オダキンどんへのご返信

アンザックデーはオーストラリアとニュージーランドという軍事的にはほぼ恒久的な同盟関係にあるふたつの国が、初めて一緒に戦ったガリポリから最近の戦争まで、お互いの国の、戦場で死んだ、あるいは生還した若い兵士たちを称えて、彼等の栄光と悲惨を思い出すために作られた記念日です。
今年のアンザックデーの一番のおおきな見出しは、25人のうち17人がに首を刎ねられて惨殺された日本軍の捕虜になったタラワ沿岸警備隊の最後の生き残りのジーチャンが、いままで3人の親友が含まれる日本人による捕虜虐待・惨殺の記憶に苦しめられてでかけてきたことがなかったアンザック記念式典に初めて出かけて献花した、というニュースの見出しだった。
http://www.stuff.co.nz/national/last-post-first-light/6806205/Last-Coast-Watcher-remembers
このニュースを観て、「とうとう日本は誤魔化し続けて、生き残りが全部死ぬところまでこぎつけたわね。賢い国民だわ」と中国系ニュージーランド人のSさんがゆったのは、
この生き残りおっちゃんが91歳だからです。
Sさんの中国に残って居る家族は、3人が日本軍によって殺されている。
ばーちゃんは、日本兵に強姦された被害者のなかでは奇跡的に殺されなかったひとのひとりだった。

わしにはオダキンという最近ネットで知り合ったお友達がいて、
今日の朝、起きてみたら、いくつか話しかけられていた。
ツイッタでこたえよーかなあーと思ったが、ブログのほうが楽そーなので、
ブログ記事で答えることにした。

オダキンさんの発言、以下の通り、

「@odakin @gameover1001 @wagonthe3rd @sd_alice @ukoh_rain んでフランスの対日感がそんな悪くないのに関しては、第二次大戦後ヴェトナムやアルジェリアの独立戦争があったから、日本が植民地を失った直接の引き金、って感じがしないのかなと」

「@odakin @gameover1001 @wagonthe3rd @sd_alice @ukoh_rain 一方、中国や米国の対日感情がそんなに悪くない(中国に関しては日本がやった悪行に比するほどは悪くない)のは、戦勝国だからかなと。(英蘭は植民地のロスの方が大きい。)」

「@gameover1001 @wagonthe3rd @sd_alice @ukoh_rain 英(連邦)にとっては膨大な植民地を失う結果につながった旧敵国だからな。(むかし昭和天皇が死んだ時の英大衆紙の一面見出しが「暗黒魔王を地獄が待ってる」だったと読んでちょとワロタw」

「@odakin @gameover1001 @wagonthe3rd @sd_alice @ukoh_rain 一方、中国や米国の対日感情がそんなに悪くない(中国に関しては日本がやった悪行に比するほどは悪くない)のは、戦勝国だからかなと。(英蘭は植民地のロスの方が大きい。)」

「@odakin @gameover1001 @wagonthe3rd @sd_alice @ukoh_rain んでフランスの対日感がそんな悪くないのに関しては、第二次大戦後ヴェトナムやアルジェリアの独立戦争があったから、日本が植民地を失った直接の引き金、って感じがしないのかなと」

最近は、ひたすらアニメとマンガのおかげで日本への感情は和らいだが、それ以前は、ニュージーランドやオーストラリアの対日感情は日本のひとのほうで考えるのとは大きく異なって「ものすごく悪かった」というのがわしのふつーの印象で、その原因は何かというと、わしが子供の時ならば、VJデーなどには、まだ文字通り朝から晩まで手を変え品を変えて放送されていた。「日本軍の残虐ぶり」「日本の捕虜虐待・虐殺」「日本軍の市民虐待・虐殺」というような番組の数々で、正視するのも大変な番組をわしはひょええええーと思いながら観ていたりしたものだった。
もうひとつの理由は、英語圏の家ではじーちゃんやばーちゃん、ひーじーちゃんやひーばーちゃんたちの体験談を好んでガキどもに伝えるが、戦争話を通じて受ける「日本人」の印象は酷いもので、そーゆー話を聞いたあとでは、わしのマブダチである従兄弟(父親が日本人)に会う前に、よくものごとを考えて、必死に心構えを決めてから会いにいかねばならなかった。日本人の「ほんまに人間なのかな、このひとたち」といいたくなるよーなチョー野蛮な無茶苦茶ぶりを観て受けたショックを、従兄弟の前にちらとでも態度としてみせるわけにはいかなかったからです。

