Monthly Archives: April 2013

天使ではいられない午後

ドゥアラの街を歩いていると、人のよさげなおっちゃんが寄ってきて「仕事ないの?若いのに仕事しないのはよくないよ。いい仕事があるんだけど、やってみない」と言う。 これがキンシャサなら「サラマサラ!」なんちって話の終わりに親しげに肩をポンと叩くところだと思われるが、バントゥー語では「仕事しようぜ!」というのをなんというか知らない。 他のおおぜいの若い男たちとトラックに乗り込むと、なぜか工場は町から遙か離れたところにあって、なかなか着かないのだそーである。 何時間もバスに揺られて夜中に工場に着くと、その日から、一日十数時間という労働がはじまる。 監督の殴る蹴るは当たり前だと言うから、当たり前じゃないほうはどんな仕打ちなのか、あんまり考えたくないが、想像がつくような気がします。 日当は一日1ドルで、食べ物は動物の餌なみ。工場の経営者の中国人たちは武器をもって見張りに立っていて、トラックに乗って自発的に「ひとさらい」されてきたアフリカにーちゃんにも、ここに至って初めて、なぜ工場が「middle of nowhere」にあるか理由がのみこめた。 帰ろうにも街に帰れないから、です。 歩いて逃げようと思っても町まで数百キロの荒野には途中で飲める水すら手に入らないのだった。 アフリカ人と中国人の険悪な対立はアフリカ大陸中いたるところでみられる。 奴隷労働のいきつくところがアフリカ大陸だからで、アフリカの奴隷労働工場群から生み出される製品は当然日本を含めた先進国の国民の日用品として使われる。 たいていの場合は実際に製品がつくられた国の国名は伏せてあるよーだ。 最終組み立てを中国なら中国で行えば、なんの問題もなく「メイド・イン・チャイナ」でとおる。 なじみのイタリア料理店で、ふと思いついて、テーブルの傍らに立ってワインを注いでくれながら、モニとわしに向かって無茶苦茶おかしい冗談をぶっこきつづけていた店主に、「イタリアのトマト缶て、なんであんなに安いんだろう?」と聞いてみたことがある。 ほとんどなんの理由もなく、唐突な質問をするのは、自分では判らないが、わしの癖であるそーで、そのときも「イタリア料理を食べている→おいしいけどふたりで6万円は高いんじゃね?→そーゆえばイタリアの缶トマトって、安いよなあー」という、しょもない連想に拠ったものであるらしい。 店主の言葉は驚くべきものだった。 「あれはイタリアにいる中国人がイタリアの町で中国からイタリアに連れてきた中国人を低賃金で使ってつくってるんです。だからメイドインイタリイでひとつの缶60円で日本で売れる。中国製イタリアトマト。ははは。中国人て頭いいよね」 イタリア人の旦那さんパウ朗とイタリア息子と、ずうううっっとイタリアに住んでいて頭のなかがほぼ完全にイタリア化している我が友「すべりひゆ」(@portulaca01)に聞いてみると、話がやや異なる。 タンカーみたいな船に皮がひんむかれて缶の中身化した「イタリアトマト」が中国からイタリアに送られてくる。 それをイタリアで缶に詰めて、はい、いっちょあがり、堂々たる「FATTO IN ITALIA」の出来上がりなのだそーである。 テレビのドキュメンタリで何度も取り上げられて問題になっているそうだ。 SLAPP https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/07/16/slapps/ と言う。 そういう攻撃部隊を前衛にもって、ばしばし反対派の農家や団体、有名人たちを撃墜した「遺伝子工学食品ジャイアント」たちは、むかしむかし「あすこそ仏滅」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/11/07/あすこそ仏滅/ というブログ記事で書いたとおり、たった1エーカーの土地から5トンのとうもろこしを収穫する。 それを記事にも書いたとおり本来はとうもろこしは食べないはずの牛さんたちに無理矢理食べさせる。 シロップにして混ぜる。 「健康に最適」な全粒粉パンに混ぜる。 その結果、食品の価格は劇的に安くなって、外食にしても、ファミリーレストランのチェーンに行けば、物価の高いマンハッタンのどまんなかで、日本人ならふたりで食べてもまだ余りそうなランチコンボが$6で食べられる。 今日、おおくのビンボニンが食べていかれるのは、この「遺伝子工学食品」のおかげで、もし遺伝子工学がうみだした安価な食品がなければ、世界人口そのものが養えるわけはない。 われわれの生活の実態はアフリカや中国や東南アジア南アメリカの奴隷労働によってつくられた衣類や工業製品(100円ショップでどれほどのものが買えるか実見して、ぶっくらこいちまわないひとはいないだろう!)によって賄われている。 農耕馬よりも遙かにひどい条件でこきつかわれる奴隷工員がつくったものを罪悪感をもたないで身につけ、使うことができるのは、奴隷労働が見えない所で行われ、「存在しない」ことになっているからである。 日本でのTPPについての議論は的外れになってゆく一方であるように見えるが、それはどうでもよい。 面白いと思うのは「TPP後の日本」として論じられている社会が「日本人が考える西洋諸国」とぴったり重なっていることで、「日本人が考える」と頭につけざるをえないのは、スケアモンガリングというか、アメリカ人、ニュージーランド人やオーストラリア人がみたら、「ほたら、あんたらはわしらの国は地獄やと思うてまんのか」と言いたくなるていのものだからです。 へえええー、なるほどなああー、そういうふうに思うんだあ、と思いながら読んでいた「TPPに加盟したら、こんなに大変になる」という代表的な理由に … Continue reading

