from hell _1

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日本が80年代に世界から吸い上げた冨はすさまじい金額だった。
いつかミッドタウンを歩いていたら目の前の日本人のおじさん3人組の最も年長らしいひとがロックフェラーセンターを指さして、「あれも日本のものだったのに、アメちゃんに取り返されちゃったしなあー」とゆっていて可笑しかったが、日本の銀行を中心にした機動艦隊のごとき「買い漁り部隊」は世界中で不動産を買い漁った。
日本で言えば丸の内一帯を買い占めたのと同じだろうか、「アメリカの象徴」ロックフェラーセンターを買ってしまったのもそうだが、もうひとつのアメリカの象徴コロンビアピクチュアをソニーが買収したことに対してはハリウッド人は猛反発で、なんでもかんでも「親日」「反日」のラベルを貼りたがる日本語ネット人にとっては「親日」家の代表であるらしいスピルバーグなども、このときに「日本のアメリカ文化侵略を許すべきでない」と立ち上がったひとりだった。

いまの世界では中国の他国での不動産の買収が話題になっているが、中国などは当時の日本の、国ごと中村うさぎになったようなキチガイじみた不動産ショッピングに較べれば文字通り桁違いで、80年代の日本の不動産買収の津波に比してはさざ波のようなものです。
地の果て、というとクライストチャーチ人に怒られてしまうが、クライストチャーチのような文字通りの地の果てにある町ですら町でいちばん高価な不動産であるクラレンドンタワー
http://en.wikipedia.org/wiki/Clarendon_Tower

は「虎ノ門実業会館」の所有だった。(過去形なのはこのあいだの地震で取り壊しになったからです)

http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2012/1221/Japanese-firms-set-spending-record-in-buying-up-foreign-assets

ハワイのワイキキやオーストラリアのサーファーズパラダイスなどは延々と続く波打ち際のビルは殆ど日本企業の所有で、いまでも面と向かって「ハワイは日本の領土みたいなものだから」と言われたと苦笑しながら話すハワイ人や「日本人のおかげで潤って嬉しいでしょう」と日本の観光客に言われたと述べるオーストラリア人はたくさんいる。
世界チェーンのホテルでも、たとえばウエスティングループは青木建設が所有していた。その当時に泊まったひとの話を聞くとホテルのなかが日本語だらけで、いかにも日本のホテルだったそうです。

もうひとつ80年代の思い出話を聞いていて共通しているのは、日本企業が買収攻勢に乗り出した地域や分野ではなぜか日本のやくざが大量にやってきていたことで、不思議というか、やくざと銀行と大企業が一体であったような奇妙な印象を与える。
サーファーズパラダイス一帯がほぼ「日本のもの」になるのと前後して出来たコンラッドジュピターカシノは刺青に肌を埋めつくしたやくざで溢れかえっていたそうで、当時シフトマネジャーをしていたおっちゃんに聞くと、負けるとすごむわ、チップをぶちまけるわで、あまりに怖いので拳銃をもって出勤していたそーである(^^)
クイーンズランドでは拳銃の携帯は違法だと思うが、ええかげんなクインズランド人のことなので、まあいいか、ということになっていたのでしょう。

元警察官僚だったひとは山口組の予算だけで1年間40兆円だというが、これはいくらなんでも桁を間違えているのではないかと思う。
ところが名古屋で守衛さんをしているひとに聞いたら、やはり講習会で40兆円だと話し手も同じバックグラウンドで元警察幹部だという。
インターネットや関係がありそうな日本語の本を手にとって読んでも、ちゃんと数字はない、というよりもインターネットに至っては桁が違う金額が殆どおもいつきのように並んでいるだけで、要するに「誰にも判らない」のではないかと思われる。

アメリカではマクドナルドは不動産デベロッパーとしての一面をもっている。
もっているどころではなくてマクドナルドはレストランではなくて不動産デベロッパなのだ、と言う人もたくさんいる。
ビンボで荒廃した地域にカウンシルと相談してマクドナルドが店をだすと、そのあたり一帯が整備されて人の流れが戻り、まわりに店が出来て地域一帯の地価がはねあがる。
マクドナルドはその中心に座る権利をフランチャイジーに分配することによって利益をうる。

