Monthly Archives: June 2012

結婚

寝室に行ってみると、モニさんは午寝から目がさめたところです。 戸口にたたずむわし、見返るモニ。 見つめ合う目と目。 モニの目が一瞬、思い詰めたように光って「ガメ、スコッシュ」という。 スコッシュなの? モニ、ほんとうにいいの? うなづくモニ。 次の一瞬、わしはベッドへ向かって走って飛び込みジャンプをする。 モニの上に体を全部のっけて、胸をあわせ、マットレスをつかんで、 「スコッシュ、スコッシュ、スコッシュウウウウー」と絶叫する。 モニは、わしの巨大な肉体の下敷きになってしまって、壊れるうー、ガメ、もうダメ、もうダメ、きゃあああー、という。 顔がみるみるうちに上気して、薔薇色になってゆきます。 い、息ができない、とつぶやいて、苦しい、と小さく叫んでいる。 ….スコッシュ(squash)ごっことゆって、モニとわしが大好きな遊びなんでごんす。 類似した遊びに「サンドイッチ」と「ツナ・サンドイッチ」があるが、どう違うかは、まだ教えてあげない。 一年中暖かいオークランドにも本格的な冬がやってきて、一年の大半をTシャツですごすわしもTシャツの上に革のコートを着てでかけたりするようになった。 もっとも「寒いな」と思うのは家を出るときだけなので、クルマに乗り込んで半コートを脱ぐと、もうそのまま着なおすことは滅多にないよーだ。 モニのセーターのなかの小さなハンモックに似たネットのなかで、いい匂いのするモニの胸に顔をくっつけて、小さい人が眠っていることもあるし、そーでないこともあるが、人間がひとり、というか、ちょっぴり、というか増えたので、前のように夜中に遊びに行くべ、というわけにはいかないが、もうすぐ30歳に手がとどきそうなジイジイになったせいか、あるいは夜に「グラマラス」なところがないオークランドという町のせいか、あんまり夜中にでかける気がしないので、どのみち、どっちでもいいような気もします。 ひとりででかける、ということも増えた。 マングローブの群生のあいだを縫うように延びる木の散歩道を歩いて、遠くに走ってゆく列車を眺める。 夜には、海の上を、丁度「千と千尋の神隠し」にでてくる、カオナシと主人公が乗る電車の線路そっくりに見える、たった二両編成(^^)の通勤列車がはしってゆく。 人間がやっと通れる幅の小さな木製の桟橋に似たルックアウトをずっと歩いていって、CBDの高層ビル群を眺める。 ひとりででかけるときは、たいてい屋根の開くスポーツカーなので、頭がチョー単純なわしは、やはり若い戯曲書きが小さなスポーツカーに乗って出かけるところから物語がはじまってゆく、「Somewhere in Time」を自動的に思い出す。 公開したときには全然売れずに、笑いものにすらなった映画は、しかし、時間が経つにつれて人気も評価もあがってゆく、という不思議な経過をたどって、世紀が変わる頃にはたくさんのファンをもつ映画になった。 舞台になったグランドホテルには、たくさんのひとびとが1920年代のファッションで訪れて、人間の世界にも 命をかけるに値する恋がほんとうに存在することを願った。 主役のクリストファー・リーブは、この映画のあと、落馬事故で頸椎を骨折して首から下が動かない生活を余儀なくされた。 ミス・マケナを演じたジェイン・シーモアは「ドクター・クイン」という人気ドラマシリーズに主演して有名になっていった。 マケナの不幸を予見して知っていたマネージャー役のクリストファー・プラマーは、 「なぜ、いつまでもオスカーを手にできないのだろう」と長い間いぶかられていた俳優だったが、去年、オスカーを手にした。 公開当時、荒唐無稽、と映画批評家達にひとことで片付けられた映画は、でも、いまでもたくさんの人間に観られている。 人間ならば誰でも、罠に落ちるようにとらわれる、あの嵐のような感情、「恋」についての物語だからだと思います。 現代の社会、少なくとも英語世界では性的欲望と恋は別のものだ、ということになっている。 女びとでも「いっぱつやりたい」ときは週末に友達と連れだってバーにでかけて、見栄えのよい男と、ホテルの部屋ですごすのは普通のことであると思う。 それがOne-night standに終わらずに、長いつきあいに変わってゆくこともあるだろうが、本来はひと晩だけの性的な夜をすごすのが目的である。 モニのように、修道女よりも保守的なのではないかと思うひともなかにはいて、実際モニなどは、そういう「ふしだら」(^^)を頭から受け付けないが、むかしから「キー・パーティ」のような奇習をもっていたアメリカ人たちなどは、「Open marriage」というような不思議な言い訳までつくって、性的欲望と愛情生活の両方を達成しようとする。 そういう「新世代の愛情生活を生みだそうとしている」アメリカ人達を観ていると、相変わらずヘンな奴らだな、と思うが、「恋とはなにか」というようなことを考える習慣がないわしは、それ以上のことを考えるのがメンドクサイよーです。 いまパラパラとめくってみると、この日本語ブログにも、いくつか「恋」について書いた、なんだか落書きのような記事がある。 … Continue reading

