餃子

中国のひとが普通にレストランで「焼き餃子」を食べるのは最近のことであるらしい。たとえばオークランドで観察していると東北地方系の店は、伝統的な、皮の厚い、水餃子と蒸し餃子が中心で、20個でNZ$6(400円)ちゅう感じです。
具は、本来は野菜が中心だそーだが、「それはむかしはビンボだったからだよ」だとかで、キャベツとか、野菜ばっかしの餃子は徐々に、というのは世代が若くなるにつれて、廃れていっていまは豚肉が多い餃子がやはり人気がある。
上海人のにーちゃんに訊くと、「でも豚はさー、殺すときに『血抜き』しないと不味いんだけど、ニュージーランドでは、そういう屠殺の仕方が残酷だから違法だとかで、ダメなんです」という。だから、いまいちである。
ニンニクとかいれてごまかすっきゃない。

薄皮の焼き餃子は最近の中華料理の流行で、家から比較的近い、というか行きやすい
「グランドパークレストラン」ちゅうような店
http://www.grandparkrestaurant.co.nz/
に行くと、飲茶の時間に「4個NZ$5.5」でメニューにあります。
5.5ドルは、380円ちゅうような値段なので、よく考えてみると、ニュージーランドでは無茶苦茶(高額)な値段である。
スタイリッシュな食べ物のよーだ。
新しいメニューの扱いのにおいがする。
どーも伝統的な「餃子」とは別のものであると意識されているよーで、わしが最前から中華料理店の「焼き餃子」は日本からギッてきたレシピに違いないと考えるのは、主にそーゆーことによっている。

因みに、「薄皮」と書いたが、グランドパークレストランを例にとると、ふたりいるシェフのどちらが作るかによって、形まで違う(^^;)
ひとりは日本の餃子よりも薄い皮をぱりぱりに焼いて、銀座の「天龍」みたいなところよりも十倍おいしい。
もうひとりのシェフは、薄皮シェフと厨房において尖鋭に対立しているもののごとくであって、もっちりとした皮の餃子を少ない油で焼く。
わしは、どっちもうめえだな、と感じるが、日本のひとはなんとゆっても薄皮のパリパリであるのかも知れません。

東北系の店は一般に「餃子20個6ドル」と窓や壁に書いてあって、注文するときにゆでて欲しいか、スープにいれるか、蒸してもらいたいか、あるいは焼いて欲しいか述べることになっているので、「焼き餃子」自体は、そーとーむかしから普及しているものであるよーです。

「日本では、焼き餃子は残り物とかをそうやって食べるのであって、中国には焼き餃子はないと聞いたけど」とゆってみると、あんまし英語がわからないおばちゃんが、首を傾けて、「それはヘンな話だのお」とゆっているので、もしかすると、戦争前とかの「おおむかしの話」が、東北地帯、満州ではなくても、たとえば北西の張家口のようなところでは日本の勢威がおおきかったので、そういう町での記憶がいまに伝えられているのかもしれません。いつだったかコンピュータ会社に出資してくれと言いに来た福建省のおっちゃんとロス・アンジェルスのディムサム屋で話しているとき、北のほうの饅頭ってなんにもいれないものなんでしょう?と聞いたら、「いれたくても、むかしはなかの餡をつくるカネないよ」とゆってニッカリ笑ったりする。
なんだか、そーゆー、いろいろな、あんまり追及して考えないほうがよいような理由があるもののよーでした。

わしが初めて日本以外の町で日本風「焼き餃子」を見たのはシンガポールの台湾料理屋だったが、最近ではマンハッタンでも、あそこにもここにもあって、
むかしチェルシーのわしボロアパートのテーブルの椅子に腰掛けてブログに書いた
「老山東鍋」の1ドルで5つ皿に載ってくる焼き餃子は、わしの好物だった。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/26/太陽が昇るとき%E3%80%80%E3%80%80wish-you-were-here/

https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/05/17/食物図鑑%E3%80%80その4%E3%80%80マンハッタン篇/

たいして中華料理が好きでないわしが餃子ばかりはよく食べるが、それは淵源をさかのぼって考えると「ドラゴンボール」の記憶によっているらしい(^^)

