夜爪、深爪

爪切り、というのは意外とよいものが少ない。
わしは銀座の店で買ってきてもらった「匠の技」とかっちゅうのを使っておる(^^)
おおきいのと小さいのがあるが、どちらもすぱっすぱっと切れてすごい。
http://hands.net/goods/125321
酔っ払ってたりすると指をつめちゃってもわからなかったりして、と思うくらいよく切れます。
ほんで、この爪切りを使うたびに日本のことを思い出す。

年をとったら日本人が食べるものを食べろ、という。
もう1ヶ月くらいで30歳になるわしは、日本の諺でも「待ってはいかの塩辛」とゆわれておるので、
一計を案じて魚を食べることにした。
ニュージーランドでは魚はだいたいにおいて結膜炎みたいっちゅうか、目が真っ赤で、腐りかけているのが多いので、怖いので、そんな赤目鰺や赤目鯛を食べるわけにはいかむ。
ボートで50キロくらいの沖合に出て、魚を釣ってきます。

魚探に魚影がうつっている30mくらいの深さがあるところに来て、WASABIちゅうようなインチキな名前の中国製サビキをつけて、釣り糸をほうりこむと、餌なんかいらん、いっぺんに二匹づつくらい鰺や鯛がつれる。ヒラメやタコもつれるというが、わしはあんまり釣りそのものには興味がないので20匹くらい釣ると、さっさと桟橋にもどってくる。

ときどきフィジー人の友達やなんかと一緒にいくこともある。
フィジー人のほうは、どいつもこいつも釣りの神様みたいひとが揃っていて、一緒に行くと、鯛でもわしがふだん釣るよりふたまわりは大きい「目の下一尺」ばかり釣る。
鰺を釣るという段になると、なんだか書いていてもどーせ本気にしねーな、という気がしますが、サビキの針の数だけ、6つ針なら6匹いっぺんにかかったりする。
どーなってんだろう、と思う。

しこうして、わしが日本に縁故があると知るや、釣り具のリストをつくって、「こんだけ送ってもらえよ」という。
「ガメ、日本人ってのは、釣り化け物みたいなやつらで、あのひとびとの道具は神様がもってる釣り道具よりよく出来てるのね」という。

フィジーの神様は中国製の釣り具を使っているものだと思われる。

なんだか日本語のインターネットを見ていると日本のひとは口々に自分達の「匠の技」がいかにすぐれているか、日本の商品の品質がいかに世界サイコーか、ばかり述べているのでうんざりしてしまうが、ゆっていること自体は世界中のひとが認めていることでもあると思います。

トヨタのアルテッツア(初代のことね)というクルマは、多分、日本のクルマで初めて140キロを越えて頭をふらないクルマであると思う、と前にもこのブログ記事に書いた。
このクルマは、同時に、それまでの日本車の欠点だった「やれ」がないクルマでもあって、10万キロくらい走っても新品のようにドアが閉まる。
そうなると、不気味なもので、このクルマは20万キロ30万キロと平然と走る。
いったい日本のQCはどうなってんだ、と思います。

タミヤの模型は世界中のガキどもの、といいたいところだが、実際には日本から一歩外に出るとタミヤの模型などはオトナのオモチャなので、オトナの垂涎の的で、どうしてバリもなくて、部品と部品とがあんなにぴったり合うのか判らない。

現実はタミヤという会社は恐ろしい事に自前の射出成型機をもっていて、なんどでもやりなおせるので、あの精度で模型をつくることができる。

士農工商というが、日本人は自分の国のイメージを考える時に、この4つの階級をずいずいずっころばしでごまみそずいちゃつぼにおわれてとっぴんしゃんにするようにいれかえてきた。
尖閣のような問題が起きると武張ったひとが、顎をつきだして、ぶいぶいゆいながらあらわれて、「毅然とするべ、みなの衆」と、なんとなく田植えの手つきに似た文章で戦争を呼びかける。

TPPともなると農業はどーすんだ、拙者の道場では稲穂はみのってもアメリカ人に垂れる穂はない、と先生がゆっておった、という。
「士道」を唱えながら、その実「本音」の世界では「商」であくどく稼ぐのは、日本人のお家芸とさえみなされている。

