激しい雨のあとで

オークランドの天気は、「海のまんなかにヨットを出していると思えばよい」という。
滝のような雨が降ったかとおもうと、次の瞬間には晴れている。
セントヘリオスの海岸で、海辺の太陽の光のなかを散歩していると5マイルほど離れたノースショアで豪雨が降っているのが見える。
ひどいときには、海がお日様と雨と陰った光とで斑にみえることもあります(^^)

クライストチャーチで歩いているのは、ほとんどの場合(クルマが買えない)ビンボニンと決まっているが、オークランドは都会なので、オカネモチもビンボニンも、男も、女も、じーさんも、若い衆も、いろいろなひとが歩いて移動している。
バスを乗り継いで、まだ未発達な鉄道に乗って、あちこちへ行く。
多分ケントにある町の名前をそのままつけたHerne Bayという町に行くと2億円を超えるのに車庫が無い、というニュージーランドらしくない家までたくさんある。
ポンソンビーとCBDというふたつの繁華街が歩いていける距離なので、忙しいオカネモチのなかには、「クルマなんかいらん」というひともいるのでしょう。

一方で、最近は変わってきたが、もともとはニュージーランド人には「傘をさす」という習慣がない。
雨が降れば濡れて歩く。
いまでも、ぐっしょり濡れて下を向いて歩いている人と、傘をさして歩く人と半々くらいだろうと思う。

雨のあと、カフェの椅子に腰掛けて行き交うひとを見るのは楽しい。
びしょ濡れになったことに神の悪意を感じたように、むっとした顔をしているパケハ(白人のことです)おっちゃんや、雨などふらなかったとでもいうように、濡れた髪の毛、モニとわしが日本語で「チョンマゲ」と呼んで喜ぶ、頭の上で髪の毛をまるく束ねたかっこうで、悠々と歩く、雄大な体格のポリネシア人の若い女びとたち、もう空は晴れ渡っているのに、広げたままにして乾かすつもりか、今度は日傘なのか、黒い傘をさしたまま、無表情に歩いて行く中国系のおばちゃん、いろいろなひとが歩いていくが、よく見ると、激しい雨のせいで少しだけ経験した興奮が歩き方にも現れているようでもある。

特に応援するというのでも、好奇心でもないが、なあーんとなく、官邸前の抗議が終わるまで起きていようかと考えた。
日本語ツイッタのアカウントを見ていたら、ジュラやオロナインさん、バカタレなことにお腹に子供がいるミナまでが、赤坂にいることが判ったからでもある。
NZは日本よりも3時間早い。
日本の8時は11時である。
デモは不思議なもので、そのなかにいると、自分が「特別な人間」などでないことが理屈でなくて判る。
「その他おおぜい」のひとりである。
目立ちたがりのひともいれば、なんだかコーフンに酔ってしまっているひともいる。
「シュプレヒコール」をあげたりはしないが、まわりのひとよりも少し上に出た、間の抜けた顔で、のんびり辺りを見渡してみる。
集団のなかにいるのに、どんどんひとりになってゆく。
なあんだ、やっぱり、おれはひとりなんだな、と考える。
「もうすぐ、前のほうでは警察の暴力沙汰がはじまるようだ」と隣のやはり背が高い体格のよい男が話しかけてくる。
「前に行こう」

日本では、幸いなことに、そこまでいかないよーだ。
たくさんのひとが金曜日に官邸をめざして、そして、さっさと帰って行く、という印象であると思う。
そういう、言わば、あっさりとしたデモのありかたを、ニセモノだ、単なる署名活動で実行力などない、という声もたくさんあるようだが、わしには、意見はない。
感想はあるが、ここで書きたいとは思わない。

なるべく気をつけていよう、と思っていても、普段の生活では「福島」という言葉を思い出さない。あの遠い国には集団行動も雑踏も嫌いなのに、やむにやまれない気持ちで赤坂をめざすジュラがいて、お腹に子供がいるのに、仕事のあとで、息せき切って駆けつけるミナがいる。そうやって、陸続と集まった、とうとう政府もごまかしきれなくなった数万という人の願いが物理的な人間の群になって現れ、官邸前に詰めかけている。
それをニセのデモだと言って嘲笑う人があり、「主催者側」は勘違いしていると皮肉に述べるひとたちがいる。

