Buon soggiorno !

NYC89

人間がひとらしくなるのは18歳くらいだろうか。
16歳や17歳はいかにも人間を始める前夜祭というか、男も女も、たとえば恋愛といっても肉体的な欲望の衝動が強すぎて、チョー下品な言葉をつかえば「やりまくり」の頃であって、盛りがついているというか、週末ともなれば、いちゃいちゃもんもんばかりしていて、なんだか忙しい。
18歳くらいになってやっとお互いの眼をみつめる余裕ができるもののよーである。

長いあいだ人間の肉体を構成している部品の耐用年数は100年ということになっていた。
大事につかえば一世紀もつ、保証書はないけどね、ということになっていたが、最近は改訂されて50年であるという。
赤ん坊になって大気中に放出されてから50年までは神様がデザインしたときの想定年数だが、そこからあとはだましだまし使ってもらうしかない。
膝が痛んだり、文字が読めなくなったり、DNAの転写を間違えたりしているうちに、だんだん壊れてきて、無力型の体型になって、最終的には動かなくなって棺のなかにはいる。

魂というものを仮定すると魂は肉体をもたないので思惟することしかできない。
考えるだけでもおぞましいが、恋人の滑らかな肌の感触を自分の肌に感じる、あの得も言われぬ感触も、夏の暑い日にボートから冷たい水にとびこんで泳ぐ爽快も、小川を跳躍して越える愉快さも、魂は、どれも感覚することができない。
聖体はおろかチョコも食べられないので、魂などは文字通り取りかかりのないぼんやりした闇のなかで退屈きわまる時間を過ごしているのだと言わざるをえない。
ただ考えることだけしかできない、肉体という感覚受容器のかたまりを装備している生身の人間からみると、気の毒というのもあほらしいくらい惨めな存在です。

そうして、ある日、魂は肉体を求めてもどってくる。
春の日だまりの暖かい陽射しのなかに身を横たえる心地よさや、ボートをこぐ手を休めて、水のなかに揺れる、あのくすぐったいような微かな動揺を求めて帰ってくる。
出生のときの、あの爆発的な叫び声は泣き声の姿をしているが、実際には魂がふたたび人間の肉体という歓喜に満ちた感覚受容器を獲得した有頂天の雄叫びであると思われる。

人間が一生を生きることの意味を考えるのが難しいのは、生きることの意味を考えることに大した意味がないからである。
死が迫った人間は「自分の一生とはなんだったのか?」と考える習慣をもつが、それもただの習慣にしかすぎない。
そこで起きているのは本末の転倒で、意識は生じたものであるにすぎず、そうであるのに自分の意識が自己であると仮定した結果、話に混乱が生じてしまっている。
人間は(日本のひとがなぜか大好きな言葉でいえば)「考える葦」なのではなくて、
「葦」なのであると思う。
考える、ということは偶然生じた属性にしかすぎない。
厄介なことにその属性が思惟と発見の主体なので、言葉が一人称であるところへ「私」が移動してしまっているだけである。

ざっと20歳から50歳まで、保証期間中の人間の稼働期間は30年ある。
その30年間にどんなことが出来るかというと、馬に乗る、テニスをする、泳ぐ、自転車にのって転倒する、頭に興奮物質が充満するまで長距離を走る、筋肉を使う遊びというのは楽しいもので、人間の遊びの重要な部分をなしている。
肉体だけではなく、魂のほうも営業しているので、ベンキョーしたりして、こっちのほうも多少は面倒をみる。
他人と話して笑い転げたり、しんみりしたりするというのは重大な快感なので、言語もせめてみっつくらいは身についていないと、つまらない。

さらに重要な楽しみは、「もうあんまり行く所がなくなっちゃったな」という、言い方を変えると「地球は意外と狭い」と実感する程度まで旅をすることで、UKやニュージーランドでも、他の国に住んだことがないひとは「アジア人は狡猾でたまらん」というようなことばかり言っていて、さびしい人格のひとが多いようだ。

トルコのクルド人弾圧の知識を精いっぱいひけらかして、鼻息をふんふんさせているより、当のトルコ人とクルド人の夫婦(数が多い)と、アジアンサイドのイスタンブルで、ランタンを買いに来たのに「まあ、かけていきなよ」と言われて、トルコ人たちの、あの途方もなくおいしいお茶をのみながら、お互いにわかる語彙を動員して、天気の話でもしていたほうが楽しい。

