天使の糸

大叔父というひとはギョーカイでは名をしられた科学者であって、温厚なじーちゃんということになっているが、ほんまはチョー軽薄な酔っ払いじーさんです。
年がら年中知らない国の知らない町で社交生活を強要されて冗談にならない鬱病の危険にさらされてきた大叔母や、たびたび学校が変わるので何度も不良になりかけた息子や娘たち(日本語で大叔父の子供がわしからみると何になるのかわからん)を尻目に、というか、家族の迷惑を全然省りみずに世界中を転々とする研究者生活を送って家族崩壊のリスクを抱えたまま自分だけ研究の快楽に耽ってくらした科学ジャンキーのごとき人である。
特技は突然眠ることで、いま大声をあげて笑っていたかと思うと次の瞬間がくっと死人のように頭を垂れて熟睡している。
1時間すかすかと眠ってから、いきなりまた眼を覚ましてさっきまでの話の続きをする。
むかしは、わしにはこれが面白くて仕方がなくて、なんで、ねえ、D(大叔父の名前でんねん)、なんで?と聞くと、マジメな顔で、「ぼくの大脳はひとより活動が活発なので休養が必要なんだよねー」と、いつもの軽薄な調子でこたえておった。
この軽薄さがこのじーちゃんの特徴でもあって、このあいだはひーばーちゃんの見舞いに行ったのはいいが、あんまり誰がなんだかよくわかんなくなっているひーばーちゃんに、
「ちゃんと行儀良くしないと、おとーさんがお尻をおもいきりペンペンしちゃいますぞ」と、全然笑えない冗談を述べたら、ひーばーちゃんが絶叫して怖がって、緊急ボタンを押して病院中大騒ぎになり警察に連れて行かれる、という騒ぎになったりした。
国籍が年がら年中ころころ変わっている人で、もみあげを生やしたりしていた若い頃はアメリカ人がかっこいいと考えてアメリカのパスポートをもっていたが、そのうちにクロコダイルダンディを見たんだかメル・ギブスンのバカっぽい魅力に惹かれたんだかなんだかでオーストラリア人になったりしていたが大叔母はそういうくだらない趣味に付き合う気はなかったのでイギリスパスポートのままで、よく考えてみると、オーストラリアにいるときには結婚していることになってないのではないかと疑われたりした。

とにかくスーパー軽薄なひとで、わしとはたいへんウマがあって昔から仲良しだが、親戚一般のあいだでは近寄らないほうが良いとされているひとです。

このひとが、チビガキであったころから、わしに言い聞かせたのは、「一生というスポーツは一勝すればいいだけのスポーツなんだよ、ガメ」ということであった。
「一回、勝てばいい。あとは全部負けでいいのさ」

自分よりも若い友達、という恐ろしげなものが出来たせいで、「わしはこれからどんな仕事をすればいいんじゃ」というよーなこわい質問をされることがある。
仏陀が相手を見て法を説かねばならぬ、とゆっているので、相手によってわしの返答は変わります。
決して、そのときの気分でテキトーに答えているわけではない。
(そこのきみ、なにを笑っておる)

だいたいいつも、銀行強盗をやってみたらどーだ、とか、5ドルくれればロト必勝法6つの数字を当てる古代イスラエルの秘法を教えて進ぜよう、パワーボールも必要な場合は12ドルね、とゆってマジメに相談に乗っているが、聞いていると、こ奴の人生観は根本から間違っておる、と思う事がある。

どーゆーふーに間違っているかというと、まず、職業に一生を過ごす上での保障を求める、という態度で将来を考える変人58号がいる。
医者になりたい、という。
なんで? 人体のようにぐじゃぐじゃなものに埋もれて一生を過ごすなんて生ゴミ屋さんみたいではないか、第一あれは微分できんぞ、きみ、と思うが、本人は至ってマジメで
「生活が安定する」という、医者が聞いたら頭のてっぺんがパカッと割れて噴火するか、椅子から転げ落ちて大笑いしそうな返答をしたりする。
日本のひとの場合なら同じ理由で公務員になりそうなひともいそーな気がする。

