UP 2 U

ラスベガスから「悪徳の町」の最後の名残、売春婦たちの姿が通りから消えたのは2年前のことだった。
テーブルにチップが積み上がるといつのまにか傍らにやってきて耳の中にあつい息をともに不思議な言葉を囁いたり、はなはだしきに至っては物陰にひっぱっていかれて、何事かだとおもってついていくといきなり跪いてジッパーを開け始める売春婦達の姿はこの町の名物だったが、2年前の大クリーンアップで通りからもカシノからも姿を消してしまった。

わしは大学生のとき、この町の19歳の売春婦のねーちゃんと一緒にカシノのカウチに座って、肩をならべて、くっくっとお互いの冗談に息を苦しくしながら、それぞれが認識している宇宙についての意見を述べ合ったことがある。
いちばん嫌なのはデブおやじよ。だって、なかなかいかなくて重いんだもん。
豚のおばけみたいな尻に手をまわしてくれと言って、ハニーハニー、って薄気味悪いったらありゃしない。
日本人や韓国人はいい。とてもいいお客さんよ。こわくないし。
あれが小さくて、すぐに終わってくれる。
淡泊なんだよね、あのひとたち。
なに言ってるかよくわかんない人ばっかしだけど、礼儀正しくて、いいひとたちなんだと思う。
ねえ、今度、一緒にEvanescenceのコンサート行かない?
この町にくるんだって。
それとも、もうすぐ、あなたは帰ってしまうの?
あなたみたいな人は、ずっとこの町にいればいいのに。

売春がなくなったわけではなくて、それより安くても高くても「おかしい」という、一時間200ドルから1300ドルの範囲で何万人という数の女びとが、働く身になってみれば世の中でも最も不愉快であるに決まっている重労働に従っているのだという(バーテンダー談)
いまでは電話をかけて教えられたサイトの写真から誰を買うか選ぶ方法や、いろいろな方法があるそーです。

ポーキーズ、と英語では言う。スロットマシンやポーカーマシンが洪水のように広がって、一晩で5万ドルすって顔を真っ赤にしてテーブルを拳でたたく赤ら顔の中年男に代わって背をのばしたまま膝の上にハンドバッグを置いて、何回もATMと機械との間を往復して静かに3000ドルをする主婦がカシノのルーザーの「典型」になっていった。

悪徳はカードをめくりながら昔話や自分の故郷の町の話に耽るディーラーたちの手から離れて、「777」やコミックのキャラクタ、いまではゴジラやモスラの姿まである ドラムにプリントされた明るい色彩の絵柄になって、むかしはチップですらない現金でやりとりされた欲望もいまはデジタルクレディットになって敗者たちの痛みを和らげている。

悪徳がなくなってゆくのは寂しい。
悪徳というものには人間性にとってどこかしら本質的なところがあって、いつでも帰ってゆける家のような、母語のような、不思議な暖かさがある、
というようなことを前に父親に述べたら、かっかっか、と笑われて、それはお前が悪徳に染まったことがないから、そう言うのさ、息子よ、お前は、どうやら父親が考えていたよりもずっと善良な人間であるらしい、とゆわれて、なんだかバカにされたようで、ひどく腐ったことがあったが、案外そういうものなのだろうか。

クラビングに疲れて、モニとふたりで帰ってくる明け方近い夜、
間延びしたクルマのなかでシャンパンを飲みながら、まだNe-Yoを聴いている。
運転しているおっちゃんにお願いして、砂漠へ向かってもらう。

クルマの冷蔵庫のシャンパンを開けて酔っ払ってモニとふたりで昔の話をした。
楽しかったので、すぐに部屋に帰りたくなかった。
窓をあけてみると、熱風がふきこんでくる。
仕切りを開けて運転おっちゃんに、今年はずっとこんなですか?と訊くと、
今年は特別に暑い、という。
でも、私はもともとシカゴの人間なので、ラスベガスのことはそれほどちゃんと判らない。
マンハッタンはいちどだけ行った事があるが、とても嫌なところだった。
それに、アジア人が多すぎる。
恥ずかしいが、私は人種差別は嫌いだがアジア人とは相性が悪いんでさ。
中西部の人間が好きなんです。
失礼ですが、ガメさんはイギリスの方ですか?