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返信3号

この数日、海は大時化で荒れてばかりだし、大雨は降るしで外に遊びに行かれなくてつまらない。 おまけに家のなかのひとはモニさんも小さい人も家を手伝ってくれるひとびとまで、みな風邪で、具合がわるいようだ。 元気なのは、わしひとりで「賢人は風邪をひかない」という諺は、ほんとうなのであると思われる。 ちょっとさぼっていたら、いきなり瓦解して、全然なにも読めひんやんというところまで落ちぶれていた日本語能力は復活して、本をちゃんと読めるところまではいかないが、短い文はちゃんととばさないで読めるようになったし、書く方は読むよりも常に楽なので、このくらい恢復すれば、日本戦後史くらいはでっちあげられそうな気がする。 書かないけど。 もう十全事業の日本文化征服計画に乗り出してから長いので、このもともとはゲームブログの初めからの読者のひとをふくめて、ガメ・オベールなるヘンタイな人と付き合うには、通常の10倍は忍耐心がないと付き合えないのを古いお友達はみな知っている。 自分で考えても、ツイッタで返事するのがめんどくさいとブロックしてしまうとか、コメントは、元記事よりも遙かにすぐれたものが多いのに、返信も書かないでほうっぽらかしであるとか、とんでもないというか、相変わらず無茶苦茶で、普通はこういう場合は「忙しかったので、すみません」と言い訳することになっているが、自他ともに認めるプーなので、忙しかったわけではありません。 コメントの返信をこれから書こうと思うが、新しいほうから書いていって、くたびれたら、そこでやめると思う。 この記事は返信だけなので、ふつーの人は読んでもおもろくないと思う。 *Rayどん、(黄土の影をめざして) https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/22/黄土の影めざして/ >ガメが禅のことをケーハクと言うのは、このことと関係してるのかな。 いや、あんまり関係がない。 禅については、そのうち記事にして書くと思いまする *megさん (明日のための移民講座その3) https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/20/明日のための移民講座(その3)/ >自分は今年の7月の参議院選挙が終わったら、もう海外移住は難しいんじゃないかと悲観しています。 もうすでに、今月から送金は厳しい状況ですが、海外への資金移動も渡航も、7月からは大幅な制限が加わって、若い人達は逃げられなくなるんじゃないかと予想しています。 日本は文明国であるはずなので、露骨な資金移動制限はできないはずだが、心配は理解できる。日本のひとの頭にはなかなか浮かばないようだが、それとは別に、留学にしても移住にしても、たとえばアメリカでいうと我が友josicoはん(@josico)がH1-Bビザが、5日で埋まってしまったと述べている。3年前は9月でも空いていたそうなので、移住熱、というか、ごく少数の国に人が集住する傾向は激化しているよーである。 ほんとはばらしちゃいけないのかも知れないが、留学にしても地域やグループ別にゲタや逆ゲタがあるのは常識で、中国の人や韓国の人がどんどん入ってくるので「東アジア人枠」は相当難しくなっているはずと思う。 オーストラリアやニュージーランドに至っては、もともと人口が少ないので、移民が一定数を超えると社会の側からの「いいかげんにするべ」圧力が強くなる。 特に異なる文化圏の移民は目立つので、「移民反対」を謳うバカ政党が突如支持率1位になったりする過去の苦い経験に鑑みて、移民コントロールが重大な政府の役割であるのは暗黙の了解になっている。 ニュージーランドで言えば、特にマオリ人が、自分達よりも東アジア人のほうが増えることを警戒して、内々の場では「もうアジア人はいらん」と声を強めていうようになってきた。 そういう「受けいれ側からの抵抗」の値もだんだん高くなってくるように見えます。 *tetsujinさま、(黄土の影をめざして) https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/22/黄土の影めざして/ このあいだから紀伊國屋書店の電子書籍店「Kinoppy」(なんという剽軽な名前だろう)で鉄人28号の販売が始まって、日本陸軍の最終兵器を研究中のわしは、全巻購入してしまった。お名前を見て、一瞬、鉄人がお礼を述べにきたのかと思いました。 >たくさんの記事を読みました。2008年や2009年のものも、もっと前の1970の表示があるものも、手当たり次第に開いては読んで、止まらなくなってしまった。 このブログ記事は、たいした理由もなく、めんどくさくなると削除していなくなるというとんでもないブログなので、「1970」とタイムスタンプがあるのは、多分はてなに載っけていた分で、バグで、1970年になっている。直そうとおもえば直せるが、なんとなくカッコイイので、そのままにしてありますw >やらなければいけない仕事があるのに。毎日、あっちこっち開いては読みふけっています。ガメ殿と関心が重なっているようだ。異論はほとんどない。 それは気の毒、というか、「tetsujin」さんは、危ない人なのではなかろーか(^^; わしはチョー危険思想の持ち主なので、そのうち神様が軍団を率いて攻めてくるのではないかと思っている。 あのひとの軍団はローテクなので、わしのハイテク装備に勝てるわけはないが、備えあれば憂いなし、銃のキャビネットのなかのライフルをときどき磨いておりまする。 あと、スリングショットも。 >「「インチキだけど信じている」日本のひとの不思議な信念の合唱が聞こえてくる。(November 20, 2009)」 これを、一般的に、というか日本人の特殊性としてではなく、人間の認知と行動の一つのありようとして、説明する、ということは私の関心でもあります。 日本語で書いているので、なんでもかんでも日本のことにしてありますが、仰る通りで、これも日本人に特殊な心性ではない。 人間の価値のなかには、人間がほんとうは信じていないものがたくさんある。 このことについては、まだたくさん考えることがあるので、これからも繰り返し記事に出てくると思います。 … Continue reading

