Daily Archives: February 4, 2013

近況報告に名を借りて

1 むかしはフリップフロップをはいていたが、めんどくさいので、この頃はたいてい裸足ででかける。 ときどき剃ってさっぱりするが、モニにいいかげんにヒゲを剃りなさい、ちくちくして痛い、と言われるまでは顎も口のまわりも頬も細い毛のヒゲがもじゃもじゃで、ボートで海に出て帰ってきたりすると、太陽で色がまだらに褪せている(^^) ゴジラが踊り狂っている赤い影や「神様!セクシーすぎるおいらを許してね」ちゅうようなデタラメなプリントのTシャツを着ているのは、シルクスクリーンでTシャツの柄を刷るのが好きなせいである。 日本語ではショーツという言葉の意味がヘンタイなせいで、読んでいる人はずっとわしがニッカーズ(アメリカ風に述べればパンティ)を穿いて町を歩きまわっていると思っていたそうだが、そうではなくて、ショーツはどういう適切な日本語があるのかわからないが半ズボンなのか短いパンツなのか、ともかくショーツで、でっかいサングラスをかけて、耳からたいていの場合、白いアイポンのイヤフォンのケーブルがぶらさがっている。 結構うるせー音量だが、どんな音楽が鳴っているかというとSalif Keita, AmansalvaとかNelly Furtado,Areski、Thione Seck, Sinik, Rihannaちゅうような雑多な音楽であるよーだ。 大陸欧州のクラブミュージックが多いのであるかもしれません。 Remueraの道を降りて、タマキドライブへ行くことがある。 海岸のカフェのどこかに寄って、無茶苦茶に冷えたソーヴィニョン・ブランを飲む。 小さい人が現れてからは、しかし、家の庭で遊んでいることが多くなった。 建物から離れた庭の下のほうにあるガゼボでシャンパンを飲みながら、モニさんにラブレターを書いたり、いいとしこいて詩を書いたり、モニ以外には誰にも見せない絵を描いたりする。 今朝は水彩でボヘミアンドレスを着て弓矢をもった天使がSavio Firmino風のカウチに半身を起こして横になっている絵を描いてモニに褒められた(^^) あるいは芝生の上にだしたラウンジャーに寝っころがって、どんどん形を変えながら流れてゆく積雲や、双眼鏡のなかに映る月の表面をみている。 実感としてニュージーランドの物価はこの20年で3倍くらいになったが、ニュージーランドは、どう述べるのが最も適切だろうか、生活のスタイルそのものがオカネがかからないように出来ているので、東京のように「なんだかよく判らないのにオカネが減ってゆく」ということはない。 なにをするにも、というよりも、なにをやっていてもたいしてオカネはかかりません。 2 オダキンのtumblrを見ていたら、自分の「金銭講座(その3)」の記事が出ていて、 「rAdio-AktiV(brettspieler)」という人が、 「でもこれ、社会性や公共性に考慮して公正にやらないと、ただの「非対称性の濫用」に陥ってしまうんだけど、「ビジネスとはそういうもの」という「現実主義」で押し通すことの何と多いことか。」 とコメントをつけている(^^) オモロイやつ、と思ったが、よく考えてみるとちょうどさっき書き終わった「金銭講座(その4)」は露骨にアベノミクス下の日本経済でふつーの人が自分の現金財産を防衛するために焦点をしぼった株式売買講座で、零細凍死家たちがどういう「定石」にのっとって「何をやらないか」を考えるかについて書いたもので、社会性や公共性に考慮して公正にやらないと、著しい「非対称性の濫用」になってしまう記事なので、げげっ、とおもった。 うーむ。じゃ、1から3までの金銭講座も削除すっか、と思って記事を見たら、今度は「日本人はあなたのようにお金儲けばかり考えている人間は少数派なので、こんな記事はみたくもない」ちゅうようなコメントがふたつ来ている(^^;) うーむx2。 考えてみると、これは神様が「あんまりカネモーケの話なんて下品な話をするとビンボ神を使わしておまえの富を召し上げてくれるわ」とゆっているのだと思われるので、もうブログで金銭の話をするのはやめることにした。 わしは日本がらみの投資に手をだしたことはないが、ゲームの勝ち方を考えつくと、現実に適用するとどういう結果になるか見たくてしようがない。 定石のあとにちょっと書いたように、おもしろいことに気が付いたので、これはやってみたいが、自分ではあんましやる気がしないので義理叔父にゆってみると、 「あっ、ぼく非対称だいすき。ちゃんと公共性に考慮して公正にやるから、ガメ、それおれにやらせろ。すごく儲かったらアイス買ってあげるからね」というので、記事を注釈と一緒に送ったら、よろこんでおった。 しかし、この「rAdio-AktiV」というひとがいうのはほんとうで日本では公共性と公正が大事で皆がひとしく儲からねばならない。 わしにもクレクレの国である。 危うく日本語を書いているのに日本の人の道に外れるところであった(^^;) 3 日本語でなにかを書くということは、それが論文であれ、小説であれ、祈りの言葉であれ、要するにただのムダであると思う。 何度かこのブログでもツイッタでも書いたように日本語は崩壊の過程にあって、何年か前には「普遍語としての地位を失って地方語に転落する可能性がある」といろいろな人が論じていた時期をすぎて(ちょっと現実に起きる事だとは信じがたいことだったが)ほんとうに地方語に転落して、いまの地位は、だいたいトルコ語くらいの地位であると思う。 … Continue reading

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