ちょっと考えてみれば判るが、こういう職業の選択は根本から誤っていてしかも自分の一生にとって危険である。

だって、医者も上級公務員も死ぬほど忙しい仕事ですぜ、旦那。
あの気違いじみてバスター・キートン的な忙しさを乗り切っていけるのは、一文にもならない使命感や学問上の変態じみた、しかし熱狂的な興味があるからで、「生活の保障」というような松竹梅に分かれた生活保護の松を注文したつもりの職業選択で乗り切れるようなものではないことを失念している。
そもそもその職業に適性がない人間が医師になったりすると、多忙とストレスのあまり早死にするであろう。
第一、偏差値が高かったので医者になっちゃいましたあー、というような臨床医に診断される患者は哀れというか絶体絶命というかで、周囲にとっても迷惑なだけです。

日本なども、こーゆー「頭がよさげな人生を送りたい」というだけで医者になったアンポンタンが多いので患者が塗炭の苦しみにあうというが、自他共に崩壊しているのは、そもそも医師の側で職業選択に誤解があったせいがおおきいと疑われる。

親の明かなあるいは隠蔽された願望にこたえて職業を選んでしまうことも同じで、そーゆー選択をすると、自分で自分の喉首を締め上げてゆくような一生にならざるをえず、途中で縊死するか投身か、あるいは必死の意志で生き延びた今際の際に、「おれの人生はいったいなんだったんだ」と虚しくつぶやいて死ぬことになりそーである。

むかないことはやらない、というのは職業選択の第一歩であると思われる。

生活の安定をめざして職業を選択すると人生そのものが崩壊する、ということを念頭においた次には、人間の一生においていくどか否応なく迫ってくる勝負のいちいちに勝っていては身がもたない、ということがある。
そんなことをしていたら、日本の社会で言えば、小学校の頃から週末は塾に通って、中学試験のためにカブトムシやマリオブラザースと熱狂してすごせたかもしれない後々の一生の全基礎をなす取り止めなかるべきガキ時代が参考書の紙魚になってしまうやもしれず、まして大学入学の年齢ともなれば、全然役に立たないのが保証された英語や、作者もついに知ることなく死んだ「作者が言いたかったこと」や、コンピュータのほうがずっと速く書いてくれるパラメータの軌跡で、ほんとうはすべこい肌の女のこたちの甘酸っぱい匂いやオランダでボロ中古車を買ってモスクワまでドライブするアホな楽しみに惑溺できたかも知れず、より重大なことは、余りまくった時間のなかでイリアドに耽溺したり、あるいはn(>5)次元の世界を現実に「見る」修験に明け暮れたり出来たかもしれない豊穣で馥郁たる長大なひとつらなりの時間を細切れにして、午前は英語午後は物理、夜になったら数学というようなサラリーマンの未決箱のなかの生活のように分断された惨めな時間を過ごして、自分の時間の肉体をすっかり殺してしまい、時間というものの伸びやかさにすっかり見放されて、コチコチと鳴って意識を脅かすだけの、脅迫的な時間しか残りの一生に与えられなくなってしまうということがある。

そうやって時間が切り刻まれた屍体のようなものになってしまえば、一生などはそこでもうおしまいで、二度と生きた姿で戻ってきてくれるものではないだろう。

ところが悪いことばかりではなくて、人間の一生には、いったいどういう理屈や仕掛けによるのか、どんな無茶苦茶なすごしかたをしていても、すっかり諦めて顔を背けてさえいなければ、いつのまにか目の前に、ゆらゆらと、ひらひらと、微かに、頼りなげに、蜘蛛の糸がたれてくることがある。
なんじゃ、こりゃ、と手にとってみれば意外やそれは強靱な糸で、試みによじ登ってみれば、これはなんとしょう、自分の身体と魂の全体を支えてまだ切れずに、しかも本人が筋力に訴えてのぼらなくても、誰かが引っ張りあげてくれるもののよーである。

