感じがしただけのことであるよーだ。

ところで、この自然が神にとっての言語をいくらかでも反映しているとすれば、表現されないものは存在が保証されないので極く微小な世界あるいは時間と空間の区別が意味を失う巨大な世界において人間の意識の埒外で神は何事かを「聞き取りにくい声」で呟いて見せているのでなければならない。
その低い声で呟かれている現象を人間は少しづつ聞き取って、量子の存在と運動のありかたや、ビッグバン、あるいは(人間の言葉を使って神の視点に立ってみせた小さいが見事な例を挙げれば)すべての楕円曲線がモジュラーであることを知ることによって人間は自分達の言葉に翻訳してきた。
宗教家たちは、「それでもその外側に神はいるのだ」と(多分自分でも自分が言っていることの意味がよく判っていない)姑息な主張をして抵抗したが、外と内という概念がもう意味をなさなくなるまで自分が秘匿してきた「呟き」が人間にとって聞き取られてしまったことを理解できないほど神の理性が低劣であるとも思えない。

人間がいま知っていることは、どうやら「神」というものの実在は存在を証明されることによって直ちに死に至る論理的な仕組みをもったものであって、どうやら、(人間にとって運が悪いことには)われわれは神の実在を証明してしまったらしい、ということだった。

神は、だから、もう死んでしまった。
これ以上の皮肉が、この宇宙にありうるだろうか?

この記事のふたつ前にある「誇り」に掲げてある写真は南仏のラベンダ畑で、この白い道を、大きな花柄の、うすいコットンのサマードレスを着て、なんだか踊るような足取りで、わしの前を、ほんとうはそこにいない人のように、陽炎のように、歩いていたモニをおぼえている。

多分、ふたりとも労働ということをまったくしないせいで、たとえばパークアヴェニューをユニオンスクエアに向かって歩いているときでさえ、なんだか信号を渡るところで、ふたりとも消えてしまうような錯覚におちいることがあった。
自分の肉体が、ちゃんと自分の魂のいれものとしてあるのに、なんとなく自分がここにいるような気がしない。
まるで自分達が誰かの夢のなかの、ふたつの幽霊のようなもので、現実でないような気がしたりした。
トイレにいって、でっかい、立派な、一回や二回のフラッシュでは流れそうも無いウ○コが出ると、はっはっは、わし、ちゃんと人間じゃん、と安心したりした。
モニさんもトイレで同じことを考えた事があるかどうかは訊いてみたことがないから判らないが、吾妻ながら、あのくらい途方もない美人に生まれつけば、鏡を見て、自分が現実の人間でないのではないか、と疑ったことくらいはあるものだと思われる。

小さな死を死ぬときでも、モニはあますところがないほど女のひとであって、どんな細部も惜しむようにからみついて、貪欲に滑らかにしてゆくのに、そうして天上の、としか表現しようがない匂いが立ちこめてくるものであるのに、少しだけ上気はしても、完璧に美しい人であって、ガメと一緒に寝床にはいると壊れてしまうか気が狂ってしまいそうだといいながら、嫌がりもしないで朝までちゃんと付き合ってくれる。

結婚というものは、もっとわしの人生を食い尽くして、平板にして、ダメにしてしまうものだと考えていたのに、こんなことは計算のうちにはいっていなかったので、わしは戸惑う。

わしには何が起きているのだろう?
いや、それは論理の上で正しくない(^^)
モニとわしには何が起きているのだろう?

子供がうまれれば、今度は母親と父親になって、もっと可視性の高い生活になって退屈なりに平仄のあった生活になるのかと思っていたが、いざ子供が生まれてみると、そーゆーものでもないよーです。

モニもわしも、子供が生まれる前よりも、なんだか不良になってしまったよーである。
無軌道にお互いを(これは笑うべき死語なのだろーが)愛するようになってしまったような気がする。

(ゆーてもた)

子供が出来たときには、モニがわしよりも子供のほうを好きになったらどうしようと、そればかり考えて心配したが、そーゆーことでもなかった。
そーゆーことでは父親も母親も失格であると言う日本語インターネットの人がいたが、それなら、わしはモニが母親に失格することを望んでいたのである。
まして父親においておや。

子供がかわいくないのか、といいたがる人がきっといるに違いないが、モニもわしも子供はかわいい、どころか、かわいいというような次元の問題ではなくて、この世界に出来たモニとわしの物理的支店のように思っておる(^^)
子供の独立した人格などは、まだいささかも認めていなくて、ただただモニとわしの融合した一部である。
魂ごと私有している。
子供の人格の独立を認めたあらゆる児童保護法にまっこうから対立しておる。

こーゆー考えをもつと子供は必ず将来不良になると本に書いてあるが、不良は不良の心を知るという。おかーさんはマジメな人だが、おとーさんはもともと不良なので、無茶苦茶なことになってもダイジョーブであるよーな気がする。
せいぜいマジメなおかーさんの側に立った子供が、ある日、チョーふまじめな父親の射殺を思い立つ程度ですむのではなかろーか。

どーせ、この世界の規範に照らせば、ろくでもない不良のバカップルなので、誰がどう考えてもかまいやしない。
ラベンダの野原を、踊るような足取りで歩くひとの後をついて、
どんなふうにでも、誰にも到底おもいつかないほど、幸福になるであろー、と思うのです。

もしかすると、アビニヨンの、あの強烈な夏の太陽の光にきみの眼がくらんで、ぼおっとなってしまった視界がもとに戻る頃には、モニもわしも乾いた熱い大気のなかに消え入ってしまうかもしれないけれど。

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6 Responses to 1+1=1

  1. Portulaca says:

    このごろモニさんのことがツイッタでもブログでもあんまりでてこないなー、と、ちょっと寂しく思ってたら、この記事がでてきた。
    今まで書かれたものの精油のようだ... 

