初心者のためのラスベガスガイド

Macy GrayとSealのコンサートへ行った。
前座のMacy GrayがおめあてでSealはつけたしです。
Pearl というコンサート・シアターはThe Palmsというラスベガスの「ザ・ストリップ」からはおおきく外れたところにあるホテルで、初めて行くホテルだった。
運転手おっちゃんに、「ここに泊まると、遊ぶのに大変だのお。どういうひとが泊まるんだろう?宿泊費が安いのかな」と訊くと、大声で笑って
「若いひとが多いんでさ。考えもなしに泊まるところを決めてしまう、若くてアホなひと」という。
宿泊費も同じなのだそーである。

Macy Grayは相変わらずサイコーで、あのやる気のなさそーな態度から歌い出すと、たくさんのひとを泣かせてしまう。
カバーでEurythmicsの Sweet Dreamsを歌ったが、なにしろ前座なのでMacy Grayの名前もしらない人でがやがやしていたのがしぃーんとなってしまうくらいよかった。
Macy Grayの歌のうまさは普通ではない。
モニもわしも特別な席でなくて、Sealになればダンスフロア化するのがわかりきっている前列は避けて(Sealなんかで踊るとうらぶれた気持ちになるであろう)そのすぐうしろの舞台からの中心線に近いボックスの席を買った。
StubHub
http://en.wikipedia.org/wiki/StubHub
で買った切符で、誰かが買った切符の転売なので切符の名前がモニとわしの名前ではないが、アメリカでは普通のことです。

開演まで30分くらいあったので、モニはシャドネ、わしはウイスキー・ソーダを飲みながら、まわりのひととのんびり話して待った。
両隣は地元のラスベガスのひとで片方のカップルはもう22年ラスベガスに住んでいる。
「ファイナンシャルコンサルタント」だが、いまはトラックの運転手やいろいろな仕事をやって凌いでいる。
いまは誰にとってもたいへんなときですのい、というと、その通り、でもアメリカは希望の国だから、なんとかなると思ってる、という。
(あたりまえだが)堂々としています。
必ずなんとかなる、と信じられるところがアメリカの良いところで、40代らしいそのひとは決してそう思い込もうとしているわけではなくて、実際に、いちどはうまくいかなくなったが頑張れば成功できる、と考えている。
努力して「がんばれば」、そのうちに成功するだろうと信じている。
どんな時代でもアメリカという社会の強みはそこにあったが、いまも変わらないよーである。

よく中年をすぎて「人生おわりだあ」というひとにあうと例としてもちだすが、マクドナルド創業者のレイ・クロックが「マクドナルドシステム」を設立したのは52歳のときだった。
カフェとペトロルステーションのおやじだったサンダースじいさんがフランチャイズビジネスを始めるのは62歳のときである。
地面を踏みしめた二本の足を踏ん張って、固く握りしめた両手の拳で世界と正面から向き合って戦って勝とうとするのは、いまではピューリタンの伝統であるより「アメリカ」の伝統であるだろう。

斜め前(眼の前の席ふたつは空席)のカップルはロス・アンジェルスから遊びにきている。
最近のコンサートでは写真を撮っても怒られないことになっている(撮ってはいけない場合はアナウンスがあります)ので、おばちゃんはサムソンのS3でとりわけSealの写真を撮り狂っていたが、そのS3のケースが鰐皮のケバイケースだったので、どこで買ったか訊いてみるとS3のケースはどこにでもいろんなの売ってるわよ、と不思議そうに訊き返された。
ニュージーランドでお籠もりさんをしているうちに、すっかり田舎人になってしまっておるよーだ(^^)

コンサートが終わってからモニとふたりでバーで少しだけ酒を飲んだが、土曜日のカシノはチョーうるさいので、クルマを呼んで、まだ12時になったばかりだったがアパートに帰ってきた。
乾いた熱風が気持ちのよい深夜のテラスで、ふたりでコクテルをのんで3時頃まで話しました。

そろそろラスベガスも飽きてきたので移動しようと思うが、ラスベガスで遊んでいるうちにオレンジカウンティの友達とやろうと思っていた凍死についての考えが変わってしまった。簡単に言えば、やる気がなくなってしまったので、それならばいちどニュージーランドにもどればどうかとモニが提案しておる。
家のまわりのフェンスを直す手配をするのに自分でも見ておきたいし、庭をつくりなおしているのも見ておきたい。
そーですか。
ほんじゃ、いちど帰るべかしら、と思う。

そうなると明日でもあさってでも、いつ帰るかわからないが、ラスベガスはこの前のブログ記事でも書いたように主にMGMグループの大戦略によっておおきく変わったので、忘れないうちに書き留めておきたいことがある。

むかしjosicoはんがバルセロナに行ったときに、わしの大事なお友達であるjosicoはんのためにバルセロナガイドを書いたことがあったが、それに近いものになればよいと思う。