あるいは、町に出て、「きみは、いくつかね?」というような質問で始まるじーちゃんたちとの愉快な会話も、ときどき、どうかすると、とうのは外を日本人の団体観光客の長い長い列が横切ったりすると、日本の話に変わることがあって、さっきまで、あんなに朗らかで、闊達な調子だったじーちゃんの顔が突然紅潮した固い顔になって、
「あんなやつらを国にいれてカネを稼ぐやつらの気がしれん」という。
日本の人が嫌いなんですか?と訊くと、
「おれは日本人とだけは口を利かんことにしている。あいつらは人間じゃない。
ぼくは親友を収容所で5人もなぶり殺しにされたんだ!」という。
涙すら浮かべているので、感情が激したオトナというものを滅多にみることのないニュージーランド社会では、異様なことで、なんだか心臓を誰かにつかまれているような、息苦しいような気がしたものでした。

とゆーわけで、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアの、わしから観ても過去にはやや激越だった、とゆわねばならない対日嫌悪の感情は、わしの個人の経験に照らすと、どうも純粋に捕虜収容所の残虐さにあるよーな気がする。
上の世代に蟠っている、「日本」という存在への「やりきれなさ」「なんともゆえぬ不愉快さ」「非人間的な傲慢への出口へのない怒り」というようなものは、すべてそこから来ている、というのがわしの観察です。

オダキンは、「フランスの対日感がそんな悪くない」と述べているが、フランス・スペイン・イタリアという国のなかではフランス人は伝統的に「アジア人はまるごと劣等」というものすごい人種観がかつてはふつーに普及していて、いまでもそんなに変わっているように見えないが、そういうこととは別の価値観として、日本の人が(自然なことだが)よく誇りにする浮世絵茶碗紙以来の「日本趣味」というものがある。障子が日本の外でもっとも普及しているのはフランスのカネモチなんちゃうかしら、と思うくらい、それは浸透していると思う。
そういうことと、大陸欧州人は捕虜収容所で豚さんかなにかのように、ぶち殺されたり、飯も与えられないで、毎日銃床で殴られて重労働させられたりしなかった、ということがおおきいかなあー、と思います。

日本のひとは、植民地を日本が解放したことを根に持って、というようなことをよく言っていたのをおぼえているが、わしは植民地というものは何れなくなるものだ、と少なくともイギリス人は感じていたと思う。
それが日本から見えないのは、多分、日本で伝わる当時のイギリス指導者がウインストン・チャーチルに偏っているからかもしれなくて、このひとは、当のイギリスでは戦争前から赤尾敏じーちゃんみたいな、あるいは(ほんとうは演技でみせるのとは異なってエクセントリックなところが少ない、もっと賢い人のよーだが)外山恒一のようなひとと認識されていた骨董品おやじだった。
経済がよく判らない上に、「英帝国の栄光」というような言葉が目の前にぶらさがっていて、その光で目がくらんで酔っ払ったようになるのが好きな人でした。