日本ではmiddle of nowhereに製造業者が工場をつくる、あるいは工場予定地を買うことによって、周りの土地の値段がものすごい勢いで上昇する。
日本の銀行は極めて特殊な銀行で「ビジネスプランを評価して資金を貸す」ということは殆どない。土地を担保に土地の評価額の7割を貸す、というような貸し出し方なので、工場を作ることがそのまま資金調達方法になる、という不思議なことを日本の会社は繰り返していた。日本の会社は殆どこの方法でボロ儲けしたので、ホンダ、パナソニック、ソニーというような会社にとっては土地が高騰することがなによりも大事だった。
ホンダ、トヨタ、というようなときには、本体の会社だけではなくて、その周りで仕事をしているジグ屋、パーツ屋、すべての周辺業種「系列」が同じ構造をもっていた。
こういう生産業種はいまのように15%というようなショボイ利益率ではまったくなくて、原料費が1万円なら製品は10万円です。金属棒を仕入れてきて、ポンと穴を開けると1万円の棒が10万円になった。

日本人の企業家と話すとすべての業種にわたって「土地」ということがおおきく思考に影をおとしている。
80年代に大量に蓄積された余剰なカネは賃金の上昇や租税を通した社会のインフラ整備に向かわずに土地再投資に向かっていった。
国内の土地不動産にたいした上昇が見込めなくなったとき、日本の企業は海外の不動産に目をむけはじめた。
その結果がロックフェラーセンターの買収であり、ハワイ州の買収であり、サーファーズパラダイスの租借地化だった。

ここではハワイ州人やアメリカ本土人、豪州人の日本企業の土地買い漁りに対する激しい反撥を述べるのが目的ではないので、オーストラリア人や、怒りのあまり日本車を道路にひきだしてハンマーでぶちこわしてみせたりしていたアメリカ人たちが何を考えたかはどーでもよい。
考えようとしているのは、バブル期のオカネがどこに行ったか?ということで、
日本人ひとりひとりの幸福にはついぞ使われなかったオカネは結局どこに行ったのだろう?ということを考える試みの一部です。

考えてみればわかるが「出典キボンヌ偏執狂」のひとびとの考え方では、こういう問題では入り口にすら近づけない。
ほんとうの数字なんか、どこにもない。
どこにもなくはなくて、ほんとうはあるが、銀行や役所の金庫のなかにあって、行員や公務員ですら見る機会をもたされない。

日本ではときどきブルドーザで立ち退かせたい家に突っ込んで物理的に建物を破壊したり、ほんとうのことを書きそうになったジャーナリストを駅の裏路地でナイフを体に突っ込んでぐりぐりしたり、ほんとうのことを映画にしそうになった元俳優の監督の顔を切ったり、それでもやめないと、世界中でも日本のマヌケな警察しか信じるわけのない(だが日本の警察は「本物」と「鑑定」したw)チョーインチキな遺書をでっちあげて屋上から突き落として殺したり、という程度でしか世間の表面に姿をあらわさないやくざも、ふつーのひと同様、いったん外国に出ると羽根をのばしたい気分になるのでしょう。
いろいろな姿をみせている。

企業が土地を扱うときには間接的にしろやくざに頼む習慣が日本の企業にはあるようで、なぜそうなのかは判らないが、現実の問題としてやくざが土地・不動産の買収に関与していたのは日本企業があらわれる先々で必ずやくざの大群があらわれていたのでわかる。
そこから容易に想像がつくのは日本人が朝は早くに起きて2時間近い時間を電車に揺られ、へとへとになるまで働いて家に帰ってくるという繰り返しでつくられたカネは、企業の不動産指向と不動産を指向すればそこにどういう需要によるのか群がってくるやくざへと流れていったと考えられる。