わしはどこかへでかけゆくときガイドブックを読む習慣をもたないが、子供の時からなんべんも行ったことがあるところばかり行く、という理由のほかに、ガイドブックを読んででかければ、そのガイドブックを読んだ他の人がそこにたくさん来ている、という単純な事実のせいもある。
中国の人気ガイドブックに書いてある店は中国からの観光客であふれているし、日本のガイドブックに出ているらしき店は日本のひとばかりでごったがえしている。
これを逆手にとって、たとえば旅先でのロシア人の挙動を観察したい場合にはロシアのガイドブックを手に入れる、という方法がありそーな気もするが、やってみたことがないので有効な方法かどうかわかりません(^^)

初めてラスベガスに行くとすると、ラスベガスはもともと短期滞在客用に設計されているので、「The Strip」のなかのどれかのホテルに泊まるのがよい。
夏ならば華氏100度(摂氏38度)を軽くこえるのでコンサートがあったThe Palmsのようなホテルに泊まるとでかけたり戻ってくるたびにタクシー待ちの大行列に並ばなくてはならなくてたいへんであると予想される。
毎度リムジンを手配しておく、という手もあるが、これには英語が十分に話せる、という条件がいります。アメリカに限らず一回借りのリムジンはちょーえーかげんなので、いろいろ取り決めておく必要がある。
「多少の英語」では間にあわないのではないかと思われる。
このブログ記事を書くために訊いておくべ、と訊いてみたところではあとで述べる「MGM要塞」までタクシーで20ドル、リムジンで40ドルだそーでした。
わしはどーしているかというとニヒヒ人なので、着いた日から同じストレッチリモを二台借りっぱなしである。
費用はここに書くのをはばかる。

初めてでも英語が不自由なく話せる、という場合は短期でもアパートという手がある。
ラスベガス地元人推奨の滞在方法でもあります。
だいたい80平方メートルから100平方メートルというようなホテルの部屋に較べれば遙かに広い2ベッドルームが中心でホテルの室料とあまり変わらない。
前に中国系人に教えたら「アジア人が全然いないので気後れする。落ち着かない」と述べていたが、気にしなければいいだけのことである。
MGMシグネチャというようなアパートメントなら、アパートメントから始まってMGM、http://www.mgmgrand.com/
ニューヨーク・ニューヨーク、
http://www.newyorknewyork.com/

エクスカリバー、
http://www.excalibur.com/?CMP=KNC-Google-Excalibur_Corp

ラクサー、
http://www.luxor.com/

マンダレイ・ベイ
http://mandalaybay.com/

と全部「動く歩道」のある屋内移動路(いちぶ屋外あり)でつながっていて、夏に散歩しても熱中症で死ななくてもすむ。
おもしろがって、歩数計をポケットにいれてモニとふたりでマンダレイベイからMGMまで屋内だけを通って散歩してみたらみっつあるシグネチャの端っこの棟まで行って帰ってきて15000歩であった。

日本で有名なカシノ・ホテルの
バラージョ
http://www.bellagio.com/
やシーザースパレスは
http://www.caesarspalace.com/casinos/caesars-palace/hotel-casino/property-home.shtml?

「ザ・ストリップ」のずっと北のほうにあって、前者は噴水のショーと高級ぽいレストラン(ドレスコードがありまんねん)、後者はマジなギャンブリングで有名だが、アトラクションで有名な
Treasure Island
http://www.treasureisland.com/

The Mirage
http://www.mirage.com/

を含めた北のほうのホテルは、それぞれ孤立していて歩いてはカシノ間を移動しにくいので、冬に散歩をかねていくか(^^) 何度かでかけてラスベガスに行き慣れてからのほうがよいような気がする。
ついでに書いておくとラスベガス人は誰に訊いても「ラスベガスに来るなら3月が最もよい」という。
アホが少ない。気候が心地よい、そのひとによって挙げる理由は違うが「3月がもっともよい」という点だけは一致しているのが玄妙である。

ラスベガスは1993年くらいから賭博と売春の町から脱皮を目指して町の改革をつづけてきて、実際家族連れが多い。
とはいうもののラスベガスはラスベガスなので、
わしがいまいるアパートメントは全館禁煙・賭博禁止というへんなアパートメントだが、
普通のホテルはいまでもどこにでも灰皿があって喫煙もできれば、朝から酒をのんでいるひとがおおぜいいます。
昨日もアパートメントの通路のドアで、午後1時、立ちふさがるようにしてスーパーモデル風ねーちんがふたりで、ドアをおもいきり押して「開かない!」と叫んでいて、
鍵がないとあかないんだわ!鍵!鍵!とゆっているので、
わしがちょっとどいてね、とゆって、引いて開けると、
まあ、魔法使いなのね、あなた!素敵だわ!
と感嘆していたが、要するに、ふたりともひるまっからデースイしているのです。