世界で初めてのジェット戦闘機Me262を操縦したアドルフ・ガーランドは「まるで天使が後ろから押してくれているよーだ」とゆったが、うまく自分にあった蜘蛛の糸をみつけたときの印象はそういうようなもので、なんだかすいすいと、あっというまに遠くまで行ってしまうものである。

国語(英語)力にいちじるしく不足した大叔父が述べた「一勝」というものは、実はそういう内実のものであると思われて、普段、アメリカで馴染んだベースボールの試合にばかり熱中しているので、神聖な蜘蛛の糸もグランドスラムで勝ったワールドシリーズの最終戦、というようなチョー下品な表現に頭のなかで置き換わってしまったのだと思われる。

その蜘蛛の糸は、どういう状況であらわれるもので、どうやってそれを待つべきか、ということを是非きみに伝えねばならないが、わしはこれを朝ご飯を食べないまま書き出していて、もうお腹がすいて、目の前をステーキサンドイッチが流し目をしていったりきたりするようになってきたので、続きは今度にします。

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12 Responses to 天使の糸

  1. AK says:

    大叔父さんの考えは正しいと思います。
    「一回、勝てばいい。あとは全部負けでいいのさ」

    さらに、それが「価値ある一勝」であれば、もうお釣りがくるぐらい。だからこそ、「ラットレース」に関わっている暇などあるわけがないのです。

    但し東京の現状は「小学校の頃から週末は塾に通って」どころか、平日も毎日夜9時まで塾通いの小学生も多いようで、自称庶民の私が遅くまで残業して帰りに乗る路線バスには、男女問わずそのような小学生の大群で満員です。

    「きみたち、こんなことしていると、将来、ロクな大人(おとな)にならないよ!」
    と、夜遅くの満員バスの中でひとり呟くわたくしでございます。

    • AKどん、

      イスタンブルどーですか?アジアンサイドも行くの?
      (ちくそー、うらやましー)

      >「ラットレース」に関わっている暇などあるわけがない

      ラットレースにはいっちゃうと1勝する機会がなくなるっちゅう欠点あるよね。逆に世の中の側からみると、なんとかして大勢のひとにラットレースに参加してもらったほうが楽なわけです。
      やーね。

      >東京の現状は「小学校の頃から週末は塾に通って」どころか、平日も毎日夜9時まで塾通いの小学生も多い

      日常化して誰もヘンだと思わなくなってるだけで狂気の世界よね。わしは、見ていて怖かったす。

      トルコでは確かショットガンだけはパスポートみせるだけで買える。今度はイノシシ狩に田舎っちゅうのはどーですか?

      • AK says:

        >イスタンブルどーですか?アジアンサイドも行くの?

        本当に私はただのツーリストですので、やはりヨーロッパ側が中心でございます。
        この新型カメラ、調子いいみたいです。

      • AKさん、

        >この新型カメラ、調子いいみたいです。

        ありい?メドゥーサの首って水のなかじゃなかったっけ。あとで自分の撮った写真みてみるべ。

  2. とら says:

    >自分よりも若い友達
    ぼけーっとネットで映画拾って観てたら、Eddie Redmayne ちゅう、
    かわゆらしいお顔の男の子がガメさんよりふたつみっつ年上なのに気づいて感慨深いっす。

    メールしちゃいました。
    ご迷惑だったらゆってやってください(^^;)
    衝動的にまた送りつけかねないから。

    大叔父の子供っていとこ違いって言うんですね。
    使われてんの聞いたことないや。ふーん。

    (違うメアド使うので、このアホコメ削除しちゃってください。ごめんなさい(^^;))

    • とらちゃん、

      >Eddie Redmayne

      あーゆーモデル顔のあまあーい表情のひとて、全裸に剥いてクビに鎖つけてテーブルの下で飼いたくなりますのい(^^)
      ほれ、これ舐めたら朝ご飯投げてやるぞ、なんちて足の拇cしゃぶらせるとか…

      >大叔父の子供っていとこ違いって言うんですね。

      方違えの親戚みたいな言葉ですのい。
      やっぱり、あの家族は何事か根本から間違っておるのだな。
      納得。

      >このアホコメ削除しちゃってください。

      やだもん

  3. Akira says:

    >医師の側で職業選択に誤解があった

    今の日本の医者の9割5分がそうなのではないでしょうか?