日本ではうまく隠蔽されていても日本の外ではまったく隠すのに失敗して「誰でも知っている」というようなことはいくらもあるが、日本の大企業とやくざの一心同体ぶりは、80年代に大都市で仕事を始めていた年齢のひとたちにとっては「常識」であると思う。
日本のひとのセルフイメジにおおきく欠けているのは外国人にとっては生々しい記憶である「やくざ」の存在で、いまでも「日本を旅行中に瞞されてやくざの事務所に閉じ込められ、繰り返し集団強姦の被害に遭い、裸で二階の窓から飛び降りて命からがら逃げてきた3人のニュージーランド人の若い女びと」というようなニューズはよくある。

イタリアのマフィアに較べても日本のやくざは「たしかに悪いことではあるが、やくざ組織があるから社会不適応者がそれほど社会に迷惑をかけないですんでいるんです」というようなマヌケを通り越して正気を疑われるような社会の「積極的無関心」に守られて巨大な勢力に成長してしまった。
勢力というのは経済の言葉に翻訳すれば予算のことで、日本の暴力団の規模と活動を考えると、何千億円という単位にとどまるとは到底考えられない。

中曽根内閣の頃を境に政治家と暴力団の力関係は逆転して、それまでは政治家が暴力団を使っていたのに、それ以後は暴力団が政治家を使うようになった、という。
実は面と向かっては数字や具体的な事件や事例をこと細かに挙げて教えてくれるが、そーゆーことをなぜ公にしないのか、というと、とんでもない、という顔になって、念のためにゆっておくけど、ガメちゃん、いまの話、他人にしちゃダメだよ、という。
一方で、ふつーのひとに「日本のやくざってこわいんちゃう?」と述べると、いやあ、日本の伝統文化の一部なんだよ、あれ。
きみの国のギャングとは違うのさ、地震になると炊き出しとかやって可愛いもんなんだよ、と笑っている(^^;)

闇はどこまでも闇で、そちらの方角に目を凝らしてもマスメディアも警察もすました顔をしている漆黒以外はなにもみえないよーでした。
でも、じっと目を凝らしていると「聴き取りにくい声」が聞こえてくるのと同時に「微かにしか見えない影」が見えてくるようでもある。
これから何回かをかけて、その影の姿を一緒に眺めて訪問したいと思います。

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One Response to from hell _1

  1. kochasaeng says:

    ‘80年台のバブル時代といえば、主役は土地転がしで、その錬金術は一般に「地上げ」と呼ばれていて、たとえば「赤坂辺りに千坪の土地が欲しい」という話があると、「じゃあ、駅の裏のあそこがいいな。地権者はA,B,C,D,Eの5人で、Cが頑固なのか。そうか…。おーい! ヤマちゃん、毎日Cん家に行ってお茶飲んでトモダチになってこい」なんてやってたのが、そのうち目敏いっていうか耳敏いヤクザ者が聞きつけて、ど真ん中の良い場所を一坪だけ買っちゃったりして、路線価七千万くらいの所を坪五十億じゃなきゃ売らない、とか言うわけだ。困ってると「畳屋のゲンさんが親分さんと懇意で、お願いしたら十億で済んだわ。安かったな」なんて。安くねえだろ。
    そういうことが頻繁に続くと「ヤクザ様に直接頼んだほうが安上がりじゃん」って話になって、ヤマちゃんは一年も地権者の年寄りの相手しなくてもいいし、話が早いわけです。
    地主に「売らない」って断られても、東京あたりは紳士的なんで「そんなもん赤猫這わしたろか(放火しましょうか)」なんてことは言わずに、若い衆連れて行って「お前のお願いの仕方に誠意がないから、こうして売って貰えないじゃないの」って言いながら、灰皿で若い衆の眉間をかち割って返り血を浴びつつ、地権者の顔を見て優しく微笑んで「ねえ」って猫なで声で同意を求めたり、なぜか家の玄関にダンプが飛び込んで来たりして、「これはバックで突っ込んで来てっからプロだな。素人はアタマから突っ込む。それだとすぐに逃げられない」なんて、華麗なヒット・アンド・アウェイの技の解説したりしたそうで、おれはその道の人じゃないんで、あんまり詳しいことは知らないけど、大変だったそうです。
    土地取引の決済のときに地上げ屋さんも行くって言うから連れて行って現金数えるの大変だから手伝わせたら、いつの間にか上着のポケットというポケットが全部はち切れんばかりで、札束で着膨れてたからアタマ叩いたとか漫画みたいな話ばっかりだ。
    最近も「地獄の番犬ケルベロス」とかいって、今回のエントリー「from hell」ぽいのがボールドマンなんとかってのとアレで、それ手伝うフリして金かっぱいだオジサンたちが経済制裁とか、よくわかんない話があるみたいですが、こういう手口って、どんどん巧妙になって洗練されていくようだ。だから「極東のヤクザなんて馬鹿だろ」なんて思ってると大きな間違いで、連中は勉強はアレだったかもしれないが、蓄積された手口っていう強力な遺産を持ってる。詳しく書くと、あの人達は庭先や玄関前に猫の生首を置いてくので有名で、おれん家の玄関や、こんな話が載っちゃうブログ主の大庭亀夫さん宅に、そんな物が届くと迷惑なんで、細かいことは知りません。