と、書いていこうと思ったが、きりがない。
博打はいまはポーキーズ(スロットマシン)が全盛で、いまみると償還率は1¢マシンで88% 5¢マシンで89.8% 25¢マシン・90.7% $1マシン 93.5% $5マシン 94.3%
$25マシンが 96.8% Megabucksで85.3%
だと書いてある。
不思議に思うひとがあると気の毒なので書いておくと、何に書いてあるかというと
ラスベガスのそこいらじゅうに転がっている「Casino Player」という雑誌に書いてあるのです。

わしは賭博という悪徳が好きなのでブラックジャックのテーブルの上でオカネを増やしたりなくしたりするが、ほんとうはラスベガスに短期滞在して賭博をすると賭博だけの旅行になってしまうので、よくないのではないか、と思う。
そこいらじゅうでやっているショーを観て、最近はラスベガス全体がそれを売り物にしている「シグネチャレストラン」(有名シェフの名前が売り物のレストラン)で食事をして、バーで酒を飲んで遊ぶくらいがよい。
やはりこれも行ってみるとアジア系のひとはゼロに近いので、日本語ブログ記事に書くのはどうだんべ、と考えたが、
若い人はクラビングに行くとよい。
ラスベガスには、アメリカでずっと流行していて(とゆっても流行の終わりだが)、そのうちに日本にも流行がやってくるに違いない「Wet Club」もいくつかあります。
週末にジェット機に乗って、踊り狂いにくる、あるいは見知らぬ相手とイッパツやりにくる若いにーちゃんやねーちゃんで溢れている。

具体的な場所はおしえてあげないが、砂漠の、誰もいない夜中の丘のうえからラスベガスを一望にできる自然の見晴らし台のような場所がある。
おしえてあげない、最もおおきな理由は、ぜんぜん安全ではないどころか無茶苦茶危ない場所だからで、到底他人にすすめることはできないが、賭博にまけて、くたびれた頭で、ぼんやりラスベガスの輝くネオンの海(なにしろラスベガスではマクドナルドの「M」までネオンで点滅している)を眺めていると、自然と「オカネというのは自分の一生にとってなんであるか」
「物質的繁栄とは人間にとってどんな意味があるか」ということを考える。
そうすると、なんだか面白い気がしてきて、もうしばらく人間として過ごすのも、そんなに悪い考えではないだろう、という気がしてきます。
全体としてはおおきな「歓楽」にすぎなくても、よく眼をこらしてみれば、そんなに裕福ではなさそうな男が積み上げた100ドルチップの山が、あっというまに減っていくのを酒を何杯も飲んでアルコールの力でカネを急速に失う痛みに耐えていたり、絵札をふたつテーブルの上にもつ中年の女びとがディーラーの前に4枚のカードでつくられた21を見て、耐えかねるように手のひらのなかのチップの山をテーブルに小さく叩きつけていたり、実際、週末の夜中になると、ミニマム25ドルのテーブルが多くなって、あのくらいの賭け方だと、5000ドルくらいは負けると思われる。
それがブラックジャックプレーヤーの常で平静を装っていても、みていて、ショックを受けて、いまにも崩れ落ちそうになる心を必死で支えてテーブルの前に座っているのがみてとれる。
あるいは、よくラスベガスのおっちゃんたちが冗談に「最近、売春婦がいなくなったのでなくて、普通の女の子が売春婦そっくりの恰好で町に出てくるようになったから区別がつかねーだけだ」とゆって、がはは、と笑うが、夜にいちど部屋にもどって、ぐっと濃くした化粧と脚をおもいきりみせつける短いスカートにstilettoで、若い女びとたちが真夜中の頃になるとくりだしてくる。
ラスベガスは犯罪発生率は低くても、主に中西部の田舎からやってきた「XXの花」や「○○の夜明け」ちゅうような、その町で男たちに恋い焦がれられた若い女びとが、物語にするのも憚られるほど退屈でお決まりの転落を遂げるので有名な町なのでもある。

MGMを中心としたラスベガス開発の企業家たちが1993年から目指してきた「ラスベガスの大衆化・健全ワンダーランド化」は功を奏して、いまの「明るい、健康的で、少しだけ悪徳の香りがする」ラスベガスのイメージはアメリカ人のあいだに定着してきたが、
人間に欲望がある以上、ラスベガスはやはり本質的には物質社会の強者であるお金持ちの町で、そうやって考えてみれば、なんのことはない普段の世の中と同じで、お金持ちたちだけが思考を停止させて楽しみ、普通の人間にとっては破滅の陥穽にみちた、それでいて表面だけは平穏な「悪魔の遊園地」と呼びたくなるような場所にしかすぎないのかもしれません。

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