汚れた髪

うつ病といっても要するに病気なのでふつうに病気として対処すればたいていの場合簡単に治る。
軽いうちに適切に応対すれば、あっさり治るがこじらせると、えらいことになって、死んでしまったりするひとがでてくるのも、病気だから、あたりまえなのである。
むかしは医者もホイホイと処方薬をだしていたが、このごろでは副作用がおおきい薬が多いのがわかってきたので、やや慎重にすることにした。
基本は、まさしく風邪と同じでバランスのとれた食事と健康的な生活習慣で、ひらたくゆってしまうと、アホらしい感じもするが早寝早起きをするのがよいという。

社会的な理由もあるに違いなくて、わしが生まれついて育った社会は、人口ごとうつ病であるかのごとき社会で、子供のときから「誰それはデプレッションだから」というようなことをよく聞いた。
あんまりひとに向かっていうことでもないが、わしの大好きな大叔母は、やはりうつ病が持病で、ロンドンの街中で突然くるまを止めて泣き出したりするので、ガキわしは、なにしろガキというのは同時にバカであるということなので、どうしたらよいか判らなくて、じっと大叔母をみつめていたりした。
いかにガキでバカであるとゆっても、そういうときに「ダイジョーブですか?」というようなマヌケな質問をするほどのバカではなかったので、そのまま30分くらい大叔母が泣いているのをみつめていた記憶がある。

あるいは高校生のときに幼なじみの女の子とリージェントストリートで偶然でくわしたことがあったが、いつも身なりがばっちし決まってるひとであるのに、そのひとの「目がさめるような」という表現がぴったりの金髪が少し汚れているような気がした。
やあ、元気?
この頃、あんまり見なかったね、というようなありきたりの挨拶を交わしてから、では、とゆって歩み去ろうとすると、ガメはわたしを軽蔑しているでしょうね、という。
びっくりして、そんなことあるわけない、 なんで、そんなことを訊こうと思ったのか判らないが、そんなことは金輪際ない。軽蔑なんか、してるわけないじゃないか。心からいうが、きみは、わしのおおむかしからの友達なんだから。

相手をほめるべきとき、というか、敬意をもっている相手には、はっきりと言葉をつくして述べることにしているので、わしはふだん、そのひとに対してもっている印象をはっきり詳しく言ったのをおぼえている。

相手はにっこり笑ったが、そのあとに、すっ、と目が暗くなったようにみえた。
わしは相変わらず、そのひとの髪の毛が少し汚れているような気がしていた。

そのひとが自殺したのを聞いたのは次の週のことだった。

わし自身にはうつ病の傾向はないよーだ。
風邪をひきやすい体質のひともいるし、なかなか風邪をひかない体質の人間もいて、どうやら(もっと年をとらないと、うつ病のようなものはわからないが)わしは後者に属しているよーです。
まず第一に体力が旺盛だということがあるだろうし、他人の目を気にする習慣がない、という教育に起因する「考えの習慣」ということもあるかもしれない。
遺伝的な要素が強いとすれば、家系図を見渡すだけでもうつ病で自殺したりしたひともごろごろいるので、病気になりやすい体質のはずだが、うつ病も躁病もいまのところは縁がない。病気もしないので、ただただ健康でばかばかしい感じがするが、ほんとうはばかばかしい、などとバチアタリなことを言ってはいけなくて神様に感謝しなければいけないのでしょう。

モニはチョーまじめなので、ときどきゆーうつな気分になるよーだ。
自分にも、もっと出来る事があるのではないか、とか、自分にあんまり価値がないのではないか、とか、わしに言うことがあるが、そーゆーときは、やや抑鬱的な気分なのであると思われる。
特別なことを言ったりやったりはしないが、モニが憂鬱そうにみえるときには、海にいくべ、とか温泉に行くべ、外でお昼ご飯たべるべ、とゆって、問答無用で連れ出して遊びにいく。
将来はどうなるかわからないが、いまは、それで、すぐ気分が変化するよーです。

日本語の世界では、「うつ病」というのが、奇妙に特別な感じで言われるので、へえ、と思ったことがあった。
英語世界では、うつ病というのは、チョーありふれた病気なので、「精神病」などとあらためてゆわれると、なんだか違う病気の話をしているよーな気がする。
あまつさえ、風邪のひきかけくらいの鬱状態の若い社員に「がんばらなきゃだめじゃないか」と上司がゆった、というような話を聞くと、ずるっこけてしまうが、風邪をひいた人間にジョギングいってなおしてこい、と諭すような、そういうヘンな考えも、時間が経っていけば社会からは淘汰されてゆくに違いない。