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自分に会いに行く

  日本人の歴史は自分がもっていないものを求めて、すでにもっていたものを失うことの連続だった。すでに7世紀の頃からそうだったわけで、国民性の一部なのかもしれません。 惜しげもなく自分達がもっていたものを捨てて、次から次に「舶来」の文化やものの考え方に乗り換えていったが、日本人という民族のもうひとつの特徴である気が遠くなるような詩への愛好、21世紀のいまでも年齢をくわえるにしたがって俳句、短歌、というような定型詩を通じて人口の半分以上が詩を書いて読むという不思議な性癖によって、もともとの日本人がどんな形の感情をもっていたか垣間見ることはできる。 額田王のようなひとはその典型で、有名な あかねさす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや きみが袖ふる という詩を読むと、日本のひとの、ただただ人間の自然の感情というものに忠実な、それでいて高い表現力と普遍的な認識を表記することができた、というのは、とりもなおさず世界を把握することに長けていた、当時の一個のすでに完成された文明の姿を忍ぶことができる。 あなた、そんなに嬉しそうに袖をおおきくふって手をふっては、野守達に気づかれて、夫に自分達の恋愛がしられてしまいます、と言いながら、しかし、婚外の恋愛の暗さは微塵もなくて、ちょうど薬猟(五月五日)の青空のように晴れやかな気持ちが1300年の時間を渉って響き渡ってくるようでもある。 もちろん、ちょうど欧州の宮廷歌のうち宴の座興の冗談にすぎないものが、真剣な恋歌として伝わっている、という可能性もあるが、詩を読み慣れているはずの自分としては、座興でこんなものすごい詩を作られてはたまらない、という感じがする。 ほんとうだとは信じたくない話になってしまう。 日本人の感情の土台は、「ゆいいつ絶対の神」という、そのあと人間を長い間苦しめた中東由来の思想からはまったく自由な極東の島で、ちょうど野原にさまざまな花が群れ咲くように人間は神や精霊やもののけが同じ水平面に繚乱していた7世紀頃にあるに違いないが、そのあと、ただ知識としてもっているだけでも賢げに見えたので殷賑をきわめた「中国文明」の大規模な侵入があった。 瞥見しただけで瞭然としているといいたくなるくらい異なる中国文化を日本人が積極的に受け容れようとした様子を眺めると、鉄の塊を無理矢理のみこもうとしているひとを見ているような痛々しい気持ちがする。 しかし当時の日本人はよほど中国人への憧れが強かったのでしょう、結局、女が男に変わるような大きな変化を日本のひとはやり遂げてしまう。 歴史をぼんやりと眺めていると、多分、日本人が「まったく異なる文化をまがりなりにも受容する」というスキルを得たのはこの頃で、このあとの大きな変化、たとえば明治の「文明開化」や1945年のアメリカ化は、ほとんどこのときの骨法をなぞって起こったように見えます。 日本語はカタカナを日本語文の奪胎可能なたとえば体言に限って導入することによって本質的には外国語に侵略されることなく海外のさまざまな思想を輸入することに成功した、という意見がある。 自分で読んだ本のなかでいうと、たしか井上ひさしというひとも対談で同じことを述べていた。 話がうますぎる、という表現があるが、そんなことがありうるだろーか?というのが、わしの初見の感想で、日本人が他のアジア人、たとえばインド人に較べて極端なくらい英語が聞き苦しいのは、わしの観察では「カタカナ」のせいであると思う。 ワシントンDCのニュートンサークルというところで英語がとても「流暢」な日本人のおっちゃんと愉快な午後を過ごしたことがあったが、この20年アメリカに住んでいる、という、しかも言語的才能に恵まれて生まれついたのが明かなひとでも、ところどころアクセントが明瞭に日本人で、観察していると、多分、そんなに外来語になりきれているとはいえないはずの「マネーロンダリング」という単語を口にするときさえ、頭のなかの言語空間の暗闇にカタカナの「マネーロンダリング」が明滅して、その映像にひきずられているように見えた。 ついでなので言うと、単なるおもいこみにすぎない可能性もあるが、少なくともわし自身が日本語を話すときには頭のなかの言語空間に表記された日本語のひらがなや漢字を視覚的に「見て」いる。話す言葉の部分、特に意味の中核になる漢字の部分を「見ながら」話している。 英語で話している時には英語で考えているが、ところが、英語単語が頭のなかの薄暗い空間に視覚的に投写されているかというと、そういうことはないよーだ。 英語だけの特徴かというと、フランス語でもロシア語でも、そういう視覚と聴覚の協調は起こらないので、日本語だけの特徴なのかなあー、と思います。 もっともイタリア語では年中綴りを思い浮かべているが、これは単純にイタリア語がまるでできないので綴りをてがかりに発音しようとすることがあるからで、翻って、「じゃ、日本語も同じで、要するに判ってないからじゃない?」