優雅と手続き

アメリカ合衆国の刑事裁判においては、訴訟・公判維持手続きが完全であることが求められる。
容疑者を逮捕するときの権利の告知から始まって、一連の訴追の手続きは厳格に決まっていて、少しの疎漏も許されないことになっている。
その手続きに照らして、その一段階でも定められた通りのやりかたで行われていない場合には、ミストライアル、裁判そのものが無効になって容疑者は「自由な人」として歩き去っていくことができる。
よくある例だと、検察側が被告側に提示すべき証拠を検証に十分な時間を与えて提示していなかった場合などは、すべて訴訟無効で、ただちに検察は敗北する。
「十分な時間」があっても、そもそも弁護側の「弁護プラン」におおきな変更を強いられる場合には、ただそれだけで公判そのものが棄却されることもある。

アメリカ合衆国という国のおおきな特徴は「手続き」の国であることで、社会生活上重要なことにはすべて厳密に定められた「手続き」があって、わかりきったステップであっても省略するということを許さない。
社会的にはもともとが考え方も「常識」も異なる移民が集合して出来た国だからでしょう。
ある人にとっては「わかりきったこと」でも他のエスニックグループにとってはわかりきったことではないので、そうやって万人が英語で検証できる「ステップ群」をつくってきたのだと思われる。

大学で生活したことがあるひとは知っているのではないかと考えるが、アメリカ人の教師(あるいは研究者でも)には明然とした傾向があって、初めは、「なんで、あんなド簡単なこと言ってんだ?」というような説明から始める。
そんなもん、小学生でも知ってるんちゃうか、なんちゅうアホなおっさんや、と思って油断していると、龍が天に昇る勢いで一気呵成に斬新なアイデアのところまで駆け上ってしまう。
ありっ?ありっ?と思っている間に、あっというまに置いていかれます。

これも(頭が悪くなければ)すべてゼロから手順を解説して過程を明るみに出しておくことによって「思考の形」を示そうというアメリカ手続き人風の親切心で、他人の親切で我が身の愚かさを知る、というが、そのとおりのことが学問の世界でまで起きるのは、やはり背景にはアメリカ人の「手続き主義」があるからだと思われる。

現代の世界で手続き主義が最も発達して社会のアイデンティティにまでなっているのは、そーゆーわけでアメリカ合衆国だが、この考えがもともとどこから来たかというとフランスです。
来歴は、多分、政治思想と法思想を伝わってアメリカ大陸の渡来したのだと思料される。

なんだかもともとはダサイ技術と考えて遠ざけてきた原子力の話も疲れてきたので、途中を大幅に端折ると、原子力発電所の安全を支えるおおきな思想が厳格な「手続き主義」であるのは、「点火は出来るが消火の方法はまだおもいついてない」という、考えてみるとなんとなくバカバカしい技術であるという本質にも拠っているが、この技術が発生して成熟したのがアメリカ合衆国とフランスという「ふたつの手続き主義の国」であるという文化的背景もあると思う。

誰でも知っているとおり、技術というものは科学よりも更におおきく文化に影響・制約されるもので、ある社会から生まれる技術は社会を移す鏡とゆってもよいくらい、その社会の文化の影響を受けている。
おもいついた例をそのまま挙げると、日本が初めに世界に名前を知られた「技術」は兵器で、「零式戦闘機」という軽戦闘機だったが、煩雑なのでひとつひとつの技法の説明は避けたいが、工作にチョー手間のかかる沈頭鋲、骨格の弱さ、攻撃力本位、防護装甲板の欠落、なによりも(そこまでに完成された技術であった)1000馬力級エンジンの洗練させかたの芸の細かさに較べた大出力エンジンを作るさいの手際の悪さ、というふうに並べてゆくと、まるで「日本」という文明そのものの性格を列挙しているよーである。

一方で、この戦闘機の特徴は「名人芸的な端折り」に特徴がある技術でもあって、翼のしなりへの考え方や、全体の剛性、あるいは増槽タンクの繋ぎ目などに、そーゆーことが現れている。あるいは本来は殆ど禁忌に近い「桁への穴開け」というような軽量化への詰め方も含めてもいいかもしれません。

