あんはっぴー

lotus35

日本ならば「私小説」というものがある。
構想もなにもなくてただ自分の生活と内心を書き綴ったような本が好きで、日本にいたときは、田舎の町の小さな古本屋で自費出版の「自分史」の本をワゴンのなかに漁ったりしたものだった。
重層性や「企みに満ちた」物語という娯楽は欧州では20世紀文学の特徴でやや古い。
読めば物語らしく知的神経が刺激されてコーフンするように出来ていて、物語が氾濫している、「物語中毒社会」と言えそうな、いまの西欧語世界でも面白いが、なぜそれを苦労して(外国語である)日本語で読まなければならないかわからない。
日本のひとは城郭の縄張りをするように言語を張り巡らせて物語を設計するのが苦手なようでもある。
自分の心を井戸の暗闇を見下ろすようにして、じっと見つめることのほうに、ずっと才能があるように見えます。

たいていは自分にとってだけ特別な自分の一生をただだらだらと書いてあるにすぎない「自分史」を読んでいると、しかし、人間の一生はそのひとひとりにとってはかけがえがないものなのがわかって素晴らしい。
皮肉ではない。

戦争がおわったあと国民党軍に投降して、そのあとの4年間を国民党の通信兵として戦った、などというひとは日本にはごろごろいる。
一生の最も活動的な時期といってもよい18歳からの10年間を破壊と死、同胞たちの集団強姦、容赦のない暴力をともなった悪意というもののなかで過ごして、ほとんど人間の道徳の彼岸に到達して菩薩に似た境地に達してしまっているひとが書いた「自分史」を読んでいると、人間の神などは人間の魂にもともと内蔵されている言語の機能にしかすぎないのではないかと思ったりする。

カウチに寝転がって、他人の人生の記録を読んでいると、人間が希望に燃えて生活したり、絶望にとらわれたりするのは50歳くらいまでであるようにみえる。
だいたい50歳をすぎると、(観念の)鏡に映った自分ではなく、手をのばした先にみえる自分の手のひらを見るような、ありのままの自分がみえてきて、その「自分」と一緒に過ごすしかないのだ、ということが悟達されるもののよーである。

このブログ記事で何度かふれたRay Kroc
http://en.wikipedia.org/wiki/Ray_Kroc
のように(マクドナルドの成功という意味だけではなく)実質的に52歳から一生を始めたようなひともいるが、数は少なくて、50歳をすぎると、いわば「自分に馴染んでゆく」というタイプの人が多い。
絶望や希望という概念が機能しなくなって、ただ起きてから寝るまでの一日を見つめる生活になってゆくもののようで、健全というか、余計なものがとれてしまうようだ。

このブログには老いたひとびとについての記事が多い
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/01/11/夕暮れの交差点で/
ので、それに気づいた人が「お年寄りが好きなんですね」といって寄越すことがある。はなはだしきに至っては精いっぱいの、だが稚拙な悪意をこめて「ガメ・オベールは老人であるに違いない」とあちこちに書き込む人もいる(^^)

事実は逆で、わしは人間が老いるということが子供のときから怖くて仕方がなかった。
自分が、ではない。若い人間の頭の悪さで、「自分が老いる」ということはなんとなく起こらないような気がしていて、実を言うと頭でぼんやり理解しているだけで、いまのこの瞬間でも自分が老いるのだということはわかっていないようにみえる。
もっと小さい子供のときは、怖い、というよりも老いた肉体や相貌というものにかなり明瞭な嫌悪をもっていた。
もちろん礼儀正しくはしていたが、曾祖母などは、いちど春の芝生の上で開かれたパーティで、5歳のわしに向かって「ガメは年寄りが嫌なのね。なんて正直な子供でしょう。よいことを教えてあげるわ。わたしも、若いときは、自分のまわりの年寄りが薄気味悪くて大嫌いだった」と述べて、曾祖母の特徴であった闊達な感じのするやさしい声で笑った。
いくら隠そうとしても傍目には明かだったもののようである。

