「とても単純だが言葉によっては説明できない理由」について

伝説的ヨット乗り、フランス人のBernard Moitessierは世界で初めての単独無寄港世界一周ヨットレースであったSunday Times Golden Globe Raceに参加する。
なにしろGPSどころか近代的なバタンすらない頃で、ヨットで無寄港で世界一周をするなどは無謀な冒険とみなされた時代である1968年のこのレースで、他の参加者がすべて脱落したあとRobin Knox-JohnstonとBernard Moitessierの二艇のketchだけは終盤まで生き残って、すべての難所を乗り越えて、いまや目前の最終目的地の連合王国を目指す。

Bernard Moitessierのヨット「Joshua」が喜望峰をまわって大西洋に姿をあらわしたときのフランス人たちの熱狂はすさまじいもので、イギリス艇とデッドヒートを繰り広げながら大西洋を北上して、もうじき欧州の海にあらわれる「フランスの英雄」のために、フランス海軍は歓迎と伴走のための大艦隊を組織して出航する準備にかかり、政府はレジオンドヌール勲章を約束する大騒ぎになった。
少なくとも10万人の大観衆が到着港には見込まれていた。

妻のフランソワーズはずっとあとになって「でもわたしには何かが起きるとわかっていました。わたしはBernardというひとを誰よりもよく知っていましたから」と述べている。
この、自分の妻によって「詩人、哲学者」と描写された偉大な航海者のBernard Moitessierは、ゴールを目前にして突然ヨットを反転させる。
彼自身の言葉によれば「とても単純だが言葉によっては説明できない理由」によって、彼は、なんと二周目の世界周航に向かってしまう。
破天荒どころではなくて、いまでいえば火星から帰還して地球軌道にもどってきた単独宇宙旅行の飛行士が勝手にもういちど火星をめざして飛び去ってしまうようなもので、自殺的とも狂気の行動ともみえる行動だった。

Bernard Moitessierの「狂気の反転」のニュースが伝えられるとフランス国民は怒り、悲しみ、失望に沈んで、途方もなく混乱した気持ちにおちいっていった。
Moitessierの娘は三日間泣き続けて、「おかあさん、わたしたちはこれからどうやって生きていけばいいの?」と訊いたが、母親は「あれがお父さんなんだから、このまま生きていくしかないじゃないの」と答えたそうである(^^)

Bernard Moitessierは再び難所だらけの「Roaring Forties」
http://en.wikipedia.org/wiki/Roaring_forties
を通過し、まるで選んだように帆船にとって困難な海ばかりを通ってタヒチに着く。
ようやく、そこで航海を終える。
10ヶ月、70000キロメートルに及ぶ単独航海は、もちろん、新記録と呼ぶのもばかばかしいほどの大記録だったが、Bernard Moitessierは自分が夢中になって読んでいた本を読み終わってしまいたくなかった一心で、自分がいったいどれほど遠くまで来たかを、知らなかったのではないかと思われる。

Bernard Moitessierはレース前のインタビューで「このレースにカネや名声めあてに参加する人間はひどく後悔することになるだろう」と述べた。
ひとびとは、なるほど、と彼の簡明すぎる言葉を理解したつもりで頷いたが、ほんとうは何もわかっていなかった。

Bernard Moitessierは島影もなにもない「圧倒的な莫大の感覚」に満ちた大洋を愛していた。
そこで自分を発見し、自分自身への信頼を見いだし、鏡に映る自分の姿ではない自分というものの素の現実の姿を自分の目でみつめる方法を手に入れたひとだった。

長い航海の最後の一瞬で、彼は「ゴールに着いてしまえば、すべてが消えてただゴールへ到着したという達成だけが自分を説明することになる」ことに気が付いて、それに耐えられなくなっていったのだろう。
彼が、反転する、という破天荒な行動に出たのは、どうやっても「航海している自分」よりも「ゴールを目指して航海し勝利のなかでうすぺらな勝利者になってゆく自分」を下位におくことができなかったからであると思う。
言葉にならないものが、言葉によってかきけされることに耐えられなかった、と言い直してもよい。

子供の頃、Bernard Moitessierの物語を読んで、どれほど興奮したか、うまく説明できない。
世界周航レースの勝利者であるKnox-Johnston卿の物語を読んだときには明るい気持ちの単純な愉快さが感じられただけだったが、Bernard Moitessierの物語を読んだあと、わしは理由がわからない涙がとまらなくて困ったのをおぼえている。
直前で勝利を拒否した航海者の、奇妙な、しかし高貴な魂を感じさせずにはおかない気高さが、ガキわしを感動させたのだと思われる。