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アベノミクスが開いたドアの向こう側

この数年間で日本の社会に起きた変化のうち最大のものは日本の支配層に「いままでのやりかたではダメだ」という認識が生まれてきたことだろう。 「そんなのあたりまえじゃん」という声が聞こえてきそうだが、それがあたりまえでないところが日本の日本たる由縁なのであると思われる。 「日本には日本のやりかたがある」が、おっちゃんたちの口癖で、多分、占領期間中、戦争に完敗した国として口にするよりも遙かにアメリカ人の泥靴で顔をぬかるみのなかで踏みつけにされるような目にあってきたことの反動ではないかと思うが、戦後の日本支配層は「日本の特殊性」「西洋人にはマネのできない日本人のやりかた」についてことあるごとに述べてきた。 「社員というものはね、金太郞飴のように誰に聞いても同じ意見をもっていなければダメなんです」と言って、わしを驚かせた人がいた。 日本では有名な大きな企業の社長で、いまでも、そう述べる血色の良い顔の後ろに並んだ「安岡正篤著作集」の背表紙まで思い浮かべることができる。 会社の意見を社員ひとりひとりに浸透させて誰に聞いても会社として統一された意見を自分の心からの意見として答えられるのではなければダメだ、とその老人は述べたのだったが、当時、まだ20歳にすぎなかったわしですら、「この老人はひょっとしたらほんもののバカなのではないだろうか」とマジメに考えた。 ツイッタにも書いたが、金太郞飴 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/59518/m0u/picture/0/ の切り口の顔をした何万人という社員が、奴服を着て、やっとこやっとこ、その会社の近代的な社屋の通路を歩いているところを想像して、ふきだすのをこらえるのに苦労した。 ずっとあとになって、日本ではITの旗手ということになってる会社の会議を傍聴する機会をもった。 具体的なことを書きすぎると都合がわるいので、ぼんやりごまかして書くが、 みなが日本語がわからないとおもいこんでいるガイジン(わしのことね)の前で繰り広げられた局長会議は驚くべき内容で、営業のボスが新事業を提案した他局の課長を怒鳴りつけている。 「営業は新しいものを売ってもなんの業績にもならないが、それについて古い取引先からクレームがついたら、それはおれのマイナスになるのを知ってるだろうが! おまえは、何のつもりで、こんなもん営業にもってきたんだ」と言って怒っている。 その転倒した理屈に驚いて、日本の「カイシャ」に通じている義理叔父に訊いてみると、「そうよ。日本の会社、減点制だもん」とあっさり言うので驚いてしまった。 村上憲郎(@noriomurakami)は明らかにエネルギー問題で自分にやれることは全部やろうと決意して「なにもしないためならなんでもする」公務員や旧態依然の体質の電力会社と話し合いを重ねて電力の発送分離その他エネルギー業界に参入者を増やして競争原理を導入するために、めだたないところで、たいへんな忍耐がいる作業を繰り返しているが、 ときどきツイッタ上に浮上してくるやりとりを見ていると、のれんに腕を呑まれそう、というか、気の短い村上憲郎の寿命が縮みそうなやりとりが続いていて、「日本は特殊な社会だから」の泥沼がいかに深いかがうかがわれる。 日本のやりかた、日本のやりかた、やっとこやっとこ、と金太郞飴のように同じことを異口同音に合唱しているうちに、しかし、旧態依然の姿を世界の市場に見限られた日本は、そこまでは天井から降ってきていた税収はどんどん落ちて、しまいには借金もほぼ限界に達してしまった。 放漫経営の中小企業が意外に土壇場の倒産の危機に強いのは、マンガ的だが、「ムダなオカネ」があちこちの隙間で遊泳していたり眠っていたりするからである。 わしが直接しっている最も可笑しい例は、Kさんという義理叔父の会社の社員だった人の会社で、そもそもそんなことを支払い一ヶ月前に気が付いて青くなるのがKさんらしいが、支払いの直前になって、支払いにあてる現金が1億2千万円ほど足りないことに気が付いた。 銀行からの借金の枠もいっぱいなので万策つきてしまった。 義理叔父の実家にあらわれて「えー、わたしもこれでついに終わりですから、よろしくお伝え下さい」と、妙に殊勝な挨拶をしにきたそーです。 義理叔父にはおもいあたることがあったとみえる。 「おまえ、会社にいって経理とか自分で見てきたほうがいいぞ」と言われて、Kさんは本社に行って自分で調べてまわった。 出してなかった請求が1億円ちょっとあったそーでした(^^; ついでにアンテナショップのようにして出していた小売部門の統括店長だかなんだかが、8千万円くらい横領しているのもわかった。 いわば引き出しのなかに眠っていたオカネで倒産の危機を免れたわけだが、日本の政府がこの2、3年にやっていたことは、この自分でも「あんまりだらしがないので驚いた」と述べていたKさんの会社と原理的に同じことをやっていたのだと思われる。 細かいほうで言えば分け取り放題だったタクシーチケットに制限を設けるとか、8億円の予算のところを、ややぼんやりした明細にして7億4千万円が8億円にみえるようにしておくとか、そういう「余裕をもたせる」という「余裕」をしぼることによって凌いできた。 予算のだしもとはだしもとで、ほぼ同じ「濡れタオルしぼり法」でかなり凌いだ。 それじゃ汚職ではないか!役人は汚い!と怒る人がいるだろうが、しかし、正直に述べて「仕事をすすめる」ということは、なんとなくドサクサした状態をつくって、上や下の目を盗んでさっさとやってしまわなければ現実の仕事はこなせない。 社会の足下から頭のてっぺんまでデタラメな連合王国のようなところでは特に、この呼吸がのみこめなければ、成果が残りそうな仕事は何もできるわけがない。 冷菜凍死家であるわしがスプレッドシートを、カウチでごろごろしながら眺めているときに何を見ているのかというと、そういうことが、ひとつの事業体のなかで、どんなふうに、誰が行っているのかを数字から読んでいっている。 冷菜凍死という仕事のささやかな楽しみでもある。 民主党がチョーばかなことばかりやっているように見えたのは、「役人の意地悪」もおおかったのが、外国人であるわしにも、かなり簡単にみてとれた。 特に鳩山政権においてそうだったと思う。 一方では役人には役人の都合があって、なにしろ「もうカネがない」という、こればかりは古今未曾有未体験の事態になってしまったので、政権そのものは、政党として借金ダルマになって、なさけないことに銀行から婉曲に恐喝されるところまでおちぶれた自民党を、なんとかまた政権党にするとして、日本を運転するオカネがもうない。 残っている方法は、個々の日本人が貯め込んだ個人のオカネをうまく政府の側のクレジットに変換してしまうことで、「アベノミクス」とは、要するにそのための魔術であると思われる。 「魔術」というと、なんだか政府と日銀がぐるになってずるいことをやっているみたいだが、選択肢が他にあるぶんには国民が歴史を遡って駆け下って再びドビンボになる道を開いたという点で「ずる」と言えるだろうが、公平に言って、もうこの段階に至っては裏庭のヘッジホッグが経済・財政政策を決めても、銭洗い弁天の神様が談合して決めても、ほかにはもう方法がない。 個人からいうと、アベノミクスは戦争中の「供出」にたいへんよく似ている。 お国が戦争を遂行するためのカネと鉄鋼がなくなったので、鍋や釜、指輪からなにから鉄や金目のものをお国にさしだすことになった。 支配層の側の理屈は、「たしかにわれわれがあなたたちのカネをもらうことにはなるが、これによって儲かれば、それは結局あなたがた個人に還元されるのだから」ということでしょう。 … Continue reading

