抱き合うひとびと

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日本語で書いているのだから日本のことを書こうと思っている。
日本語で欧州のことを書いても自分で読んでみてなんだか日本語が邪魔で欧州の話であるような気がしないし、英語でイタリアのことを書くくらいでも難しいのに日本語でアメリカのことを書いたりするのは隔たりがおおきすぎてなんだか曲芸的な感じがする。

いつもはそう思っているが今日はどうしてもニュージーランドのことを書きたい。
とうとうニュージーランドでも同性婚が認められたからです。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10878223

この日ニュージーランドでは、この記事の写真のRobyn PatersonとPaula Boockのように、いままでの一生で最も幸福な笑顔を浮かべて同性の恋人と抱き合って過ごしたひとがたくさんいた。
このひとたちの笑顔を、テレビで見つめながら、モニとわしも涙を浮かべて、ここまでやってくるためのニュージーランド人たちの長い道のりについて考えた。

ニュージーランドは英語国のなかでも元来が最も保守的な国なのでさまざまな偏見がある。
ポリネシア人やマオリ人はなまけもので東アジア人は不正直でずるばかりする。
では欧州人(ニュージーランドのコーカシアンは自分達を(やや滑稽なことに)「ヨーロピアン」と呼ぶ)の欠点はなんだろう、と誰かが述べて、「優越意識」と他の声が答えて自棄的頽廃的な笑いに沈む(^^;)

それでもひとつひとつ乗り越えてきた。
どんな国からも遠く離れているのと孤立している国としては人口が極端に少ないのとで「一緒に手をとりあってやっていくほかないじゃないか」という気持ちが強いからだと思う。
中国人たちは、どうしてあんなに自分勝手なんだ?
インド人の男たちの、あの怠け者のくせに偉そうな態度はどうにかならないのか?
ムスリム人の女たちが集団でブルカをかぶっているのをみていると気分が悪くなる。
他の国なら公の場で口にだすだけで問題になることを口々に愚痴りながら、でも「おかしいだろ?おまえのやってることは」「どうにもわからんわ」と言い合いをしているうちに、なんとかお互いがおぼろげにながら理解できるようになってきた。

ボート友達のピーターは、54歳で警官、元は海軍の水兵だった。
小さな駆逐艦で世界中を航海した。
呉にも横須賀にも行ったことがある。
台湾では、両足にでっかくカッコイイ、オールヌードのねーちんのタトゥーをいれた。(青い線がちょっとぼけているが)
「海の男」で、海の男であるからには「海の人間」の世界は有名なマリーナの名門クラブは相変わらず女びとが入れないのでわかるとおり、いわゆる「マッチョ」な世界のひとです。

息子はBという古風な名前が付いた、長身のやさしげな、しかし芯の強い人です。
ニュージーランドの高校を出てアメリカのフィラデルフィアへ行った。
帰ってきたときには、ピーターの親友のアメリカ人夫妻の娘と結婚して一緒だった。
ところがBがほんとうに好きだったのはアメリカ人夫妻の息子のほうで、不自然な生活に耐えられなかったBと夫妻の息子は家を出て、ふたりで暮らしはじめた。

ピーターといえども現代の父親なので言葉にして失意を述べたりはしないが、父親たちの「息子話」になると、やや淋しそうな顔をする。
自分が見たかった息子の暮らしぶりとは随分ちがってしまったのが見てとれる。

ピーターの娘のアナとぼくとが、目の前で同性の恋人と笑っているBをからかって、「Bは、もう、ムウウウウチョ・ゲイだからな」「笑い方がゲイだし」「だいたい、おにーちゃんはガメの尻をみてるときの目がもうゲイだもん」、ぶはははは、と笑っていて、ふと気が付くと隣のラウンジから淋しそうな目でこっちを見ているピーターに気が付いてアナとふたりで「しまった」と思う事があった。

Bの例を挙げたのは、ニュージーランドではゲイのカップルは当たり前だと言っても、まだまだゲイの人びとの前で礼儀正しくしているだけのひとがたくさんいることを述べたかったからで、同性のカップルは不自然だと考えている人は、感覚的に言って全体の人口の3分の1くらいもいるのではないだろうか。
女と女のカップルになると、もしかすると半分以上の人間が不自然どころか不道徳と感じているのかもしれません。
なにを反映してなのかは考えたことがないからわからないが、「西洋の国」と一般化してよいと思う、西洋の国では男同士のカップルに較べて女同士のカップルへの反撥は比較にならないほど強い。

ずっとむかし、ぼくが10歳くらいのことだったと思う。
サンフランシスコのウエスティン・サン・フランシスという古ぼけてボロイでも一流ということになっているホテルのロビーで父親を待っていたら、バーのカウンターにひとりで、いかにも心細げに座っている綺麗な若い女の人がいた。
時計を何度も観ている。
だいぶん離れたところにいるぼくの場所まで、華やいだ香りが流れてきそうな感じがするほど美しい人で、子供のことだから、ぼんやりした憧れだが、世の中には、あんなに美しい人がいるのか、とおもうほど綺麗な人だった。

小太りの女の人がはいってきて、その美しい人をみつけると、駆け寄るように近寄って、花束を渡して、恋人同士のキスを始めた。
ふたりの女のひとの頬には涙が流れていた。
女のひと同士のカップルが公の場で、それほど感情を爆発させて抱擁しあうのをみたことがなかったので、子供のぼくはびっくりして見つめていたが、同時に、(その頃から「ガメは大人のように観察する」と気味悪がる人がいたが)バーのなかのアメリカの男達が同性のカップルを眺める、怒りを抑えきれない、とでも言うような、憎悪と憤怒のこもった視線を投げているのに気が付いて「怖い」と感じた。
その頃でも、子供は子供なりに、アメリカ人の「正しさ」を信奉しすぎる気持ちを歪で不健全に感じていたので、恐怖の形で感情になったのだと思う。