むかしむかしオークランドのドミニオン通りで、英語が「水」さえ通じないレストランで、
ダンダンミー(担々麺)を頼んで、それだけでは足りるわけはないので、ダンプリンを頼もうと思ったら、これが全然通じない。
困ったなあ、英語わかるひと誰かいないかしら、と見渡しても誰もいないので、わしの後ろに延々と列をなしている中国人たちも、みな、ニコニコしていて、しかし、さっぱりわからねえ、という顔でわしをみつめているだけである。
ドラゴンボールを思い出して、あっ、チャオズ!と思って、「チャオズ、プリーズ」というと、あれこれ推測してもわからないので困じはてていた店の主人の顔が、パッと明るくなって、「チャオズ!チャオズ!」「オー、チャオズ!」という。
後ろの列からも「なんちゃらかんちゃら、チャオズ!」という笑い声がしている。
拍手が起きそうな雰囲気であった。

義理叔父は銀座の「天龍」という店が好きだが、わしはMSGで頭痛を起こすので、ダメであった。ほかにも義理叔父には好きな餃子屋がいくつかあって、神保町にお供させられると、ほとんど必ず「スヰートポーヅ」
http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13000637/
という店に行く。
行くとふたりでわしは「大皿」義理叔父は「大皿ライス」を食べたものだった。
味噌汁は義理叔父がわしから取り上げてひとりでふたつ飲みます(^^;)

義理叔父は若いころには、この「スヰートポーヅ」から近い「北京亭」にもよく行ったそうで、まだまだ中国人と言えば「チャンコロ」とヘーキで口にする日本の社会の時代空気のなかで昂然と周恩来の肖像を掲げ、箸袋をみれば「シナは中華人民共和国の蔑称です」と印刷してある、その親父さんの心意気と、いやしい叔父のことなので、もちろん餃子がうまいのもすっかり気に入って、古本屋に行けば必ず、まだその頃は「モーツアルト」と呼んだ「李白」珈琲店とともに、寄って時間を過ごしたものだそーだった。

餃子のような食べ物には、誰でもが、たくさんの思い出をもっている。
それは中国東北でのようなそれだけを大量に食べる「主食」(主食、という思想自体は日本だけのものだが)ではなくて、さりとは言えども「おかず」でもありえない「日本の餃子」の不思議な地位のせいでもあるだろう。
餃子が日本中のあちこちで頬張られるようになったのはせいぜい60年代のことで、
それまでは日本の中華料理屋にはシューマイはあっても餃子はなかった。
小津安二郎が贔屓にした銀座の「東興園」もメニューにはシューマイはあるが餃子はないもののよーである。
餃子という、中途半端な、どう食べても満足はあっても充足だけはないよーな、なんだか宙ぶらりんな食べ物が、こちらは堂々たる広東料理のシューマイにかわって、津々浦々にひろがっていったことにも、日本の、ある、外国人にはどうしても釈然としない、「日本的な情緒」があるのではないかと、わしはいつも邪推しています。

追補:

ほんとうはこんな追補は書かないほうがよいのかも知れないが、半島人と日本人の仲の悪さは現今やや険悪になって、オークランドに住むわが友「よん」はふたつの祖国、日本と韓国のあいだにはさまって、忍び難いおもいをしているらしいのがみてとれる。
もう1年もすれば日本人でも韓国人でもない根っからのニュージーランド人になって、
日本人も半島人も中国人も区別がつかないバカタレ揃いのニュージーランド人たちと一緒に夜更けのパブで、キィーウィーらしく、ガハハハ、とバカタレ笑いをして、世の中の森羅万象の悪口を述べて喜ぶのだと思われるが、いまは、たいへんなのだろうと思う。

わしは、日本人のみなが陰険バカなのでないことを、よんに伝えたいと考える。
いま、なぜそう思うか、自分の心を詮索して考えてみると、わしが日本語と関わっているからではなくて、
どちらかと言えば義理叔父や、そのあぶれもの中年ばかりの友達、あるいは、ブログにはちっともでてこない、わしの最大の男友達である従兄弟のためであるよーです。

よん、腐っちゃダメです。
ふたつの「元・祖国」がよんのようなひとをこそ必要とする日は、すぐ目の前にある。

餃子にニンニクを切り刻んで過熱する調理のやりかたは、わしが知っているかぎり日本にいた「在日朝鮮人」の発明であるが、
その「ニンニクの臭い」で、半島人は、もうひとつ、些細だが棘のように突き刺さる苦労をしょいこむことになった。
岩田宏が、そのことについて詩を書いて述べているので、日本人の気持ちを代弁して、代弁するのは無理だから類推して、「よん」に、この詩を送っておきます
「住所とギョウザ」という詩である。
日本人の全部がまるごと陰湿なわけではない。