モニと頬をよせあっていろいろなことを思い出して話した。
大喧嘩をした日に、家に帰ってカウチに座って泣いていたら、夜になってあなたがやってきた。
ずぶ濡れになって、両手に抱えきれないほどの花束をもって、飼い主に置き去りにされたテリアみたいに哀しそうな眼をして、あなたはそこに立っていた。

モニがわしを好きな理由を述べよ。
「ガメは初めて女のひとと話をするときに女の胸に眼をやらない、わたしの知っているゆいいつの男性だった」
「えっ?そんなの理由としてひどいと思う。第一、女の胸を見ながら話しする男なんていないでしょう?」
みんな見るわよ。ちらっと見るのよ。例外なんていなかった。
ガメが初めてです。
胸を一瞥もしないで、いつも、それがあたりまえであるかのように、ずっとわたしが紹介する友達たちの眼だけをみて話してた。
このひとはほんとうはゲイなのだろうか、と思ったこともあった。

レストランでわたしをびっくりさせるようなことをやってみて、とふざけて言ったら、あの格式の高い「N」で突然テーブルに飛び乗って、自分がどれだけわたしを好きかと演説しだしたと思ったら「I love my life」と急に大声で歌い出した。
ああ、このひとは根っから頭がおかしいんだ、なんてすてきなんだろう、と思ったわ。

砂漠の日の出をふたりでクルマの車体に寄りかかって眺めてから、モニとわしは帰ってきた。
悪徳の町ですら寝静まって、遠くから聞こえてくる救急車の声が聞こえてくるだけである。
エレベータのホールでも、まだ浮かれて踊ってるわしを掃除のおばちゃんが呆れ果ててみておる。

モニもわしもいつかは年をとって、悲惨なもの思いに沈むことがあるだろうか。
年をとるということは神様の残していった人間への底なしの悪意だが、それに逆らわないでうけいれても、やはり年をとることはそれ自体が悲惨にほかならないのだろうか。

わしにはわからん。
わしには判らないことばかりだが、でも、なんだか「判る」ことはもうどうでもいいような気がする。
世界を理解することになんて、どれほどの意味があるだろう。
曇ったガラスの向こうで刻々と死んでゆくアフリカのガキどもやすっかり破壊された精神のかけらを拾い集めようとして、病院の床にしゃがみこむ女びとたちが低くつぶやく呪詛の声を「理解」して、ただ耳をすませていることにどんな意味があるというのだろう。

そんなことに時間を費やすくらいなら、踊りにでかけたほうが良いよーである。
モニを抱き上げて、両腕のなかに抱きかかえて、寝室に運んで、ベッドの上に放り投げて、二番目や三番目の「小さな人」が生まれる結果を招来するかもしれぬ、いちゃいちゃでもんもんな時間を過ごしたほうが良いような気がします。
須臾は、畢竟、須臾にしかすぎなくて、それが「50年」というレッテルをもつに至ったのは、それが人間の意識にとって都合が良い時間意識の単位だったからに過ぎないには、よく考えてみればあたりまえのことであると思う。
あなたもわしも、その長い須臾のなかで他のひとのために涙したり、時の経過を悲しみながら年をとってゆく。
笑ったり、怒りにこぶしをふりあげたり、うずくまって泣き崩れたり、安らかな寝息をたてて眠る午後ですら、意識などとは関係なく、まして「思想」などにはおもいもよらぬ彼岸の時間を、生滅の時空間を流れてゆく。

考える葦であるよりはただの葦でいて、いまの一刻をより深く呼吸することのほうが大事なことなのかも知れません。

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One Response to UP 2 U

  1. ギンビス says:

    モニさんが、とても鋭くて素敵な人なのが伝わってきて、思わずコメントしてしまいました。

    >「ガメは初めて女のひとと話をするときに女の胸に眼をやらない、わたしの知っているゆいいつの男性だった」
    >ああ、このひとは根っから頭がおかしいんだ、なんてすてきなんだろう、と思ったわ。

    モニさん、大好き(ごめんなさい)。
    鈍い自分ですら、「ごく普通の」男の人と話をしていて、感じるあの目。
    それがガメさんには無いって、わかったんですね。

    >笑ったり、怒りにこぶしをふりあげたり、うずくまって泣き崩れたり、安らかな寝息をたてて眠る午後ですら、意識などとは関係なく、まして「思想」などにはおもいもよらぬ彼岸の時間を、生滅の時空間を流れてゆく。

    家族・夫婦というのが、自分はまだわからない癖に思うけれど、1度きりの限りある時間を、愛する人や子どもと過ごすことは、他のどんな偉大なことと比べても、同じかそれ以上だと思っています。

    では、失礼なフォロワーの偉そうなコメントでした。

コメントをここに書いてね書いてね

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