新橋で、朝食を

el_far

艨艟、という言葉を見ると地中海をおもいだす。
ヘンな連想なのだろうが衝角がある船を思い出すからで、コスタブラバのわしが好きなレストランは階上に宿泊できる部屋があって、レストランの片付けが終わるまで酔っ払って、次の日の昼間も一日テラスでごろごろ日光浴をしているのが好きだった。
凪の海に小さな漁船が一隻浮いていて、遠くが靄でかすんでいる海は、ベタ凪ぎの地中海だけがもっている輝かしい貌をもっている。

アンチョビには白アンチョビと赤アンチョビがあって、赤アンチョビはパスタの味付けに使うとうまいが、カバを飲みながらつまみにするにはなんといっても白アンチョビである。このブログ記事には何度もでてくるパンコントマテ、パンに生ニンニクとトマトをすりつけて食べるカタロニアの食べ物…と言ってもいまではスペイン中どこにでもあって、レオンやガリシアに行けば、オリジナル発祥の地から遠い町のレストランらしく、トマトとニンニクをすりつけた上に、ハモンをのせたり、オリーブオイルをかけたりする邪道な、でも邪道ゆえに邪なおいしさで旨いパンコントマテもどきがたくさんある。
昨日注文しておいた、中に細かく砕いたハモンセラノがはいったクロケタス(日本のクリームコロッケみたいなものでごんす)やポテトが入ったオムレツ、ついでにわがままを言ってつくってもらったツナやチーズにいっぱい自家製ジャムをのっけたピンチョスが届くと冷たいカバを飲みながら降り注ぐ太陽の光のしたでフラットにしたデッキチェアで腹ばいになったまま裸で朝ご飯を食べる。

北ウエールズの農場のベッド&ブレックファストには、ふつうのB&Bよりは手がこんだものがいくつもあって、そのうちのひとつはかーちゃんととーちゃんのお気に入りであったのでよくでかけた。
白い上っ張りを着たスペイン人のボイさんたちがひとつづつ皿を説明しながらテーブルの上に並べてくれる。
メニューは家ででてくるのと変わらない普通の朝食で薄く切ってスタンドに並べたトーストにミドルベーコン、ポークソーセージ、卵ふたつの目玉焼きに、ハッシュブラウンがついている。
マーマレード、ジャム、マーマイト、バター、と瓶がずらっとならんで妍を競う光景も家のサンルームのテーブルに並ぶ朝食と変わらない。

ところがこのB&Bの朝食は、メニューにあるものすべてが自分の農場のとれたてのもので、たとえばベーコンを切って一口頬張ると口腔に農場の青い草地と青空がたちのぼるようである。
卵にも力があって濃厚で、すべての食べ物が強い味をもっている。
まるで普段食べているベーコンや卵がみんな神様が目を離している好きに天使達がいたずらで味を薄めた贋造品であるかのような味で、普段食べているものばかりなのでなおさら、子供心にもやや狼狽するくらいおいしかった。

朝食をたくさん食べるのは、もともとはイギリス人の下品な習慣だが、歴史をさかのぼれば敵国同士であったアメリカ人もまねっこでいまはたくさん食べて、わしのチョーボロイアパートは遙か南のチェルシーのしかも南のはしっこにあるので普段は行かないが、モニさんはもともとセントラルパークの東側にあるアパートに住んでいたので、(といってアパートはまだありますけど)モニさんと楽しい夜を過ごすと、日本でも有名なカーネギーホールのすぐ近くの観光客も集うとは聞きけん、
「Brooklyn Diner」
http://www.brooklyndiner.com/
で朝ご飯を食べることもあった。
モニさんのアパートの賄いのおばちゃんは、チョー料理が上手なひとであって、わしのアパートの賄いのおにーちゃん(わしのことね)とは段が3つくらい違う腕前であったが、でも「Brooklyn Diner」のようなところでは朝の雰囲気を食べる。
このレストランでいちばんおいしいメニューはチキンポットパイだと思うが、
朝ご飯には、やはりフレンチトーストでなければワッフルかパンケーキで、それにアメリカ人が好きなコーヒーの出がらしをお湯で薄めたみたいな訳のわからない(でも、おいしい)コーヒーのマグを片手に横にそのテーブルに腰掛けたことのある有名人の名前を刻印した金属のプレートがあるちっこいテーブルで、鼻がくっつきそうなほど顔を近づけて、楽しいねー、ほんとだねー、をするのがいつもモニとわしは大好きだった。

プーケ(Phuket)は俗化しているから嫌いだというひとがいるが、わしはその俗っぽいところにぞくぞく(<−ダジャレ)するのであって、下町や(日本のひとたちがよく泊まる高級ホテルが建ち並んだ)ラグーンに泊まる気はしないが、二週間や一ヶ月というくらいの短期に少し離れた丘の上のホテルからトゥクトゥクに揺られて下町へでて、朝ご飯を食べるのは好きだった。
プーケのホテルの朝食はだいたいにおいておいしいと思うが、いかんせん洋式であって、わざわざタイランドの遙か南のド田舎までやってきて西洋式の朝ご飯では毎日たべているとなにがなしうらぶれた気分になってくる。