日本の技術を眺めていて思うのは「勘」や「経験」の民族集団的な鋭さに依存した技術に特徴があることで、おおきく個人の技倆と能力に依存している。
日本の工業製品が工業製品というよりは工芸に近い精緻を感じさせる所以であると思います。

1999年9月30日に起きた東海村JCO臨界事故について日本語wikiは、こんなふうに説明している。
「JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏マニュアル」を運用していた。一例をあげると、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏マニュアルではステンレス製バケツを用いた手順に改変されていた。事故当日はこの裏マニュアルをも改悪した手順で作業がなされていた。具体的には、最終工程である製品の均質化作業で、臨界状態に至らないよう形状制限がなされた容器(貯塔)を使用するところを、作業の効率化を図るため、別の、背丈が低く内径の広い、冷却水のジャケットに包まれた容器(沈殿槽)に変更していた。
その結果、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル水溶液を不当に大量に貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となって溶液が臨界状態となり、中性子線等の放射線が大量に放射された。」

わしはときどき、日本という文明を維持している社会が、この事故を防ぐことは不可能だったのではないか、という奇妙な思いにとらわれることがあります。
この事件について書かれたもののなかで、いま簡単に発見できるものを見てみると、
「杜撰なのであきれた」「こんないいかげんなことがあっていいものだろうか」というような意見が多いが、わしは日本遠征中のことを思い出すと、日本の人はこういう手順をとばしたり、うまく違う手順にすり替えて作業を効率化するということに才能があった。
まっすぐ行って右に行くところを、さっ、と斜め右に行って他人よりも効率的に目的を達成する、というようなことに特技があったと思う。

うまく言えないが、そういう文化的な能力のありかたと、JOC臨界事故のように一見杜撰を極める事故とのあいだには強い関連があるのではなかろうか。
それが単なる無知を極めた杜撰にみえるのは事実を伝える角度にもともと偏向が加わっているのかもしれない。

すっとむかし日本人の友達に「最も非日本的な知性は誰だと思うか?」と訊かれて、あんまり考えもなしに「フォン・ノイマン」と答えたことがあったが、いま考えてみると、要するに漠然とそういうことを考えていたのかもしれません。

日本のひとは洋服も似合うと思うが、着物を着ているときには、自然な輝き、というか、もうこっちのほうはまったくうまく書けないが、着ているものと体や挙措とのあいだに何の疎隔もない感じがする。それは日本の外であってすらそうで、わしは秋のサンフランシスコで、いかにも古い西海岸風の広い通りの、アメリカ人たちが行き交う舗道を、なんだかこの世のものでない「気高い」という言葉を使いたくなる様子で、すっすっと歩いてゆく着物の女のひとに見とれてしまったことがある。

技術などというものは、服装どころではなく社会の文化に密着したものなので、原子力発電のような、力で自分にはわからないものをねじ伏せる武骨無理矢理で洗練とはほど遠いダッサイ技術は、日本人の典雅で軽やかな「かるみ」を旨とする技術文化と、まったく相容れないのではないか、と思う事があるのです。

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One Response to 優雅と手続き

  1. たろさ says:

    日本以外を知らないのにこの国について語るのは片手落ちという気もするけど、書いちゃう。

    日本は積み木の高さを競うのにピラミッドのような精緻さをもってせず、ひねりやすかしをもって、ゲーム終盤のジェンガような形に積み上げ突出した分野をもった国だと思っていた。

    「冷却水の漏れが止まらない」
    というときに、オガクズやちぎった新聞紙、紙オムツの吸水部分を使ってどうにかしようとしたと聞いて「もうダメだこりゃ」と思ったけど、手を使うのが好きで試さなきゃいられない、という一面がわかりやすく出た挿話なのかなと思った。

    かといって職人はあまりにも理に反することは「そんなことしたら壊れるじゃねぇか!」と戒めてきた。しかしそういう真面目な経験の積み重ねで磨いてきた目をもった人がいなくなり、「やってみなけりゃわからない」という一見理のある、聞きいれた方が賢そうに見える権力者の強弁を、とりあえずの試行と許しているのが今の状況のように思う。
    なんて無責任に言ったらガメさんに軽蔑されそうで書いてこなかったけど、そう思うんです。

    腕がないのに手だけは動くひとにまかせたらどうなるか。
    床屋で金をもらう羽目になるんだきっと。

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