Daily Archives: May 31, 2012

セキュリティ

1 パーネルの家から、いまのリミュエラの家に越してきたばかりのときはセキュリティのコンビネーションが憶えられなくて、解除しそこない、よく自分がセンサー網にひっかかって通報されたものだった。 ニュージーランドはむかしからこそ泥が多いのでセキュリティシステムがふつーに普及している。わしの家の場合だとぐるりに8台だかのカメラがあって、モニとわしがいる家のなかは教えてあげられない数のゾーニングにわかれて隅から隅までセンサーが監視しておる。 夜中に牛乳が飲みたくなって、ホールウエイをひたひたひたひたと歩いてゆく。 台所へ通じるドアをぴゃっと開けます。 その途端、ピッ、ピッ、ピッ、と響く不吉な音。 あっ、やべー、と思うまもなく、ぎゅわあああああーんぎゅわあああああーんぎゅわあああああーんと大音響がなり響いて、あまつさえ窓の向こう側では家の仕事をしてくれるひとびとの部屋の明かりがつくのがみえる…. モニがいつのまにか後ろに立っていて、コントロールでセキュリティをピッピッと解除しながら「ガメは、ゾーニングおぼえられないなあ」と笑っている。 「どうして、おぼえられないんだ?」 「いつも難しいこと考えてるからだと思う」 「どんな難しいこと、考えてるの?」 「うーんとね、世界の終わりとか、そーゆーこと」 笑い声を残してホールウエイを寝室に引き揚げていったモニの残り香が漂う台所で、わしはひとり寂しく牛乳を飲みながら電話をみつめておる。 電話がなった。 あのひとの声が聞こえる。(岩田宏「永久革命」) 「間違えて自分で作動させてしまいましてん。合い言葉はXX△○でごんす」 とセキュリティ会社のねーちんに伝える。 いったい、これを何回くりかえしたことだろう。 2 高い塀も鉄格子のゲートもセキュリティシステムも単なる気休めには違いなくて、人間のセキュリティの最高のものは「運」である。 運がないひとは、オカネがあろーが学歴があろーが、王様の子供だろーが、セキュリティがない厳しい世界を歩かねばならない。 マリー・アントワネットなどは良い例であって、きゃー楽しい、いえーい、の王女であったのに、最後はギロチン博士の発明した慈悲深い断頭台の前におかれた籠にゴロリンと胴体から離れて転がり落ちる一生の終わりだった。 コリン・ウイルソンというひとは自分の人生のセキュリティを強化するために学校へ行かなかった、という話は前にもこのブログ記事に書いた。 学校へ行って勤め人や医者になるという人生を送ると、自分のようなタイプの人間は結局は縊死することになる、というガキにしては聡明な信念からである、と自分で書いている。 わしは13歳だったかのときに、このコリン・ウイルソンの話を読んで甚(いた)くカンドーしてしまった。 「自分の生きたいように生きるのが生きてゆく上でのもっともすぐれたセキュリティである」という考えは、わしを気楽にした、とゆったほうがいいのかもしれません。 かーちゃんに訊いてみると、「その通りですよ、ガメ。良いことを考えたわね」という。とーちゃんのほうは、何度か反芻するように考えてから、なるほど、と重々しげにつぶやき、それは正しい意見であるよーだ、と述べた。 お墨付きをもらったので、いきなり学校へ行かない冒険的生活をしてもよいと考えたが、考えてみると遊び友達たちも大好きだった先生も学校にいるわけで、意志を強くもって学校をさぼらなければと考えながら、ついずるずると学校へ通ってしまったりした。 いま思い出しても、なんだか忸怩たる感じがします。 3 国家間のセキュリティで最も有名なのは日本国憲法だろうと思われる。 なにしろ「戦争を放棄しました」という、不良どもに向かって「殴られるのはやめました」と宣言するに等しい、どこかが理屈上ヘンテコなことを宣言して、恬淡とすることにした。 その実は、アメリカにボロ負けこいたのを逆手にとって、アメリカ人の兵隊を自分の国土にばらまき、あまつさえ沖縄は要塞化して、でもぼくが軍備してるんじゃないもん、ぼくは、きみ、平和の使徒なんだぜ、という、チョー偽善というか、神をも畏れぬインチキというか、天才的な政治的トリックというかを決め込んで、一見独立した国で一見民主主義の制度を行って一見軍備ゼロの国家をつくりあげた。 これはものすごく頭の良いやりかたであって、日本の政府は、もちろん、アメリカが巨大な軍隊を日本に駐留させることの意味は中国やソ連ににらみを利かせることだけではなくて、なにかというとすぐキレて、あっというまに暴走するといつもフセインどころではないとんでもない戦争をおっぱじめる日本に睨みを利かせることだったのを承知していた。 知っていて、知らないふりをしていただけです。 軍隊でないことになっている軍隊を作って、おおきくしようとする姿勢をみせてはアメリカを慌てさせて極東軍事費用を増やさせ、やっぱり国民の理解が得られないから自前の軍隊はダメですね、とつぶやいては、より大きな保障上のコミットメントを引き出してきた。 日本の戦後史を眺めていると、アメリカ相手に強請りたかりを行うにはどういう方法が最も有効か、という有効打のオンパレードで、皮肉では全然なくて、その手並みに感心してしまう。 世界史上でもっとも有効にアメリカを嬲りカツアゲしたのは他ならぬ日本です。 その揚げ句、学生どもに至っては「打倒米帝」なんちて、反体制の投石をして憂さ晴らしの対象にまでしていたのであって、アメリカは同盟国、どころか、良い面の皮、というそのままの存在だった。 そうやって日本の政府が、アメリカを … Continue reading

Posted in 日本の社会 | 3 Comments