静かな家

Who is the third who walks always beside you?
 
When I count, there are only you and I together

But when I look ahead up the white road
 
There is always another one walking beside you
 
Gliding wrapt in a brown mantle, hooded
 
I do not know whether a man or a woman
 
—But who is that on the other side of you?

というのはT.S.エリオットの「荒地」の有名な一節でごんす。
英語の授業で、これを習う英語人はみな、この一節がErnest Shackleton
http://en.wikipedia.org/wiki/Ernest_Shackleton

の「South」
http://www.ibiblio.org/ebooks/Shackleton/South/South.htm

とルカ・24を重ね合わせることによって書かれたと習うはずである。

手元にある鮎川信夫全集に鮎川の日本語訳が載っていたので、たまには日本語訳も書いておく。

「いつもきみのそばを歩いているもう一人は誰か?
かぞえてみるとぼくときみと二人しかいないのに
白い道の行手をみわたすと
きみのそばにいつも他の者が歩いている
褐色のマントに身をつつみ辷るように歩く、頭巾をかぶっていて
男か女かわからないが

きみと一緒にいるのは誰なのだ?」

文明が危機に陥ると、その文明の手をひいて、抜け出す道を示してくれる「自分達が育てた文明の手」というものが存在する。
古代ローマはなんども社会的な崩壊の危機に陥ったが、そのたびに、献身的な貴族の兄弟や「すけべハゲ」と渾名された偉大な将軍によって窮地を救われた。
古代ローマ人の歴史を読み耽っていて、誰でも気が付くのは、ローマ人たちの危機からの脱出の仕方が、それぞれの局面においてやり方が異なるのに、いかにもローマ的な自己救済の道を発見してゆくことで、これは、東方の宗教であるキリスト教がやってきて、浸透して、ローマ的な柔軟を奪い去って東方的な硬直を導き出すまで続く。

日本はいま危機のなかにある。
「こんなものは危機ではない」というひとが圧倒的多数であるのは知っているが、そうした反応自体が、日本という国が完全に消滅してしまうことにつながりそうな、歴史上初めて迎えた「危機」の一部であると思う。
このブログ記事を遡ると、日本がやがて重大な危機に陥るだろう、という記事がいくらも出てきて、そこには日本の人がいちばん聞きたくないこと、民族としての傲慢さや、他のアジア人への根拠のない侮蔑、ヒマツブシ以外のものだとは思われない「理屈あそび」、社会全体にはびこる集団サディズム、都合がわるいことは、それこそどんな理屈でもつけて「なかったこと」にしてしまう手際のよさ、そーゆー類のことがたくさん出てくる。

それは、いまよか、ずっと若かった大庭亀夫(わしのことでごんす)が、ときどき日本にやってきては、何ヶ月か住んで、いろいろなことにぶっくらこくたびに書いた記事で、あまりにぐちゃぐちゃなので自分で読み返す気がしないが、日本にいて日本語で考えた「見知らぬ自分」の旅行記になっているはずのものです。

いま、この練習帳はVで止まっているが、Ⅳの終わりに、主に「はてな」のひとたちに向かって「そんなことばかりやっていると、日本は大惨禍に見舞われることになるだろう」と書いたことをおぼえているひともいるに違いない。
そのときの反応は、「原発がぶっとぶてか?ばかばかしい。おまえは予言者のつもりか」というようなもので、それを見てはじめて、JOC臨界事故にあらわれた「手順無視」の性癖を思い出して、ほんとうに「もんじゅ」がぶっとんだりして、と考えたのをおぼえている。
もちろん津波で福島第一発電所が壊れるなどとは、思いもつかなくて、ただの偶然にしかすぎないが、同じ原子力発電所の事故であるという暗合が嫌な感じだった。

考えてみると、わしのもともとの根拠地は東京から北へ一万キロ行った所と東へ一万キロ、南に一万キロ離れたところにあって、だいたいどこにいても、「1万キロ」の距離から眺めて考えていることになる。
日本のことを考える時には、いまちょうどそうしているように日本語で考えているわけで、英語に戻ってしまうと、日本のことは殆どなにも考えない。
ときどき7時のニューズで日本について何事か報道されていると、英語で日本のことを考えるが、その「日本」は日本語あたまの大庭亀夫が考える日本とは、びっくりするほど違うものです。

日本はいま危機のなかにある。
その危機の内容は、おおもとには「現実を直視して問題の解決に向かう」という、社会的能力の欠如があるだろう。
「南京虐殺は存在しなかった」と言い出した頃に、もうその病状は顕著になっていた。
日本では性犯罪が極端に少ない、日本だけはどんなに借金が増えても財政不安が起きることはない、日本は、日本は、日本だけは….