とゆわれると、反論のしようがないと認める気持ちはある。 そのうえに、では識字能力のない日本語人というものは考えられないのか、ということがあって、歴史上「字が読めない日本人」などは無数にいたに決まっているので、こちらのほうでも、いまのところは、はっはっは、と笑って誤魔化す以外には方法がないよーだ。 ところで音という言語上もっとも考え方や思想、あるいは感情にまで影響する言語要素にカタカナ語が影響するのに、それが便利にも、日本文化には影響を与えないということがあるだろーか、と考えると、そんなこと、ありえないのではないだろうか、という気がする。 ナイーブ、パセティック、スピードというような言葉を考えても、どうも「繊細」という意味で使われているらしい「ナイーブ」や、絶賛したつもりで「パセティックな詩」と迷わずに書いてしまう田村隆一、スピード・ダウンという愉快な表現、みっつとも要するに(広義の)「誤訳」が定着してしまっている例だが、ではgirlとガールが同じものかというと、ぼんやりと似たものを対比できる、という程度にしか同じでなくて、ほんとうはまったく異なっているのは「girls day」という(韓国や日本にある行事ではなく)普段の習慣をもたないことを考えれば足りる。 いま日本語と英語を並べるのに実をいうと、さっきの最期弁当というひとの文章を開いたままになっているので、そこから借りて話しているのだが、印刷機のプリンタとprinterはコンピュータ用語として使っているかぎりにおいてはふたつの言葉はかなり近しい形のふたつの意味集合をつくっていると感じられる。 スポーツとsportsが全然ことなるのは、sportの意味を考えればほぼ自明だが、もっと単純にsportsのことを考えても、わしが育った社会ではプール(ビリヤード)もダーツもスポーツなので、少し違いが判りやすいかもしれない。 こうやって考えていると、カタカナは主に産業振興を急ぐための便宜として有効だったので、ちょっと全然ヘンな例しかおもいつかないが、日本版「ビジネススクール」には「一太郎講座」というものがあって、そこでは「ワープロを打つ人」を育成するのだと聞いたことがある。もっとも能率的なワープロの使い方として、学習機能を切って、同音異義語が滅多矢鱈に多い日本語という言語の同音語の大海のなかで、記事は「きじ」の漢字候補の3番目に出てくる、ということを「体で」おぼえさせるのだそーである。 実際、この方法の威力はすごくて、猛烈な速度で日本語が入力できるようになるそーだが、しかし、わしのようなナマケモノには、そんなオソロシイ技量を身につけるために時間を使う度胸はない。 カタカナは、「一太郎講座」的である気がする。 なんだか、それは効率的なんだろうけど、でも、…と口ごもってしまうところがある。 前にも書いた「鎮守の森」は日本人が「すでに両手にもっていたもの」の一個の代表である。 あるいは、わしの軽井沢の家の森を歩いて通り抜けた「ほいほい、ぽん」だったかなんだったか、不思議な声とともに遠ざかった「なんだかよくわからなかったもの」も、日本人が「ずっと、いつも持っていて親しんですらいたもの」のひとつと思う。 内田百閒は子供のときに見た、夜、現実の山陽本線と川を挟んだ反対側を「ぽおおおおー」と音を立てて走って行く機関車に引かれた列車のことを書いている。 百鬼園先生が、「あれは、なに?」とゆってばーちゃんに訊くと、ばーちゃんはこともなげに、「狸が機関車をおもしろがってマネしてるのよ」という。 あるいは義理叔父が子供のときはまだ義理叔父の祖先が出身した薩摩の町に帰ると夜には電波塔がふたつ並んでいて、赤い灯がともる塔がふたつに増えたことを訝しんで「あんな塔、ありましたか?」ときくと、義理叔父ばーちゃんは、にっこり笑って、あれはカラスが悪さしてるのよ、とやさしく言ってきかせれくれたそーである(^^) 富国強兵には役に立たないものだったが、しかし、日本のひとは、あるいは才気を徹底的に伸ばして、人間のサバイバルにはおよそ役にたたない魂のほうは産業廃棄場に投げ捨ててしまったのかもしれない。 それが厳寒のシベリアに、かつては「同胞」と呼んだはずの50万人の若い日本人の男たちをソビエトに譲り渡して打ち捨て、満州の原野に女や子供にロシア軍の侵攻を伝えもせずに置き去りにして、ロシア兵たちの蹂躙のままにし、自分達だけは、さっさと逃げ出すという世界の戦史はじまって以来の、ほとんど珍奇なほどの臆病で恥知らずな軍隊をつくったのかもしれない。 いまの福島第一事故のあとに、ほとんど危険性をマジメに検討もしないで、「安全だから、いるところにとどまれ」と述べたのも、その「魂のぬけがら」の延長ではないと誰が言えるだろう。 沖縄人は落っことした魂を拾いにいけば、また魂はもどってきて、魂を失った人間を元の正気に返すという。 … Continue reading

