アナバシス

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文字は自転車の補助輪のようなものではないかと思うことがある。
ホメロスのイリアスやオデュッセイアは文字によらず暗誦されて世代から世代へと伝えられた。
日本でも古事記は稗田阿礼の口承を筆録したという。
平家物語は、いまで言えばロックンロールのライブショーのようにして琵琶語りの法師たちが平曲を述べた。

前にも書いたが母語でない言葉の体系を頭のなかにつくる第一歩は詩をまるごと憶えてしまうのがいちばんよい。
英語人もいわばそうやって良い英語を学習して内なる英語を形成したのだとも言えるからで一般的とは言えないかも知れないが、それでもT.S.EliotやDylan Thomasの詩をまるまるおぼえているくらいは普通のことで、シェイクスピアの気に入った戯曲を暗誦(そら)でいえる友達も大勢存在する。
自分の日本語でいえば西脇順三郎岩田宏や岡田隆彦、田村隆一、鮎川信夫というひとたちの詩を暗記した結果であって、ブログ記事をさかのぼっていくとそっくりの言葉の調子がたくさんあって読んでいて恥ずかしい感じがする。

日本語は同音異義語がたくさんあって、実業界において性交してしまったり、トーダイを出て賤民だと思い込んでしまったりする、音の機能が退化した不思議な言語だが、それでも言語は言語であって、音がすべての思想を支えている。

文字を補助輪であると述べたのは、たとえば論文を活字で読むという行為は実は筆談で会話するのと本質的に変わらない行為だと言いたかった。
マンガという表現の形式がアニメに較べると遙かに西洋人にとっては受容が難しいのは自分を観察していて西洋人は「絵を見て」それから「吹き出しの文字を読む」からであると思う。いっぽう、同じ大脳の持ち主であるのに日本語モードに切り替わって大庭亀夫でいるあいだは絵と吹き出しを同時に見て了解している。
このあいだ西洋語と日本語・中国語では使っている大脳の部位が異なるというのは実は謬りで実際には同じ部位がスパークしているにすぎないと書いている記事を読んでいたが、信じるのが難しいと感じた。
器質的に起きていることが同じならば、不可視の処理の過程で異なるプロセスがあるのではないかと思う。

日本語はおおすぎる同音異義語のせいで、語彙が増えるにつれて、音声化されている語彙を花火のように脳裏に視覚化して思い浮かべないと相手の言っていることを理解できないことがあるように思われる。
これは何を反映しているかというと、日本人がもともと生得的に形成した和語とより複雑な観念を形成するにあたって膨大な量をとりいれた漢語のあいだに通常の言語では見られないおおきな断絶があることを映している。
無論、同音異義語が途方もない数であるのと同根であると思う。

日本語を使うことの恐ろしさは言語のなかに実体や現実の感触をまったく伴わない語彙が大量に存在していることで、日本語を使うということは特に現実から剥離した観念の迷宮をさまよい歩くことと同義になりうる。
身近で簡単な例を挙げると「ご飯」と「ライス」の区別を外国人にちゃんと納得させるのは不可能な作業であると思う。
いちど築地の定食屋で注文を取りに来た、後で判明したところによると素晴らしい英語を話す若い女の店員が、ふたり連れの客がアジフライとハンバーグを注文したのに
アジフライのご飯はどうしますか?ハンバーグのライスはおつけしますか?と訊いていて、横で聞いていた大庭亀夫の目を輝かせた。
なんというクールさであろうと考えた。
アジフライの盆にのってくるご飯とハンバーグのライスでは炊き方が違うわけではないだろう。日本のひとは言葉の歴史的コンテキストを無意識的に選択して臨機に呼び方を変えている。
まったく同じsteamed rice(ほんとうは水で煮たライスでも英語人は米に関しては感覚が粗野なのでそう呼ぶ)を、ご飯と呼びライスと呼んで、そのふたつはまったく同じものでありながら、ふたつのまったく異なる食べ物である。

軽井沢の夕方、蝉がないている森のなかに出したテーブルを囲んで件のトーダイおじさんたちがビールを飲みながら、ライスカレーとカレーライスの違いについて延々と議論している。
カレー&ライスも違うからな、とひとりのおじさんが厳粛な顔をして述べる。
カレー&ライスはカレー&ナンになりうるがカレーライスはカレーナンに変化できやしない。ライスカレーに至ってはもうカレーがご飯の上にかかってやり直しが利かなくなっている。
もうひとりのおじさんがカレーライスはご飯ではなくてライスにカレーが寄り添っているものね、と相槌を打っている。でもあれもカレーロティやカレーナンというわけにはいかないのさ。

リコリシュという西洋世界ではチョーありふれたお菓子(liquorice)を示す言葉は、ずっと前に記事 「昆布石鹸の味」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/11/23/昆布石鹸の味/
に書いたが、日本語に氾濫するカタカナ語の素性を、というべきか、形成の過程を少しうかがわせてくれる言葉で、向田邦子という人が生きた70年代から40年が経ったいま、ようやく語彙が実体を微かにもちつつある。
実体と言っても、それは言葉によって解説された実体であって、ひとちぎり噛みとると口のなかいっぱいに子供時代がひろがるような、あのなんとも言えない落ち着いた気分にさせてくれる味が日本語に翻訳されたわけではなさそうである。
逆の場合を述べると、英語で解説された日本料理のメニューほど不味そうな食べ物の表現はない。
「boiled soy beans」から塩水でゆであがった「枝豆」を想像するのは難しいし、「bonito flake」から、あえやかな、湯気にさえゆっくりと身もだえする削り節を想像するのは熟練した悪魔でも無理だろう。もっと簡単なもので言っても鮨のトロが「fatty tuna 」では口に含んでからでもトイレに走って行って吐き出したくなってしまう。