自分で飛行機を操縦して遊びにくるT(前にブログ記事に出てきた女びとと同じひとです)が、「ガメ、寿司たべに行こうぜ」という。
モニが、ガメはこのごろ日本料理はいっさい食べない、と述べる。
なぜ?と訝るTに、モニが日本の食材は放射性物質で汚染されているかもしれないこと、オーストラリアとニュージーランドはいろいろな国のなかでも例外的に食品の輸入規制が甘いので、ガメは嫌がって日本のものは何も食べない、と説明している。

Tは、「やべー、おれ、寿司食べちった。去年から20回くらい食べてるぞ。妊娠してねーだろな。Jと先月だいぶんワイルドなやつかましたからな」とゆって顔をしかめておる。
そーだった。日本では原子炉事故があったんだった。
チェルノブルのときは、母親が、もっと気をつけてたよーな気がするのになあー、と独りごちておる。

ソーセージをよく買いに行く肉屋のおやじが、
「この頃原発事故で日本人がいっぱい逃げてきてるの、知ってますか?」という。
いや、知らない。日本人が、多いの?
と、とぼける、わし。
「あっちにもこっちにも、うじゃうじゃいるんでさ。たまらねえよ。
このあいだKの不動産ブログにも、日本人が買い漁ってるせいで住宅の価格があがってる、と得意気に書いてやがった。あのバカ、自分はいいだろうが、日本人たちのために家が買えなくなっていく、ニュージーランド人はどうだっていいっちゅうんだろうか」
K、というのは新聞やブログで不動産情報を流している名前の知られた不動産エージェントです。
「第一、あの日本人たち、昼間から仕事もしねーで、ぶらぶらしてやがる。いったい、どういう奴らなんだか、みんな薄気味悪がってるんでさ」
昼間からぶらぶらしてるのは、わしも同じだぞ、悪かったな、というと、
おっと、こいつは失礼、とゆって、肉屋のおやじがそれで商売を繁盛させている、いかにも「善良そのもの」の笑顔で大笑いする。

家に帰ってから、Kがそんなことを書いているのか、と考えてブログを読んでみると、「不況の住宅市場を中国人たちのオカネが支えている」という記事が、肉屋おやじの話に出てきた記事のようだった。あるいは肉屋のおやじが言うように日本人についての記事が実際にもあるのかもしれないが、それ以上読む気がしないので、ページを閉じてしまった。

なんだか、やりきれない感じがするんだよ、モニ、と寝る前におもいきっていってみる。
人間には悪意がおおすぎる。
誰にも、他の人間のことをほんとうに心配する能力が、そもそもないみたい。
きっと、他人のことなんか、どうでもいいんだよ。
遠い日本の福島で子供が死んだって、誰かが白血病になったって、そんなことは、コーヒーを絨毯にこぼすことほども大変じゃないんだ。
アフリカで子供が死んでも、AIDSで死んだ赤ん坊たちの3フィートにも満たない墓の穴が見渡す限り並んでいても、自分の子供が足をすりむくほどのことですらない。
いったい、この便利な人間の感情のありかたは、どこから来たのだろう。
無関心という悪意は、なぜ当の無関心な人間を苦しめないように出来ているのだろう。

ひょっとすると、わしは涙ぐんでいたかも知れないが、わしの記憶は都合良く選択制で出来ているので、おぼえてない。

ガメは、そうじゃないんだから、それでいいじゃない。
モニは、そっと手のひらでわしの頬をなでながら言う。
まるで赤ん坊をあやしている調子だが、実際、そういうくだらない駄々をこねる亭主などは赤ん坊だとでも思わないと付き合いきれないのであるかもしれぬ。

激しい雨が降って、わしはたちすくんだまま、道路の向こう側で、次次に死んでゆくひとたちを見ている。こちらを見て、大きく目を見開いて、あんなに大きな声で叫んでいるのに、わしには何を訴えているのか聞こえない。
顔を両手で覆って、大声で泣いているのに、その母親が何を嘆いているのか、いくら耳をすませても聞こえない。
わしは、途方にくれて、たちすくんだまま動けなくなって、雨のなかで、ずぶぬれになっている。
驟雨のカーテンが、その怖ろしい情景を隠してくれることを願っている。
ただ、もうこれ以上の悲惨をみないですむことを、神ではないものに祈っている。

そうして、踵をかえすと、家のゲートを固く閉めて、もう人間のことなど考えるのはやめようと思うだろう。

もう世界は二度と人間を愛してはくれないだろうから。

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