「日本に残ると決めた人のための金銭講座(その2)

the_Noises

(心配性のわが友SDが、円でもっている預金をどうすればいいか、いかにもSDらしい性急な調子で何通かemailを送ってきたので、いつもは話をしないオカネの話について、ここに誌す。この記事を読んで儲かったひとは、5%のコミッション、あるいはアイスブロックの詰め合わせ一年分をわしに支払うよーに)

為替は凍死のなかでもごく難しい部類に属する。
医師の友達で毎年2、300万円小遣い稼ぎで稼ぐ人がいるが、小遣い稼ぎだからどうにかなっているのだと思われる。

ニュージーランドドルで言うと、対円でいえば、この10余年39円から92円のあいだで上下してきた。一方で、基調になっている、というのは最もその価額に戻りやすい価額は長い間55円であったのが、この20年のあいだに68円に変わっていて、統計のインデクスではうまく炙り出てこない相対的な「基礎国力」のようなものが日本側でみれば2割方減少しているのが感じられる。
その「力の差」は、ニュージーランドが移民に門戸を開放し政府を小さくし議員の数を減らし、他の例をあげれば郵政も完全民営化して年金制度を現実にあわせたものに縮小するのに成功して基礎体力を回復したのに較べて、日本はすべての改革に失敗したので、その差が「2割」なのであると思う。

ニュージーランドドルやオーストラリアドルは通常市場では「マイナーカレンシイ」と呼ばれて供給量が少ないので、投機の対象になりうる。ニュージーランドドルで言えば(両方とも公式に認めるわけはないので、出典キチガイのひとはくだらないメールを送りつけることを遠慮してほしいとおもうが)ジョージ・ソロスとマハティールの投機戦争は有名で、マハティールの完敗に終わった。
順って、ときに経済や市場の原理をまったく無視した値動きをすることがある。

いまのオーストラリアドルはケビン・ラッドがオーストラリアを経済上は中国の半植民地化に道をひらいたせいでなだれ込んできたチャイニーズマネーに押し上げられて、本来対米ドル8割から9割へ向かう程度でやっと個人が生活の変化をこなせる市場であるのに、対米ドルよりもオーストラリアドルのほうが高くなってしまって、もともと輸入を抑圧する傾向のあるオーストラリアのシステムと相俟って(特に不動産価格の点で)国民個々の生活を苦しくしている。

都市部ではオーストラリアの伝統的な「すべて自分の家のなかでまかなう」といって抽象的でわかりにくければ、客と会って食事するのも家ならば、パーティも家、旅行してあるくのも友達の家をたどって転転と泊まりながら旅行する、という生活のスタイルが崩壊して殺伐とした暮らしになっているのは、一に、中国マネーへのゲートをおおきく開いた結果であると思われる。

気が短いSDのために簡単に結論を述べると、もっているオカネが2億円以下ならば、為替などは気にしないのがいちばん良い。
為替とは別に、たとえば日本では「好景気の株、不景気の山林」という。
不景気が長引きそうだと考えれば山林を買うのがよいし、景気がよくなりそうだとおもえば株を買うのがよい。
それでも不安ならば、「自分が住んでもよいと思う国」の通貨を買うのがよい。
義理叔父は、経済の先行きが見えなくなってくるとアメリカ・ドルを買うが、それは本人の家がグラマシーというマンハッタンの住宅地にあって、ドルがさがっても、そのドルを国内で使うぶんには、それほど実感として損はしないからである。
なぜそういうことが起こるかというと、ふたたび簡単そうな例を探すと、プジョーならプジョーという国際販売ネットワークをもつ会社は並行輸入その他から自分の子飼いのディストリビュータを守らねばならないのでマーケティングによって価格を調整する。
昨日まで5万ドルで売っていたクルマを当該通貨が安くなってしまったからといって、いきなり8万ドルにするわけにはいかないからで、その価額の差は他の国の市場で吸収しようとする。
実効経済のほうでは、そういう仕組みがよく発達している。
「その通貨の国に住む」というのは(あたりまえだが)実効経済のなかに住むことを意味しているので、為替の変動に直撃されずにすむ。
あるいは、あきらめて、しょぼしょぼと自分の生活の用にオカネを使う事ができる。

自分はひとつの国に住むしかないが、為替はやりたい、というひとには、やめたほうがよい、としかいいようがない。
ましてリバリッジをかけて通貨に投機するくらいならラスベガスに出かけてブラックジャックでもやったほうが、いろいろな点でマシであると思われる。

SDの質問に答えてオカネの話を始めたついでに、
「日本に残ると決めた人のための金銭講座(その1)」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/12/01/日本に残ると決めた人のための金銭講座(その1/
の続きを書こうと思う。

前にまず「初めの1億円」をつくることが最も大事だと書いたが、この第一段階が最も難しいので、触れておかないと、なんとなく公平でないよーな気がしてきたからです(^^)

オカネやもっと広くビジネスのことを考えるには、まず「やってもダメなこと」を考えるのが定石なので、ダメなやりかたを考えると、
「自分の時間を切り売りして報酬をもらう」というのはダメである。
つまりサラリーマンを続けて1億円という余剰金を作ろうとおもっても9割方は1億円ができないうちにヘロヘロのジイジイになって終わるだろうし、仮に30代くらいでうまくいったとしても、うまくない理由がある。