「現人神」(あらひとがみ)という言葉は実は戦前の日本人が天皇が神などではなくてただの貧弱な体格の近眼の人間の男性にしかすぎないことをよく知っていたことを顕している。「神様」でないことを知っていたので、わざわざ観念だけを表現して現実が背後に感じられない「アラヒトガミ」という語彙に固執したのだと思われる。
一方で、日本人がアラヒトガミの英語訳であるliving godを崇拝していると教わった戦前のアメリカ人たちは日本人をなんという未開な人間の集団だろうと鼻で嘲笑う気持ちをもった。
戦後おおく行われた真珠湾奇襲を許した責任を問う数々のインタビューでは
「しかし、きみは予測できたというが、どうしてliving godみたいなばかげたものを崇拝する未開な人間たちが文明の産物である機械を操ってハワイまで攻めてくると予想できる?」
出来るわけがないではないか、と述べて憮然とするひとが多かった。
日本人が天皇という神を信仰していたのではなくて天皇が神であると擬すことによって「悲壮」を演出した共同体の観念を信仰していたのだということは「アラヒトガミ」という日本語が介在しなければ到底思いもよらないことだった。

書割建築あるいは看板建築と呼ばれる建物が日本にはあって、いまでは殆ど残っていないが神保町から須田町までの一帯にはまだいくつか残っている。
http://darumamuseumgallery.blogspot.co.nz/2010/12/kanban-kenchiku.html
モルタルの安普請の建物の正面に建物自体の正面よりもおおきな板状の壁をつけて、そこにペンキで西洋風の煉瓦建築やなんかの建物をペンキで描いたのがもともとの標準的な姿で、そうやって「立派な建物のつもりになったモルタル建築」がずらっと並んでいたという神保町界隈の町並みは壮観だっただろうと想像する。
こういうことは、もちろんどこの国にもあって、カリフォルニアのペブルビーチというゴルフクラブで有名なリゾートは「classy」で「posh」な家が並んでいるので有名だと言う事になっているが、現実の建物は欧州人の目からみるとハリウッド映画の舞台装置のように安手でペラペラな感じの建築で、子供のときに初めてみたときには、「なんじゃ、こりゃ」とふきだしてかーちゃんに怒られたりした。

しかし、書割建築は戦前日本人の西洋的概念に対する暗喩をなしていて面白いと感じる。
輪郭をなぞって、こんな形だろうとやや粗描に近い観念をつくって、それが頭のなかでまとまると、そのまま「現実」ということになって西洋人が作った概念は大学を通じて社会のなかに拡散されていった。

自由といい民主主義といい、日本がアジアでは嚆矢であって、そのことを疑うひとはいない。
知り合いの中国人たちや半島人が羨望のまなざしで語るのは日本の「自由であった時間の長さ」であり「民主主義を採用していた時間の長さ」で、自分達がいま飛び込んだばかりの世界が日本ではすでに歴史性を帯びているという事実である。

ところが日本では十分な長さの歴史をもった、正にそれが理由で、もうひとびとは自分達がまるのみにして信じてきた「自由」「個人主義」という観念に身尺にあわない空疎な部分があるのに気づいてしまっている。
学校の教室の壁にプロジェクタで「これがみなさんが住んでいる建物です」と言って映し出されているコンクリート製の快適で楽しげな生活の容れものとしてのアパートメントが、ほんとうは同じコンクリートではあっても、よく見ると刑務所なのではないかと気づきはじめている。
為政者や為政者と同じ洞窟からやってきた知識人たちやマスメディア人が述べているのは自分達に都合が良いようにすりかえたオリジナルとよく似た空疎な観念で、その空疎さを利用して自分達に過酷な現実を納得させようとしているのではないかと強く疑いはじめている。

深い井戸をみおろすように、という。
まわりをきょろきょろと見渡して、なにが可笑しいかほんとうは判らないのに、おおきな声でわっはっはと笑ってみせるような「社会の部分としての自分」であることをやめて、自分の心をまっすぐにみおろしてみれば、「自分にとっての自由とはなにか」というようなことには、どんな人間にとっても「微かで見えにくい影」として見えてくるものであると思う。
もう投げ与えられた観念を拾い集めてはツギハギして西洋風ではあるけれども似合わなくて滑稽な服を着るのはやめて、自分の魂が発する「聴き取りにくい声」に懸命に耳をすませて、「自分にとっての世界」にでかけてゆくときなのだと思う。

もういちど自分の一生を生きなおす、というわけにはいかないのだから。

(画像は前にブログ記事に書いた「ジョン王」の家に至るモニとわしの散歩道。夏の夜、この静かな道をたどっていってジョン王と一緒にワインを飲むのは夏の重要な楽しみです)

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