チェルシーとビレッジの境目にあるボロアパートにモニとふたりでコロコロして過ごしていた頃、ふたりで夜中によくバーへ出かけて、アメリカ語ではbar crawlという、ハシゴをして遊んだが、そのときに午前2時から午前4時の、町のあちこちにある小さな公園で、ゲイのカップルだけを狙ってバットで襲う、という事件があった、4組くらいのカップルが重傷を負ったと思う。

まさか、いまの世界では最も安全な都会であるマンハッタンの、週末の夜ともなれば同性カップルで溢れるマンハッタンのビレッジの一角で、そんな事件が起きるとは思わなかったので、モニとふたりで、根深い同性カップルへのからみつくような暴力的嫌悪を思って途方もなく嫌な気持ちになったものだった。

モニはよく、新聞を読んだり、テレビのニュースを観ていた顔をあげて、「人間はバカだなあ」と言う。
ニューズのなかではマラソンのゴールに爆弾を置いて立ち去った人間の影があり、職業を失ったという「屈辱」に耐えられなくなって酒に酔ったあげく自分の妻と娘を殴り殺してしまった中年男の慟哭が流れている。

人間には何が正しいかを明瞭に理解して判断するだけの能力が欠けているので、どんな倫理上の問題に関しても右往左往している。
神を信じてすら、毛色の違う神を信じる他の人間の集団を虐殺する。
人間は自分達の社会をここまで前進させてきたのは自分達の知性だとうぬぼれているが、実際にはカラスが鳩を自分たちと較べて悦にいるほどの知性しかもってはいない。
いつも後退しているようにしか見えない人間の社会が、どういう奇蹟によっているのか、長い時間が経ったあとでは、たとえ微かにではあっても明らかに進歩しているのは、人間に知性があるからではなくて、人間が最も弱いものとして期待すらもっていない「善意」があるせいであるのはぼくには明瞭なことにおもえる。

いまから考えるとお笑いぐさ以前だが、あのサンフランシスコのバーの片隅でバーテンダーのおっちゃんがつくってくれたスムージーをテーブルにおいて、バーのあちこちから険しい視線を抱擁する女同士のカップルに投げる男達のどのひとりでも、物理的にあるいは失礼な言葉で攻撃するようなら、ぼくは戦わねばならない、と自分の心に言い聞かせて両手の拳を握りしめていた。
落ち着いた他人が観たら、青白い顔でひきつけを起こす寸前のガキにしか見えなかったに違いないが、自分の頭のなかでは、どんな人間にも他人の自由を侵す権利はない、と思い定めた闘士の視線をアメリカ大人たちに送っているつもりだった。

あれから20年が経ったいまならば、サンフランシスコの町の高級なバーで、男達があんな視線で同性カップルを眺めることは考えられない。
その変化の急速さは、ちょうどアフリカンアメリカンの男とコーカシアンの女びとのカップルが、その頃は傍目にもいかにも張り詰めた感じで「きちんとしてみせねばならない」という緊張のなかにあったのが、いまはごく普通の組み合わせになったのと歩調があっている。

人種差別はいまではどんな国では大きな町では(少なくとも若い人間たちにとっては)笑い話になってしまったが、同性同士の結婚は、法律上の相続も認められない、公然とした差別として残っていた。
いわば人間の長い愚かさの名残で、それが法律の改正の形で、ようやくなくなってゆくことになったのは、とてもとても良いことだと思う。
ニュージーランド人も、もともと考えるのが得意でない頭でどうすればみなが幸福になれるか一生懸命に考えて、やっと、ここまで来た。

今夜はこれからみなでシャンパンを抜いて、「正式」に同姓婚の法律化を喜ぼうと思っているところです。

(画像は「LGBT Pride」の旗、LGBTはLesbian、Gay,Bisexual,Transgenderの略。人間の自由を主張するために掲げる世界で最もよく知られたレインボーフラッグですじゃ)

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2 Responses to 抱き合うひとびと

  1. Ukoh says:

    このニュース、本当に嬉しかった^^
    結婚という制度そのものに異論を唱える友人には、「結局どーだってイイ」事みたいだけれど。
    権利があって初めて拒否も出来るというもの。

    自分達の娘は日本の信じられないバカな法律のせいで、実子にも出来なかった。
    (今もその状態で戦ってる人います)
    出産を見守って、臍の緒まで切らせて貰ったのに、自分の子として認められないなんてバカな?!と思います。
    国を相手にもっとゴネたかったけど、3.11でこの国が既にオカシイ事を了解したので逃げて来てしまった。
    娘には将来その事実を告げても、「へー」で済む位、愛情を注いでる。

    日本の同性の恋人にも、娘の様な子にも、法の下の平等が訪れれば良いのにと思います。
    兎も角も、このニュースには妻と一緒に歓声を上げたのでした^^
    NZやったね!ヽ(^。^)ノ

  2. 田鶴 says:

    なりふりかまわない世界の渦中に投げ込まれた一人ひとりに、常に問われる品性の問題。
    この静謐な語りかけを、オベール氏は少年時代に早くも身に付けたのだと、あらためて思う。
       

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