説明するのに、他に例をおもいつかないので、やむをえないので自分の例を挙げる。

前に何度か書いたようにわしは「発明」という、ややおとぎ話的な契機で初めの「オカネのかたまり」をつくったと述べたが、そのときに、その技術に関連した事業のコンサルタント契約で会社のひとびとと話ができるようにしてもらった。
21歳とかいう、チョー若造がエラソーな顔で会議にあらわれるので閉口だったと思うが、わしのほうは「会社」というものがどういうシステムで、どんなふうに機能するのか見ておきたかったのです。
「会社員」などというめんどくさいことがやれるわけはないと思っていたので、「会社」を学習する良いチャンスであると考えた。
シニア・コンサルタントとかいう、もっともらしいだけで訳のわからない肩書きをもらって、ときどき気が向くと、会社に出向いて、事業を統括するマネージャーのおっちゃんと話をしたり、ミーティングのテーブルに座ったりした。

そのときの報酬が月にならすと日本円でだいたい650万円だったと思います。
それと発明からの収入とで、21歳くらいの収入としては「ラッキー」な感じだった。
日本の税制と異なって、その頃わしが「住民」になっていた国の税制では、株式を公開して自分のもちぶんが低率でなければ法人と個人が一括した課税の対象になる、という仕組みだったので、めんどくさいから個人で払っていた。
おまけに生まれて初めて自分で雇った会計士のおばちゃんが、(いま考えてみると)やたらコンサーバティブな考えをするやつで、第一、なんにも経費にしようとしないのでいっぱい税金をとられたが、よく判らんし、まあいいや、ですませていた。

2年くらいすると、会社というものの仕事のすすめかたもだいたい判ったような気がしてきたし、週に一回か二回、自分が好きなときに2,3時間出社するだけとは言っても「会社に行く」ということ自体飽きてもいたので、また会社の持ち主にお願いして辞めさせてもらったが、そのときのコンサルタントとしての月650万円が、二年間でコンサルタントの仕事用に使ったり旅行した分をひいてちょうど1億円くらいになっていて、持ってると使っちゃうよねー、と思って収入のその部分だけオーストラレージアの某市に小さなアパートメントをブロックごと買ったのをおぼえている。

管理会社と会計士のおばちゃんにだけおぼえておいてもらって自分では忘れてればいいやと考えて、根がバカなので、ほんとうに忘れてしまっていたら、このあいだバランスシートをなにげなしに見ていたら、6年間でアパートメントのCVは3倍、家賃は4割マシになっていてぶっくらこいてしまった。

考えてみると、この別立てで忘れていた部分が、「オカネモチになろうとは思わないがオカネのことを考えて暮らしたくはない」ひとたちの参考になるのではなかろーか、と考えました。

会社というものを観察していると、なにしろ会社というものは個人の全身全霊を搾り取るためによく出来ている。別に日本には限りません。
会社のボスになろうと思わないほうのひとびとは、幸福な生活であって、8時にでてきて4時に帰る。
残業なんてしません。
仕事の質も給料なりで、あんたがいっぱい払わないんだから、わたしもいっぱい働かない、という健全な理屈で仕事をしている(^^)

ところが上昇志向が高いほうのひとびとは、いわゆる「名門校」を出た者同士で熾烈な戦いを繰り広げている。他人にみせるために猛烈に労働しているわけではないので、これみよがしに職場に残ったりするよーな「わたしはマヌケです」という広告をだすようなことはしないが、まる一日仕事しか考えていないのは傍目にも明かである。

ここで面白いことが起こる。
考えのありかたから何から組織をみあげて生産性の高いことをしよう、というふうになってしまうので、「自分に由来しない大組織」がないとうまく頭が働かなくなってしまうもののよーで、なにしろ考える事がオーバーでおおがかりになってゆく。
なかには、くるっと振り返るようにして「組織の側から自分をみる」視点を獲得するひともいるが、2年間でひとりみたことがあるだけだった。

だから、ダメ。
時間の切り売りでは効率が悪すぎるという意味においてだけではなくて、組織のなかにはいってしまうと、たいていのひとは人間として変形を余儀なくされてしまう。
経済社会からみると、それが悪いわけはなくて、むしろそれこそ「有用な人材」だが、わしが話しかけているつもりなのは、日本の社会でハシにもボーにもかからない、不良なひきこもり相手のつもりなので、そんな優秀な諸君に話しても仕方がないのでしない。
ダメなひとは会社員を経験するともっとダメになる、という結論なのです。

では、どうするか、というのは、多分、実例を挙げたほうがいいのに決まっているので、次の回では英語世界と日本語世界で実例を挙げて、個人がどういうふうにして徒手空拳から「初めの1億円」をつくったか、クルマの書式取引から始めたFや、カリフォルニアや台北や東京のチップ屋たち、「あるはずのものがないマーケット」にものを持ち込んで稼いだインド人のおっさんたちの例を挙げて説明しようと思います。

(画像はオークランドのタマキストレイトからハルラキガルフの沖合に抜ける途中の最後の島「The Noises」。小さいが美しい島がいくつか集まってこの世のパラダイスのような風景をつくっています)

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One Response to 「日本に残ると決めた人のための金銭講座(その2)

  1. AK says:

    サラリーマンを仮面とする私にも、ガメさんのアドバイスは大変有意義だと思います。

    サラリーマンの本質は時間の切り売りであることも、そのとおりであります。但しご存じのように、日本の地でスタートアップする場合に立ちはだかる連帯保証人制度や銀行取引開始の際に強制される経営者無限責任など、気の重い現実もありますね。
    ですから、創業社長の24時間365日続く精神的肉体的重労働と比べれば、日本では未だにサラリーマンは気楽な稼業というべきなのかもしれません。

    しかし、ポール・クルーグマン博士の1996年の有名なコラム”White Collars Turn Blue”でも予言されていたように、既に私の業界も「真っ青」な状態なので本当にこれからどうしましょう(どうもならん)。
    http://www.nytimes.com/1996/09/29/magazine/white-collars-turn-blue.html?pagewanted=all&src=pm

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