実際には、生産財の移転ということに目をつければ如実に判るように、イギリス人は植民地の経営などは、もうすぐ終わる、と判っていた。
日本では全然知られていないが、コルカタのような街を拠点にして、イギリス人たちの有力なひとびとは、インド人が自分達の国を取り戻すのは時間の問題だと考えていた。
歴史を通じて植民地の経営というものは、現実には「収奪」以外の経営方法は、いちども黒字を生み出したことがなく、当時でも、植民地という帝国主義のシンボルに過大な期待をもって生産財の移転を盛んに行っていたのは日本だけだったが、その日本でも台湾が僅かに利益をあげていたのを例外として、満州などは大赤字に陥っていた。
ひらたく言うと植民地というのはトラブルばかり多いわりに、あんまり儲からないというのが判っていたので、イギリス人たちは愛想をつかしつつあった。
アメリカが、たしか1921年だったかに、イギリスのGDPをあっさり上回ってしまったことのショックも大きいと思います。

少なくとも、国民感情としては日本と植民地解放云々は、全然関係がない。
簡単にいうと、そういう言葉をオトナどもから聞いたことがない。

「中国や米国の対日感情がそんなに悪くない」というのはチョー善人のオダキンらしいというか、わしの実感と全然ちがっていて、中国のひとの日本のひとへの、「個人や親類の体験に根ざした憎悪」というのは、すさまじさを極めていて、あれは政府が政策でやっている、というようなものではないよーです。
ひとつ考えられるのは、目を付ける世代や土地によって印象は全然ちがう、ということで、ロス・アンジェルスやマンハッタンで「反日感情」を見つけるのは難しい。
アメリカ人の生活の奥深くまではいってゆかなくては、そういうことは見えてこなくて、日本からやってきて、十年や二十年かそこらだけ住んでも、そんなものが見えるわけはない。面白いようでもあり、当たり前のようでもあるが、当の日本人が良い人であればあるだけ、「この人に日本人の嫌な話しちゃ悪いよな」という気持ちが働くわけで、オダキンが自分でぶっくらこいちまうような失礼な反日を押しつける奴にあわないのも、それはあんたの人柄だんべ、ということもあると思う。
実際、ものすごい反日感情をぶつけられた人のなかには、それは反日感情じゃなくて、反あんたはん感情で、手近な材料として「日本人」をつかんで投げつられただけのよーな気がする、というチョー性格が悪いひともいる。

都会の人間は忙しいのと、いろいろな人間に対応できないともともと暮らせないところなのとで、対日本人に限らず、「○○人は許せない」ちゅうようなヒマなことを考えている余裕がない。そういうことが「息のしやすさ」というものをつくっている、ということがあると思います。

ここから先は日本の人がいちばん聞きたくないことを含むので、嫌なことを聞きたくない人は読まないほうが良いが、オダキンの述べていることのなかで、オトナたちと話した結果と比較して(こちら側から観て)最も現実感がないのは「旧敵国だからな」という箇所で、わしはアメリカ人も含めてイギリス人ニュージーランド人オーストラリア人というような西洋連合国は日本を「敵国」と規定してはいたが「敵国」と感じていたかどうか疑わしい、と思っている。
いろんな本を読んでみても日本軍を「敵国」というような言葉のイメージで考えていたのは捕虜にならなかった戦闘機のパイロットくらいのもので、つでいにいっておくと、太平洋戦争で戦った戦闘機パイロットの自伝には「日本人は戦士として優れておる。ゼロ戦、速い、マニューバーすごい、かっこいい」と書いてある本はたくさんある。

残りは「敵」というよりは「卑怯者の集まり」というイメージで、しかも、イギリス連邦挙げて、ヒットラー・ドイツという殆ど中世のドラゴンのような無茶苦茶強い敵と120%くらいの力をだしきって必死に戦っているときに、故郷の自宅の裏口からこっそり忍び込んできやがって、このこそ泥野郎が、という感情であると思います。
あんまり言い募ると下品だからゆわないが、アメリカ人にとっても同じことで、
ヘンなことをいうとアメリカの娯楽産業界では太平洋戦争はジンクスで、映画もテレビもゲームも「太平洋ものは売れまへん」という鉄の決まりがある。
いろいろな人が挑戦してきていて、つい2年前もスピルバーグだか誰だかがテレビのミニシリーズを猛烈な170億円だかの予算をかけてつくった。「The Pacific」という名前のこのシリーズは作品としての出来もよかったが、商業的にはよく判らない理由でダメで、街でみていても、バス停からビルの壁面から、テレビコマーシャルまで、大々的に宣伝してプロモートしたが、空振りで、DVDも発売いきなり半額になったりしていた。
そういうことには、「あれを戦争とはゆわん」という英語人の強い気持ちが反映していると思います。