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黄土の影めざして

中国で「何か」が起きているのはニュージーランドやオーストラリアに住んでいると普通にわかる。 ものすごい勢いで中国のオカネが流入してくるからで、この2年ほどずっと続いている。 わしが住んでいる家のまわりでも5ミリオン(4億2千万円)というような家が売りに出されて3日で売れてしまう。 5ミリオンでも8ミリオンでも家なのだから普通でも売れるには売れるが、3日で売れるのは普通とは言えない。 知り合いの不動産会社のおっちゃんに聞いてみるとチューゴクの人、ということだった。 最近はやや下火になってきたと思うがイギリス圏には「ビジネスブローカー」という商売がある。 あるひとが身ひとつで「逸風堂」なるラーメン屋を始めて、だんだん名前が知れ渡ってくる。 売れるようになって支店をつくり、支店をつくるという、どんなレストランにとっても経営上の最も難しい試練のひとつもうまくこなして押しもおされもせぬ名前の「銘店」となりマンハッタンのユニオンスクエアの近くにまで店を出して、ここでも流行する。 するとたとえばニュージーランド人が店を始めたのだとすると、往々にして、この「逸風堂」そのものを名前から取引先とのつながりからいっさいがっさいひっくるめて第三者に売ってしまう。 本人はたいてい地中海やなんかに別荘を買って遊びほうけて暮らします。 日本でも1993年だかに営業権の売買が認められたはずで、うろおぼえだが信用組合系のベンチャーキャピタルだかなんだかビジネスブローカーをしているはずだが、なぜかうまくいっていない。 歴史がないからかもしれないし、「名前を買う」のがピンとこないのかもしれない。 あちこちの国の、このビジネスブローカーのおっちゃんたちと話をしていると、この分野でも中国人の買い手が圧倒的だそうです。 オークランドのCBD(Central Business District)に「That’s Amore」 (それが愛なのよ)という有名なピザ屋があるが、このあいだ出かけてみると、店内が妙にこざっぱりして東銀座の裏通りのピザ屋っぽくなっている。 ウエイトレスや厨房もアジアの人である。 味はまあまあ変わっていないが、やや突出した「えぐい」感じが減少して公約数ぽくなっている。 イタリア人の友達と会ったときに、「That’s Amore」の話をしたら、「ああ、あのXXはオーストラリアに行ったのよ」と、さすがはコミュニティサイズの小さなイタリア人たちで、なにがどうなったか詳細に知っていた。 ピザ作りが上手な陽気なイタリア人おっちゃんXXは、やはり中国の人たちにビジネス全体を売ったのだという。 あるいはシンガポール人たちがやってきて、「中国からやってきた大旦那」たちがいかに景気がいいか話をしている。 経営投資の話をしているのに、不動産をみせろとあまりにうるさいのでセントーサの新しい豪華マンションをみせた。 いくらだ?と聞くので、「40ミル」(320億円)というと、目をまるくしている。 いくら中国が儲かっていると言っても、さすがにびっくりしちゃったでしょ、ふっふっふ、と思っていたら、「安い! そんなに安いんだったら、娘のぶんとふたつ買いたいから世話してくれ」と言われたそーである。 しかし、この話をしたシンガポール人のAも、「あれは、儲かっているというより脱出準備、とかそういう感じだよね」と述べていた。 なんだか、とにかく、なんでもいいから国の外にカネを逃がしたいという感じだった。 飽きもせずにもうひとつ例を挙げると、ラスベガスとフェニックスは不動産市場がいったん瓦解したので世界中から「住居用不動産投資」のひとびとが群がっている。 全体に価格が3/10くらいになって、一億円の家は3000万円、もともとが3000万円の家は、どうかすると600万円とかで売りに出されるので、「お買い得」なのね。 わしもモニとおもしろがって出かけたのはこのブログ記事にも書いた https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/08/03/up-2-u/ ラスベガスは、狭義の都市人口だけをみていると気が付かないが、ラスベガス郊外を含めると、なにしろ1980年代には30万人しかなかった人口がいまは250万人あるという人口爆発が起きた都市圏なので、ほんの少しの人口変動が巨大な市場変化を生み出してしまう。 ところがこのタイプの変化では家賃は不動産価格ほど変動しないのが常なので、こういう場所には必ずオカネもちが「わっ」と群がる。 モニとわしは、いたあいだがたまたま無茶苦茶暑かった(摂氏46度)ので、ちょっとくらい見て歩こうかなあー、と思っていた気持ちもどっかへ行ってしまって、あまりのコンジョのなさに呼んであったアメリカ人不動産会社シャチョーの友達も笑っていたが、この夫婦によると、やはり中国のひとびとが、どわあああああ、と高級住宅を買い占めていったそうでした。 中国では何が起きているのだろう? と考える。 レポートを読んで推測がつくことはあるが、ここに書くことではないし、 なんだかレポートからわかること以上のことが潜在しているような気がする。 こういうことは日本語でしか書けないが、繁栄への反応として何かがひどく「不自然」であるようにみえる。 … Continue reading

