効率主義の夢のあとで(その1)

NYC9

ニュージーランドは長いあいだ効率主義と無縁の国だった。
わしガキの頃は、まだ家に鍵をかける習慣がなかったくらいで、ひどくのんびりして、ゆったりとしたリズムで町が呼吸しているようだったのをおぼえている。
ひとつにはニュージーランドはながいあいだ英連邦の一員として、たとえば連合王国には市場価格と関係なく羊毛を買い上げる義務があって、ちゃんとつくりさえすれば買い上げてもらって、それで豊かな生活を送ることができた。
ポンド危機以来、めだって国力が低下した連合王国にほっぽりだされる形で市場に訓練もないままたったひとりで置き去りにされたニュージーランドは、そのせいで、1990年代の中頃まで「筆舌につくしがたい」という言葉が決しておおげさでないようなビンボ時代を送らねばならなかった。

エーボン川にローイングボートを浮かべて、のんびりしていると向かいにパブが見えているが、そのパブには平日だというのにひとりでやってきた若いひとびとがずらっと並んでいて、壁際に腰掛けて、いっぱいのエールの底をじっとみつめている。
それが十分経っても二十分経っても、まるで身動きもしないでじっと半パイントのグラスの底を見つめているので、この世のものとも思えない暗い奇妙な印象になって、あとでおとなに訊いてみると、
ああ、あのひとたちは、閉店まであそこに座っているんでさ、というようなことだった。
ワイマカリリやクライストチャーチをあわせた地区の若い労働者の失業率が40%をこえていたころで、いまオトナになった頭でふりかえると、やけくそじみて政府を徹底的に小さくし、年金制度をやめ、というニュージーランドの何とかして「財政悪化」という火事を消火すべくみなで耐えていた頃の終わりのほうだったのだと思います。

ビンボではあっても、その頃のクライストチャーチは住みやすい良い町で、目があえば相手が子供でも話しかけて笑い、横断歩道に人が立っていれば、どんなクルマでも止まり、渡るほうも必ず手をあげてお礼をのべる、というふうだった。

義理叔父がひとつばなしにしている「マクドナルドのやくざもの」という話があって、初めてクライストチャーチにやってきた義理叔父は、不況が吹き荒れる町の、凄惨な空気にげんなりしてしまう。
行く場所もわからないのでマクドナルドへ行った。
駐車場へはいってゆくと、袖無しのシャツを着た、前身刺青とピアスだらけの、見るからにこわそーなにーちゃんが窓を拭いている。
それがちょうどエントランスの脇の窓なので、やだなー、人種差別が趣味の暴力男だったらどーすんだ、と思ったそうである。
それでもお腹が空いているのでクルマを駐めて店のドアに向かうと、反対側から車椅子のばーちゃんが、エントランスに入ってゆくところだった。

「それが、すごいのさ」といまでも義理叔父は嬉しそーに話す。
その全身刺青にーちゃんが、ぱっと車椅子に走っていったかと思うと、ばーちゃんの椅子をおしてドアを開けて、席につかせて、またさっと窓に戻るとなにくわぬ顔で窓を拭いている。
あまりに見事な流線型の動作なので義理叔父が当時はきっとぎこちなかったに違いない英語で「いいことをするんだね」というと、
「なに、仕事のうちだよ」と顔色を変えずに述べたそうである。
怪しげなアジア人に行いをほめられたので照れて、パニクったのでクルマ椅子を押して老人を助けるのが窓ふきの仕事である、という出来の悪いウソを信じてもらえると思ったのでしょう。

アホなやつである。

ニュージーランドという国は「お互いに親切にする」「ナイスである」ということに途方もない価値をおいていた国で、他のことは眼中になかったのだとゆってもよいよーな気がする。
もっともこれは連合王国という、当時、全然ナイスでないどころか、すきさえあれば他人の口に手をつっこんで午飯を胃袋からとりだし、余裕があればその上に金歯もひっこぬいてくるべ、という世相であったとんでもない国で1年の残りを過ごさねばならなかった無垢な魂の純情な少年(わしのことです)の主観なので、多少、実際以上に麗しくみえていたのかもしれません。

ある日、カンタベリーの新聞「The Press」朝刊に「アジア人たちの実態」というような記事が新聞におおきく出ていた。
カシノが出来た次の年だったので、多分、1995年だと思います。
アジア人たちは、ひと晩で50000ドルというオカネをやりとりする。
ハイローラーは殆どアジア人で、仕事をするよりもギャンブルでオカネを儲けるほうに興味があるようだ。