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汚れた髪

うつ病といっても要するに病気なのでふつうに病気として対処すればたいていの場合簡単に治る。 軽いうちに適切に応対すれば、あっさり治るがこじらせると、えらいことになって、死んでしまったりするひとがでてくるのも、病気だから、あたりまえなのである。 むかしは医者もホイホイと処方薬をだしていたが、このごろでは副作用がおおきい薬が多いのがわかってきたので、やや慎重にすることにした。 基本は、まさしく風邪と同じでバランスのとれた食事と健康的な生活習慣で、ひらたくゆってしまうと、アホらしい感じもするが早寝早起きをするのがよいという。 社会的な理由もあるに違いなくて、わしが生まれついて育った社会は、人口ごとうつ病であるかのごとき社会で、子供のときから「誰それはデプレッションだから」というようなことをよく聞いた。 あんまりひとに向かっていうことでもないが、わしの大好きな大叔母は、やはりうつ病が持病で、ロンドンの街中で突然くるまを止めて泣き出したりするので、ガキわしは、なにしろガキというのは同時にバカであるということなので、どうしたらよいか判らなくて、じっと大叔母をみつめていたりした。 いかにガキでバカであるとゆっても、そういうときに「ダイジョーブですか?」というようなマヌケな質問をするほどのバカではなかったので、そのまま30分くらい大叔母が泣いているのをみつめていた記憶がある。 あるいは高校生のときに幼なじみの女の子とリージェントストリートで偶然でくわしたことがあったが、いつも身なりがばっちし決まってるひとであるのに、そのひとの「目がさめるような」という表現がぴったりの金髪が少し汚れているような気がした。 やあ、元気? この頃、あんまり見なかったね、というようなありきたりの挨拶を交わしてから、では、とゆって歩み去ろうとすると、ガメはわたしを軽蔑しているでしょうね、という。 びっくりして、そんなことあるわけない、 なんで、そんなことを訊こうと思ったのか判らないが、そんなことは金輪際ない。軽蔑なんか、してるわけないじゃないか。心からいうが、きみは、わしのおおむかしからの友達なんだから。 相手をほめるべきとき、というか、敬意をもっている相手には、はっきりと言葉をつくして述べることにしているので、わしはふだん、そのひとに対してもっている印象をはっきり詳しく言ったのをおぼえている。 相手はにっこり笑ったが、そのあとに、すっ、と目が暗くなったようにみえた。 わしは相変わらず、そのひとの髪の毛が少し汚れているような気がしていた。 そのひとが自殺したのを聞いたのは次の週のことだった。 わし自身にはうつ病の傾向はないよーだ。 風邪をひきやすい体質のひともいるし、なかなか風邪をひかない体質の人間もいて、どうやら(もっと年をとらないと、うつ病のようなものはわからないが)わしは後者に属しているよーです。 まず第一に体力が旺盛だということがあるだろうし、他人の目を気にする習慣がない、という教育に起因する「考えの習慣」ということもあるかもしれない。 遺伝的な要素が強いとすれば、家系図を見渡すだけでもうつ病で自殺したりしたひともごろごろいるので、病気になりやすい体質のはずだが、うつ病も躁病もいまのところは縁がない。病気もしないので、ただただ健康でばかばかしい感じがするが、ほんとうはばかばかしい、などとバチアタリなことを言ってはいけなくて神様に感謝しなければいけないのでしょう。 モニはチョーまじめなので、ときどきゆーうつな気分になるよーだ。 自分にも、もっと出来る事があるのではないか、とか、自分にあんまり価値がないのではないか、とか、わしに言うことがあるが、そーゆーときは、やや抑鬱的な気分なのであると思われる。 特別なことを言ったりやったりはしないが、モニが憂鬱そうにみえるときには、海にいくべ、とか温泉に行くべ、外でお昼ご飯たべるべ、とゆって、問答無用で連れ出して遊びにいく。 将来はどうなるかわからないが、いまは、それで、すぐ気分が変化するよーです。 日本語の世界では、「うつ病」というのが、奇妙に特別な感じで言われるので、へえ、と思ったことがあった。 英語世界では、うつ病というのは、チョーありふれた病気なので、「精神病」などとあらためてゆわれると、なんだか違う病気の話をしているよーな気がする。 