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明日のための移民講座(その3)

3回目は日本から他の国への移民について書くつもりだったが、考えてみるとわしには必要な知識がない(^^;) この頃は移民するにもTOEFLやIELTSで一定の得点をあげることが必須も必須、ヒッスッスだが、わしはそういう「英語試験」も受けたことがない。 受けると300点とかで、国語がんばろーになるのかも知れないが、ああいうものは国の知的水準が外にばれると困るのでアメリカもイギリスも国内の人間には受けさせないことになっている。 それが証拠にオーストラリアは「オーストラリアについて移民が最低限知っているべきことについてのテスト」というチョーばかなテストを移民希望者に課していたが、試しにオーストラリア人に解かせてみたら半分くらいは不合格だった。 行ったり来たりしていてももともと生まれたのは北のはての国なので移民に必要な知識がありそうなもので、自分でもそう思い込んでいたが、どうもそういうものでもないらしい。 まず子供の頃から毎年ニュージーランドの夏に来ていたが、そもそも言語が同じで、「ニュージーランドの人って、なんでばーちゃんの世代の英語で話してるんだ?」という程度の違いしかなくて、Rの音がぐわあらんぐわあらんと響くアメリカ合衆国にいるときの半分も英語の差異を意識しなかった。 習俗も同じで、なによりニュージーランド人の側にわしを同族であるとみなす傾向が強かったせいであると思う。 とーちゃんとかーちゃんが(南島に較べればいろいろな文化圏の人が当時からいた)オークランドに家を買えば、別であったかもしれないが、わしガキの頃はもともとマオリ人が極端に少ないクライストチャーチである上に、東アジアの人も会う機会はなく、インドの人に至っては町なかでみかけるということすらなかった。 イギリスでも当時はヨークの町ですら「まっしろ」で、異文化のかけらもなくて、連合王国も、どれもこれも似たようなアングロサクソン人だらけの退屈な国だったが、ニュージーランドも同じで、いま振り返ると世界中の国が争って少しでも優秀な技量をもつ移民を大量に受けいれようと競争を始める直前の時期だったのだと思います。 だからどちらかというと2万キロを旅して国内旅行をしているような、なんだかヘンな感じだった。 そのうちにわしガキはガキであるのにニュージーランドのさびれかたが気に入って、見渡す限り人工物のない荒れ地をひとりで徒歩であるいは馬に乗ってずんずん歩いていたりするのが好きになっていった。 そこで目下アメリカのマンハッタンに住んでいる義理叔父やトーダイおじさんたちの一部係累など、知っているひとびとに折りにふれて聞いておいたことや、あるいはニュージーランドの土着民の視点から見た「移民してきた日本のひとの姿」などをくわえて、マニュアルに近いものが出来ればいいかなあー、と思いまする。 前にも書いたが、「うーむ、これはもうあかんな。あのおやじの汚れた耳タボを見よ、あのおばちゃんの意地悪げな一瞥をみよ、日本はやばいかしれん。年金とかも払うだけでもどってこないんちゃうか。なんでわしが見知らぬじーちゃんやばーちゃんを養わねばならんねん。第一、そういうじじばばって、おいらがコンビニでバイトしてたときに釣り銭まちがえただけでキレやがって怒鳴りちらしてたのと同じやつだろ?」ときみが考えて、ここに至りては是非もなし、日本からとんずらこいちまうべ、と考えた場合には、ワーキングホリデービザを頼るのが最もよい。 http://www.jawhm.or.jp/ 一応、このフロントページの右側に国旗が並んでいる国々に対する英語人の一般的なチョー無責任な評を書いておくと、 1 オーストラリア 人間が荒っぽくてアグレッシブである。 喧嘩っ早いというか、モニとわしがボンダイビーチ(海辺の原宿っちゅう感じのチャライ町です。ファッションモデル・女優・俳優及びそれになりたい人が夏にはいっぱい集まる)のカフェの通りに出たテーブルで昼食を摂っていると、おばちゃんがふたりで大声で怒鳴り合って喧嘩を始める。 「今度、わたしの家に一歩でも踏み込んだら、ナイフで切り刻んでミンチにしてやるからそう思え」 「あんたこそ、今度わたしに町で会ったら、そのときが人生の最後のときになるのをおぼえておけ」 というような、凄まじい応酬で、しまいには胸ぐらをとりあいだしたので、わしが「ごはんがまずくなるからね、ね」とゆって、ふたりにお願いして、通りの向こうにひきずってゆかねばならなかった。 あるいはモニとふたりで最後にシドニーに滞在したときには、日曜日の原っぱで遊んでいたら息子の後頭部にサッカーボールがあたった父親が激昂してサッカーのボールを蹴ったおっさんにボールを乱暴に蹴り返す。それをきっかけに周りのおとなを巻き込んで40人の乱闘になって、ひとりが死亡して数人が重傷を負う惨事になった。 もうひとつネガティブなことを書くと、店員その他のサービスの質が極端に悪い。 わしなどは、オーストラリアのビザカードから5年前の請求が来たことがある。 もっとヘンなのは、ロンドンの家にオーストラリアのアメックスから「あなたはオカネを使いすぎです。ついては、もっと節制するように」という全然わけがわからない手紙が届いたこともある。 両方とも電話をして、アホか、と述べて、ゼネラルマネージャーとかなんとか言う人から正式の謝罪のお手紙をもらったが、サービスの質の圧倒的な低さを世界に誇るロンドンでも、こんなことは滅多に起こらないので、オーストラリアは先進的だのお、と感心してしまった。 良い方は、オーストラリア人は見栄っ張りが少ない。 話もまっすぐで、のんびりしている。 知らない人と仲良くなるのが簡単で、国全体が豊かである。 ごく自然に親切で、評判どおりのおおらかさである。 競争がゆるいので、あんまりがんばらなくても食べていけます。 自然が美しい国で、特に砂漠が素晴らしい。 わしの知り合いの連合王国のおばちゃんは、この砂漠のまんなかにでかけて数週間を過ごすのが好きなばっかりにオーストラリアにいついてしまった。 わしも、あの赤い砂漠に匹敵する自然の美しさは、この世界にはないのではなかろーか、と思うことがある。 「雄大な景色」が好きなひとは、よくグランドキャニオンに行って人生が変わった、というが、グランドキャニオンくらいで人生が変わるのならオーストラリアの青山、ブルーマウンテン に行くと、人生が爆発して、一生など、どーでもよくなるのだと思われる。 …と書いていこうと思ったが、この調子で書いていくと記事がそのまま本の長さになりそうなので、やめる。 そんなええかげんな、と思うかもしれないが、ええかげんなのはこのブログ記事のテーマのごときものであるから、我慢してもらわねば困ります。 ビンボくさい言い方を思い切って採用するとワーキングホリデービザは日本のパスポートを持てる人の一種の特権のようなものなので、(どうもこういう言い方はかっこわるいが)手にした特権を使うにしくはない。 自分が日本人で21歳とかだったら、ここに並んでいる国のうちのどれにするかなあー、と思って眺めて考えると、台湾にするのではないかと思われるが、 … Continue reading