うまく言えないが、見るからに「不自然」な感じがする記事で、12歳くらいだったに違いないわしにすら、「なんじゃ、こりゃ?」と思わせるような記事だった。
第一、わしの祖父はチョーまじめなひとだが、そのひとでもひと晩で30000ポンドすった、なんちゅうのは「若いときのばかたれな話」ではよく出てきていたので、誰かが50000ドルすったからて、だからなんだよ、おおきなお世話である、という感じがしたのを憶えている。

これがアジア人のひとたちにとってのニュージーランドの歴史最大の悪夢「アジア人排斥運動」の始まりで、たった1%しか支持率がなかったウインストン・ピータースの、その名もバカタレな「ニュージーランド・ファースト」は、「このままではニュージーランドは日本人の洪水になって日本人に占領されてしまう」という中国の人と日本の人の区別が全然ついていなかった演説を皮切りに、あっというまに44%にまで支持をのばして、そのまま選挙を迎えれば「ニュージーランド・ファースト」が第一党で、首相はウインストン・ピータースというところまでいってしまった。

実際には、いま名前を度忘れてしまった、目がおおきくて、見ていて心配なくらい痩せた、ちいさな女のレポーターを初めとするTVジャーナリストたちが「反アジア移民」に燃えるたくさんのマオリ人(ウインストン・ピータースはマオリと欧州系の混血で、それで堂々と有色エスニックグループを攻撃する免罪符を得ているような不思議な案配だった)や欧州系人の脅しに負けずに、ウインストン・ピータースの述べる「アジア人がいかに国をダメにしているか」という主張にいちいち数字を挙げて反駁し、いかに杜撰な議論であるかを証明して、文字通り「体を張って」アジア移民たちの汚名を晴らして、選挙の直前になると、支持率はかなり低下した。
獲得した議席も3位にすぎず、ウインストン・ピータース自身はたしか財務大臣に落ち着いたのだと思う。

この豪州でもそっくりのポーリン・ハンソンの「ワン・ネーション」運動というチョーくだらない主張(当時は欧州系人を「トゥルー・オージー」と呼んでいたりした)があった大騒ぎは、傍で眺めているわしの目には、実は、「アジア人の効率主義への嫌悪」と映ることがおおかった。
なにしろ当時はませているUKガキとはいえどガキなので、ほんとうはちゃんと判っていなくて、あとで考えた事がだいぶん記憶のような顔をして紛れ込んでいるのかもしれないが、オトナたちの会話を聴いていて、皮膚の色であるよりは「剥き出しの効率主義」がこのひとたちは嫌いなのではないか、と思うことがおおかったような気がする。

前にも書いたようにアメリカ人のおっちゃんたちと話すと、いまだに「学会における日本人の下品さ」というようなことを言って笑いころげる。
いまはそんなことはなさそーだが、当時はインテルの研究員が新しいCPUについて話したりすると最前列に並んだ日本人研究者全員が自動筆記人形のようになって、一心不乱にノートをとり、勘所が終わると、これもまたいっせいにファックスめがけてダッシュで会場を出て走ってゆくので、話を聴いていて、帝国ホテルの「豪華バイキング」めざして、リフトのドアがあくと、洪水のようにあふれでて、あまつさえ走る途中で二三人が足をもつれさせてこけたりしていた、日本で見た「帝国ホテルでの優雅な昼食ウィーク」の光景を思い出してしまいそうであった。

なんじゃ、あれは、下品だのお、とアメリカ人たちがエラソーに笑いこけているうちにしかし日本のひとびとは全速力でアメリカ人のアイデアを製品化してアメリカ人よりも速く、しかも高い品質の製品を市場に大量に送り出してしまう、ということがほとんどすべての産業において起こるようになっていった。
「お弁当箱の蓋を開けると、それがスクリーンになっている」という特許がとってあるのでラップトップをつくっている会社はそれぞれミリオンダラーよこせ、ということにこの後なってゆくのは、要するにアメリカが日本のひとびとの賢さと素早さに泡をくって、極端に知財を守ろうと法律を変えた後遺症だとゆってゆえないこともない。

日本のせいだ、というのではなく、丁度その頃に中等教育の質が高く国家社会主義的な経済の思惑があたって頂点を極めていた日本が、その位置にあった、ということにすぎないが、たとえば会社の工場用地をどんどん買ってしまえば、たとえ、それが工場としての需要にみあわなくても土地代の高騰で次期製品のラインをつくる資金が簡単に調達できた、というように正のスパイラルをめぐる龍のような成長を欲しいままにしていた日本は、
「ナイスがいいじゃん」なマヌケな白人文化を徹底的に敗北の屈辱の泥のなかへたたき落としていった。

