日本語ノート1

by75

日本語で何かを書くということに意味があると思ったことはない。
ひどいことを言うなあー、と思う人がいると思うが、ありのままの気持ちとして日本語を勉強をするということはアルメニア語を勉強するのと本質的に変わらない、とベンキョーの初めから思っていた。
わしはムダなことをするのがひたすら好きなので、役に立つことをするのは、なんとなくつまらん、という気がする。

シーシェパードという世にも下品な集団は、鯨類研究所というもっと下品な集団と抗争しているという事実のみにすがって生き延びているが「日本人のやることに文句たれるんじゃねーよ」というのは日本の人の紛いようのない国民性なので、日本の社会に大憤慨を引き起こしている。
ちょうど、夏になるとほとんど毎日捕鯨のニュースが流れて「日本人はひどい」と言ってニュージーランドやオーストラリアの頑是無いガキどものあいだにふつふつとたぎる「日本人なんか大嫌い」感情が醸成されるのと対をなしている。
ダグラス・マッカーサーも失職した海軍軍人を起用して戦後日本の飢餓を救うという一石二鳥の「名案」が、よもや日本の「伝統文化」に化けて、ニュージーランドやオーストラリアの気持ちのやさしいガキどもに日本人への憎悪と軽蔑を植え付けることになるとは思わなかったに違いない。

「反捕鯨がいかに白人の偽善か」というのはネット上でみるかぎりは日本人にとっては福島第一事故の結果全国に撒き散らされた放射性物質などを遙かに上回る切実な関心の対象であるように見えるが、見ていて不思議な気がするのは、「これを日本語で述べあうことにどんな意味があると思っているのだろうか?」ということである。
自称右翼の在特会とかなんとかいうひとたちのほうが遙かに賢くて、韓国の人や中国の人がメールに添付して送ってくる動画に出てくるプラカードには「韓国人たちを皆殺しにせよ!」というようなことが英語でちゃんと書かれてあって、(彼等が主張するところの)「日本人の共通な感情」がどんなものであるか英語人にもストレートに判りやすいように工夫がされている。
しかも、日本語世界の内側にいて日本語でオーストコリアなどというおもろすぎるチョー下品語を発明しているひとびととは異なって、ちゃんと半島人が多く住む新大久保まで行く、というやむにやまれぬ半島人虐殺への現実的情熱もみせている。
観ていて、捕鯨推進のひとびともシドニーの例えばピットストリートにでかけて「韓国人と一緒に、鯨も虐殺せよ!」と叫んで歩くべきであると考える。

日本人になにか言いたいことがあれば日本語を身につけるのが最も簡単な方法で、イタリア人に、イタリア版横山ノックみたいなやつを首相にしてはいかんではないか、と言いたければイタリア語で述べるのが礼儀というものである。

しかし、わしは別に日本の人に意見がいいたくて日本語を身につけたわけではなかった。
通常は日本語を外国語として勉強する人の第一の理由である就職のためでもない。
日本のひとは怒るかもしれないが、理由を聞かれれば「ムダだから」としか答えようがない。
数学をベンキョーしたのも医学を途中でやめたのも同じ理由によっている。
「ムダなことしか性にあわない」からだと思う。
役にたたないことでないとコーフンしない性格なんです。

もの好きにしか見えないこと、というものがこの世界にはある。
明治時代に日本語が文語から口語への跳躍に失敗して、空中ブランコに手をかけそこなって、言語として墜落していったのを目撃したのは良い例である。
日本語で書かれた物語で英語で読んでもオモロイ物語の筆頭は「The Makioka Sisters」(「細雪」)であると思うが、谷崎潤一郎という人は物語の構築だけではなくて日本語の感覚にもすぐれていた。
ジャン・ギャバンというフランスではチョー有名な俳優の名前を思い出そうとして、
「ほら、きみ、あのジャガイモみたいな顔の男だよ、なんて言ったっけ、あの、ハサミを落としたみたいな名前の俳優」と言ったそうで、
ジャン・ギャバンを「ハサミを落とした音」と感覚しているところだけで、もう、谷崎潤一郎にとって言語というものがどういうものであったかわかる(^^)

谷崎潤一郎は、ニセ関西人を志した。
ニセガイジンを志した大庭亀夫みたいだが、ニセガイジンと言われるやニセガイジンらしくふるまって、日本の人が国民的な持病である集団サディズムの姿を顕したのをみて、けけけけ、と笑って喜ぶという、底意地の悪い、徹頭徹尾アホなひとびとをおちょくることしか考えていない悪人大庭亀夫に較べて、谷崎には「言語の真実性」という深刻な問題があったのだと思われる。

谷崎潤一郎は、本人があからさまに述べたことはないと思うが、関西語にしか言語としての真実性、というのが曖昧でわかりにくければ日本の現実の事象をあますことなく表現できるだけの言語としての性能を認められなかったのではないか、と思う。
標準語が欠陥言語であることを谷崎はよく知っていた。

標準語散文の名手と言われた志賀直哉の小説をいくつか読んで思うのは、「このひとはひょっとすると標準語で表現できることしか題材に選ばなかったのではないか」という重要な疑問である。
書かれたものがばりばりの私小説で、そこから一歩も出ようとしなかったことのほんとうの理由も、そういうことなのではないか、と疑える。
私小説にしておけば標準日本語では説明しにくいことは説明しないですませてしまえばいいからです。

志賀直哉はあとで「日本語なんかやめてフランス語にしちまえば」と述べて日本語世界を驚倒させた。
根っからの愛国者が多い日本では、誰もが、反駁したケーハク評論家丸谷才一や三島由紀夫の意見にいちもにもなく頷いたが、志賀直哉のほうが丸谷才一や三島由紀夫よりも遙かに日本語が上手だった、という事実について、もう少し日本の人は思いをいたしたほうがよかったような気がする。
志賀直哉は「日本の標準語では表現できないこと」の広汎さを熟知していたと推測するほうが普通である。