あまつさえ、風邪のひきかけくらいの鬱状態の若い社員に「がんばらなきゃだめじゃないか」と上司がゆった、というような話を聞くと、ずるっこけてしまうが、風邪をひいた人間にジョギングいってなおしてこい、と諭すような、そういうヘンな考えも、時間が経っていけば社会からは淘汰されてゆくに違いない。 ニュージーランドのような社会は、もともとがイギリスのまじめな労働階級の人間が「こういう生活をしたい」と思った夢の煮こごりのようなところがあると思う。 マジメに仕事をしさえすれば、ロンドンでは夢でしかない一戸建ての広い庭がある家が買える。クルマを2台もって、子供がふたりか3人いる笑い声が絶えない生活がつくれる。ニュージーランドという国のおおもとになっている考えは、そういう労働者階級の人間が必死に願った「幸福」の現実化であって、だから「支配層」というものを生理的に嫌う。 幸福の定義もだから単純で、家やクルマや収入というような現実に目でみて一目瞭然なものに限定されている、とゆってもよいくらいである。 欧州人や日本人はスズカケの木のごとく屈折した長い歴史をもっているので、なかなかそう簡単に幸福になれない、というひとも多くて不便であるとおもう。 歴史が長い、ということは、これこれしかじかの歴史があるから、なかなかそう簡単に変化するわけにはいかないのだ、という変化しないことの陳弁につながるが、それは同時に変化を怠るlazinessにも簡単につながる。 遠くからみていると、この頃の日本は、社会ごとうつ病に罹ったようにみえることがある。他国人から、ちょっと「こうしなければいけないんちゃうか」と感想を述べられると過剰な情緒的反応が起こって、話を聞いていると、予想外にも「自分達が非難されている」と感じているのがわかって、意見を述べたほうをびっくりさせたり、「このあとの金融政策をどうするつもりか」と聞かれただけで恐慌的な反応を示したりするのは、個人であれば、初期のうつ病であるとみなせる。 耳をおおって他人の言う事をいっさい聞かずに、自分の信じたいことだけを信じて、現実そのものを自分が信じたいものの姿に変えて投射するようになるまで、もうすぐだという感じがすることすらある。 世界から切り離されていると感じるとき、人間はうつ病に罹りやすいが、日本社会そのものが集団的なうつ病に罹っているとすれば、その責任はまず第一に、長い間マジメに報道するということをしなかったマスメディアにあるというほか、わしには言いようがない。 日本人が日本語のみでものごとを考えて、情報をあつめ、判断してきたのは一に新聞を始めとするマスメディアの伝えることは信用できる、という社会常識が元になってきたので、このマスメディアの責任分担部分が遠くから見ていて不愉快なほどフマジメなのでは、それを材料に考えてきた日本人の判断が現実に対して有効であるはずはなかった。 まして、いまの段階では日本のマスメディアなどは、たいして工夫もされていない「事実にみせかけた自分のおもいつき」を現実らしく意匠を凝らしてたれながしているだけの、いわば支配層が鳴らす壊れた進軍ラッパのようなものにしかすぎないが、それにすっかりだまされて踊り出すようにして行進する幸せな国民は別にして、大多数のまともな日本人のほうは、抑鬱状態に陥るのがあたりまえであると思う。 しかし冒頭で述べたように、(そう言われるとなんとなくバカバカしい気持ちになるだろうが)うつ病というのは、ただの風邪にも似た病気なので、いまのうちに良い習慣をとりもどせば、社会的な抑鬱状態も解決するに違いない。 そして社会的な良い習慣というのは、案外とイギリスから渡ってきた労働者達が南半球の島で実現しようとしたような「物質に偏向した単純な夢」が基礎であるのかもしれない。 その物質的に単純な夢、というのはつきつめれば富の再分配と社会への還元で、 ニュージーランドの経済規模はだいたい日本の三重県程度だと思うが、高速道路ネットワークはただで、相当な田舎にいっても制限時速が100キロのオープンロードだけは確保されている。「日本は土地代が高いから」というような言い訳はもっともらしいだけで本当でないことに気づけないのは、やはりそこでも抑鬱的な無関心が働いているのだと思う。 … Continue reading