    自分が一番好きな文はどれかなー、と、特定しようと何回も何回も読んだけど、できひんかった。
    いつもは、記事を読んでるとすぐに一個か二個の文が他の部分に比べてくっきりとした輪郭をもってパッと目に飛び込んできてそのまま心に残るのだけど。

    なので私の中では、この記事はぜーんぶまとめて一つのかたまりになってます。

  2. dajagkog says:

    はじめまして。私もモニさん(と「Touch Wood!」)が出てくる記事がすごく好きです。

    好きな人と一緒になるためにたくさんの障害を乗り越えようとしている真っ最中なので、憧れのような、実現しなかった過去を二重写しに見るような気持ちで読んでいます。

  3. にきーた says:

    気のきいたひとことを書ければいいのに、どうもうまくおもいつきません。ガメさん、モニさん、おめでとう。おちびちゃん、ようこそ。いつかどこかで会えたらいいな。

  4. Akira says:

    ガメさん

    福島くんの件、問題在りません。有り難う御座いました。
    彼もこのブログを読んでいると思います。世間では普通に放射能が心配で怖々質問される患者さんがいらっしゃる中で、「普通に答えて上げられない」医者が殆どです。彼は本当に心優しい、何より旅行が大好きで写真を撮る事が大好きな奴でした。ニュージーランドにも行って、そこからイースター島に渡って撮ってきた写真も良いものでした。(ところでニュージーランドのムール貝は半端無く大きいですね!?)

    我々の様な種の医者は今の日本では息を吸うのがシンドイです。教授以下、医局では「放射能」の「ほ」の字ももう出ません。震災後ガメさんのブログに辿り着いても、他の人が書いてらっしゃいましたが、「読んでいる場合では無く行動に移さねば」と気ばかり逸る部分もあります。一体どんな人間かも解らないかと思います。
    時折りくだらない書き込みもしてしまい申し訳なく思うこの頃です。しかし眼を瞑ると、ガメさんとモニさんが東京を、軽やかに、、楽しく歩く姿が眼に浮かぶ様で、何とも不思議な感覚を覚えます。広尾近くの病院で私は研修していましたが、私の病院にお二人は訪れて居ないはずなのに、、お二人の姿が思い浮かぶのです。何ですかねこの現象は?(笑)

    私の祖父が北軽井沢に昔セカンドハウスを建てていました。そこには音楽村という所があります。その森の奥には白樺で建てられた小さな吹き抜けの音楽堂が在りました。祖父も医師で、高速など無い当時、遠路をバイオリンを助手席に、毎年避暑に訪れ、他の音楽家と演奏をしていたのです。だからガメさんの軽井沢のくだりも、とても興味深いのです。このゴールデンウィーク中、医師である父親は分かっている筈なのにその森を訪れてしまいました。スタインウェイが気になって仕方なかったようです。その内必ずフタを開けて調律になってしまうのに。。。

    以下また世間話を書かせて貰うと、ところで「モニ」さんも無論ペンネームだと思うので、我が家のモニさんとダブらせるのもガメさんにしてみればお門違いというか、、オカシな話なんですが、、、(笑) 回を重ねて読ませて貰っているうちに、本当にそういう「高貴な」方達が居るのだなーーと驚愕しています。以前すごい美しい方の写真が何回かありましたね、、、Madeleine Stoweさんに似ていませんか??(「いや、あの女優より美人だぜ!」って??笑) まるで以下の王女様達のようで想像がつきませんや。。。(^^;;

    でもねガメさん、手前味噌だけど内のカミサンはオイラと違って常識の在る本当に今は絶滅寸前の大和撫子のような女性なんです。オイラはともかく、話したらきっと楽しいと思いますヨ。でもね、娘は日増しに上記の画像の姫様みたいに可愛くなって、街を歩けばスカウトされまくりだし、ポンポン喋るようになってくると、、悔しいかな最近はカミさんを通り越して娘がボスになっちゃって、二人の関係は違う物に発展しているんです。無論カミさんは国外が絶えきれなくて帰ってきちゃって、「私たち二人の誕生日を調べたらやっぱりソールメイトだった!」と物凄く喜んでくれている、、、
    子供ができると色んな事が変わるんですよね。なんかラジオ結婚相談みたいで恐縮ですが、、要するにお二人は仲睦まじくて何よりです。
    長文で失礼しました。おやすみなんしょ。。。

    • Akiraさん、

      >福島くんの件、問題在りません

      よかった。

      >彼もこのブログを読んでいると思います

      そりゃ嬉しい。

      >「普通に答えて上げられない」医者が殆どです。

      医者といえど科学者なので、科学の決まり事に従えば当たり前と思う。
      そこにつけこまれてしまうのね。

      >ところでニュージーランドのムール貝は半端無く大きいですね!?

