新しい革袋

個人からみて、いまの世界の最大の問題は「競争が激しすぎる」ことだと思う。
バルセロナの革命広場に行けば昼間からギターを抱えた若い衆を中心に5、6人の20代の男達が群れていて、即興で中国人をバカにする歌や工夫もなければ他愛もない猥褻な歌をけらけらと笑いながら大声で歌っている。
クライストチャーチの町を歩けば骸骨がナチのヘルメットをかぶったデザインのアイコンをおおきく描いたクルマが必ず走っている。
アジア人とみればわざわざクルマの窓を開けて「クソ中国人め、てめーの国に帰れ」と韓国人や日本人観光客に向かって叫ぶチョーひまなハゲたちがいる。

しかしバカというものは目立つだけで、たいした数がいるわけではなくて、たとえば富裕な家に生まれたわけでなく、懸命に馬力をかけて勉強して、大学を卒業し、キャリアを積み、職場でもITならITのテクノクラートとして自分の人生を豊かにしようと志した人間にとっては、まるで呼吸をするヒマもなさそうなのがいまの世界であると思う。

ふたたび「個人からみて」日本社会の最もよいところは、ほとんど競争らしい競争がないことだった。
前に同じことを書いたら、50歳代らしきひとが、ていねいにみえるが存分の憎悪をこめて自分の部下や若い世代になげつける、件(くだん)の「日本中年話法」で、日本の社会の競争の激しさをしらないくせに、聞いたようなことをいうな、と部長の一喝のごときコメントを送りつけてきたことがあった。
それは、おたいへんさまでした、とつぶやいてゴミ箱に捨てたかもしれないし、過去のコメントをみてゆくと、案外、どっかに顔をだしているかもしれません。

自分が水の上にやっと顔をだして、犬かきで必死でわたった人生に鑑みて「競争がなかった」なんて言われるのは耐えられない、と考えるのは人の気持ちとして理解できなくはないが、日本の商社や大手会社のチューザイたちの仕事ぶりは、当の日本人チューザイの耳には聞こえないのかもしれないが、あまりの非効率とお茶ばかり飲んでいるので、つとに有名で、奥さん達もチューザイ序列にしたがって軍隊制度じみていて、ミッドタウンのマレーヒルにあるその名もずばりに改名した「麻婆豆腐」というレストラン
http://www.yelp.com/biz/mapo-tofu-new-york
に行けば、たいてい奥のまるいテーブルに腰掛けて、それでもいちばん入り口から遠いところにボスの奥さんが座って、誰かが冗談をいうと、一瞬、ボス奥さんの顔をちらと眺めて笑い出す徴候が存在するのを確かめてから、4分の1秒くらい遅れて笑い出すチューザイ奥さんたちの姿は有名である。
有名すぎて、わしは物好きにも友達と見物に行って、その噂に聞く「ヒエラルキー下達反応笑い」がほんとーだったのでカンドーした。
ついでに関係ないことを述べると麻婆豆腐もうまかった。

1970・1980年代の日本の快進撃がめざましかったので、仕事のやりかたや組織については日本の会社がどんなふうになっているか、日本のひとが想像するよりは、たとえばアメリカ人は遙かによく知っていて、ビジネススクールのケーススタディにも出てくれば、欧州でもイギリスで法廷弁護士でもやっぺかしらと思ってる学生でも、日本に行けば、その足でお門違いのトヨタの工場に向かったりしていた。
わしも行ったことがあるが、いまでも日本訪問の第一の目的地は、少なくともわしの友人どもにとっては名古屋で、トヨタである。

いろいろな人間が日本の経済を研究してたどりついた結論は、それが国家社会主義経済に近い構造をもっていて、銀行は財務省の下部機関としての機能しかもっておらず、わかりやすい例をあげれば接客カウンタの高さまで「指導」で厳格に決められていて、自分達で経営方針を決定する自由をもたず、したがって融資はほぼ共産主義国型で、「国家の意志」によって決まる、というふうに、競争を前提とせずに一個の巨大な軍隊として国家を経営しているのが日本という国で、それならば実は、それほど恐れる事はないのではないか、と考え出したのが80年代の終わりだった。

その「日本封じ込め」の政策は「すべてが政府に集中しているのだから政府を制圧すれば、それで事足りる」ということに主眼があったが、この記事では詳しい話はしない。

軍隊では訓練が激しい一方で軍隊内での競争は厳禁される。
軍隊というのは組織としては究極の官僚組織で、がっちがちの役人根性で出来ているので、「抜け駆けの功名」は絶対に許さない。
これは近代戦の「壁」をつくって敵と向かい合う知恵からきたのでもあって、いくら部分が突出して敵のなかにドリルのようにはいっていっても、弱い部分から敵が後ろにまわってしまえば、そこでおしまいなのはハインツ・グデーリアン
http://en.wikipedia.org/wiki/Heinz_Guderian
でなくても簡単にわかる理屈であり、突出部にしても両側から、わらわらと襲いかかられて切り取られてしまえば、孤立して、ぐじゃぐじゃぐじゃと皆殺しにされてしまう。

だから軍隊は規律をつくり、横並びを鉄の掟として、将校に考えさせ、兵隊は文字通り叩きに叩いて、ダメな兵隊は半殺しにするまでぶちのめして、パワハラやセクハラで、人格を破壊して、「自分」というものが崩壊するまで恫喝的に訓練する。
日本人の友達がスタンリー・キューブリックの「フルメタルジャケット」
http://en.wikipedia.org/wiki/Full_Metal_Jacket
を観て、
その海兵隊訓練キャンプが「日本社会そのまま」だったとゆって息を呑んでいたが、
日本の社会がどのような意味においても「強兵」をつくるためだけに存在した社会であることをおもえば、あたりまえといえばあたりまえであると思う。