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奪われた責任

ボストンマラソンのゴールに圧力釜に黒色火薬を詰めた原始的な爆弾を置いていった人間は(この記事を書いている時点で)まだつかまっていない。 この爆弾のそばに立っていた8歳の男の子は爆弾によって殺され妹は片足を切断された。 やりきれない、と感じて世界中の人がその持って行き所のない気持ちをSNSに書いた。 ふだんは、そーゆーことに縁がないわしも、やっとれん、と述べないわけにはいかなかった。 ふたりの人(この場合日本語ツイッタに対してなので当然日本のひとだが)が、「それはそうだが中東でアメリカが子供を殺していることを考えると率直に悲しめない」という趣旨のことを話しかけてきた。 あとでわかったことだが、アルファブロガーというような人も含めて日本語の世界では「だって中東やアフガニスタンでアメリカ人も子供を殺しているではないか」 「子供が死んだのは気の毒だがアメリカ人が世界中でやっていることをみれば自業自得だと思う」という意見が多かった。 ざっと見渡して、アメリカ人がひとりでも死ねば大喜びのひともおおいムスリム人と日本人におおかった。 わしはその日本のひとびとの反応を観て「病んでいる」(sickの訳のつもり)と感じたが、そう感じるのがなぜなのかわからないので、こうやって記事を書いているのだと思います。 ボストンのムスリム人たちが人間として衝撃をうけ、自分達への偏見がなければ被害に遭ったひとたちを助けたい気持ちをBBCだかCNNだかの動画で述べていたが、世界中のあちこちではアメリカ人が死んだことで小躍りして喜んでいるムスリム人がいることは容易に想像がつく。 ところが、こっちは、凄惨な感じはしても「病んでいる」とは感じない。 わしのゲール語の先生は、ずいぶん仲が良くなった頃、庭の芝生の上で紅茶を飲みながら自分の国アイルランドと連合王国の関係を述べながら、ふとした調子で、「兄はイギリス人を5人殺した」と言う。 わしがびっくりして見つめていると、「ガメには言っておきたいと思っていたのよ」 「弟も2人殺した」 「IRAのメンバーだったの」 しかしわしは、そのときも怒りや、ましてFというゲール人の神様の名前が付いたアイルランド人の先生を「病んでいる」とは思わなかった。 極端ないいかたをすれば、そういうこともあるだろう、と思っただけだった。 あるいは、子供のときに、いまから振り返るとほんとうの動画だったかどうか怪しい感じがする、地下鉄の構内で阪神大震災のニューズが流れたとたんに大喜びするソウルのひとびとの動画がテレビで流れたとき、わしは画面のなかの列島人の上にふりかかった災厄に喜色満面の半島人たちを眺めながら、半島人たちはひどく「病んでいる」と考えた。 むかし上海人の留学生と酒を飲んで遊んでいるときに、日本の人は第二次世界大戦を欧米人に対するアジア人代表としての日本人の闘いだったと考えるのが好きみたい、と言ったら、この優秀な頭脳をもっているので知られていた中国人は「人種差別主義キチガイのヒットラーの尻馬に乗って中国人を殺して歩いただけのくせになにをいってるんだ」と吐き捨てるように述べた。 わしはいまよりも更にバカで、いまよりももっとアジアの歴史などはわかっていない頃なので、そー言われてみればそーだな、というようなことを言うと、そのひとは「日本人は都合がいいときには黄色い西洋人になって、また都合が変わるとアジア人になるんだよ。評判通り器用なやつらだとはおもわないか、ガメ」と言って、笑った。 それから、気が付いたように表情をあらためて、ぼくはアジア人としてこの国に来ている。きみは人間が聡明だから気が付いているだろうが、ぼくは西洋と西洋人というものがたまらないくらい嫌いなんだよ。でも個人の友情というものはいつだって別なんだ、と言う。 「個人の友情」と「西洋人への嫌悪」は、どういう場合ならうまく区別できるだろうか、と考えたのでその夜のことをおぼえている。 「子供の死」というようなニューズを聞いたときに、われわれは考えてから悲しむわけではない。 