Daily Archives: August 31, 2012

35%

チェルノブルの事故によってロシア人たちに実感されたのは自分たちにはかけらも自由がなく、あるのは巨大で抑圧的な全体主義だけだ、という事実だった。 そんなことは普通のときでもわかっていたでしょう、というひとがいそうだが、体制のなかにいる人間には意外とわからないものなのはゴルバチョフが辞任した頃に大量に渡ってきたNYCのロシア人たちと話していると事情がよくのみこめる。 ひとつには「なか」にはいってくる情報はいちいちフィルターがかかっているせいで、アメリカの自由といってもみせかけだけで、資本家達に紛い物の自由を玩具のように与えられて自分達は自由だと錯覚しているだけだ、あるいはものごとを観念的にとらえやすい質のひとなら自分達の社会は不自由に見えてもプロレタリアート的な自由はおのずから資本家豚が支配する社会の自由とは異なるのだ、…人間は変革をおこさないためなら、ありとあらゆる口実を設けられるほど本質的には怠け者なのである。 発見される嚢胞の大きさをわざとデータに残っている嚢胞の大きさと異なるサイズにする欺瞞によって前例とうまく比較できないように注意深く発表された福島県の子供達の「良性」嚢胞の35%以上という数字は、しかし、姑息な隠蔽意図を…結果として公表せざるをえない数字が政府側の予想を遙かに越えてしまっていたことにおいて…「放射性物質は『少量』でもおおきな被害をおこしうる」という多数派科学者たちの「自分達の科学常識に基づいた証明できない予測」を明然化することになった。 政府側にいて、福島第一発電所事故という絶対に起きてはならなかった事故が起きたあとの、国家としての日本をなんとか破綻から逃れさせるために、ケーハクと目星をつけた学者や文化人、知識人を総動員して、ありとあらゆる手を使って国家の破綻を避けようと努力している役人たちは、結果をみて愕然としたに違いない。 自失ボーゼン、というほうが近いかもしれない。 なにしろ基準になる大きさを変更してあるので確としたことは言えないが、通常ならこの種類の「良性」嚢胞は5%以下であるはずと思う。 基準の大きさによっては1%以下という人もいるほどなので、35%というのは、どうにも暗い予測なしに誤魔化してしまうにはおおきすぎる数字であるだろう。 インターネットで定点観測のように定期的に眺めている日本の人のツイッタやブログを読んでいると、はっきりと動揺が伝わってくる。 悪ふざけの冗談で韜晦している「学者」、それでもなんとかこの怖ろしい調査の結果を「まだ安全だ」という結論にもちこもうとする「言論人」、それみたことかと嵩にかかる、よく考えてみればなんのために原発事故による危機を叫んでいたのか忘れているのかもしれない「反原発人」、異なる立場で、しかし、動揺は同じである。 ロシア人と日常的なつきあいがあるひとは知っていることと思うが、日本人やアメリカ人がぼんやりと考えるのとは違ってロシア人自身のソビエト連邦崩壊の印象は「チェルノブイリ事故の結果」だった。言い古されたことでこうやって書くといかにも陳腐だがあれほど仲が悪いウクライナ人とロシア人には共通した強い信仰があって、それは「自分が生まれた大地」への信仰である。 政治がどれほど混乱しても、経済が破綻しても、ウクライナ人にとって「わたしが最も愛するのはウクライナの大地」という気持ちは変わらない。 うまく書けないが、それは日本人が「わたしの愛する日本」というときと少しおもむきが違って、どう言えばいいか、自分がウクライナの大地から分裂した土塊であるとでもいうような、不思議で神秘的な感情であるように外国人には見える。 では、将来はウクライナに戻ろうという気持ちがあるのか、と聞くと、「とんでもない!」と一笑に付す。夫婦で「なにをバカな」と笑い転げている。 チェルノブルは、そういうロシア人やウクライナ人たちの「土地」そのものを神のみが実感できる長さの時間に亘って汚染してしまった。 一方で、ソビエト連邦時代、ロシア人は自分達の技術について不動の自信をもっていた。 歩兵が展開する最前線のすぐ後ろに緊急不時着しても、(コンポーネントが基本的な工業製品…たとえば車輪がジープのタイヤと同じもの…で出来ているせいで)すぐに修復して再び飛び立って行ける最高速度がマッハ3を越える戦闘機、西側のお嬢ちゃん戦車とは異なって圧倒的な自走性をもつ戦車、言うまでもない、アメリカに対して終始一貫優位を保っている(はずの)宇宙技術、あるいは数学・生物分野でみせる独創性、トルクメニスタンを中心とした、西側諸国の研究に較べて(人間の文明の根源を探求することにおいて)遙かに本質的な考古学、ロシア人の側から見れば科学技術の世界では西側全体を圧倒するほどの科学と技術の先進性だった。 