      そー。モニさんなんかは、初め、(アキラさんが知ってるとおり欧州では小さいムール貝ほどおいしいということになっているので)「ぎゃあああ」という感じでごんした。逆にオイスターは小さい(^^)

      わしは一応欧州人の客には「ほら、地球の反対側だから、なんでも反対なんですね」とゆって科学的に解説することにしてます。

      >ガメさんとモニさんが東京を、軽やかに、、楽しく歩く姿が眼に浮かぶ様

      現実には、モニは涼しげなみためでしたが、わしはゆでだこみたいに真っ赤になって「あぢー」ばかりしていてむさくるしくかっこわるかった

      >北軽井沢に昔セカンドハウスを建てていました

      向こうのほうが、散歩とかはいいんですのい。買い出しやなんかは不便だが、話に聞くむかしの軽井沢の生活に近いのは向こうかもしれない。今度千ヶ滝にビルゲイツが別荘を建てるそーで、軽井沢はあっちの方向に向かって発展するのかもしれません。

      >森の奥には白樺で建てられた小さな吹き抜けの音楽堂が在りました。

      そー。あそこは音楽家の人がたくさん住んでいる。よく小コンサートやってましたのい。

      >ところで「モニ」さんも無論ペンネームだと思う

      内緒。案外、そーでもないかもしれなかったりして。

      >我が家のモニさんとダブらせるのもガメさんにしてみればお門違いというか

      そーゆー悲しいことをゆってはいけません。

      >以前すごい美しい方の写真が何回かありましたね、

      わしの不慮の死を願う友人が多い(^^)のは、むかしから、わしに美人のお友達がおおいからで、そのうち、それこそ、ナスやjosicoはんやすべりひゆ、そしてもちろんAKIRAさんとモニさんに会うためにブログやめちまうべと決心する日が来た日には、すべての調節美人友達の写真を毎回の記事に並べて、最期はわしが妻のチョーゼツ美貌をだいだいにのっけって、にはは、と笑って終了しようと思っておりまする。

      >手前味噌だけど内のカミサンはオイラと違って常識の在る本当に今は絶滅寸前の大和撫子のような女性なんです。

      「良い顔」というが、ほんとうにやさしい良いお顔ですのい。わしはああいう顔の人、男でも女でも好きです。(小さい声でいうと)わしのUK人友達の奥さんに顔が似ている。一瞬、ありゃ、ご姉妹であらせられるか、と思いました。

      >長文で失礼しました

      いつもアキラさんのコメントを何回も繰り返して読む。
      匿名(とゆっても5年もつきあってれば「別名」みたいなもんだが)で、物事を書いて友達がふえてゆくことの意味や、外国語にしがみついて表現することの意味を考える。

      末永くつきあえればと思います。

      でわ

      ガメ

  5. Akira says:

    ガメさん
    お返事有り難う。我が家のモニさんについてお褒めの言葉感謝致します(なんか言わせちゃったみたいですが、、、苦笑)今更ながらガメさんの日本語はオイラにはMorley Robertson以来の衝撃でした。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%BD%E3%83%B3 彼は親父さんが米国の医者で、ヒロシマ原爆の被爆者のデータをを取る為に来日していた折、日本人の女優さんと出会った。現在はジャーナリストで白髪の品の良い、しかしハッキリ物を言うガテンな叔母ちゃんになられてます。だからモーリーは日本語は話せるのは当たり前、しかしガメさんは物心ついてから勉強されたということで、うちのカミさんも仏語やスペイン語もできるけど日本語はガメさんに比べれば「こりゃ話にならんで〜〜?!」って感じですヨ。
    東大受かったけどハーバードに行って挫折、、、その後音楽で身を立てて帰国したモーリーはラジオ番組(J-wave)でAcross The Viewhttp://ja.wikipedia.org/wiki/Across_The_Viewという深夜放送のDJをやっていました。「僕の知ってる限り漢字が書ける外国人は極めて少ない」なんて言ってたけど、その後付き合ったフランス人の彼女はガンガン漢字を書いてて『CIAのスパイか?!』とビビってたもんです(アホ)

    >ビルゲイツが別荘を建てるそー
    ホンマに?? 中軽ですね、、北佐久は汚染がそうでもないらしいからかな?? それともホルミシス治療目的?? 鬼押出しも近いし自然の放射線量も結構ありそうですね。
    ところでいつか会って話せるのは楽しみですが「>会うためにブログやめ」なくていいじゃないですか?(^^)

    最後に、、こちらこそ、これからもどうぞ宜しく御願い致します。

    P.S 前回送った写真は本郷の間違いでした。こういうの要らなかったら言ってください。
    見あたらなかったらゴミ箱にあるでしょう(苦笑)

    Aki

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