TPP

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世界中で最もTPPが話題になっているのは日本だと思う。
もっかTPPいいだしっぺの国に住んでいるわしがそういうのだから間違いはないのではなかろーか。
ニュージーランドでも、グローバリズム反対の運動家のひとびとがTPPに反対している、という小さなニュースを二三度みたことがある。
しかし、ふつーのひとは、「TPPって、まだあれやってたのか」というくらいの反応で、最近になって「日本でTPPに反対する運動が盛り上がっている」というニュースが英語圏で立て続けに流れて、へえええー、日本の人ってTPPに反対なんだ、韓国と同じで農家が嫌がっているのだな、と思う、その程度だと思います。

だから、よもや自分がブログ記事でTPPについて書くことになるとは思わなかったが、ツイッタ上のお友達にジャンミンとさよりさんというTPPには虫酸が走るひとびとがいるのであって、約束したので140文字の制約がない文章で説明をこころみることになった。
チョーめんどくさいと思うが、約束は約束である。
まず背景から説明しないとわかるわけがない。

ニュージーランドは産品を輸出しないとやっていけない国なので、ワインだの乳製品だのを他の国に売らないと国がつぶれてしまう。
むかしはアルミニウムの精錬や日本や連合王国やアメリカの会社に来てもらってクルマを製造して稼ごうと考えたことがあったが、「国内産業を保護する」ということがいかに国民ひとりひとりのふところに打撃がおおきいかわかったので、やめることにした。
別に保護しなくても他国と競争して勝てる産業を野放しにしておく方針のほうが国民ひとりひとりの懐がゆたかになるのがわかったからです。
アルミニウムの精錬は大金を投資したが、全部ぶちすてることに決めた。
クルマは特殊なことをするのはやめて、日本やドイツ、フランスから輸入すればいいやん、ということになった。

農業は主に有機農業産品が伸びて収益も高いが、牧場で育てるものでいうと、かつてはニュージーランドのアイコンであった羊は激減することになった。

もともと羊農家の運命は60年代の終わりに「ジーンズ」が流行りだしたことによって決まったようなものだった。
ウルは人気がなくなってコットンが原料のものが世界中であっというまに広まっていった時点で産業としてはダメなのがわかっていた。

もうひとつ羊毛を刈ったりして羊は手間がかかる上に、草を食べるときに文字通り根こそぎ食べてしまうので、ひとつのパドックで飼う、というわけにはいかなくて、あちこち群れを動かさねばならないのでチョーめんどくさい。
1990年代においては土地が500エーカー(61万3千坪)あれば赤字でなくて損益が均衡すると言われていたが、いまは500エーカーなんかではぜんぜんダメで倍はないと無理と思う。
「羊毛」という需要がほぼ消滅したような市場で人件費がずっと安い中国ともろに競争しなければならないからで、まだオタゴを中心に羊を飼っている農家は、たとえばわしの友達でいうと、3000エーカーほどの土地の半分はデイリーカウで、残りのまだ荒れ地に近いほうのパドックで羊を飼っている。
羊毛は赤字でラム肉が黒字、両方あわせてちょっと黒字、利益のおおかたは牛さん、という感じであるよーだ。

ボルジャーの時代にニュージーランドは、簡単に言えば「めんどくさいことはやめる」という方策をとることにした。
いろいろ理由をつけて郵政を民営化してしまったり関税をどんどん撤廃したりして「自由貿易国家」を自称しつつあるが、ほんとうの理由は障壁を残しておくと役人の力が増大して役人の力が増大すると、バカなことばかりいいだして、ものすごい金額の税金がどっかへ行ってしまうからである。
いま70代のニュージーランド人たちは、クルマを、当時はニュージーランドの委任統治領だったフィジーで買う人が多かった。
具体的な税率は忘れてしまったが、300%だかなんだかの税率で、クルマがないと生きていけるわけがない当時のニュージーランドで、なんでそんなバカなことをやっていたかというと、ネルソンやなんかで細々とやっていたホールデンやモリスを「保護育成」しようとしていたからだった。
だからフィジーで学校の先生をしたりすると、フォードを買って帰ってきた。

そこから先はこのブログでは何度も書いたことなので繰り返さないが、年金制度国民保険制度、失業保険というような社会保障にこだわるあまり、国の倒産寸前まで行って、ボルジャーの代になって、「あれは無政府になるまでやるな」と冗談が国民のあいだで行われるほど政府を小さくした。
役人の数と権限を減らして、なんでもかんでも民間でまかなうことにした。