故国では儀仗兵というたいへんな名誉がある仕事であったのに、ニュージーランドではマリーナの清掃という仕事しかない仲のよいフィジー人のじーちゃんが、娘夫婦に一緒に暮らそうと言われたのにクイーンズタウン(日本で言えば軽井沢、だろうか)に行かなかったという。
びっくりして理由を訊くとささやくような声で「ここは海に近いから」というので、そういうことは失礼であるのに、言葉につまって気が付くと涙がでてしまっている。

あるいは望月の緑の稲がいちめんに広がった畦道をモニとふたりで歩いていると、向こうからちいさなちいさなばーちゃんがやってきて、傍らによけて道を空けて待っていると、ばーちゃんがたちどまって、にっこり笑って、「ひゃああああー、ガイジンさんはおおきいのお」という。
80歳くらいだろうか、あのばーちゃんの子供のような眼の輝きをいまでもおぼえている。

本に書かれてしまったことは、みなつまらないことばかりである。
そこには人が恋しくてたまらないトルコ人おっちゃんの厚みのある手のひらのような笑顔もなければ、フィジー人じーちゃんの魂のなかの波の音も、長野県のばーちゃんの、70年余の時間の向こうからまっすぐにこちらを見つめている幼い子供の強い好奇の眼の輝きもない。

多少でも知性のある人間は本を読むのが病気のようなもので、ほうっておくと本ばかり読んでいるが、やはりそれは病的な状態で、不健全なだけでなく、本人が考えているよりも深刻な狂気に囚われた状態であると思う。
病状が重いかどうか知りたければ、自分が知っている世界の悲惨を数え上げて、これまでその悲惨に対してどれだけのことをやってみたか考えてみるとよい。
悲惨への認識に対して行動があまりに少なければ、どう言い逃れを試みても、やはり心が病んでいるのである。

前にハウラキガルフは全体がよく出来たオークランド人の遊び場であると書いたが、地球そのものが、広いとは言っても有限で、だいたい10年くらいでどこになにがあるか判る、というハウラキガルフに似ている。
人間の「保証期間」の30年は、うろうろしてみると意外と狭い地球の上でいろいろな人間や事象と出会うには、案外ちょうどいい時間の長さなのかもしれない。
人間は世界を「感じ」に生まれてくる。
永遠の魂があるとして、魂は感覚の記憶なしでは死滅するほかないからであると思う。

自分の2本の足で歩き回り、クマにであってダッシュで逃げたり、木の枝のうえにあるうまそうな木の実をとろうとして、地面におちて、いっでえええー、と頭を抱えてうずくまったりするのは、人間の生来の姿でもある。
人間がもともとそういう「ぶらぶら歩き」の生き物であるのは、一日三食という最近の食事習慣をやめて、のべつまくなしお腹がすいたときにちょっとだけ食べるのが人間の体にとってもっとも負荷が少ないのをみてもわかる。
魂のほうでは忘れてしまっているが、人間の肉体のデザインは本来の人間のありかたをおぼえている例です。

30年のあいだに何をやるかプライオリティをつけて考えれば、「労働」というようなものは、ずっと下の優先度しかもたない。
そんなところで「昇進をはやめるためのTOEIC英語勉強法」や「就活で勝つための話し方」に時間を浪費しては、このつぎ魂が感覚を楽しませるために世界にもどってくるときには、ずいぶん長いキャンセル待ちになって、2000年くらいはまたされることになるような気がします。

Buon soggiorno!

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2 Responses to Buon soggiorno !

  1. esatto says:

    今日はダニーデンからクライストチャーチまで車で往復してきました。UKヴィザの指紋と顔写真の為に。運転時間往復約10時間、Immigration Officeでの所用時間約3分!嫌がらせかあ!て思っちゃいました(笑)。でもドライブも楽しくてしかも久しぶりのクライストチャーチでラーメン食べれたから良かった。けどなんでダニーデンにOfficeないんだろ。南島で2番目に大きい街なのに。久しぶりのいロングドライヴのせいで腰が痛くなってきました。ぎゃあ。

    あれ?なんでこんな事書いてんだろ?あ、ガメさんに本当に伝えたかった事は今回の記事も分かるなあ、って事でした。あと今日の出来事を誰かに愚痴りたかっただけです(笑)。ごめんなさい&おやすみなさい。

  2. katshar says:

    あーあ、今日もがんばって働いちゃった…
    ロシア人がたくさんいたんだけどね、誰とも話ができなかったんだよ。
    通訳の綺麗なおねいさんとだけ、話した(笑)

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