軍隊には、そうして、シゴキや人格を破壊するための恫喝はあっても、個人間の競争は存在しない。
「個人」というものは撲滅して、兵士を「全体の部分」に変貌させるのが目的なので競争というものは起こらない。
もちろん軍隊では完全武装のかけっこに始まって、順位を競うイベントはいくらでもあるが、それは技能の比較大会で個人の競争とは正反対の性質をもつ。

国家社会主義型経済の欠点は、いちど方針を誤ると、なにしろ号令されて一様性が出てしまっているので、軒並みだめになって、回復力がないことだと思うが、日本はGEと東芝、というように組み合わせた(組み合わせそのものに失敗したが)大型電算機産業への跳躍を準備していたのに、スティーブ・ジョブスやウォズニアックのような余計なことをする人間があらわれて、パーソナルコンピュータが出現し、それでもオモチャじゃないかとせせら笑っているうちに、あっというまに大型電子計算機を恐竜に変えてしまった、世紀の大失敗に始まって、ITに関してはやることなすこと愚かで、それにつづいてあらわれた通信では、なんだかもう述べるのもメンドクサイくらい的外れな施策を打ち出し続けた。
この通信に関してはインパールと牟田口廉也そっくりの事情があるが、この記事はそういうことを書くのには向かないと思う。
誰かがここに的をしぼって調べてゆくと面白いことがある、というにとどめておく。

軍隊で言えば将校の能力がなさすぎた、ということになるが、ではほんとうに個々の将校がバカにすぎなかったのかというと、仔細に現実を検討すると全然そんなことはなくて、たとえば経産省(むかしの通産省)の係長クラス(23、4歳)班長(24、5歳)よくわけのわからないバカタレなエネルギー政策の本とかを出していたひとがどういう理由によるのか役所をやめてアメリカに行くと、あっというまに個人としての能力を発揮してアメリカの意志決定に直截関係するような発想をもって中枢に座っていたりする。

そういう例を次から次にみてゆくと、これは多分個人の能力よりも全体の意思で、
ヒントは、せっかくMITIの例を挙げたのだから、MITIの例でいくと、ひとり一事務所と言われるほど個人で勝手に仕事をする通産省ですら家族主義で、研究してみれば研究してみるほど不穏なので、いまの原発だとぶっとぶんじゃないですかあー、と審議官におもいきって述べてみると、ばかもの、いままで無事に動いてるんだから、これからもダイジョーブだ、くだらん心配をしてないで地元の公聴会に行って灰皿をデコにぶつけられてこんかい、と言われる、という集団主義的「ノリ」で多忙な、というよりはほぼキチガイじみた、役人の仕事のハードスケジュールをこなしていった。

この例で言えば「ダイジョーブだ、ダイジョーブを前提にしろ」というのは、実はそうしないと仕事が全体の省としてこなせなかったのだ、ということが目を近づけていくと見えてくる。
福島第一にしても、なんであんなヘンなところに予備電源があんだ? ディーゼル補給にかかる経費をけちってるのか、バカかあいつら、という声はあったが、忙しいので「全体」としては拾いあげるわけにはいかなかったという。

全体の力を国家的な意志なりなんなりの全体の意志にそって集約してゆくと観念的で疎漏になる、というのは、どうやら上に挙げたような理由によっていて、福島第一事故は、そういう観点からは社会文化によって避けられなかったと言えるのかもしれない。

最近、わしが出た大学の悪ガキどもの一部が「中国と韓国の原発がいつぶっとぶか」について賭をしていて、もうちょっと年をくった参加者にバカモノとゆわれて叱責されていたが、ガキどもが中国と韓国の原発はぶっとぶに違いない、と踏んでいるのは、個人主義が発達していない社会では日本とまったく同様の理由で、多分、欠点の検討が十分になされない上に、全体を「効率化」するために手順をすっとばすに違いない、とにらんでいるからだと思われる。

いまの見通しでは、だいたい2050年くらいから徐々に起こるだろうと思われている日本の回復に際して、またぞろ国家社会主義的な経済の枠組みをつくって傾斜的に産業を回復する、というのは、もう無理だと思われる。
いまの20代の日本人は、もう「兵隊」になれるような素材でなくなって、むかしの日本の軍隊用語では「地方人」と呼んだが、ただの民間人しかやれない体質なので、いまの40代以上の世代の奴隷として働くことにあまんじている。
では、ちょうどいまの西洋世界がそうであるように、人間の限界を超えて、といいたくなるほど気が狂ったように働いて、自分の目の上にいる他人の足の踵で何回も踏みつけられた手を腫らしながら、それでもハシゴにしがみついて、少しずつよじ登ってゆく痛みに耐えて生きてゆかれるかというと、正直にいって、日本の文化をまるごと捨てて洋化してしまえば別だろうが、そんなこと出来るんかいな、と思ってしまう。

結局は、なにか新しいスタイルを必要とするのではないかと思えて、しかも日本のひとにはいつも意表をついて既知のものではおもいもつかない才能が備わっているので、
長生きして、2050年くらいまで観ててもいいよねー、と思うのです。

(画像はバスクの町のバスカン。別にお祭りでなくても年中やってます)

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One Response to 新しい革袋

  1. うやびん says:

    日本のあらゆる組織は明治以降の近代化の際の軍隊を模しているだけではないかと思うことがままあります。個人の成果と評価は無いに等しいのです。

コメントをここに書いてね書いてね

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