日本語世界で丸谷才一が評価される理由というものが判らないのでここでは何も述べない。
三島由紀夫は志賀直哉が表現を避け、夏目漱石がばんばん新語を量産する方法で対処した問題に「死語」「硬直化して使われなくなった表現」を大量に採用することで乗り切ろうとした。
もともとドナルド・キーン先生によれば、ソメイヨシノを知らずにキーン先生に訊いて、「ああ、これがソメイヨシノか」と言ったというひとである。
三島由紀夫の生涯で語られる逸話は、どれも、三島由紀夫が現実からまったく乖離した「観念の人」であった、現実の認識が極端に苦手なタイプであったことを教えてくれる。
軽く自然にふるまう、ということが最低の条件であるアメリカのカクテルパーティで、三島由紀夫がいかに孤独な来客であったかは、いくつかの証言がある。

「正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った」という有名な「奔馬」の最後の一文に最もよく顕れているように、「日輪」「赫奕」という本来は死語である表現を生き返らせる文章世界を三島というひとは自力で開発してもっていた。

日本で高校生の物理の授業をみせてもらったときに、面白いなあ、と思ったのは、日本ではとびきり出来るほうに属するはずの高校生たちが、数式の世界にいったんはいると、数式が表現している現実を零戦が空戦前に増槽タンクを切り離すように切り離して、数式の論理だけに没入して、それが終わって初めて結果を現実に翻訳しようとするところで、物理をやっているというよりは、どちらかというと数学をやっているひとたちのようだった。ロケットが軌道に乗るどころか地面にめり込んでいるに気が付かないひともいて(皮肉ではなく)おもしろかったが、あるいは、ああいうことも日本のひとの「現実から剥落した観念の世界だけで言語を扱う傾向」に関係があるのかもしれない。

日本語は普遍語たりうるだけの言語的キャパシティをもっているが、どんどん地方語化がすすんで、いまの段階で日本語だけでものを考える事は、重大な細部を省かれ構造も歪曲された紛い物の世界をみる行為に等しい。
せめて漱石がたっていた場所まで日本語が帰りつければ、なんとかなるだろうが、無自覚にいまの言語崩壊が進めば、「意味のない言葉」を喋りあうひとびと、という歴史に珍しい社会が出現するのではないかと思うことがある。
最近またしても返信をさぼりまくっているコメント欄や「ねむいよー」「アイスたべたい」ばかりが書いてあるツイッタのアカウントを通じて、日本語についてみんなで考えていければいいなあー、と思っています。

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2 Responses to 日本語ノート1

  1. eatyveggy says:

    標準語を子供たちに強制しなければ、もっと自由な新しい日本語が次々誕生したのではないかと思い、少しだけ書き記しておきたいと思います。

    食後、「お腹がいっぱいになった」という日本語がありますが、私も家族も「お腹がりんりんになった」と言います。
    これは方言ではなく、家族間とごく親しい人たちの間だけで使う「造語」です。

    遡ること小学時代、校長先生と同じテーブルで昼食を食べたとき、「お腹がりんりんになったー」と言うと、先生に「りんりん」とはどういう意味かと聞かれ、「お腹がいっぱいになるとお腹が丸くなるけん、”わ→輪→りん”、じゃろ?」と得意げに紙に書いて先生に見せると、校長先生はすごい笑顔で「そりゃぁええ。そういう言葉はこれからも大切にせんといけんよ。他にも作ったら先生にも教えてぇよ」と優しく言ってくれました。
    それ以後、満腹を感じると、「お腹がりんりんになった」を使い続けてきました。

    ところが、中学生に入るとこの「造語」を教師や家族以外の周りの大人達から止めるよう厳しく注意を受けるようになりました。
    「標準語」では「お腹がいっぱいになった」と言うんですよ、その言葉にいかなる方言もなければ、造語を作ってふざけるなど持ってのほかですよ etc……

    教師の助言など一度もまともに聞いたことのない私は、それ以後もずっと「お腹がりんりんになった」を使い続けています。
    今回ガメさんの文章を読んで、ひょっとすると私と同じように漢字の音読み訓読みで「造語」を作り遊んでいた子供達から、周りの大人たちがその遊びを取り上げ、標準語を強制しているのではないかと思ったのです。

    高尚なことは相変わらず書けませんが、もしそんな大人がいたら是非止めて欲しいと思います。母国語で自由に遊べなくなり、標準語を強制し続けると、耳にしたくもない恐ろしい「新語」が益々多く造られ、日本語世界の崩壊に拍車がかかってしまうのではないかと、地方都市に暮らす私は危惧するのです。

  2. 田鶴 says:

    距離感をもって書かれているからでしょうか、
    まるで外科手術にでも立ち会っているかのようです。
    思いがけない病巣があらわにされ、ぎしぎし唇を噛んだりも。
    叔父が20代半ばで死んだあと、残された翻訳本を読み散らかしました
     (なにも理解できないまま、ただ叔父の部屋にこもっていることが快感だったみたい)。
    大人になり、ふと思い立って別翻訳本を神保町で探し、開きました。
    その物語の登場人物は数人くらいだと思っていたのに、実は一人だったーーー
    言葉って怖い、思い込みって怖いと思います。
    淫することもあるけど、厳しく冷たく撥ねのけられることもしばしば。
    最近、英語で書かれた詩と日本語訳詩を仕事の合間に眺めています。
    やっぱり言葉って面白い。

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