わしは人間は目標をたてて精励して努力するときが最も尊いのだというのは嘘だと思う。
Bernard Moitessierは海にいたいだけだった。
たったひとりで陸影のない海をすすむことに自分の存在のすべてを見いだしていた。
先週、船をだしてハウラキガルフの外へ遊びにいく途中、もう夕陽がおちるころ、オレンジ色の海面を横切って、陸地からかなり離れた沖合で、小さなローイングボートで波を切りながらすすんでゆく人を見て、なんて危ないことをするのだろう、と考えたが、考えてみれば人間の一生は、要するにいつ転覆させる波がくるかわからない海面を小さなボートを漕いでゆくようなもので、帰ってから、あれは人間の一生の姿そのものに過ぎないのだ、と考えたりした。

Sunday Times Golden Globe Raceには、実はこのレースによって歴史に名前を残すことになったもうひとりの人物が参加していて、このひとの名前は聞いたことがある人もいると思うが、Donald Crowhurstという。
航海用ビーコンの発明者で、ビーコンを作って売るビジネスがうまくいかなかくなっていたCrowhurstは自分のビジネスを苦境から救う宣伝効果のために当時としては画期的なデザインであったtrimaran
http://en.wikipedia.org/wiki/Trimaran
でレースに参加する。
いまではほとんどのヨットレースでtrimaran が見られるとおり、冒険的だが合理的な考えで、Donald Crowhurstには実際にレースに勝って名声と大金を手にするチャンスがあったとわしは思っている。
trimaranの欠点である横転時の復元性を改良するためにCrowhurstが考えたマストの先のバルーンとアウトリガーのバラストの組み合わせで出来た復元装置ひとつとっても、Crowhurstの独創性がはったりではなかったことが判る。

Crowhurstは、よく知られているとおり、レースの途中で身を隠して、途中の大西洋復路からレースに再び参加して世界一周をしたと装おうとして航海日誌を偽るが、レースの参加者が少なくなるにつれて高まる自分への歓呼の声に絶えられなくなってサルガッソー海で悲劇的な自殺を遂げる。

航海者というものは、本音をのべれば、目的地などはどうでもよくて、「ただもっと遠くに行ってみたい」と思っているだけなのであると思う。
大叔母の家の、わしがいつも泊まる寝室には18世紀風の巧緻な筆使いで丹念に描きこまれた、地球の縁から流れ落ちる滝に転落しつつある4本マストの帆船の絵がかけてある。
その絵の下には、日本語に訳せば「だから、ゆーたやん」という意味の言葉が書いてある。

人間も赤ん坊のときからなんだかとても忙しそうだが、夢中になって走り回って、勉強して、恋をしたり、オカネが儲かったり、誰も見つけたことのない小さな真理を新しく発見して有頂天になったりしながら、奇妙な海図のなかをすすんで、最後には果てしない海原のどこかで航海を終える。
よく考えてみれば目的地に着いて寄港してしまった人は、そこでほんとうには一生は終わってしまったのである。

Donald Crowhurstの過ちは航海を自分の一生に資す道具であると思い込んでしまったことだった。
世界一周という航海を自分の名声と経済的成功への道具だと意識した瞬間から、彼にとっては航海は実行するのが不可能なほどの苦痛に満ちた重い労役に変わっていった。
Knox-Johnston卿がレースの賞金をDonald Crowhurstの未亡人と遺児たちに送ったのは、人間の悲惨の罠にはまってもがけばもがくほど身動きがとれなくなっていった、ひとりの苦闘する人間への、航海をするための道具として人間の一生を眺めるというまるで正反対の角度から一生をみつめて終始した冒険者からの挨拶であったのだと考える。

わしはDonald Crowhurstが電報を打って発表する航海記録を海の上でニュースとして聞いていたKnox-Johnston卿やBernard Moitessierが信じたことはいちどもないのではないかと思う。

「とても単純だが言葉によっては説明できない理由」が、トリマランのビジネスマンには、かけらも見あたらなかった。
そうして、そういうことどもというものは、怖ろしいことに、いつでも「手のひらにさすようにして」言葉によって説明できないものを共有するひとびとには判ってしまうものであるからです。

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2 Responses to 「とても単純だが言葉によっては説明できない理由」について

  1. 田鶴 says:

    もし少女時代にBernard氏のことを知り、そしてこの文章を読む機会があったら、私はどんなふうに読んだだろうと想像してみました。目眩がして混乱して、たぶん家を飛び出し、立派なノラとして短い生を終えただろうと思う。人の一生はなんて危ういんだろうーーー。

  2. masako says:

    私の「散歩」に、オットがいつも付いて来たがる理由がわかった気がしました。

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