そういう言い方をすれば、わしなどは、まだ一生を経験することを始めてすらいない「小さな人間」が訳もわからず、世界についての要約すら頭にはいらないうちにぶち殺されてしまう、という圧倒的な事実に、ちょうど爆風にふきとばされた人に似た気持ちになる。 「考える」というようなことは適わなくて、脳震盪を起こしたひとのようにぼおっとしているだけである。 脳震盪を起こさずに自分が直接の被害者あるいは加害者でない限り個人の深い部分の問題ではありえない観念としての「政治」というものが介在できる魂のありかたを「病んでいる」と感じるのではないか。 ものの受け取り方として、個人の死を国家である「アメリカ」の自業自得と述べ立てられるちょっと非現実的な感じがするほどの人間性に対する鈍感さに立脚した理屈の上に立つ、その相手の場所に寄り添って立ってみても、日本はアメリカの最も忠実な同盟国で、片務同盟という日本には都合のよい形式であはあっても、日本こそが、例えば第一次湾岸戦争ではアメリカの後ろに立ってアメリカ軍が費やすオカネのほとんどすべてを賄う、日本の人の言い方で言えば「中東人虐殺」の「大旦那」だったのは、当の中東人が誰よりもよく知っている。 ひどい言い方をすると悪党の首領の一の手先として働きながら、首領が夜中に襲われて村民が夜陰に乗じて一矢を報いると、「やっぱり悪党のなれのはては哀れなものだろう」としたり顔で述べている小悪党のように見えなくもない。 だんだん考えていくと、日本のひとはいまや「自分がどこに立っているかわかっていない」のではないだろうか、という疑問が起きてくる。 日本はアメリカのアジアにおける第一同盟者で、中国に向かってガンをとばしまくっても(つい数年前はこう言っても笑われるだけだったが)中国が攻めてこないのは、アメリカが日本の横に巨大な筋肉を誇示して立っているからである。 前にブログ記事でもツイッタでも何度も書いたように「沖縄の悲劇」と他人事のようなことをいって「おかわいそうに」と言うが沖縄は日本そのものでしかない。 自分で自分をおかわいそうにというバカはいない。 鳩山首相が考えたことを実際に実行していれば日本は滅びただろうが、日本の人が自分の頭の悪さと鈍感さを疑われずに「アメリカ人の子供が死んだのはかわいそうだが自業自得だろう」と言いたければ、あのオオガネモチの息子が最終の目的としていただろうように、アメリカとの軍事同盟をいさぎよく捨てて、国家としてひとりで中国と向き合わなければならないはずである。 原子力発電所がぶっとんでしまった国に住んでいる人間として、日本のひとが「放射能がこわい」「大丈夫と言われても信用できない」「子供の給食が安全だと思えないから食べさせるわけにはいかない」と述べるのは、いかに秀才の科学者から見てうすらバカに見えたとしても当然の反応で、そういう用語を使いたければ「権利」でもある。 怖がり方が科学的だろうが非科学的だろうがおおきなお世話で、わしが日本人なら日本の科学者という連中はどうして頼まれもしないのに自分で発見したのですらない、受け売りの、くだらない知識を披露したがる鬱陶しいマヌケの集まりなのだろうと考えて、クレメンス8世の怒りの正当性について思いを巡らしたのではないかと思われる(^^) 日本では不可解な理由で蹴散らされ逼塞した「放射能がこわい」ひとびとから蹴散らしたがわの科学者のほうに目を転じると、ぜんぜん訳がわからない、といえばいいのか、科学者と称しているひとたちが、専門とはなんの関係もない放射性物質の影響について、したり顔で述べている。 口吻を観察していると、ひょっとすると日本の大学の生協には「難しげな用語をふりかざして素人を恐れ入らせる話術」というタイトルのハウトゥーブックスかなんかあるのか、と疑うような口調です。 同じ「医者」だからという理由で頭が痛いからといって泌尿器科をめざす人間はいないが、放射能について統計物理学者が権威じみた口調で「素人」に鞭をふるうのはみなが当然と思う社会が、この世界にはある。 わしはときどき日本の人が「自分がどこに立っているか」わからなくなってしまったのは、責任というものを奪われてしまったからではないか、と考えることがある。 日本人は、責任をとる、ということを社会によって禁じられた国民として近代を過ごしてきた。 … Continue reading