しかし、その自分で自分になんとか自信を保とうという努力のひとつひとつが、
「きみには太陽が東からのぼって西に沈む、地球のまわりをお日様がまわっているという、こんなに自明なことがわからないのか」と違う立場に立つ観察者を蔑みながら述べる、狂信のひとの信念に似てしまっていることは、隠しようもなくなってしまった。

「まあだかい」という黒澤映画にしては破格なくらい退屈な映画があるが、この映画のなかで、ひとつだけ、面白いのは、内田百閒の麹町の家が空襲にあったあと、戦後をどんなふうに暮らしていたかが判るセットがよく出来ている、と感じられることだった。
スケッチ狂だった黒澤明らしく、執拗なほどよく空襲のあとの瓦礫が再現されている。
こさえものだと判っていても、手前の登場人物たちより、後ろの瓦礫の山を見つめながら「こんなにすごかったのか」と考えた。

あるいはBBCの「ヒロシマ」には原爆で破壊された街と、その街のそこここで、裸を隠す衣服すらなく死んでゆくひとびとが出てくる。
その破壊のものすごさは、あんなところからもういちど街が再建されるはずはない、と思わせるほどのものです。

しかし日本人は不思議な国土の自然への崇敬の心をもっていて、まるで母親のふところに甘える幼児のように自然に寄り添って休息して、素晴らしいスピードで文明を再建していった。
1949年から20年間の日本人たちの文明再建の速度は、そういう項目がギネスブックにもしあるなら、当然のってしかるべきくらいのもので、どんなに日本と日本人が嫌いなひとたちでも、その生命力には敬意を抱いたと思います。

遠くからやってきた観察者にとっては、その再生の原動力は、日本人自身の口から言われる「西洋への競争心」というようなものより、日本の、人間の手がすみずみまではいった「やさしい自然」であったように見える。

湿気の多い夏に、軽井沢の発地という南側の低地におりてゆくと、無数のホタルがとんでいる。街灯もない暗闇のなかを、浴衣姿の外国人や、フリップフロップを履いた日本人の子供たちが息をひそめてホタルの光にみいっている。
モンスーンの豪雨は乾燥のインドでは歓喜の象徴だが、その遙かに東の国では、モンスーンは、ずっと、国土それ自体の呼吸に似ている。

自分達の味方だと信じていた学者にまで理屈の非論理性を指摘されて、勉強がたりない、なにも考えていないと蔑まれながら、子供を抱えた主婦たちが一向に瓦礫搬入への反対をやめないのは、日本という国土に万が一なにかがあれば、そこで日本というものそのものが終わってしまう、反発力も再生の力も、そこでなにもかもに終止符が打たれてしまう、そういうぎりぎりの危険を「理屈」などで判断したくない、という本能的な恐怖があるのではないかと、遠くから見ていて思う。
そして、母親の本能というものは、少しも知的ではないが、案外と正しいことも多いのだと歴史は教えている。

冒頭のエリオットの詩に出てくる「brown mantle」を着た顔がみえないひとは、実は復活したキリストだが、それまでのすべての文明を投げ捨てて東洋的なキリスト教という宗教に自分達の社会全体を投企した西洋人が、実際に救われていくものかどうか、わしにはわかりません。
しかし、ほかに導いてくれるものがないので、西洋世界がもういちど「フードをかぶったマントを着たひと」の手に導かれて救済の方向を求めるのは明かであると思う。

日本をこの危機から再び再生の場所に導き出してくれるのは、中東出身の神などでありえないのは、ほぼ自明と言ってもよい。

軽井沢からクルマに乗って長野県の北の境界である栄村という村をぬけて津南という町に至る。そこから、もっと北に向かって松之山という山村へはいっていく途中に、小さな、名前のない神社がある。
クルマを駐めて、モニとふたりで外に出ると、まだ陽が高い午後であるのに「沈黙の音」と呼びたくなるものしか耳に聞こえない。
階段をあがって境内にはいってゆくと、おおきな枝振りの木が、ぐるりを囲んで立っていて、まるで神様たちが町の寄り合いで立ち話をしている所に迷い込んだような気がします。

わしは南方熊楠の本を思い出して、「ああ、これが鎮守の森なのだな。すごい」と考えたが、それはどうでもよい。

日本のことを考えるたびに、いまの日本の危機から日本人たちの手をひいて、再生の光の方角へ導いてくれるものは、どうしても、あそこにしかいない気がする。
言語では表現できないものが、あの森にはいて、それは遠くの彼方に存在する西洋の「絶対」とは異なるありかたで、日本人の集団にそっと寄り添っている。
そこからは静謐ややさしさ、なによりも「共生の力」が泉のように、光のようにあふれだしていて、日本人全体の肩をそっと抱きしめている。

あの静かな家に帰らねばならないのではないかと思います。

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6 Responses to 静かな家

  1. katshar says:

    なんだか「Footprints」を思い出したので、
    誰が訳したのかわかんないが好きな訳を勝手に貼って行きます。

    海辺を男が神様と歩いていたんだと。
    男は言ったわけよ
    「今神様と俺並んで歩いてんじゃないすかー」
    「そだね」
    「でー、足跡合計4つって感じっすよね?」
    「そだね」
    「でもこの前、ぶっちゃけ俺最高辛かったんすけど
    足跡2つしか無かったんですよ。
    あんとき神様どこ行っちゃってたんすか?」

    したら神様はこう言ったらしい

    「ばっかてめえ、お前おぶって歩いてたんだバカやろう!」

    足跡(FOOTPRINTS) マーガレット パワーズ

  2. galileinagano says:

    そう、日本の「神々」は日本を全力で守ってくれたのだと思う。
    大気中に放出された放射性物質の7割?程度を海へ吹き飛ばしてくれた「神風」、
    さまざまな場所で信じられない幸運が続いて「本当の破局的大事故」が防がれ、
    原子力委員会のスタッフも日本には本当に神様がいるのだと思ったというエピソード、
    セシウムが粘土と結びつきやすいために、主食の米にあまりセシウムが出てこない幸運
    等々、ほとんどの人は知らないかもしれないが、
    さまざまな「幸運」によって日本人は守られてきた。
    もちろん今でも状況は深刻だが、
    本当は、もっと大きな破局になっても不思議ではない状況だったんだ。
    そしてもちろん、現場で頑張ってくれた素晴らしい人々のおかげでもある。
    名前も出てこない「フクシマ・フィフティーズ」は、あまりにも日本的な英雄たちだ。
    なぜ名前が出てこないかといえば、
    電力会社が危険な仕事は下請けにやらせてきたからだが
    彼らは真摯に、文字通り命を賭して
    自分の属する共同体のために頑張ってくれた。
    いまだに名前も出ず、国民栄誉賞さえも受けないけれども。
    彼らのような人たちが、今まで日本を支えてきてくれた人であり「神」だった。
    彼らは「みんな」のために頑張ったが
    それは彼らを育てたやさしい村と家庭、本物の共同体と自然があったからだ。

    日本の政治システムは、自らが壊して行く自然や共同体に
    自らが守られたことも知らず
    さらに壊して行こうとしているけれども。

    (今までもいろいろコメントの文章を書いてたんだけど
    なんとなく下書きのままになっていた。またおいおい、投稿していこうかなと思ってるのでよろしく)

  3. Akira says:

    >>>素晴らしいスピードで文明を再建
    ドーピング再建の可能性もあるんじゃないかな? 先日マイケル・サンデルがわざわざNHKにきて討論をしていた。
    最近「脱法ハーブ」問題で削除されて見れなくなってるのでガメさんに見せたくて今のうちと思い張っておました。http://wasinaju.posterous.com/63084875 この頃の北野たけしはスゴかったと言う人も居る。
    いまでも「ヒロ◉ン」は日雇い労働者の間で使われているとか。

    ここに来ている殆どの方が、オイラと同じく頭に重しを乗せられてような重圧の日々を送られているものと思います。震災以降まるでパキシルを(SSRI/ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%B3)盛られたように具合が悪く本調子とはほど遠い。何を見、何を聞いても以前の様には響かない。。
    しかしこれは以前から日本国「健診」で判っていた事なんだ。

    オイラの師匠で東大からケンブリッジに留学した学者さんがいます。
    いま都内の大学で「環境保護」の大学院立ち上げのために陣頭指揮を行っている。昨日久しぶりに話しました。
    「君〜、そこに君の大事なカバンがあるだろう、それを他人に蹴られたとする、当然君は怒るだろう? 何故だ? そのカバンは君じゃない。お気に入りだから怒って当然だと? でもイメージと感情は別ものだろう。どうして感情が生じるのか。。現象学や心理学やらで説明しても嘘くさい。 お気に入り概念、これを解明しないと環境保護なんてできないと思うよ。」
    「大脳の固定されたイメージが視床に繋がっているんじゃないですか?」オイラ
    「さあ、判らん。。」
    『お気に入りの生理学』、、、先週から子供が感染性腸炎でゲーゲー吐いて高熱でグッタリして入院。カミさんが付き添いで入院したら1週間後に同様に発症しちゃいました。その時のオイラの苦悩はとても「妻がsickで、、」なんてもんじゃない、、己もそれ以上に苦しいのです。父ちゃん(アッバー)も苦しんでおられるに違いない。。
    ふる里、、、
    『地球全体が祖国なのだ』と思わない限り、明日は無い。

  4. shiroganedori says:

    亀仙人、この状況は難しい。
    あからさまにおかしいのだが、西洋式が上手く日本の空気を操ってしまっている、という図だと思っていました。
    この元は、ローマの東方から来たという、拘束の手法に長けたキリスト教のせいだったのか。
    またしても、よく解らないので、しばらく私は沈黙するでしょう。