レーガノミクスやサッチャリズムは一面「効率主義運動」の側面をもっていた。
「それに10ドルかけるといくらになって戻ってくるのか?」ということだけが問題で、しかもそれが短期に償還されるのでなくてはならず、当然のこととして、いままで学寮の友達と書斎でのんびり研究について意見を交換していたような教授たちは、ぞくぞくと「処分」の対象になった。
英語世界が挙げて「ナイスな文化がなんぼのもんじゃい」になってしまったので、能力がない人間はいいひとだろーが特技がおもしろかろーが徹底的にビンボになり、生き馬の目を抜く、と言うが、走っているポルシェのヘッドライトをギッてくるようなこすからいひとびとがどんどん金持ちになって、貧富の差は歴史上空前というところまで広がっていった。

集団的な効率運動と個々人が競争する効率運動では前者に官僚制が必要なぶんだけ後者のほうが高い効率を発揮するのがふつうである。
また、競争全体が行き詰まっても、競争世界全体そのものを再編するについても個々の人間が「個人という全体」として参加しているゲームのほうが、個々人が社会の部分として参加しているゲームよりも、よりダイナミックな変化が起きやすいので、結局はゲーム自体のモデルとしても集団型のゲームを凌駕してゆく。

アメリカでもオーストラリアでもニュージーランドでも、人間がぎすぎすして、そんなことをしても1セントももらえない挨拶もありがとうもなくなりつつあり、おまえのことなんて知ったことかよ、という文化は次第に狂気の様相をおびてきて、ガールフレンドと言えばなるべく抵抗も後腐れもなくち○ちんを突っ込ませてくれる女がいいということになり、オカネがあって結婚するのはアホのすることであり、かけがえのない友情は50000ドルもあればいくらでも買える、という、みようによってはややSF的な世界がいまの英語世界であると思う。

問題は人間がほんとうには競争機械ではないことで、最近の人間の男女区別のない人相の悪さや目の下の深い隈をみれば、その生活はだいたい想像がつく。

日本が引き鉄をひいた「効率主義」は西洋のより凄惨な新効率主義のカウンターパンチとなって日本自身にも返ってきて、目下の日本の経済の惨状は部分的には英語人ほど効率のために非情になりきれないせいである、という義理叔父のような意見もあるよーだ(^^)

この鋼鉄が正気を失って人間をはね飛ばしならが荒れ狂っているような効率主義に対して、経済はそもそも効率をめざしてはいけないのではないか、という、いま花形の経済のひとが聴いたら気絶しそうな論をなしているひともたくさんいるにはいて、このあいだもわしの友達がこの夢のために破産したsocial enterpriseがその一例だが、今日はもう疲れたので効率主義以外をめざす「経済の夢」はまたこのつぎにしたいと思います。

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2 Responses to 効率主義の夢のあとで(その1)

  1. says:

    ガメさん、お久しぶりです、優です、覚えてますか?
    記事と関係なくてごめんなさいですが、とっても早いけれどメリークリスマスを。
     
    最近またガメさんのブログとついったを読み始めました。
    今はともかく自分に優しくすることを考えてますが、方法が全然判りません、だって、自分がほんとは何を感じてるのかさえよく判らないので。
     
    でも自分に優しくする方法を模索し続けますです。
     
    でわでわ。

  2. AK says:

    「イギリス東インド会社」が株式会社として設立されたのは、当時のリスクの高い帆船航海に(有限)出資することが目的であったそうで、原点が「リスクヘッジ」であったことが注目されます。
    利益率(沈没せず海賊に襲われず死なずに帰港できたら)は大切ですが、それ以上に「ビジネスの継続性」が重要であったのではないでしょうか。

    そして現代のレーガノミクスとサッチャリズムあたりから始まる「短期的利益率最重視」志向は、結局のところ「ビジネスの継続性」の犠牲のうえに成立するものであり、だからこそ殊更声高に「起業家精神」を称揚せざるを得ないのでしょう。
    しかし、実態経済活動とはかけ離れた拝金文化自体も、いよいよ行き詰ってきたというのが、昨今の状況ではないでしょうか。

    日本語ではそのような「短期的利益率最重視」経済活動を「焼畑農業的」と蔑称することがありますが、本来の十分な休耕地ローテーションを伴う「焼畑農業」に失礼ではないか、とも思えます。

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