昨日、「もう死んでしまったものたちのやさしさ」と記事に書いたら「意味がわからなくて困った」というメールがきた。

理解しようと思って理屈を使って考えるから判るのが難しいと思うので、簡単に言って解剖台に横たわっている死体をみて、同じことを感じない人、というものを想像するのは難しい。
棺のなかでもよい。
死んでしまった人間の肉体というものは、多分、人間が一生のなかで目にするもののうちで、最も安らぎを感じさせる自然であると思う。

50歳をすぎた人間は理想的なスタート地点にいる。
人間の肉体はだいたい50年もつように設計されているので、設計上の耐用年数は実はもう過ぎている。
このあとはmRNAやtRNAがへまをこいたりコドンを写し間違えたりして、肉体の維持体制がだんだんデタラメになってくる。
いわば50歳くらいから人間は少しずつ確実に死んでゆく。

だから50歳で「希望をもつ」というのは実はほとんど論理的な矛盾である。
途中で必ず墜落するとわかっている飛行機に乗り込んで行く先のカリブ海に面したホリデースポットでの午後を夢見る人はいない。
よく目を開けて落ち着いて考えてみれば一生はとっくに過去のものになって肉体が残映のなかで生きているにすぎない。

だが絶望もない。
老いた人間が「絶望」する場合には単に精神的なディプレッションであることのほうが多いだろう。
希望が存在しないのに絶望だけが存在することはできない。
「死」に向かう人間は自己の消滅という究極の破滅に顔を向けているので絶望も希望も、もうそんなところにとどまっていては、人間として自己を維持するのが難しいものになってゆく。
現代小説全体の古典で20世紀に書かれたオデッセイアである
「Do Androids Dream of Electric Sheep?」のなかでレプリカントがつぶやく、
「なぜわれわれだけが若くて死ななければならないのか?」という疑問は、
実はむかしからの人間全体の疑問であると思う。

永遠の生命を求める、というよりは、人間は自分達が50年そこそこの年齢で人間でなくなってゆく現実になにものかの「悪意」を感じてきた。
あるいは悪意を感じることによって自分のヒューマニティを確認してきた。
なぜそれが「確認」でありえたかは、現代人の想像を遙かにこえた人間のかつての貧困をおもえば簡単で、キリスト教やイスラム教仏教が生まれた当時は実際に死は圧倒的大多数の人間にとっては苦しみからの救済だった。

死は人間が直面する最期の絶望だが、死んでしまった人間たちの肉体が懸命に語りかけてくるのは「恐れることはない」ということにつきている。
神など信じる必要はない。
天国も地獄もありはしない。
こわがらなくてもいい。
死を比喩や類例あるいは経験によって考えようとするから絶望なのであって、死は現実には言葉の外にある。
言葉であなたが説明しようとすればするほど誤解が深まるだけという、人間の語彙の外にあるものの特徴について考えてみるべきである。

こんなことをいうと大笑いされてしまうが、解剖学教室で肺胞に喫煙者特有の茶色の細滴のある40歳代の女のひとの生きるのをやめてしまった肉体を眺めていたら、雷鳴の明瞭さで「人間の子よ」と呼びかける声が聞こえたことがあった。
ぼくはそれを神の声だとはおもわない。
それは大きな圧倒的な光のなかから聞こえてきた声で、どんなにうまく工夫して使おうとしても、だいたい18歳から50歳までの30年しかない自分の「時間」が呼びかけてきた声だと思っている。
時間が意識とぴったり間尺があったときに聞こえる、
人間からも神からも遠く離れた、語彙の宇宙の遠くに閉じている囲繞からすらも離れたところにある、
ある明瞭な意志の声であったのだと思います。

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2 Responses to あんはっぴー

  1. じゅん爺 says:

    うふふふ、ふ・・・

  2. 田鶴 says:

    絶望を正面からみつめることのほうが人間の一生の目的になりうる・・・・・・・・やはり生きてきた時間の長短になど関係ないと思わせられました。舗道や電車などで時々、周囲をそっと見回してみる。あのオベール氏が其処を歩いているのではないかと。

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