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静かな家

Who is the third who walks always beside you?   When I count, there are only you and I together But when I look ahead up the white road   There is always another one walking beside you   Gliding … Continue reading

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ケ・テ・パサ

1 ビーフシチューを食べた。 前にも書いたがビーフシチューは日本では高級な食べ物みたいな顔をして一流レストランのメニューの良いところに座っているが、ほんとうはそーゆー食べ物ではないのね。 もっと「家族」のにおいのする食べ物です。 自分のことに照らして考えると、このあいだビーフシチューを食べたのは、かーちゃんやとーちゃん、及び妹と湖のほとりにキャンプに出かけたときのことで、多分、10年くらい前のことである。 「オランダ人のオーブン」とか「フランス人のオーブン」と名前のついた、日本の「鍋物」をつくる肉厚の鉄鍋に似た鍋 http://en.wikipedia.org/wiki/Dutch_oven で、チャックステーキを、ぐつぐつ煮てつくるのもおいしいに決まっているが、わしが生まれた国では普通はオーブンで焼いてつくる料理です。 4時間くらいオーブンにいれておくと、自分で勝手においしくなる。 冬なので、モニとふたりで、会ったばかりの頃にモニに平手打ちされたことやなんかを話してクスクス笑いながらつくった。 料理のおばちゃんやおじちゃんたちはオークランドの南東にある温泉に遊びに行っているので丁度よかった。 「小さなひと」の面倒をみるひとや、掃除のひと、そーゆーいろいろなひとにうまく働いてもらうように家宰するひと、といろいろなひとが増えてモニとわしの暮らしは会社みたいだ、とわしはときどき機嫌が悪くなる。 モニとふたりだけのときのほうがずっとよかった。 好き勝手をゆってむくれているわしをモニさんは大体ニコニコしながら見ているだけである。 ときどき、ガメは、ほんとうに子供みたいだ、と言う。 ギネスをたっぷりいれたシチューは、この世のものとも思えないくらいおいしくて、 モニとふたりでニコニコしながら食べた。 そうやっている間にも欧州は嵐を前にして身構えていて、富裕な中国人たちは自分達自身の過熱した市場に怯えてアメリカやオーストラリアで不動産を買い漁っている。 日本人たちは戦っている。 日本の歴史が始まって以来初めて、日本人たちは懸命に自分たちのために戦っている。 丁度放射線防護服のようにおおげさで非人間的な理論に身を固めた政府や科学者や無限に現れる「賢いひとびと」に嘲笑されながら、自分達のなけなしの生存への本能だけを頼りに戦っている。 自分のために、旦那さんのために、子供たちのために。 モニが、そっと人差し指を唇にあてる。 いまは悲しい話はやめましょう、という。 悲しい話をすると悪魔たちが耳を澄ましていて、集まってくる。 2 もちろん、モニもわしも、もうなにもかも知っている。 すっかり判っている。 これからモニとわしと「小さな人」が生きていかねばならない世界は、ろくでもない世界で、犬が犬を食べ、人間が人間の脂をしぼって灯をともす世界になってゆくに違いない。 人間は自由を信奉することによって弱肉強食の世界に時計をまきもどしてしまった。 ときどきわしは考えるが、「自由」はそれほど大事なものだったろうか。 前に同じことを日本語で書いたときに「欧州的教養」が売り物の小説家がやってきて、「自由の価値に疑いをもつ、おまえはナチだ」というようなことを言いに来たことがあったが、あのひとは、わしらにとっては「自由」は言わば自分自身のようなもので、捨てられもせず再検討することも出来ず、サラミスやテルモピレーのむかしから、ただ盲目的に、というよりは自分の思想的肉体として疑いもせずに自分自身だと信じてきたものであるという感覚が、あのひとには判らなかった。 あのひとには「自由」という観念を対象化する能力がわしらには欠けていることを知らなかった。 欧州の苦しみがそこにこそあることに気が付こうともしなかった。 自由はそれほど大事なものだったろうか。 わしの友達は、いつか酔っ払って、飢えて死んでゆくアフリカの子供を足の下に踏みつけて凱歌を挙げる「自由の女神」を描いて送ってきたが、われわれの自由にはそれ以上の意味があっただろうか。 日本語の世界は「賢いひとびと」で充満しているので、こんなことを書けば鼻で笑うひとたちが何千人もいるに決まっているが、わしには、もう「賢さ」や「知恵」など、どうでもいい。 自由はそれほど大事なものだったろうか。 人間が人間であることには、それほどの価値があっただろうか。 いったい、私が私であることには、どれだけの価値があるのか? … Continue reading