外国資本に対する制限も大幅に撤廃したので、途中ではものすごいことがたくさん起こって、森林で有名だったある地域の木が、ほぼ一瞬で借り倒されてなくなってしまう。
ニュージーランド人はもともとは私有地といえども公共性を考える、ということが常識で、たとえば、南島のオタゴの農場はトランピングで歩いてゆくひとたちのために農場のゲートに鍵をかけたりはしないことになっている。
その代わり、トランピングで歩いて移動するひとたちは、パドックの動物が逃げてしまわないように必ず閂をおろしてゆく。
Shania Twain http://en.wikipedia.org/wiki/Shania_Twain が巨大な農場を買ったときに、そういうことが判らないで、ゲートに鍵をかけたことにニュージーランド人が憤激して大騒ぎになったのは、カナダ人であるShania Twainがそういうニュージーランドの習慣を無視したからだった。

ところがゲートに鍵をかけるどころか「自分の土地だから」という理由で景観の中心をなす木をえらい勢いで切り倒してしまったひとが出て、あわててテレビ局が調べてみると、マレーシア国籍の中国人たちが一帯の森を買い占めていた。
あるいは、こちらはもっとずっとあとのことになるが、やはり中国系企業群がいつのまにか主立った酪農農場を買い占めているのが発覚して大騒ぎになった。
それが商売なので新聞記者たちが調査してみると、この「中国系企業群」がどうやら実はひとりの中国人の女の人が名義上は持ち主で、しかもほんとうの持ち主は中国政府らしいことがわかって大騒ぎはいやましになる。
いったんは、デイリーボード(酪農組合っす)の主張がとおって農場の売買契約は無効になったが、中国側が控訴して、結局は手続き上瑕疵がないのだから契約は有効だということになって、ニュージーランド人たちの不満をよそに農場は実質的に中国のものになった。

スーパーマーケットに目をうつすと、ここはオーストラリア資本とニュージーランド資本の争いで、パックンセーブ http://www.paknsave.co.nz/
とニューワールド http://www.newworld.co.nz/ はニュージーランド資本、カウントダウン http://www.countdown.co.nz/
はオーストラリア資本で、容赦の無い戦いというか、ワインひとつとっても片方がTaylorのシラズを14.9ドルで売れば、もう片方はすかさず13.9ドルで大量に販売する、というふうで、わしはニューワールドがむかしから好きだが、ときどきカウントダウンにも行って、なんでも安いほうで買います。

電話局もそうで、ニュージーランド最大の電話会社テレコムはお決まりの分割民営化で、民間会社になって、競争も自由化されて、ブリティッシュテレコムが買い取って、あとでオーストラリアのテルストラに転売したクリアー・テルストラ、アメリカのベライゾンが所有しているテレコム、多国籍資本のボダフォン、入り乱れておる。

銀行にいたっては、経済に明るい義理叔父ですら、BNZ、Bank of New Zealandがオーストラリアの銀行であることを理解するのにガキわしに説明されても、事態が理解できるのに暫時を要したのをおぼえている。
ニュージーランドの銀行はすべて外国に買い取られてしまっていて、ジム・アンダートンという経済がぜんぜん理解できない情けない政治家のおっさんが「ニュージーランド資本の銀行がひとつはないと困る」という何の根拠もないバカ説をとなえて「Kiwibank」を2001年にでっちあげたが、銀行といえどただのショーバイなので、こんなものがうまくいくわけはなくて、ショボイ事業をほそぼそと続けているだけである。

書いていてもだんだん飽きてきたが、説明の前提なのだからやむをえない。
「ニュージーランド人のプライド」であることになっているエア・ニュージーランドもシンガポール航空に泣きついて、いったん、すきさえあれば競争者に圧力をかけて廃業させ独占市場をつくって航空券代を上げることしか考えなかった頭の悪い当時の経営陣から政府が買い取った株式をシンガポール航空で買ってもらって経営の方法を教わることにした。
いまは買い戻して、またいったんニュージーランド政府がもっているのだと思います。