 
  大森区馬込町東4の30
  大森区馬込町東4の30
  二度でも三度でも
  腕章はめたおとなに答えた
  迷子のおれ
  ちっちゃなつぶ
  夕日が消えるすこし前に
  坂の下からななめに
  リイ君がのぼってきた
  おれは上から降りて行った
  ほそい目で はずかしそうに笑うから
  おれはリイ君が好きだった
  リイ君はおれが好きだったか
  夕日が消えたたそがれのなかで
  おれたちは風や帆前船や
  雪の降らない南洋のはなしした
  そしたらみんなが走ってきて
  綿飴のように集まって
  飛行機みたいにみんな叫んだ
  くさい くさい 朝鮮 くさい
  おれすぐリイ君から離れて
  口ぱくぱくさせて叫ぶふりした
  くさい くさい 朝鮮 くさい
  今それを思い出すたびに
  おれは一皿五十円の
  よなかのギョウザ屋に駈けこんで
  なるたけいっぱいニンニク詰めてもらって
  たべちまうんだ   
  二皿でも三皿でも
  二皿でも三皿でも!

でわ

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2 Responses to 餃子

  1. mint says:

    投函されなかった手紙あるいは届けられなかった言葉 / 『囲繞地』へのコメント

    これは『囲繞地』へのコメントです。なぜ、ここに書かれているかというと、『囲繞地』には「Leave a reply」が無くて、コメントを書き込めないからです。別に餃子が好きなわけではありませんが(嫌いなわけでもありませんが)、『囲繞地』のちょうど次の記事だし、冒頭の夜のプールの画像が好きだからです。

    『囲繞地』は私の大好きな記事です。そのことを書いておきたいと思ったのですが、いざ書こうとすると、とても難しい。言葉の不可能性について書いてあることに言葉でお返事しようとしているからでしょう。コメントを書き込めないのは実は、この記事がコメントを拒絶しているからではないかとさえ思いました。

    囲繞地という言葉を調べてみると(それまで聞いたことがなかった言葉なので)、公道に通じていない土地のまわりをぐるりと取り囲んでいる土地のことだと書いてあります。囲繞地に囲まれた土地は、そこから外に出るのに不自由になりますから、なんだか息苦しい雰囲気の言葉です。それに対して、言葉の囲繞地はそこにあるのに見えないようです。語られた言葉のまわりに、何億という語られなかった言葉の囲繞地があるに違いないとわかっていても、目をこらして見ようとしても、良く見えない。

    語られた言葉のまわりには、ひっそりと静まり返った沈黙の森が広がっている。しかし、ガメさんは、その沈黙をこそ聴きたいというのです。そのことを、ガメさんは冒頭で次のように述べます。

       メイルボクスにことんと音を立てて落ちる一通の手紙のうしろにはたくさんの「投函されなかった手紙」
       があると考えるのはやはりよいことである。
       ぎくしゃくと子供が書いたような字でびっしりうまったいちまいの便せんの背後には、何枚もの、
       まるめられてゴミ箱に捨てられた、おもいのたけや、告白や、投げつけるような感情をそのまま
       たたきつけた言葉が書き連ねられた便せんがあることを判らないと、ひとから送られてきた手紙を
       ちゃんと理解して読むことはできないのではないかと思う。

    こんなことを書くガメさんだったら、ひとつのコメントやツイートのうしろに、たくさんの書かれなかったコメントやツイートがあることをわかっているはず、と思って、私はいつもガメさんに書いてきたのです。そうでなかったら、ガメさんに一言だって書く勇気はなかったかもしれません。

  2. よん says:

    ガメさん、ありがとう。良い詩だね。
    この記事から二年半、ガメさんの予言通り、遊ぶ事を人生の最上段リストに掲げる立派なキーウィになりました。友達とゆっくりと友情を育む楽しさを覚えて、いまとても幸せ。
    確かに、今でもたまに何かのきっかけで日本人全体に対する嫌悪感がじわじわ現れるけど、そーゆーときはパートナーや理解のある日本人と話して誤解を解かしています。(ガメさんとの二年半前の交流が根本的な誤解を解消する薬だったんだと、今となって思います。)
    ギョーザといえばダンプリン。ドミニオンロードの水餃子、ワインボトル持ち込んで友達とよく食べに行くんだけどさー、ニンニクもっと詰めてほしいってマンダリンで頼んでみようかしらw

コメントをここに書いてね書いてね

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