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N2O

1 ひとつの言語は巨大な洗脳装置として機能しうる。 人間が、通常自分が拠っている言語の世界を「閉塞的」と感じないのは、語彙のさまざまな組み合わせによってほぼ無限のヴァリエーションをもった意味を発生させうると感覚しているからであって、「言語の外側」というようなものを直覚しないのはこれが理由になっているようにみえる。 ところが語彙のひとつひとつは意味性、あるいはもう少しわかりやすくするために着眼を狭めると論理性のベクトルをもっているのとはまた別に、歴史的に語彙の内側に堆積した情緒や語感、あるいは繰り返し使われたために生じる陳腐さ、というような「死者の行為と感情」がこもっている。 いわば、その言語が成立していらいの何世代にも及ぶ死者の吐息と が語彙のひとつひとつにはこもっているのであって、この「死者の思い」の総和は英語のような広汎に用いられている言語でも、それと感覚できるほど有限で閉塞している。 ローマ人がキリスト教を信仰するに至るのにパウロが必要であったのは、わしには明らかに言語的な理由によったと思われる。 キリストが述べたことや行ったことは、いったんすべてパウロの魂に置き換わることによってローマ人の魂に届くものに変換されていった。 いわば(言語的なトランジションの過程では)ひとりぼっちで机に向かうパウロがキリストである夜を繰り返すことによってキリストはローマ人の言語体系のなかに住み着くことができたのである。 英語人のキリスト教信仰が、なんとなくヘンであって、インチキぽいというか、しっくりこない、というか薄ぺらな狂信じみているというか、あの「つくってこさえました」な感じは、聖書が言語的な跳躍に失敗して、中東からローマ世界に飛び移ったときほど、うまく言語体系間の移動がうまくいかなかったからだろう。 ひとつの言語体系のなかにもともと住んでいる神が、他の言語体系から来た神にそっくりいれかわるのには、僥倖と、危険な、自然出産に似た生存を賭けた激痛が伴うので、パウロの事業の真の偉大さは、そういうほぼ無理難題に近いトランスフォーメーションを奔流のような言葉と激烈な憎悪によって押し切ってなしとげてしまったことにあるのかも知れない。 両親がそれぞれ違う言語圏の出身である、というひとは普通に、「ひとつの言語で考え得ることが、他の言語では考えることができない」という事実を知っている。 そこまで明然と自覚的でない場合でも、自分達の寝室での愛情生活はフランス語で子供の養育については英語で話をする、というような夫婦はありふれた存在であると思う(^^) 言語というものは、その言語に依拠して暮らしている人間の住む世界という部屋の大きさ、形、色彩、天井の高さに加えて「窓から見える風景」まで規定している。 日本で最も目に付いた、こういう言語が引き起こす制約についての誤解は、「日本語に翻訳されたフランス語の文章は日本語の文章にしかすぎない」、ということに気が付かないことから生じていることが多かった。 その誤解はひとつの言語がつくっている世界が他の言語でできている世界と(生物学上の意味で)相似ではありえても同じものではありえない、という事実への無理解から来ている。英語とフランス語、イタリア語とスペイン語のように、現実の問題として自動翻訳プログラムでほぼ正確に意味が再現できるような近縁な言語同士ですら、同じ世界が結びの集合をなしているのは全体の半分程度である。 まして北海に面した国の人間が発した言語が日本海に面した国の人間に「かすかで漠然とした類似をもった表現」以外のものに「翻訳」される、というようなことは絶対に起こらない。 うんと簡単にして言ってしまうと、英語でものを考える人間は英語という言語が本来もっている現実主義、暴力性、無神論的な傾向、冷たい暗闇のなかの孤独を思わせる利己的な傾向から逃れられないし、日本語で考える人間は、強い情緒性、お互いの反応にもたれあったような相対主義、神を仰ぎ見ない習慣からくる思考の水平性、というようなことから逃れようがない。 真理から目をそらして、集団が(広い意味で)安堵できる方向にしか論理が進まないことを指して「日本語は頭を悪くする」という議論が明治の初期と1945年の敗戦直後には盛んに行われたが、そこで基準にされている「頭のよしあし」というものが、すでに西洋語のもので、日本語という日本の列島のなかで閉鎖的に形成された価値体系に西洋語の価値判断を突然もってきたところで、もうすでに議論として破綻したものになっていた。 もっと、おどろおどろしい言葉を使いたければ言語というものは、その言語に依拠(主体が言語なしに思考する脳髄のわけはないのだから「言語を使っている」という表現は言葉の矛盾だろう)している人間の集団自体にかかっている「呪い」なのである。 2 このブログ記事には、5年前に始まった頃から日本という世界の歴史に類を見ないくらい閉鎖的な社会において起きていることの譬えとして宋書の「狂泉」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/06/02/ を何度も挙げた。 ここに出てくる「狂泉の水」はマスメディアを始めとする日本語に変換されて日本人社会のあいだに伝播される情報と「社会の空気」のつもりだった。 ロシア人はロシア語の狂泉をもち、アメリカ人はアメリカ語の狂泉をもっている。 考えてみれば人間は言語の体系に拠る限りはかならず狂信にとらわれる以外にはないので、この宿命から逃れる方法はないように見える。 もう少しちゃんと説明してから、と考えたこともあったが、もう面倒くさくなったので結論だけ放り出して述べてしまうと、神への信仰はやはり巧緻な無知にしかすぎない。 仮に神を仮定して言語の集合が閉じていることや宇宙を説明することにもういちど成功したとしても、その新たに仮定された神は「信仰」というような行為は否定することになるだろう。 日本語という言語はあらゆる言語のなかで、神という仮定が無知にひたっていたい人間だけがもちうる恩寵であることを明示的に感覚しうるほとんどゆいいつの言語であると思う。それには地を這うような現実主義で文明を構築した中国人たちですら天を仰いだのに、仰ぎみる天の代わりに眼前の清涼な虚無をみつめることにした日本語の成立事情がおおきく関係している。 人間は灰白色の脳髄のあちこちに電気信号を点滅させながら、言語の廻廊をわたって死者たちの思いと面会する。 日本語人は日本語人の死者と、英語人は英語人の死者と面会して、彼等の孤独を言語によって追体験する。 死者の言葉で死者の思いを、自分の感情と錯覚して愉快で闊達な調子で述べている。 人間は完全な孤独には耐えられないように設計されているのに、言語という哀れなほど貧弱な伝達道具しかもたずにここまでやってきた。 孤独ではいられない存在が孤独をつねに強いられて数十年の意識の流れを渉っていかなければならなかったときに、「神」というものがどうしても必要だった。 もうひとつの神の存在理由であった「宇宙を説明するために神が必要だ」というのは、いまでは人間が微笑をもって思い出すことになった教会の詭弁にしかすぎない。 わしはときどき神のいない言語である日本語の宇宙にもどってきて、英語や他の欧州語がみてきた宇宙のことを考える。 そういうときに、最も日本語を習得できたことに感謝しているのだと思います。  