義理叔父のように「日本人が見ている世界のほうが特殊な映像なのだ」とよく知っている人でもニュージーランドに来ると、うっそおおお、と思うことがよくあるもののよーである。
こーゆーのも、国っていうのかなあー、と言って驚く。
なにしろ国民の2割近くが外国に就職して、一方では連合王国を中心とする欧州やインドや中東あるいは南アフリカから続々と移民の形でひとがはいってくる。
ニュージーランドに生まれて医学教育の水準が高いデニーデン大学やなんかで教育を受けた医者たちは、どんどん給料が高いアメリカや連合王国や豪州へ行って、故国に不満がある中東の女医さんたちや、ロシア人東欧人医師たち、インドの医師たちがニュージーランドで医師や歯科医になっている。
名前がよい住宅地ということになっているハーンベイやポンソンビー、同じ高級住宅地でも保守的な人間が多く住んでいるせいで全体にしろっぽいリミュエラでも、たとえば海側にあるわし家から見るとリミュエラでも丘の反対側にある南アフリカ人の友達の家に行くと、活発な人が住む土地柄を反映して、その友達の家の隣はドイツ人、香港人、香港人とイギリス人の夫婦、インド人、ジンバブエ人というふうで、ここでドイツ人と言うのは「ドイツ系人」という意味ではなくて、実際にドイツのパスポートのまま住んでいる人達です。
クライストチャーチでぶち壊れた町の最もおおきな再建土木契約はイタリアの会社が勝ち取ったので、イタリア人がいっぺんに越してきたり、ニュージーランドは口の悪いひとに言わせると「ひとの多い交差点」のような社会であるとも言える。

TPPは、要するにそういう「国なんてどうでもいいわ」というニュージーランド社会の思想から生まれてきたもので、それを一生懸命リバタリアン、リベラリストと言って本の紙魚から教わったような用語を使って考えようとするひとがいるが、なんだか滑稽であると思う。
日本の人がすぐにそういう「用語」をふりまわしたがるのは役所の会議室のテーブルで経済を「指導」できると考えるお国柄と共通のなにかがあるからでしょう。

こーゆーと、憤激する人がたくさんいるのはわかっているが、銀行を他国民に買われたらどうする、保険がアメリカ巨大保険資本に支配されたらどうなると思ってるんだ、と日本の人がTPPを過大に見積もって話しているのを横から眺めていると、うーむ、そんなことが問題になるのかあー、と思う。

ニュージーランド人も、かつてのように医療がただで生活保護からなにからチョー手厚い福祉国家のままいられればそうしたかった。
しかし、理由は簡単、それを続けていれば国がつぶれるからやめちっただけです。
北欧のたとえばデンマークに行けば、いまでも日本の人が夢見るような高福祉社会のまま国家が競争力を保っている。
その代わり生活コストはむちゃくちゃに増大して、ぐわあああああな税金で、全然仕事しないやつも、仕事中毒のやつも、あんまり変わらない生活で、「それでええんちゃうの?」と言うので、たとえば10世帯がひとつのおおきな家をシェアしたりして生活している。
世代も、バックグラウンドも異なる他人同士が、みんなで食卓にあつまって14歳の女の子が初めて当番になってつくった夕食をみなで笑いさんざめきながら食べたりする生活は楽しいものだという。
しかし、それは北欧人の妥協のない高い生産性とヴァイキング以来の共同生活の知恵があるから出来ることで、わがまま揃いのニュージーランド人にそんなことが出来るわけがないのはわかりきったことだった。
だからニュージーランド人は正反対の道、政府をおもいっきり小さくして、公共サービスは最小限に縮小して、役人も議員も数を減らしまくってクビにしまくるという道を歩いてきた。
始めてからだいたい、30年になる。
国民の意思がどのくらい徹底的かというと、犯罪発生率が世界一になって、政府がどうしても警察を拡充したいと提議したときも国民は「税金がかかることをやらんでもいい」と言って反対して政府の治安増強案をつぶしてしまった。
「おおきな政府」がいかに有害かということを身にしみて知っていたからです。

わしガキ初期の頃は白人ばっかしで、あいつはウエールズ人だからケチだ、というような会話が横行していて、学校ではまだオランダ人の子供がいじめられていたりしたニュージーランドは、20年でまったく別の社会になって、いつかも書いた
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/03/15/タブンカ/