もうひとつは、日本の人には英語人の「言わない文化」が判りにくいもののようで、英語人というのは、例えば日本人についてネガティブなことを当の日本人に対して面と向かって言うのは失礼だと考える。言いたければ日本語でブログでも書けよ、ということになっている(^^) (英語人同士で日本人の悪口を言うのはバカのやることだ、というぐらいは英語人なら相当なマヌケでも判っていると思う)

ツイッタでも書いたが、マンガとアニメは、ほんとうに日本を「不可視の地獄」から救い出した救国の英雄であると思う。いまの欧州人や英語人は30代ですらドラゴンボールとドラゴンボールZを観て育った世代なので、「日本」というものへのイメージが根底から異なる。それがどんなに大きな変化かというと、だいたい世紀が変わる頃から、VJデーに低空を編隊でヴィクトリーロールをしながら飛ぶスピットファイアやヴェテラン達を先頭にしたマーチの隊列から押し出されて泣いている日本人の子供や、凍り付いた表情の日本人観光客、というような年中行事を観ることがなくなった。
オダキンも笑っている連合王国名物チョーバカ新聞ですら、わしの両親の世代では銀座の通りで下駄履きに着物の日本人(^^;)がステッキで犬を殴打している写真をトップにのっけていたりしたのに、もーそーゆーことは受けなくなって、「日本のバカヤロー」はカネにならないのを覚るようになった。

しかし、それでも、わしがオダキンに、こうやって少し詳しく話しておかなければ、と思うのは、このあいだも、わしはオークランドのカフェで隣の日本人の若い女びとが、英語人友達たちを相手に上手な英語で「どうして中国人や韓国人が、わたしたち日本人をあんなに目の敵にするのかわからない」とゆっている。「理由がない。わたしたちのほうが自由で明るい国だからと思うが、それは嫉妬というものだと思う」
とゆっているのを聞いて、思わず振り返ってしまった。

英語人たちは何も言わないで頷いていたが、わしは女の人が「理由がない」と言ったことを、怖いことだと考えました。

ドイツ人たちにも、仲が良くなると、「いつまでもナチ、ナチ、ナチ、でうんざりする。元ナチ、カネ寄越せ、がユーロ圏の実体さ」というひとがいるが、そういうことともまた少し異なっていて、その女びとは現実の歴史そのものを判っていないように感じました。

気楽なことをいうと、あと十年もすれば、「日本人」という特別な名前も、ふつーの名前になってゆくに違いない。
いまのいまも、20代の大半の人間にとっては、日本はマンガとアニメの国で、「日本てクールじゃん」という人間も数がおおくはないが、小学校のクラスにひとりはいる。
集団強姦・殺人、家畜並みに扱われた被害が桁違いにおおきかった中国人や半島人は家族のなかに直截被害があったひとが多いぶんだけ、もう少し時間がかかるだろうが、若い上海人や香港人は、モニとわしが日本にいた、と告げると興味津々という様子で、
「ハラジュクって、どんな街なんだい?」と訊いたりする。
「日本人てさ、小籠包、すげー好きなんだよね」と上海人は嬉しそうに話すし、
マンハッタンの四川料理屋の四川人おばちゃんは、「日本人はさあー、麻婆豆腐うるさいんだよねー。うちのじゃないと食べられない、ってゆーのよ」と言いながら、幸福至極を顔にしたような表情をする。

そういうことが静かにゆっくりと広がってゆくのを、壊さないように、そっと見守っていきたいと思ってます。

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One Response to オダキンどんへのご返信

  1. kuriji39 says:

    とてもためになりました。

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