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返信6号

「三銃士」で有名なデュマ・ペールは、死ぬ間際の病床で自分が書いた物語を読み返して、夜も眠れないほど熱中してしまい、多作な作家だった自分の作品を夢中になって読んで、「ああ、世の中にこれほど面白い物語があるとしっていたら、もっと早くから自分の物語を読んでいたのに!」と言ってくやしがりながら死んだそーである。 あるいは忌野清志郎はヒマがあるときには自分が出ているテレビ番組の録画を観るのを趣味としていた。 わしは、あんまりそういうことはないほーです。 自分で書いた文章、自分で描いた絵、自分の曲、嫌いではないが、あんまり見てよろこぶということはない。 誰かのタンブラを読んでいて、ヘンなことをいう奴だなあー、このひと、と思って引用されている文章を読んでいたら、それが「ガメ・オベールの日本語練習帳」であって、うーむ、そーだったのか、と思った事は二度くらいあったが、その程度のええかげんさなのであると思われる。 自分で書いた文章を他人が読んでくれて、「あなたが言ったことを理解しましたよ」と言ってもらえるのは嬉しいものであって、わしは自分の書いたブログ記事についているコメントを読むのが大好きである。 jangminどの、「余白の思想」 >伝統芸能や武術の伝承で基本そのものは直截示さないでなんとなく共有されるようになるというのもそれだと思うた。 わしには多分ジャンミンの言う「伝統芸能と武術の伝承の余白」が判らないので、ジャンミンの言う事がピンとはこない。 尺八のような楽器に精進していると「明示的な理屈で示せることなど何もない」ということがはやくから判ってしまうものだと推察します。 うらやましい。 わしがゆいいつ夢中になった「武術」に近縁なものと言えばボクシングですが、 ヘビー級のボクシングはは日本の武術で言えば「示現流」のようなもので、パンチが速くて破壊力があればそれでいーのよ、というところがあるスポーツなので、精神性、というものとは馴染みがないよーです。 もういちどいうが、うらやましい。 AKIRAさん、「1+1=1」 >Morley Robertson ツイッタのお友達の「よんさん」も、同じひとのことを述べていた。 空港の免税店、というようなところで働いている「ポリテクで日本語やった」というタイプのひとでも、日本人とまったく変わらない日本語を話して書くひとがいるし、わしは日本に60歳になるまで行った事がなかったという大学数学教師のじーちゃんで、ほんまは内緒で日本語の読み書きが出来るひとも知っておる(^^) 有名な話ではバイロンがバチカンであった枢機卿はイタリアから出たことがなかったのに十数カ国語に堪能でバイロンはこのひとから英語表現を教わったと述べている。 わしは言語は「才能」の問題ではなくて興味の問題と思います。 その言語が形成した文化に興味があれば、遅かれはやかれ身につく、といった体のものであるよーだ。 ひどいことをいうと、日本のひとが言語習得が苦手なのは、言語を「語学」「教養」と捉えて「効率よくみにつけよう」とするから、本来、「勉強」されるというようなことを拒絶する性質をもつ言語に嫌われてしまう。言語のほうは坂本龍一の元気な奥さんのように「やっぱり愛がなくっちゃ」とゆっているのだと思われる。 >「僕の知ってる限り漢字が書ける外国人は極めて少ない」 わしは印象が異なって漢字は面白いので、結構たくさん書ける「外国人」いるとおもう。漢字を知りたい、という理由で日本語や中国語を自分で勝手にベンキョーするひともたくさんいます。 >鬼押出しも近いし自然の放射線量も結構ありそうですね 鬼押出しは感覚的に近いけど、たしか実際の距離は40キロくらいあると思う。 北軽井沢から沓掛(中軽井沢)はあいだに何もないから、みんな「すぐ近く」と思うんですのい。わしの知り合いのおじさん(例のトーダイおじさんたちのひとりです)も軽井沢のマツヤの隣にあるレンタルビデオ屋までビデオ借りに下りてくる(^^) >ところでいつか会って話せるのは楽しみですが「>会うためにブログやめ」なくていいじゃないですか? こっちの事情なんですのい。 もうひとつは、わしはチョー引き籠もりで、仕事上必要なひとでも会わないことがあって怒らせたりする。相手が怒ったりするとますますめんどくさいので会わない。 まったく知らない人と話をするのはヘーキでも、ちょっとでも知っているひとが訪ねてくると、もーめんどくさくて、いないことにしてね、という態度の悪さなんです。 トシをとればまともになってゆくのではないか、と思ってます。 DoorsSaidHelooさん、「帰り道」 >どうしても越えられない断絶に腹を立てていた わしなどは性格が悪いので、「断絶」の状態が他人への期待として通常で、たまに自分が言っていることをそのままちゃんと受け取ってくれる人がいると、なんだか「他の人間には見えないのに、そのひとにだけ自分が見える人間に出会った幽霊」みたいな気持ちになる。 >いつか背中が小さく遠くなってしまっても、今度は私から駆けていって、話をしよう、と言えるようになればよいのだ、と思っています。 わしは、「あー、行っちゃった」と思って見送るほうです。 なんだか自分でもなに考えてるのか、つくづくよくわからない。 困ったことです。 … Continue reading

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