ように、いろいろな肌のいろの人、さまざまな母語の人、宗教が異なる人間たちがみなで折り合いをつけて、国だかなんだかよくわからないが「ニュージーランド」と名前のついた、この自分たちの小さな家を守っていこうと決心したひとびとが集まる場所になった。
ベールをかぶっているが、ニュージーランドに来て初めてブルカを脱いだ中東食材店のねーちんに、「なんでこの国にいるの?」と聞けば「ここでしか幸福でないから」と答えるだろう。
ニュージーランドの社会は20余年の七転八倒の末に、ようやっと、「自分達と異なる人間とどうやって折り合いをつければよいか」ということを学んだ。

TPP
http://www.tradeworks.org.nz/tpp-unwrapped/
はもともとは、だから、いまの姿と異なってニュージーランド人式考えの輸出であるとも言える。
見れば判ることだが念のために述べると上のリンクはTPP推進派のウエブページだが、TPP自体の考えはこれでも十分わかると思う。

この小国が小国に提案するものとして生まれたTPPを、もっとおおきな国際政治のなかで利用しようとするひとたちがいるのは事実である。
書いた途端にさっそく脅迫状みたいなものをもらって笑ってしまったが、
3年前に書いた「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」という短いブログ記事がある。
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/01/24/ヒラリー・クリントンの奇妙な提案/

あのあと、ヒラリー・クリントンは「アメリカ絶対国防圏の再編成」という大仕事を見事な手際ですすめて完成してしまったが、経済外交の上でもTPPを拾い上げて、あっというまにアメリカの経済関係再編成の道具に変えてしまった。
軍事的な国防圏の縮小も経済も南太平洋におおきく軸足を移動させた行き方で、これは中国が強大になったときのための準備であるのは誰の目にも明らかであると思う。
ケビン・ラッドとの緊張関係だけが頭痛のたねだったと思うが、これもここに書く事柄ではない理由によってあっさり解決してみせた。

アメリカがTPPを理屈の絵柄をそのまま鵜呑みにしたふりをして自分の経済外交の道具として使いだしたのは見事な着眼であると思う。
日本や韓国のような悪名高い保護貿易国家はこれによって窮地に陥ることになった(その後韓国はアメリカとのFTAという逃げ道にはいった)し、アメリカが銃口を定めている相手である中国は唇をかみしめてアメリカが角筋から指してきた手の重圧に耐えることになった。

ついでに余計なことを書くと、ボルジャーは郵政を民営化するときに議論の場をつくらなかった。ニュージーランドの首相になったときに、選挙の最大争点が郵政民営化だったので、自分が首相に選ばれたということは郵政民営化を国民が信任していることなのだから必要はない、と述べていた。
ずっとあとになってインタビューに答えたボルジャーは「関係各人の切迫した利害が複雑にからみあっている問題で公開討論なんてやったら、もうそこで郵政民営化を諦めたのと同じことで、郵政民営化を拒むひとびとが『公開討論にもちこめれば郵政民営化は100%なくなる』と考えていたのを知っていた」と述べている。
わしはボルジャーは嫌いな政治家のほうにはいるが、このひとことにはニュージーランドが民主主義国家であることの誇りが籠もっている。
会社の経営でもなんでもそうだが、おおぜいの参加者がみな納得するまで議論をつくそうという考えでなんらかの改革が達成できた例はいままでにはない。
新しい考えをつぶしてしまうためには、「みなで話し合うことが民主主義なのだから、これからじっくり議論しましょう」という意見を笑顔でのべて参加者がうなづけば、それでもう新しい考えをつぶしたのと同じであることは、組織のなかで改革を起こそうとした経験があるひとにとっては常識以前の問題である。
民主主義は国民の意思で自分達の社会を変革する指導者に改革とそれに必要な権力を委託することと、必要なときにそれを奪うことで実効性をもつ。
選挙と間断ないポールはそのためにある。
いつまでもいつまでも自分の信じる意見を述べあって「意見をだしつくす」民主主義など、わしは日本に来るまで見たことがなかった。
それは原理的なことを考えるためには有効な場合もあるのかもしれないが政治の制度ではありえないと思う。

