自分に会いに行く

 

日本人の歴史は自分がもっていないものを求めて、すでにもっていたものを失うことの連続だった。すでに7世紀の頃からそうだったわけで、国民性の一部なのかもしれません。

惜しげもなく自分達がもっていたものを捨てて、次から次に「舶来」の文化やものの考え方に乗り換えていったが、日本人という民族のもうひとつの特徴である気が遠くなるような詩への愛好、21世紀のいまでも年齢をくわえるにしたがって俳句、短歌、というような定型詩を通じて人口の半分以上が詩を書いて読むという不思議な性癖によって、もともとの日本人がどんな形の感情をもっていたか垣間見ることはできる。

額田王のようなひとはその典型で、有名な
あかねさす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや きみが袖ふる
という詩を読むと、日本のひとの、ただただ人間の自然の感情というものに忠実な、それでいて高い表現力と普遍的な認識を表記することができた、というのは、とりもなおさず世界を把握することに長けていた、当時の一個のすでに完成された文明の姿を忍ぶことができる。

あなた、そんなに嬉しそうに袖をおおきくふって手をふっては、野守達に気づかれて、夫に自分達の恋愛がしられてしまいます、と言いながら、しかし、婚外の恋愛の暗さは微塵もなくて、ちょうど薬猟(五月五日)の青空のように晴れやかな気持ちが1300年の時間を渉って響き渡ってくるようでもある。

もちろん、ちょうど欧州の宮廷歌のうち宴の座興の冗談にすぎないものが、真剣な恋歌として伝わっている、という可能性もあるが、詩を読み慣れているはずの自分としては、座興でこんなものすごい詩を作られてはたまらない、という感じがする。
ほんとうだとは信じたくない話になってしまう。

日本人の感情の土台は、「ゆいいつ絶対の神」という、そのあと人間を長い間苦しめた中東由来の思想からはまったく自由な極東の島で、ちょうど野原にさまざまな花が群れ咲くように人間は神や精霊やもののけが同じ水平面に繚乱していた7世紀頃にあるに違いないが、そのあと、ただ知識としてもっているだけでも賢げに見えたので殷賑をきわめた「中国文明」の大規模な侵入があった。

瞥見しただけで瞭然としているといいたくなるくらい異なる中国文化を日本人が積極的に受け容れようとした様子を眺めると、鉄の塊を無理矢理のみこもうとしているひとを見ているような痛々しい気持ちがする。
しかし当時の日本人はよほど中国人への憧れが強かったのでしょう、結局、女が男に変わるような大きな変化を日本のひとはやり遂げてしまう。

歴史をぼんやりと眺めていると、多分、日本人が「まったく異なる文化をまがりなりにも受容する」というスキルを得たのはこの頃で、このあとの大きな変化、たとえば明治の「文明開化」や1945年のアメリカ化は、ほとんどこのときの骨法をなぞって起こったように見えます。

日本語はカタカナを日本語文の奪胎可能なたとえば体言に限って導入することによって本質的には外国語に侵略されることなく海外のさまざまな思想を輸入することに成功した、という意見がある。
自分で読んだ本のなかでいうと、たしか井上ひさしというひとも対談で同じことを述べていた。

話がうますぎる、という表現があるが、そんなことがありうるだろーか?というのが、わしの初見の感想で、日本人が他のアジア人、たとえばインド人に較べて極端なくらい英語が聞き苦しいのは、わしの観察では「カタカナ」のせいであると思う。
ワシントンDCのニュートンサークルというところで英語がとても「流暢」な日本人のおっちゃんと愉快な午後を過ごしたことがあったが、この20年アメリカに住んでいる、という、しかも言語的才能に恵まれて生まれついたのが明かなひとでも、ところどころアクセントが明瞭に日本人で、観察していると、多分、そんなに外来語になりきれているとはいえないはずの「マネーロンダリング」という単語を口にするときさえ、頭のなかの言語空間の暗闇にカタカナの「マネーロンダリング」が明滅して、その映像にひきずられているように見えた。

ついでなので言うと、単なるおもいこみにすぎない可能性もあるが、少なくともわし自身が日本語を話すときには頭のなかの言語空間に表記された日本語のひらがなや漢字を視覚的に「見て」いる。話す言葉の部分、特に意味の中核になる漢字の部分を「見ながら」話している。
英語で話している時には英語で考えているが、ところが、英語単語が頭のなかの薄暗い空間に視覚的に投写されているかというと、そういうことはないよーだ。
英語だけの特徴かというと、フランス語でもロシア語でも、そういう視覚と聴覚の協調は起こらないので、日本語だけの特徴なのかなあー、と思います。
もっともイタリア語では年中綴りを思い浮かべているが、これは単純にイタリア語がまるでできないので綴りをてがかりに発音しようとすることがあるからで、翻って、「じゃ、日本語も同じで、要するに判ってないからじゃない?」とゆわれると、反論のしようがないと認める気持ちはある。
そのうえに、では識字能力のない日本語人というものは考えられないのか、ということがあって、歴史上「字が読めない日本人」などは無数にいたに決まっているので、こちらのほうでも、いまのところは、はっはっは、と笑って誤魔化す以外には方法がないよーだ。

ところで音という言語上もっとも考え方や思想、あるいは感情にまで影響する言語要素にカタカナ語が影響するのに、それが便利にも、日本文化には影響を与えないということがあるだろーか、と考えると、そんなこと、ありえないのではないだろうか、という気がする。