    で、そんなつまんない話じゃなくて、バブルの頃の「良い話」を書こうと思ったけど、いくら考えてもそんなの、ない。
    タクシーが捕まんなくて、1万円札ヒラヒラ振って運転手さんにアピールしたとか、なんかビンボーじゃないのにビンボ臭い話ばっかりだ。
    ご飯食べに行って、デザート頼んだら、竹ひごの線香花火を何本も逆さに突き立てたのに火を点けてバチバチいわせながら持ってきたりして、それ見て「わあ」なんて喜ぶわけもなく、困ったな、と思いながら食べると、点々と火薬の燃えカスが積もってたりして、なんかほんとに馬鹿騒ぎだったな。どこ行っても。

    その頃は、香港に行くことが多くて、そういえば香港サイドの上環あたりの港に、「ぢ」って平仮名の、特大サイズのネオンが、ひときわ大きくビカビカ光ってた頃です。ヒサヤ大黒堂の痔の薬の広告なんだけどね。海の向こうの九龍サイドから、よく見えた。「ぢ」。そんなもの見てわかるのは日本人だけだと思うんだけど、何で香港だったんだろうね。まあそんな時代だったんだね。ちなみにその看板は景気が悪くなったら、とっくになくなっちゃった。
    で、当時、ともだちが「香港に遊びに来い。ホテルは奢ってやる」って言うのね。
    悪いから、いいよ。自分で予約するから、ヘンな気を利かせなくていいよ。
    「そうじゃない」って言うんだ。「じつはね。日本円で千円くらいなんだ。尖沙咀にある◎◎ホテルだぞ」
    うっそ~。ずいぶん安いじゃん。あの◎◎ホテルが一泊千円!
    「違う。一泊じゃない。三泊でだ。三泊四日。朝食付き。ルームチャージで千円。奥さんと来れば、ひとり五百円」
    なにそれ。ビリヤード台? 布団部屋?
    「呀哎(アイヤー)。そんなんじゃないよ。スタンダードじゃなくて、デラックス・ルームでリクエストしとくよ」
    まじか。じゃ、行ってみっか。
    誰にも言っちゃダメだぞ、って教わった話は、こうだった。「じつはタダでも良いんじゃないかな。このホテル、稼働率を上げるために、ツアーの会社なんかにタダ同然の値段でキャンペーンかけてんだ。日本の旅行会社なら航空券はいくらだから、総額はこの値段で売ってください、って売値まで指定しちゃう。激安だけど、充分利益の出る値段だよ。半日観光も付いてる。観光も仕入れ値がタダ。ガイドさんがお土産屋に客連れて行くと、一人あたりいくらって土産物屋からキックバックが貰えるからね。損なんかしない。まあ、お客さんはショットガン持ったインド人の門番がいる宝石屋で、何か買うまで店を出難くて、気が弱いとアレなんだけどさ。お陰で凄い稼働率だよ。千円てのは、当面の従業員の給料だけ出りゃいいって計算じゃないかな。じつは、このホテル、売りに出すんだよ。そのときに集客の実績がモノを言うだろ。これだけ客の来るホテルなら、半年で元が取れますよ、とか。どうもカネ持ってるけどボンヤリした日本人を引っ掛けるらしい。日本人さいきん調子に乗ってるし。…あ。きみも日本人だったな。でもまあ、きみはカネ持ってないからカンケーないよな。わはは」
    なるほど。詐欺ではないのね。似たようなもんだけど。でも、そんなんで買う奴がいるのかな。帳簿見ればわかるだろうに。粉飾しちゃうのかな。だけどプロが見たら、おかしいと思うだろ。よーく調べると思うけどな。キオスクでガム買うのと違うんだから。だいいち、そんなに儲かるホテルが売りに出るかよ。