ツイッタでも述べたが、では日本がTPPを受けいれ、移民や現在の世界のグローバリズムを受けいれてニュージーランド式のマルチカルチュラル社会でやっていけるかというと、わしは、無理だんび、と思っている。
日本のひとは、「日本」という極めて特殊な社会をつくって、そこから(半島人を含む)外国人を締め出すことによって安らぎを感じてきた。
日本人にとっては「外国のもの」であるということは、ただもうそれだけで受けいれがたいのだと思う。
カタカナ外来語というものがちょうどそうだが、根幹でないどうでもよいところには日本の人はカタカナ語を好んで使う。
「エネルギーのコストパフォーマンスを考えれば一層のイノベーションが望まれるがハードルは高い」というような文章を冗談としてではなくて普通に書いてしまう。
だが英語ならばrendez-vousというようなフランス語がそのまま動詞として使われたり、Help me! に対してAssist me.があるというようなことは構造の上からも起こらなかった。
「どうでもいいところだけ飾りとして外国語を用いる」ということが、日本語だけではなくて日本全体の社会の姿勢になって、たとえば日本の米が不作だったときにタイ米を大量に輸入して、「不味い米を我慢して食べた」と述べることがどれほどタイ人たちにとっておおきな屈辱か理解できなかったほど「日本のものが最高」がほとんど批判の余地がないものとして当たり前になっている。

あるいは家のフランス人たちがビデオを観て腰を抜かしていたが、週末になれば「韓国人を皆殺しにしろ」と正気で叫んで歩く群衆が警察に守られて歩く「民主主義」の国である。

日本ではゼノフォビアこそが国のアイデンティティであるのは、多分、中国の影響を排除して「日本」でいることが日本という国の歴史そのものだったからだろう。
強烈な文明の力をもった中国文明の隣にいて、漢文の読み下しから生まれただろう「かな」のマイクロ文明は、ちょうど漢文と漢文のあいだに書き込まれた余白のかなそのもののようにして、薄い板一枚をみなで背伸びして両手をいっぱいにひろげて虚勢を張ることによって中国文明に呑み込まれることを防いできた。
その中国をさえ一蹴する巨大な純粋暴力である西洋文明があらわれると日本人は狼狽して、その暴力を模倣したが、それは絵に描いたような見よう見まねで、まるで子供が与太っているようなものだった。
明治時代の西洋文明受容期ですら北海の文明への感受性をもたなかった日本人には、たとえばイギリス人やアメリカ人の得体が知れない、すさまじい暴力性がどこから来たものか、見当もつかないまま1945年の瓦礫の上に座り込んで死を待ったに違いない。

だからTPP、というよりも日本人の目にはTPPが象徴していると見えているものを日本人が受けいれていけるとは、わしは思わない。
仮に協定に手をあげてこれから参加して、意外なことをいうと思うかもしれないが可能性は半々だと思うが、じゃ、日本もTPPに参加していいや、ということになって、それで日本がTPPが象徴する世界を生きていけるかというと、そんなことはありえない気がする。

では、いったい日本はどうすればいいのかというと、それをこれからみなで一緒に考えよう、としているところなのです。

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One Response to TPP

  1. shiroganedori says:

    さよりさんかジャンミンさんがコメするかすら?と待っていたけれども、そろそろいいかと、書くことにします。
    TPP面白いんやなかろーか、と思いました。

    >では、いったい日本はどうすればいいのかというと、それをこれからみなで一緒に考えよう

    まず、少なくとも福島の人を移住させなければ、見かけはどうあれ、何も始まらないどころか、日本はこのままうずくまって、気が付けば惰性で滅びてしまっていた、となるような気がする。
    現在の日本人はホの字に関した事になると、いきなりピントを外した反応に切り替わったりするが、それが事故処理や他の分野にも影響を及ぼしつつあるようだから(被曝する事とは別に)。
    某放送局が、復興ソングを流し続けているけれども、私には「そのままそこで大人しく死んでいけ」としか聞こえない。
    私は日本という国(入れ物)が滅びても、実はどうってことはないのではないかと思うけど、人が心を失ったままに進んで行くのは辛過ぎる。
    この解決には、もし日本に来るのが嫌でなければ、沢山の国の人や、文化に来てもらうのが一番いいように思います。
    ただし、無視できないくらいの勢力として、ドカッとやって来てくれねば、日本社会に手足を取られて終わるので、少しずつ来てもらっても意味が無い。
    そしてそれは、とりあえず手近にそれがあるのだから、TPPでも良いのかもしれない。もう、日本には時間が無いように思われるからです。

    (私はTPPに関してはついでの時に読んだ、くらいしか知らないので、怒られるかも。)

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