ナイーブ、パセティック、スピードというような言葉を考えても、どうも「繊細」という意味で使われているらしい「ナイーブ」や、絶賛したつもりで「パセティックな詩」と迷わずに書いてしまう田村隆一、スピード・ダウンという愉快な表現、みっつとも要するに(広義の)「誤訳」が定着してしまっている例だが、ではgirlとガールが同じものかというと、ぼんやりと似たものを対比できる、という程度にしか同じでなくて、ほんとうはまったく異なっているのは「girls day」という(韓国や日本にある行事ではなく)普段の習慣をもたないことを考えれば足りる。

いま日本語と英語を並べるのに実をいうと、さっきの最期弁当というひとの文章を開いたままになっているので、そこから借りて話しているのだが、印刷機のプリンタとprinterはコンピュータ用語として使っているかぎりにおいてはふたつの言葉はかなり近しい形のふたつの意味集合をつくっていると感じられる。
スポーツとsportsが全然ことなるのは、sportの意味を考えればほぼ自明だが、もっと単純にsportsのことを考えても、わしが育った社会ではプール(ビリヤード)もダーツもスポーツなので、少し違いが判りやすいかもしれない。

こうやって考えていると、カタカナは主に産業振興を急ぐための便宜として有効だったので、ちょっと全然ヘンな例しかおもいつかないが、日本版「ビジネススクール」には「一太郎講座」というものがあって、そこでは「ワープロを打つ人」を育成するのだと聞いたことがある。もっとも能率的なワープロの使い方として、学習機能を切って、同音異義語が滅多矢鱈に多い日本語という言語の同音語の大海のなかで、記事は「きじ」の漢字候補の3番目に出てくる、ということを「体で」おぼえさせるのだそーである。
実際、この方法の威力はすごくて、猛烈な速度で日本語が入力できるようになるそーだが、しかし、わしのようなナマケモノには、そんなオソロシイ技量を身につけるために時間を使う度胸はない。

カタカナは、「一太郎講座」的である気がする。
なんだか、それは効率的なんだろうけど、でも、…と口ごもってしまうところがある。

前にも書いた「鎮守の森」は日本人が「すでに両手にもっていたもの」の一個の代表である。
あるいは、わしの軽井沢の家の森を歩いて通り抜けた「ほいほい、ぽん」だったかなんだったか、不思議な声とともに遠ざかった「なんだかよくわからなかったもの」も、日本人が「ずっと、いつも持っていて親しんですらいたもの」のひとつと思う。

内田百閒は子供のときに見た、夜、現実の山陽本線と川を挟んだ反対側を「ぽおおおおー」と音を立てて走って行く機関車に引かれた列車のことを書いている。
百鬼園先生が、「あれは、なに?」とゆってばーちゃんに訊くと、ばーちゃんはこともなげに、「狸が機関車をおもしろがってマネしてるのよ」という。
あるいは義理叔父が子供のときはまだ義理叔父の祖先が出身した薩摩の町に帰ると夜には電波塔がふたつ並んでいて、赤い灯がともる塔がふたつに増えたことを訝しんで「あんな塔、ありましたか?」ときくと、義理叔父ばーちゃんは、にっこり笑って、あれはカラスが悪さしてるのよ、とやさしく言ってきかせれくれたそーである(^^)

富国強兵には役に立たないものだったが、しかし、日本のひとは、あるいは才気を徹底的に伸ばして、人間のサバイバルにはおよそ役にたたない魂のほうは産業廃棄場に投げ捨ててしまったのかもしれない。
それが厳寒のシベリアに、かつては「同胞」と呼んだはずの50万人の若い日本人の男たちをソビエトに譲り渡して打ち捨て、満州の原野に女や子供にロシア軍の侵攻を伝えもせずに置き去りにして、ロシア兵たちの蹂躙のままにし、自分達だけは、さっさと逃げ出すという世界の戦史はじまって以来の、ほとんど珍奇なほどの臆病で恥知らずな軍隊をつくったのかもしれない。
いまの福島第一事故のあとに、ほとんど危険性をマジメに検討もしないで、「安全だから、いるところにとどまれ」と述べたのも、その「魂のぬけがら」の延長ではないと誰が言えるだろう。

沖縄人は落っことした魂を拾いにいけば、また魂はもどってきて、魂を失った人間を元の正気に返すという。
あるいは、日本人も、都合がわるいことは全部なかったことか他人のせいだったことにするembarrassmentが自動的に誤訳させた歴史の出口のない迷路をたどるのをあきらめて、一心に自分の魂をめざして言語の道をたどって歴史をさかのぼってゆけば、現実とリニアに感覚が接続される、「ほんとうの自分」に会えるかもしれず、そのときこそ、「もたざるものを求めて」持てるいっさいのものを失った、橋上の人としての影から、自分自身であることの深い安らぎにかえってゆけるのかもしれません。

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2 Responses to 自分に会いに行く

  1. Portulaca says:

    私も日本語を使うときは頭のどこかで漢字を見てる気がするな。イタリア語ではそれがない。ただ、RとLがどっちだったかあやふやな単語だけは綴りがぽわわわーんと浮かんでくる。
    浮かんできた綴りが間違っててガックリくることも多いんだけど。

    ところで、ガメさんはちょっと前のブログ記事(N2O)で狂泉の源は言語にあると書いてましたが、んでは狂泉の一番効果的な抗体は他の言語、それも自分が主に使っているものとはできるだけ異なった言語をできるだけたくさん知る(いろんな言語人格を持つ)ことってことになるのかな。

  2. Portulaca says:

    そうそう、この記事の写真、素敵。
    苔好きだ。

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