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抱き合うひとびと

日本語で書いているのだから日本のことを書こうと思っている。 日本語で欧州のことを書いても自分で読んでみてなんだか日本語が邪魔で欧州の話であるような気がしないし、英語でイタリアのことを書くくらいでも難しいのに日本語でアメリカのことを書いたりするのは隔たりがおおきすぎてなんだか曲芸的な感じがする。 いつもはそう思っているが今日はどうしてもニュージーランドのことを書きたい。 とうとうニュージーランドでも同性婚が認められたからです。 http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10878223 この日ニュージーランドでは、この記事の写真のRobyn PatersonとPaula Boockのように、いままでの一生で最も幸福な笑顔を浮かべて同性の恋人と抱き合って過ごしたひとがたくさんいた。 このひとたちの笑顔を、テレビで見つめながら、モニとわしも涙を浮かべて、ここまでやってくるためのニュージーランド人たちの長い道のりについて考えた。 ニュージーランドは英語国のなかでも元来が最も保守的な国なのでさまざまな偏見がある。 ポリネシア人やマオリ人はなまけもので東アジア人は不正直でずるばかりする。 では欧州人(ニュージーランドのコーカシアンは自分達を(やや滑稽なことに)「ヨーロピアン」と呼ぶ)の欠点はなんだろう、と誰かが述べて、「優越意識」と他の声が答えて自棄的頽廃的な笑いに沈む(^^;) それでもひとつひとつ乗り越えてきた。 どんな国からも遠く離れているのと孤立している国としては人口が極端に少ないのとで「一緒に手をとりあってやっていくほかないじゃないか」という気持ちが強いからだと思う。 中国人たちは、どうしてあんなに自分勝手なんだ? インド人の男たちの、あの怠け者のくせに偉そうな態度はどうにかならないのか? ムスリム人の女たちが集団でブルカをかぶっているのをみていると気分が悪くなる。 他の国なら公の場で口にだすだけで問題になることを口々に愚痴りながら、でも「おかしいだろ?おまえのやってることは」「どうにもわからんわ」と言い合いをしているうちに、なんとかお互いがおぼろげにながら理解できるようになってきた。 ボート友達のピーターは、54歳で警官、元は海軍の水兵だった。 小さな駆逐艦で世界中を航海した。 呉にも横須賀にも行ったことがある。 台湾では、両足にでっかくカッコイイ、オールヌードのねーちんのタトゥーをいれた。(青い線がちょっとぼけているが) 「海の男」で、海の男であるからには「海の人間」の世界は有名なマリーナの名門クラブは相変わらず女びとが入れないのでわかるとおり、いわゆる「マッチョ」な世界のひとです。 息子はBという古風な名前が付いた、長身のやさしげな、しかし芯の強い人です。 ニュージーランドの高校を出てアメリカのフィラデルフィアへ行った。 帰ってきたときには、ピーターの親友のアメリカ人夫妻の娘と結婚して一緒だった。 ところがBがほんとうに好きだったのはアメリカ人夫妻の息子のほうで、不自然な生活に耐えられなかったBと夫妻の息子は家を出て、ふたりで暮らしはじめた。 ピーターといえども現代の父親なので言葉にして失意を述べたりはしないが、父親たちの「息子話」になると、やや淋しそうな顔をする。 自分が見たかった息子の暮らしぶりとは随分ちがってしまったのが見てとれる。 ピーターの娘のアナとぼくとが、目の前で同性の恋人と笑っているBをからかって、「Bは、もう、ムウウウウチョ・ゲイだからな」「笑い方がゲイだし」「だいたい、おにーちゃんはガメの尻をみてるときの目がもうゲイだもん」、ぶはははは、と笑っていて、ふと気が付くと隣のラウンジから淋しそうな目でこっちを見ているピーターに気が付いてアナとふたりで「しまった」と思う事があった。 Bの例を挙げたのは、ニュージーランドではゲイのカップルは当たり前だと言っても、まだまだゲイの人びとの前で礼儀正しくしているだけのひとがたくさんいることを述べたかったからで、同性のカップルは不自然だと考えている人は、感覚的に言って全体の人口の3分の1くらいもいるのではないだろうか。 女と女のカップルになると、もしかすると半分以上の人間が不自然どころか不道徳と感じているのかもしれません。 なにを反映してなのかは考えたことがないからわからないが、「西洋の国」と一般化してよいと思う、西洋の国では男同士のカップルに較べて女同士のカップルへの反撥は比較にならないほど強い。 ずっとむかし、ぼくが10歳くらいのことだったと思う。 サンフランシスコのウエスティン・サン・フランシスという古ぼけてボロイでも一流ということになっているホテルのロビーで父親を待っていたら、バーのカウンターにひとりで、いかにも心細げに座っている綺麗な若い女の人がいた。 時計を何度も観ている。 だいぶん離れたところにいるぼくの場所まで、華やいだ香りが流れてきそうな感じがするほど美しい人で、子供のことだから、ぼんやりした憧れだが、世の中には、あんなに美しい人がいるのか、とおもうほど綺麗な人だった。 小太りの女の人がはいってきて、その美しい人をみつけると、駆け寄るように近寄って、花束を渡して、恋人同士のキスを始めた。 ふたりの女のひとの頬には涙が流れていた。 女のひと同士のカップルが公の場で、それほど感情を爆発させて抱擁しあうのをみたことがなかったので、子供のぼくはびっくりして見つめていたが、同時に、(その頃から「ガメは大人のように観察する」と気味悪がる人がいたが)バーのなかのアメリカの男達が同性のカップルを眺める、怒りを抑えきれない、とでも言うような、憎悪と憤怒のこもった視線を投げているのに気が付いて「怖い」と感じた。 … Continue reading

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