オープンロード

オープンロードは、ニュージーランドの田舎道で速度制限は100キロ、まんなかにセンターラインがひいてあるだけの対向一車線道路です。
ジェットコースターのようなものを想像すればよいが道路のアップアンドダウンも激しいので低い部分を対向車が走っているときには相手がみえないだけではなくて、高い部分がつらなって一見平坦な道路が先にあるようにみえる。

こういう道路で追い越しをかけるとどうなるか。
きみは前方からクルマが来ないのを確認して130キロくらいに加速してセンターラインを越えて前のクルマを追い越してゆく、すると、突然地面から時速110キロで走るクルマが湧いてでてきて、避けようもなく正面衝突する。
死にます。
ニュージーランドでの交通事故死の一典型である。

あるいはニュージーランド人はケチなので、あちこちの小川にかかる橋は1920年代や30年代に出来たものが多い。
むかしのクルマより現代のクルマはスピードが速くなっているのでオープンロードは拡幅を繰り返しているが、橋はそのままである。
結果は、幅の広い車線をぶっとばしてきたクルマが橋の欄干に激突する。
そこだけすぼまっているのだから、当たり前だが、道路をただまっすぐに走っていけば、論理的帰結である。
死ぬ。
これも、ニュージーランドの交通事故死の典型のひとつです。

欧州では田舎道はフランスのものが最もよく出来ている。
30000を越すラウンドアバウトからラウンドアバウトまで、くるりん、くるりんとクルマを止める必要すらなく、ほとんどの村へすいすいと行けます。
ときどき道路の両脇ぎりぎりに大樹が並ぶ道路があって、向こうから巨大トラックがやってきて、その陰からクルマがとびだしてくると「どひゃあああ、死ぬううううう」と思うが、その程度のことで、フランスの田舎道は至って安全である。

それに較べるとイングランドの田舎道は、計画殺人道路、と名付けたくなるようなアホい道路がいっぱいある。

イングランドに住んでいると、「道路のデザインを信用すると死ぬ」ということがふつーに身にしみてわかるので、イギリス系人は、初代移民や観光客であってすら、ニュージーランドでも、あんまり死なないですむよーだ。

他の国から来た人は、ニュージーランドのオープンロードが実はインフラ妖怪・計画殺人道路であると知らないので、あっさり道路上で命を失う。
わしはオークランドから100キロくらいのところにあるワイカトという田舎が好きなので、よくでかけるが、ついこのあいだも、新婚旅行中のシンガポール人カップルと、オランダ人だかなんだかのキャンパーバンが、橋の手前で激突して、シンガポール人カップルは気の毒にも即死だった。

ついでに書いておくと南島のオープンロードは北島のオープンロードとかなり違う。
南島は高速道路が発達していないので、生活道路だから、という理由があると思う。
一車線の幅が広く、しかもその脇に車線そのものよりも広い芝の余地が広がっている。こういうオープンロードはかなり安全で、センターラインを越えて突進してくるクルマに遭遇しても、脇にクルマをのがせば、だいたい亀の子にひっくり返るくらいで助かる。

余地が芝や草地でなくて砂利の場合は注意を要する。
スピードを60キロ以下に落とさなければクルマがコントロールを失って、単純にそのときの力の合力が働いているベクトルの向きにふっとんでいってしまうからで、その向こうに岩山があったりした場合は、やはり死にます。

オープンロードを走っていると、いろいろことがある。
脇見をしていて、道のまんなかを、のおおおんびり走っているジョンディアのトラクタ
http://world-viewer.com/photos/john-deere-tractors/12/
に激突しそうになったり、最近はサイクリングがブームなので、道のまんなかを走っているサイクリストを発見して、うそだろー、と思いながら後ろを、ゆっくり走るはめになることもある。

むかし、わしが夏をすごした「牧場の家」の近くでは、馬に乗っているガキンチョとかが多かったが、これは顔を見知ったひとびとなので、並走しながら、おおおーっす、元気?などとゆっているうちに向こうからくるクルマと衝突しそうになったりした。

クライストチャーチで買いだしをして、夏の午後8時頃、もうすぐ日が沈む頃だべな、と考えながらオープンロードを走っていると、向こうから「地面に貼り付いた雲のじゅうたん」のようなものが、進んでくるのが見える。
それはちょうど地面からセダンのくるまの高さくらいの厚みをもっていて、薔薇色といえばいいのか、人間の言葉では到底言い表せないような美しい色彩に輝いている。
わしは、クルマを脇に寄せてとめると、そのなかに立ってみた。
「死後の世界」に描写される光の大地に近い美しさに、びっくりして、気が付いてみると、誰もがクルマから降りて、一面の、この世のものとはどんな人間にも思えない光の絨毯を眺めている。
十分くらいも続いた現象のあいだ、誰も口を利かず、誰も立ち去らなかった。

オープンロードを走っていると、「神様の悪戯だろーか」と思うようなことがよくある。
どこからどう見ても夏の積雲なのに、ほんの地上5メートルくらいのところを超巨大UFOのようにして飛ぶ真っ白な雲や、どう見ても虚空に浮かぶこれも巨大な十字架にしか見えない不思議な形をした雲などは序の口で、他人に言うと精神病院につれていかれそうなことも誰もがなんどか目撃する。

ひまつぶしにニュージーランドの交通規則解説書を読んでいると、オープンロードの制限時速100キロは、最高制限が100キロなのであって、100キロに近いスピードで走らねばならないという意味では無い、速度が遅い、自転車、馬、あるいは歩いている人にもクルマとまったく同等の権利があるのだから、前方に馬がゆっくり歩いていても警笛を鳴らすなどというのは、とんでもない、ちゃんと後ろをゆっくり速度を落としてついていくべきである、というようなことが述べてある。
オープンロード上にあるものが自分の目的を阻害しているからといって、かっかしちゃだめだお、と述べてあるわけで、
なんのことはない、社会一般というもののありかたについて説明しているのと変わらない。

ニュージーランド人は、道路で人が死ぬたびに、その場所に白い十字架を掲げる習慣をもっている。
悪名たかい橋などには、いちダースを越える十字架を数えるところもある。
たいていは経験のない若いドライバーが十字架に姿を変えて列んでいるのであって、
そういうところまで人間の社会に似ているのは、皮肉というには苛酷な感じがするのでもあります。

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