    売れた。そのホテルを買ったのは、日本の有名な演歌歌手で、当時「歌う不動産王」と呼ばれた男だった。そうかー。カモられちゃったかー。ちょうどバブルの終わり頃だった。
    バブルの頃は外国に遊びに行く日本人が増えた時で、それまでのダサい「農協型ツアー」じゃなくて、なんていうか、こう、もっとカッチョいいトラベルだったんざます。
    そんなもんで、香港ならペニンスラ・ホテルとか、バンコクならオリエンタル・ホテル、ロスアンジェルスならビバリー・ウィルシャーとかね。日本人が思う一流ホテルに泊まるわけです。Tシャツと短パンで。ビーチサンダルをパタパタいわせて、なぜか鞄がルイ・ヴィトンだったりするんだけど、ドレスコードとか、そんなの知らないもん。ぼく日本人だし。カンケーない。休暇だからね。ラフな恰好じゃないと、って。東京の帝国ホテルに、そんな奴がいたらどう思うかなんて考えもしないんだろう。
    そうかと思うと、「おれなんかワイルドな旅行しちゃうもんね」って、ゴールドカード持ってるバックパッカーってのも、やっぱヘンだよね。一泊百バーツしないゲストハウスでクレジットカード使えるわけないじゃん。
    で、どうかすると娼婦連れて一流ホテルに入ろうとする。娼婦なんて誰が見ても「あぁ。…ねえ」って丸わかりなのに、そういうひとは娼婦を見ても、そうは思わないみたいで、ホテルの従業員に遠回しに「そういうお方をお連れになって来られては……」みたいなことを言われると、言葉わかんないから、「あ? うん。イエスイエス。オーケー」とか言って、ずんずん中に入っちゃうんで、ホテルのひとも困っちゃって。
    まあ、バブル経済の終焉で良かったことっていうと、そういう困ったひとが外にあんまり出なくなったってことくらいかな。
    今の若い日本人て、そんなにヘンな奴少ないよね。普通にしてる。
    昔のおじさんみたいに「なめられて、たまるか」みたいなヘンなこと言って鼻息荒くしたりしないし。
    でも、なんかバブル期って「カッコいい」を目指してたんだよね。あとから思うと、まるで垢抜けてないんだけど。男はアルマーニのソフトスーツ。金のない奴には普及版の「エンポリオ・アルマーニ」があって、ヤクザさんだってベルサーチ。女の人の服には必ず肩パッド入ってて、なんか前髪立ててたな。今の若者が普通に振る舞えるようになるまでは、おじさんたちのカッコ悪い人柱の礎があるのだぞ。知らないけど。
    美意識だけじゃなく、教養とか幸福まで金額で測ろうとした時期だったのかもしれない。
    資産なんて、一度の震災で消えてなくなってしまう儚いものだとバレちゃったのに、落ち着いたらまた新しい資産が欲しくなっているようだ。まあ、それも、わかる。
    だけど、合法と非合法のすれすれの地帯にいて「騙される奴が悪い」みたいなことを言うのは、もうほんとにダメに決まってる。
    生きたまま腐っていきたくないひとは、腐りそうなものを次々と捨てていくか、そうでなきゃ腐らない場所へ行かなきゃならなくて。そうやって残る、なけなしの幸福って、他人は批判できないよね。

コメントをここに書いてね書いてね

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