Daily Archives: September 5, 2012

餃子

中国のひとが普通にレストランで「焼き餃子」を食べるのは最近のことであるらしい。たとえばオークランドで観察していると東北地方系の店は、伝統的な、皮の厚い、水餃子と蒸し餃子が中心で、20個でNZ$6(400円)ちゅう感じです。 具は、本来は野菜が中心だそーだが、「それはむかしはビンボだったからだよ」だとかで、キャベツとか、野菜ばっかしの餃子は徐々に、というのは世代が若くなるにつれて、廃れていっていまは豚肉が多い餃子がやはり人気がある。 上海人のにーちゃんに訊くと、「でも豚はさー、殺すときに『血抜き』しないと不味いんだけど、ニュージーランドでは、そういう屠殺の仕方が残酷だから違法だとかで、ダメなんです」という。だから、いまいちである。 ニンニクとかいれてごまかすっきゃない。 薄皮の焼き餃子は最近の中華料理の流行で、家から比較的近い、というか行きやすい 「グランドパークレストラン」ちゅうような店 http://www.grandparkrestaurant.co.nz/ に行くと、飲茶の時間に「4個NZ$5.5」でメニューにあります。 5.5ドルは、380円ちゅうような値段なので、よく考えてみると、ニュージーランドでは無茶苦茶(高額)な値段である。 スタイリッシュな食べ物のよーだ。 新しいメニューの扱いのにおいがする。 どーも伝統的な「餃子」とは別のものであると意識されているよーで、わしが最前から中華料理店の「焼き餃子」は日本からギッてきたレシピに違いないと考えるのは、主にそーゆーことによっている。 因みに、「薄皮」と書いたが、グランドパークレストランを例にとると、ふたりいるシェフのどちらが作るかによって、形まで違う(^^;) ひとりは日本の餃子よりも薄い皮をぱりぱりに焼いて、銀座の「天龍」みたいなところよりも十倍おいしい。 もうひとりのシェフは、薄皮シェフと厨房において尖鋭に対立しているもののごとくであって、もっちりとした皮の餃子を少ない油で焼く。 わしは、どっちもうめえだな、と感じるが、日本のひとはなんとゆっても薄皮のパリパリであるのかも知れません。 東北系の店は一般に「餃子20個6ドル」と窓や壁に書いてあって、注文するときにゆでて欲しいか、スープにいれるか、蒸してもらいたいか、あるいは焼いて欲しいか述べることになっているので、「焼き餃子」自体は、そーとーむかしから普及しているものであるよーです。 「日本では、焼き餃子は残り物とかをそうやって食べるのであって、中国には焼き餃子はないと聞いたけど」とゆってみると、あんまし英語がわからないおばちゃんが、首を傾けて、「それはヘンな話だのお」とゆっているので、もしかすると、戦争前とかの「おおむかしの話」が、東北地帯、満州ではなくても、たとえば北西の張家口のようなところでは日本の勢威がおおきかったので、そういう町での記憶がいまに伝えられているのかもしれません。いつだったかコンピュータ会社に出資してくれと言いに来た福建省のおっちゃんとロス・アンジェルスのディムサム屋で話しているとき、北のほうの饅頭ってなんにもいれないものなんでしょう?と聞いたら、「いれたくても、むかしはなかの餡をつくるカネないよ」とゆってニッカリ笑ったりする。 なんだか、そーゆー、いろいろな、あんまり追及して考えないほうがよいような理由があるもののよーでした。 わしが初めて日本以外の町で日本風「焼き餃子」を見たのはシンガポールの台湾料理屋だったが、最近ではマンハッタンでも、あそこにもここにもあって、 むかしチェルシーのわしボロアパートのテーブルの椅子に腰掛けてブログに書いた 「老山東鍋」の1ドルで5つ皿に載ってくる焼き餃子は、わしの好物だった。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/26/太陽が昇るとき%E3%80%80%E3%80%80wish-you-were-here/ https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/05/17/食物図鑑%E3%80%80その4%E3%80%80マンハッタン篇/ たいして中華料理が好きでないわしが餃子ばかりはよく食べるが、それは淵源をさかのぼって考えると「ドラゴンボール」の記憶によっているらしい(^^) むかしむかしオークランドのドミニオン通りで、英語が「水」さえ通じないレストランで、 ダンダンミー(担々麺)を頼んで、それだけでは足りるわけはないので、ダンプリンを頼もうと思ったら、これが全然通じない。 困ったなあ、英語わかるひと誰かいないかしら、と見渡しても誰もいないので、わしの後ろに延々と列をなしている中国人たちも、みな、ニコニコしていて、しかし、さっぱりわからねえ、という顔でわしをみつめているだけである。 ドラゴンボールを思い出して、あっ、チャオズ!と思って、「チャオズ、プリーズ」というと、あれこれ推測してもわからないので困じはてていた店の主人の顔が、パッと明るくなって、「チャオズ!チャオズ!」「オー、チャオズ!」という。 後ろの列からも「なんちゃらかんちゃら、チャオズ!」という笑い声がしている。 拍手が起きそうな雰囲気であった。 義理叔父は銀座の「天龍」という店が好きだが、わしはMSGで頭痛を起こすので、ダメであった。ほかにも義理叔父には好きな餃子屋がいくつかあって、神保町にお供させられると、ほとんど必ず「スヰートポーヅ」 http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13000637/ という店に行く。 行くとふたりでわしは「大皿」義理叔父は「大皿ライス」を食べたものだった。 味噌汁は義理叔父がわしから取り上げてひとりでふたつ飲みます(^^;) 義理叔父は若いころには、この「スヰートポーヅ」から近い「北京亭」にもよく行ったそうで、まだまだ中国人と言えば「チャンコロ」とヘーキで口にする日本の社会の時代空気のなかで昂然と周恩来の肖像を掲げ、箸袋をみれば「シナは中華人民共和国の蔑称です」と印刷してある、その親父さんの心意気と、いやしい叔父のことなので、もちろん餃子がうまいのもすっかり気に入って、古本屋に行けば必ず、まだその頃は「モーツアルト」と呼んだ「李白」珈琲店とともに、寄って時間を過ごしたものだそーだった。 餃子のような食べ物には、誰でもが、たくさんの思い出をもっている。 それは中国東北でのようなそれだけを大量に食べる「主食」(主食、という思想自体は日本だけのものだが)ではなくて、さりとは言えども「おかず」でもありえない「日本の餃子」の不思議な地位のせいでもあるだろう。 餃子が日本中のあちこちで頬張られるようになったのはせいぜい60年代のことで、 … Continue reading

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