ニュージーランドのような社会は、もともとがイギリスのまじめな労働階級の人間が「こういう生活をしたい」と思った夢の煮こごりのようなところがあると思う。
マジメに仕事をしさえすれば、ロンドンでは夢でしかない一戸建ての広い庭がある家が買える。クルマを2台もって、子供がふたりか3人いる笑い声が絶えない生活がつくれる。ニュージーランドという国のおおもとになっている考えは、そういう労働者階級の人間が必死に願った「幸福」の現実化であって、だから「支配層」というものを生理的に嫌う。
幸福の定義もだから単純で、家やクルマや収入というような現実に目でみて一目瞭然なものに限定されている、とゆってもよいくらいである。

欧州人や日本人はスズカケの木のごとく屈折した長い歴史をもっているので、なかなかそう簡単に幸福になれない、というひとも多くて不便であるとおもう。
歴史が長い、ということは、これこれしかじかの歴史があるから、なかなかそう簡単に変化するわけにはいかないのだ、という変化しないことの陳弁につながるが、それは同時に変化を怠るlazinessにも簡単につながる。

遠くからみていると、この頃の日本は、社会ごとうつ病に罹ったようにみえることがある。他国人から、ちょっと「こうしなければいけないんちゃうか」と感想を述べられると過剰な情緒的反応が起こって、話を聞いていると、予想外にも「自分達が非難されている」と感じているのがわかって、意見を述べたほうをびっくりさせたり、「このあとの金融政策をどうするつもりか」と聞かれただけで恐慌的な反応を示したりするのは、個人であれば、初期のうつ病であるとみなせる。

耳をおおって他人の言う事をいっさい聞かずに、自分の信じたいことだけを信じて、現実そのものを自分が信じたいものの姿に変えて投射するようになるまで、もうすぐだという感じがすることすらある。

世界から切り離されていると感じるとき、人間はうつ病に罹りやすいが、日本社会そのものが集団的なうつ病に罹っているとすれば、その責任はまず第一に、長い間マジメに報道するということをしなかったマスメディアにあるというほか、わしには言いようがない。
日本人が日本語のみでものごとを考えて、情報をあつめ、判断してきたのは一に新聞を始めとするマスメディアの伝えることは信用できる、という社会常識が元になってきたので、このマスメディアの責任分担部分が遠くから見ていて不愉快なほどフマジメなのでは、それを材料に考えてきた日本人の判断が現実に対して有効であるはずはなかった。
まして、いまの段階では日本のマスメディアなどは、たいして工夫もされていない「事実にみせかけた自分のおもいつき」を現実らしく意匠を凝らしてたれながしているだけの、いわば支配層が鳴らす壊れた進軍ラッパのようなものにしかすぎないが、それにすっかりだまされて踊り出すようにして行進する幸せな国民は別にして、大多数のまともな日本人のほうは、抑鬱状態に陥るのがあたりまえであると思う。

しかし冒頭で述べたように、(そう言われるとなんとなくバカバカしい気持ちになるだろうが)うつ病というのは、ただの風邪にも似た病気なので、いまのうちに良い習慣をとりもどせば、社会的な抑鬱状態も解決するに違いない。
そして社会的な良い習慣というのは、案外とイギリスから渡ってきた労働者達が南半球の島で実現しようとしたような「物質に偏向した単純な夢」が基礎であるのかもしれない。
その物質的に単純な夢、というのはつきつめれば富の再分配と社会への還元で、
ニュージーランドの経済規模はだいたい日本の三重県程度だと思うが、高速道路ネットワークはただで、相当な田舎にいっても制限時速が100キロのオープンロードだけは確保されている。「日本は土地代が高いから」というような言い訳はもっともらしいだけで本当でないことに気づけないのは、やはりそこでも抑鬱的な無関心が働いているのだと思う。

世界のコミュニティから孤立し、政治を信頼しては裏切られ、マスメディアの無能によって情報的言語的にも切り離されている日本は、実際に、この先、集団的なうつ病の状態にはいってゆく危険があると思う。

まだ風邪の程度であるうちに治してしまったほうが、のちのちの社会再建の仕事を楽なのではないかと考えました。

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