    私は正直、あまり明るい未来を思い浮かべることは出来ません。

    この人は信じられるだろうか?と思った科学者が、「1+0.5=0.5で少なくなる!」なんぞと言い出す前には、もうちょっと楽観していたのだけれど、結局そういう国だったんだな、と思っています。

    植物も虫たちも、去年から比べて二倍ほどの大きさになっているものが居る。恐らく、世代交代の早い細菌などは、もっとすごいことになっているんだろうな、と思います。

    日本を救ってきたのは、結局八百万の無名の神たちであって、表に出てくる指導者面した空虚な人間たちは、日本を滅ぼす方向を指し示すのに役立っただけかもしれない。
    日本の神社の森を、さらに取り巻く森は、もう昔のものとは変わってしまっているけれど・・・結局、破滅の後に立ち上がるには、亀仙人の予想通りになるのかもしれません。

    Akiraさん、BioShield Radiation は試されましたか?

    普通にネットで買えますが、私が常用するには高価過ぎるので、頭に来て試してもいません(^-^;)でも、成分は参考になるかもと。こんなんじゃ気休めかな・・・。

    今も空虚な議論を続け、幻の世界に住むひとたちは、おそらくこの手の薬は常用しているでしょうね。

    • Akira says:

      shiroganedoriさん、こんにちは。貴重な情報有り難う御座いました(^^)
      9.11以降に開発が盛んになったというのが興味深いですね。。。
      私は医業を生業にしてるんですけど、本当は美大に入って今頃はモンマルトルで観光客相手に似顔絵のスケッチか、イタリアのスカラ座の道端で唄っていたはずなんすけど、、、そんなMa vieとはほど遠い日々の雑務に追われています。ま、忙しいだけ幸せですが。。。
      今週学会発表があったのでお返事すぐに出来ず申し訳有りませんでした。
      今回の私の発表はというと、「酸化ストレス」関連のものでした。
      もしshiroganedoriさんが医療界の方だったなら申し訳ないんですが、「酸化ストレス」とは(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%B8%E5%8C%96%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9)、平たく言うと体内の個々の細胞が活性酸素で障害された代謝産物のトータル量です。色々な酸化ストレスマーカーがありますけど、少量の採血、10分くらいで測定が可能なROMs:reactive oxygen metabolites(ヒドロペルオキシド)が昨今重宝されてます。
      例えば糖尿病で血糖のコントロールが良くない人、大量に飲酒後の人、トライアスロン運動後の選手などが、ROMs値が高くなることが解っています。細胞が必要以上に障害されているのでしょうね。私は低線量の放射線被爆でもこのROMs値は上がると踏んでいます。

      このエビデンスが無いとこのクスリが本当に有効なのかは解らないと思います。
      むしろ、トマトジュース、ニンニク、オリーブオイル、赤ワイン(ただしほんの少しですだよガメさん!!、、苦笑)などが酸化ストレスを下げる事(還元力を高める)が解っているので、こういった食物をバランスよく摂取する事の方が重要なんじゃないでしょうか?(^^)
      ROMsの他に炎症性サイトカインなど(http://senoopc.jp/exam/cytocain.html)も同時に測定が望ましいですね。しかしながら酸化ストレスには上記の食生活を含めた栄養状況、睡眠、持病の有無、ライフスタイルも関係してくるでしょうから私の師匠からは『実際福島で線量の異なる地域ごとに測定しても期待する結果は得られないんじゃないか?』とも指摘されました。その際には『”粘菌”を用いるといいんじゃないかい?』とも言われています。http://homepage2.nifty.com/halhy/nenkin.html
      shiroganedoriさんは体調はいかがですか? お体御大事にして下さい。

      今日は官邸前で反原発デモやってますが、相変わらず大手メディアはどこも報道していないですね、、、http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1340977716
      ガメさん、夢の件ですが、私は既に今でもスマートフォン片手に立ったまま死んでいる東京人を見かけますよ。。 

      • shiroganedori says:

        Akiraさん、私のほうこそ、こんなに色々教えて頂いていたのに、今頃のこのこやってきて、申し訳有りません!
        当然私は医療関係は全然解りません。ただ、こりゃ自分で調べないと早死にするなぁ・・・と、出来るだけやっているだけです。
        毛細血管がやられて四肢切断、というのだけはカンベンして欲しい・・・というか、全部嫌ですが(^^;)

        ROMs値を調べるのですね!覚えておきます。
        今の所、病院要らずな人間なもので、ビョーインと聞くだけでキンチョーしております・・・ビョーイン怖い。
        ともあれ、今はトマトなどせっせと食べます。安心して食べられる食品のひとつで良かったです。

        新しい知識を頂いて、思いがけず得してしまいました。
        有難うございました。

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