  4. Akira says:

    追記
    ガメさんへ

    或る者は去り、或る者は留まった現実の中で、「>福島県出身の医者、」から了解を貰ったのでここに記載させて頂きます。
    ********

    「線量計を入手し、それ以降は浪江(津島や赤宇木)の警戒区域検問所までや飯舘、南相馬へ何度も足を運びました。福島がどうなったのか目に焼き付けておきたい、即ち心に生涯留めておきたい気持ちでした。マスクも防護服もせず、原子炉からは170種近くの核種と言われてますから、結構吸い込んだんじゃないかと思います。それはHCV陽性の患者の血液を浴び、洗浄すれば良いという感覚に近いでしょうか。どうして私はデモに参加しなきゃならないんでしょう。やりたくもない。再稼働なんて正直どうでもよい。ふくしまだけが救われればよい。学ばない人間は同じ失敗を繰り返すだけ。チェルノブイリで自分もそうだった。明日の電気がどうなるかも分からないのに、何も危機感のない東京の人たち、日本の人たち、強いては職場の医者たち、私だけが当事者だからデモに参加が妥当でしょうか? 東京都民が加害者の一人であることをも忘れてはなりません。少なくとも福島県民にとっては。気付かない人が殆どなんですね。毎日がこの仕事なので、とにかく医者どもがバカに思えてなりません。本当に何も知らないんですね。
    こんな話が出来る医者が貴君だけとは悲しい現実ですね。素晴らしいことでもありますが。東京は平和です。」
    ********

    学業は出来る出来ないで医者になったかどうかに関わらず、
    医者が「自分が医者に向いていた」と思える瞬間などは、、1年に1回在るか無いかだと思います。むしろ幸運にも研修医時代などに奇跡のホームラン的救命経験が在る医者は幸運かも知れません。その経験を一生の糧にできるかもしれません。
    医業は芸術に例えられる時がありますが、「切った張った」の神の手の持ち主ならいざ知らず、内科医などは地道な作業です。一生報われなくても心が折れない為には信心深さも必要でしょう。しかし上記の現実問題が目の前に有る状況で黙りを決め込むという精神構造の持ち主にだけは「医者などではない」と言いたい。上記のバカ医者というのは、要するに診療はそこそこに英文雑誌に掲載されることだけ考えている業績狙いの種類の医者なんだと思います。しかしそういう輩は意外に充実感を日々味わっているようなんです。
    友人医者同様、福島の現実から考えを避けられない頭の足りないオイラは、芸術に進むにしても、医業を廃業するまでは、目の前の患者さんに全身全霊を見据えて毎日倒れるまで働くしか無いと思っちょります。

  5. Akira says:

    追記2
    >次の瞬間がくっと死人のように頭を垂れて熟睡している。

    楽しい大叔父さんですね! しかしその症状はナルコレプシーではないですか??(^^;;

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC

    • AKIRAどん、

      福島出身の同僚のひとの言葉ツイッタしちった。

      >しかしその症状はナルコレプシーではないですか??(^^;;

      みんなそう思うんだけど、ちゃいまんねん。
      自分の意志で眠っているので、チョー自己中心的なだけなんですのい(^^)
      長時間運転しもて眠りません。
      ときどき、ものを落っことしてハンドルの下に頭つっこんで、蛇行するという恐ろしいことをするくらいで他には大過ないよーです

  6. katshar says:

    gameさん、松竹梅の中で松が良かったのは昔の話です。
    いつの頃からか、梅がいちばん高級ということになりました(^^)

    • kasharさん、

      >いつの頃からか、梅がいちばん高級ということになりました(^^)

      ウソでい。アルバムみると梅ばーちゃんよりも松子ばーちゃんのほうが美人だったぞ

コメントをここに書いてね書いてね

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