Daily Archives: December 14, 2012

外国語がある午後

「なにごとか書く」という行為は時間がかかる行為で、ぼくは日にだいたい3つブログ(みたいなもの)を書くが、ひとつあたり1時間弱かかる。 英語のブログも日本語も、ほかの言語もあまり時間は変わらない。 ツイッタをやりながら書いていることもあるし、スカイプで友達とだべりながら書いていることもある。カウチに寝転がって胸の上にMBAirをのせて書いていることもあれば、意外にやありけむ、机に向かって書いていることもあります。 机に向かっているとき使っているコンピュータはiMacで、姿勢としては寝転がっているほうが楽だが、iMacは27インチの画面で、横に30インチのスクリーンがもう一個ついているので何かものを参照しながら書くのには、こっちのほうが楽である。 英語で書いているときは、ブログに限らず、庭のブーゲンビリヤの花棚の下の、去年倒産してしまった家具スタジオでつくってもらったチークのテーブル(チーク材は野ざらしに強いので庭のテーブルや椅子はチーク材を使う事がおおい)や、ガゼボのベンチに腰掛けて書いていることもある。 あんまり頻繁にはやらないが、海辺のコーヒー屋にでかけて、砂浜でのびのびとして遊んでいるひとびとを眺めながら、こそこそこそと書いていたりもする。 むかしから集中力の持続時間が40分内外なので、それ以上かかることは、いちゃいちゃもんもんとゲーム以外はやれないことになっている。 以前は、純粋に「言語の練習」のためだった。 言語は一応の体裁をみにつける程度に学習するのは、大変と言えば大変だが、他の「おけーこごと」に較べれば簡単であるとも言えて、まずその言語を話している社会に行って1ヶ月くらいいてみればよい。 「相性のいい社会」と「相性がわるい社会」があって、アジアでいうと、自分では沖縄文化と相性がよくて、内陸中国文化とは相性が悪いような気がする。 しかし別につきつめる必要はまったくなくて、こーゆーのはいいよねー、程度でよいと思う。 初めの1ヶ月はフレーズブックを見ながら、まるおぼえしたセンテンスで、 キャーウォ グマッカル ハェ? だの、 ヂェイストヴィーチェリナ エータ ターク タシカニカニタシ と述べて、なんとか生き延びる。 家に帰ってから、あそこはいい町だったなあー、と思うと、 先生に来てもらって初歩を教わる。 DVDのTVドラマシリーズを見て、泣きながら、自分を捨てて他の女のもとへ去って行く男の名前を、(道路にくずれおちたりして)呼ぶ女びとのマネをしてよろこぶ。 「つぐおさんっ!いかないで、つぐおおおおさああああんんっ!」 なんちて喜びます。 うまく出来るようになるとモニさんに来てもらって披露する。 「音」が頭のなかに出来上がったら、あとは本を読んだり辞書を読んだり、 ぐだぐだと言葉とつきあっていれば、むいている言葉なら身についていくもののよーです。 日本語はそのほかに、子供のときに日本に住んでいたりして特別の縁もあるので、そもそもがあんまり苦労したりする余地もなかった。 途中で筑摩書房の近代文学全集と岩波古典文学体系とやはり岩波の夏目漱石全集に三島由紀夫の全集、内田百閒を全部読んで下品に気合いをいれたが、その程度で、第一日本語の本はヘンなことがいっぱい書いてあっておもしろいので「ベンキョー」したという意識はなかった。 だから、ぼくが「言語の習得」に関して言うことなどチョーあてにならないが、これから日本のひとが生きていくためには、百人にひとり程度英語が「ちゃんと話せる」ひとがいることがのぞましい。 「ちゃんと話せる」というのは、英語でものを考えない人は無論ダメである。 英語で考えて反応するのが最低の線とみなされる。 どんな言葉でもそうだが、母語で考えて頭のなかで翻訳しても言葉になってゆかない。義理叔父が日本語で書いたものや、もっと典型的なのは自分で書いた日本語を英語になおしたこともあるが、なんだか日本のひとが書いた英語みたいでヘンになってしまう。 その逆は、いかなる理(ことわり)にやありけん、もっとひどくて、英語から日本語に直した文章は自分で途中まで読んで爆笑して捨ててしまうことになった。 もういちど日本語で初めから書き直さねばならなかった。 ふつーの日本のひとが英語を身につける必要があるのかどうか、ぼくにはわからない。 本人の楽しみのためなら、無論、身につけるほうがいいに決まっているが、josicoはん(ぼくの古い友達です)のように、まわりが全部アメリカ人で仕事場もロスアンジェルスで、これから周りに日本語を理解させるためには百年はかかろうか、という環境では英語を自分で話した方が早いであろうし、すべりひゆ(このひともぼくの古い友達です。本人も少し古いかも知れないが、ここでは主に友達としての関係のほうを指して「古い」と言っている)に至っては旦那も近所もこのあいだは髪の毛を緑色に押っ立てていた息子さんも全部イタリア語なので、とうとう頭がイタリア人になってしまって、妙にマジメになってしまったのも仕方がないような気がする。 義理叔父の友達のTさんは日本の大学をでて3年の実務経験のあとHBS(ハーバード大学のビジネススクール)に行くことになって、いいとしこいて学生に戻ることになってしまったうえに、やたら大量のアメリカ語を読み書き話さねばならないことになって、困ってしまった。 よく考えてみると日本語でも親の家にいるときには、めし、ふろ、でかける、くらいしか話さないのに、ボストンなのにケンブリッジというわけのわからない町にでかけて、呼吸の回数と同じくらい外国語である英語を話さなければならないのである。 Tさんは、若い人を雇うと間違って美人が来てしまうと気が散る、および、アメリカ人の男はこええよという理由でアメリカ人のおばちゃんを雇って、朝から晩まで一緒にテレビを観ることにした。 やせひょろりんの日本人の若い男びとと、でっかいアメリカおばちゃんが、カウチに並んで腰掛けて、ポテチを食べながら(おばちゃんに、手が汚れないようにポテチを箸で食べることを教えたらダイサンキュになって、ぶっちゅーとほっぺにキスをしてもらったそーである)昼メロや刑事ものを一日中観ているところを想像すると微笑ましいが、そうしながら、あっ、いまのはなんて言ったの? このひと、どうして笑ってるの?と質問攻めにして、1ヶ月が経つ頃には見違えるほど英語に近付いていたそーである。 例を5つくらい挙げてみようと思ったが悪いくせで、もう飽きてきてしまった。 ぼくの観察によると外国語を身につけるのは数ヶ月という期間が最も適切で、それより短くては足りないし、それより長くかかると、なんだかわけのわからない理屈をこねまわすようになって、「英語青年」(日本では英語がガクモンになってしまった原因であるとつとに非難されている学燈社(?)から発行されていた雑誌の名前です。古本屋やなんかで見つけて読むと、噂よりずっと面白い雑誌なので、目に付いたら買ってみると良いと思う)化してしまうので当該外国語が身になる可能性が零になってしまう。 … Continue reading

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