でもこの国の背骨は「工」で、と言い出すと、わしも日本という国にばかされているかしら、と思わなくもないが、「工」のつくるものはすごくて、いまのこの世界では、どうしてもドイツ人の次くらいにはすごいよーにおもわれる。

(閑話休題)
(と思ったけど、やめた)

だから、日本に向かって「ものづくり」やめないとダメだよ、友達のつもりでアメリカ人や欧州人、あるいは、わしのようなわけわかんないプーのひとが呼びかけてもムダで、日本のひとは下を向いてものをつくるのをやめないのではないだろうか、と思うことがある。

わしは日本人のサディズムというか、他人を非難しているうちに、あることないことあげつらいだして、すっかりアドレナリンがでて、背筋もつきぬける悦楽に酔って、物凄い言葉をつらねて、コーフンする様子が、泥の臭いがしてカッコワルイと思うが、よく訳のわからんことに拘泥してすっかり血迷って、のめりこんで、たとえばカミオカンデみたいなヘンテコなものをつくってしまったり、おもわず島宇宙をつなぐ橋の姿を垣間見てしまって、島宇宙と島宇宙が互いに架橋された雄大な「神のいない宇宙」をまぶたの裏側に観ながら自殺してしまった数学者や、下を向いて、根付けや煙管の細かで優美な細工を刻むようなところが好きである。

なんてヘンなひとたちだろうと思う。
欧州にもヘンなひとはいっぱいいて、ME109の操縦席の座り心地をよくするのに熱中して他の部分はとっくのむかしにラインから出て、野ざらしにつみあがっているのに、「うるさいな、ちょっと待てよ、いま戦闘機史上最強の操縦席が出来るところなんだから」とゆってすべてを待たせて馬の毛を背もたれの革の下に忍ばせようとしたドイツの職人たちやなんかは、日本の、それで時速が2キロだか速くなるんだとかいう沈頭鋲を発明した日本の技師達ともさぞかし話が合っただろう。

モニはアジアのもの一般にあまり興味をもたないので、ときどき、ガメはインドと日本には随分興味があるな、と不思議そうにいう。
ははは、ほんとだよね、わしはヘンな奴だ、とわしは答えるが、わしはほんとうの理由をしっている。

わしはこの世界が「みな同じ」になってゆくのが嫌なのだと思います。
信じてくれても信じてくれなくてもいいが、きみとわしが住んでいるこの地球は意外なくらい狭くて、此処と彼処、そう距離がない。
ひとびとが認めても認めなくても、フクシマで原発がぶっとべば、北半球全体がじょじょに汚染され、ニューヨークのイーストビレッジのウクライナカフェのテーブルに腰掛けたきみの目の前にはハラジュクガールズファッションのチョーみじかいスカートのアフリカ人の女の子が踊るような足取りで歩いてゆく。

世界のどの町にでかけてもマクドナルドの間抜けなMのアーチがかかっていて、破滅的な人生の最後にフライドチキンのうまい料理の仕方をこの世界に残していったヒゲのおやじが笑っている。

町並みだけならばよいが、人間の微笑みかたまで似てきてしまえば、こーゆーことはよくないのではないか、と考えはじめるのは寧ろ普通のなりゆきなのではないか、と思います。

爪切り、というのは意外とよいものが少ない。
少ないので、わしが爪を切るところをチョーかっこよい眉をしかめて眺めていたモニが、「ガメ、その爪切り、いったいどこで買ったんだ? 傾けなくても切れるのか?」という。

これですか、これは日本人たちがつくったのさ。
知ってますか、日本人?
下を向いて、こうやって爪切りやなんか、細かいことにばかりにこだわって、
フクシマなんかはなかったことにして、なんで今年のおれの風邪は治らないんだ、と訝っているアホなひとばかりの国だが、ぼくは大好きなのさ、
と言おうと思うが、そんなことを言うと涙ぐんで声がつまってかっこわる杉なのがわかりきっているので、ほら、こうして、なにも言わないで、ただ爪を切っている。

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