競争原理を放棄した結果の生産性の低下からくる物資の不足や言論の自由のなさ、当時はあまり伝えられなかったが主にドイツを通じて伝わってくる西側の若々しい文化もロシア人たちのフラストレーションの種になっていた。 ソビエト連邦はちょうどいまの日本に似て極端な老人支配国家で政府から商店に至るまで社会の存在意義そのものが50代以上の老人たちのためにあった。若い人間の老人支配からくるストレスは想像を絶するものであったようで、わしは当時の「若者」のロシア人から一枚のジーンズを手に入れるための、あの手この手、(笑ってはいけないのだが)抱腹絶倒の苦戦力闘を聞いてお腹がいたくなるほど笑ったことがある。 1986年、チェルノブイリの事故はすべてを変えてしまった。 マスメディアなどまったく信用するに足りない、と熟知していたウクライナ人やロシア人は、無論、最小限必要な情報を比較的はやく伝播させるための慣習と呼びたくなるほどの習慣をもっていた。 西側では事故の情報がロシア人たちに伝わったのは、スウェーデンからの検出情報による、ということになっているが、少なくともウクライナのインテリゲンチャは即日に起きた事を知っていたようである。 欧州中に散らばっているいま20代後半から30代前半くらいのロシア人やウクライナ人たちは、自然、教育が高い両親のもとで育ったひとが多いが、そのときの「血相を変えた」両親の様子、遮二無二逃げた脱出劇、という「映画のような」子供のときの体験を聞かせてくれるひとが多い。 「両親のおかげでわたしは助かった。大丈夫だと考えた家の子供たちは…」と続く話は、ここには書けない種類のものである。 個々の国民と国家の関係には、「閾値」のようなものがあって、ある一定の不信を越えると理屈よりも感情が冷え込むものであるらしい。 ロシア人やウクライナ人の話を聞いていると、チェルノブル事故後5年ほど経過してソビエト政府は国民に「見捨てられて」しまう。 政府の言論弾圧は許せない、というような言説がどれほど正鵠になされても起きなかった政府からの離反が一個の原発事故によって「感情的」に起きたような印象がある。 西側からみれば、ソ連の国歌の存続を軍事威信にかたよせてみるひとはアフガニスタンでの無惨な敗北を挙げ、経済がすべてさ、という人間は最後期には原料を加工することによって価値が減価された製品ができるまでにおちぶれたソビエトロシアの非生産生を挙げる。 しかし、国土だけではなく「ロシア」というものに多国民の常識では理解できない臍の緒で直截つながったような愛情と誇りをもつロシア人から言うと、国家崩壊の原因はあくまでチェルノブルなのであるらしい。 「政府を愛せなくなった」という。 愛想がつきた、のだろう。 あんまし言いたくもなければ、いまの日本社会の状態では言っても仕方がない感じがするので、何も言わないが、放射能が安全なのは日本の放射能だけで、チェルノブルはまともな世界の一部なので、そうはいかなかった。 「いまでも、まだダメ」なので、興味があるひとは自分でyoutubeなりなんなりを見ればいくらでも動画が出てくる。 行ってみればわかる、ロシアに近い側を旅行するにつれて、不思議なことが起きて、あれほどアメリカビーフを嫌いな欧州の高級レストランに、いまでも、わざわざ「アメリカンビーフ」と狂牛王国のビーフが麗々しくのっている。 レストランのにーちゃんに訊くと、ほら、あれですよ、ロシアのあれ、ともごもごという。 そーか、忘れてた、と思います。 あるいはニュージーランドの鹿肉はドイツ人があらかた買っていってしまうが、それももちろん「あれ」のせいである。 いまでは日本人は事情がわかるにつれて「放射性物質が安全だと信じている愚かなひとびと」という汚名を着つつあるが、ツイッタでも少し書いた、ふりかえってみると、日本人は実は心の底では全員が「放射性物質は危険である」と知っていたのではないか、と考えることがある。 こんなことは西洋の理屈で育った人間に言えば、わしのほうが頭がおかしいのではないか、と言われそうだが、しかし、どうしてもそう思えるときがある。 嚢胞調査の結果発表からこっち、なにごともなかったかのようなふりをして、ツイッタで軽口ばかりを延々と述べている自称科学者(あれほど科学的方法を尊重しない態度では最早科学者とは呼べないだろう)大学教員や政府人、放射能をこわがる母親たちを「放射脳」とまで呼んで嘲笑した日本人たち、わけても「インターネット市民」たちも、実際には、初めから「放射能は危険だ」と思っていたのではないか。 … Continue reading

Posted in 福島第一原子力発電所事故 | 2 Comments