下町にでると、タイのひとはみな「ぼったくりレストラン」だというが、わしにはチョー安いとしかおもわれない、300円くらいの朝食メニューが並んでいて、テーブルが隣あったスイス人のねーちゃんやドイツ人のにーちゃんたちと、「昨日はどこへいったか」という話をしながら、愛想の良い男だが女びとのかっこうでクールに決めたにーちゃんたちがもってきてくれるグリーンカレーとレッドカレーとイエローカレーの3色カレーに、ちょうど「つけ麺」のようにして、日本の素麵そっくりの麺をつけて食べる料理や、タイ式のフィッシュソース風味の無茶苦茶うまい炒飯を食べるのは楽しい一日の始まりだったと思う。

プーケからすぐのシンガポールは、前にも書いたように、ロンドンとクライストチャーチの往復の途中で何度も寄る町だった。
いまは物価が高くなって魅力がない町になってしまったが、むかしはなんでもかんでも安くて、妹が初めてつくった目が覚めるような青の美しいサリは、たしかシンガポールのインド人街で仕立てたものだった。
シンガポールの蒸し暑い朝のなかへホテルから出て、タクシーに乗ってマクスウエルセンター(Maxwell Food Centre)やChinatown Food Centre
http://www.singapore-vacation-attractions.com/hawker-food-photos.html
に行くのはシンガポールに滞在する重要な楽しみでなくてはならない。

チャイナタウンのホーカーズには、1SGドル(75円)のおいしい朝ご飯もある。
むかし、何度目かのチャイナタウンコンプレックスで、どんどん動いていく長い行列が一軒の店の前に出来ているのでおもしろがって並んでみたら、日本のオカカみたいなものがご飯の上にかかって横にピーナッツが添えてある、という「シンガポール式猫まんま」のようなものが出てきた。
この店にはメニューはそれひとつしかなくて、おっちゃんとおばちゃんが、なんだかビデオを16倍速で早送りしているようなバビューンなスピードで皿にどんどんよそってゆくと、お客のほうもてぐすねひいてタイミングをはかって、さっと皿をうけとるのと引き換えに1ドルをおいていく。
なんじゃ、これは、と順番が来て手にした、およそわしの趣味からはとおおおおーく離れた食べ物を手にして一瞬悲哀の感情に打たれたが、気を取り直して食べてみると無茶苦茶おいしい。
上の写真で「Glutinuous Rice」といういかにも英語っぽいマヌケな名前で呼ばれているのがその料理です。
見るからに不味そうだが、うまい。
わしの嫌いなものの組み合わせで出来ているのにうまい。
なんとなく神秘的な体験だったなー、と思い出します。

日本語で書いているのだから東京を忘れては失礼である。
モニとわしは、朝ご飯を食べによく築地にでかけた。
もういまはなくなってしまったようだが、築地の場外にカウンタだけのコーヒー屋があって、そこでトーストサンドイッチをつくってもらって食べたものだった。
コーヒーと、その一風変わった日本風なオムレツサンドイッチを食べてから築地の場内や場外をうろうろして、店のひとたちを相手に、モニのためでなければ死んでもやりたくないわしの通訳を介して、店のひとたちといろいろな話をするのがモニの東京滞在中の楽しみだった。
子供のときに義理叔父に誘われて家族で泊まった山の上ホテルの小鉢がいっぱいついてくる「和朝食」も面白かったし、銀座で遊びくたびれては泊まった帝国ホテルのシャンパンがついてくる朝ご飯もよく注文して部屋で食べた。

でも、いちばん印象に残っているのは、新橋駅のホームだか構内だかで食べた「ハンバーグカレー」だと思う。
ずっとむかし、同じ服を着て、同じ髪をした、ひょっとして良く見るとみんな同じ顔をしているのではないか、という気がするサラリーマンのおっちゃんたちと一緒に、どういう経緯だったかもう忘れてしまったが食べた「ハンバーグカレー」は自分が知っているどんな肉の味とも違う不思議な味で、それにスパイスがかすかにはいっているような不思議なカレーがかかっている。
決して否定的な意味ではなくて、いつ「日本の朝ご飯」のことを考えても、あの「ハンバーグカレー」が記憶の霧の向こうから、モノクロで福神漬けだけが赤い映像と一緒に頭のなかにあらわれる。

そうすると、滞在中は文句ばかり言っていたのに、いまおもいだしてみると、ひとびとの笑顔や楽しかったことばかりが思い出されて、なつかしい東京の姿が浮かんで、目に涙がにじんでくる。

コンピュータのメールボックスを開けて、「ガメ、どんなに懐かしくても、東京に戻ってきてはダメだよ。ここは危ないんだ。日本からの報道をみて、油断してやってきてはいけない。どうか、ぼくの言う事を信じてください」と書いてある、何度も読み返したYさんからのeメールをもういちど読んでみる。
ほんとうは、なにかで頭がおかしくなっていて、もういっかい読み返してみれば、なんのことはない、東京には放射性物質は少しもなくて、「ガメみたいなのは日本語では『放射脳』っていうんだよ。東京は、安全な町になった。また一緒に築地に寿司を食べにいこうぜ!」と書いてないかと思うからです。

まずい朝ご飯だって、ほんとはいいのさ、と思う。
また東京で朝ご飯を食べられる日がくるかなあー。

東京電力の、バカ。

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One Response to 新橋で、朝食を

  1. esatto says:

    食べ物が美味しい場所はもうそれだけでその街の魅力の一つになる。それが無くなるのは非常に痛い、痛く感じます。

コメントをここに書いてね書いてね

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