Daily Archives: April 20, 2013

明日のための移民講座(その3)

3回目は日本から他の国への移民について書くつもりだったが、考えてみるとわしには必要な知識がない(^^;) この頃は移民するにもTOEFLやIELTSで一定の得点をあげることが必須も必須、ヒッスッスだが、わしはそういう「英語試験」も受けたことがない。 受けると300点とかで、国語がんばろーになるのかも知れないが、ああいうものは国の知的水準が外にばれると困るのでアメリカもイギリスも国内の人間には受けさせないことになっている。 それが証拠にオーストラリアは「オーストラリアについて移民が最低限知っているべきことについてのテスト」というチョーばかなテストを移民希望者に課していたが、試しにオーストラリア人に解かせてみたら半分くらいは不合格だった。 行ったり来たりしていてももともと生まれたのは北のはての国なので移民に必要な知識がありそうなもので、自分でもそう思い込んでいたが、どうもそういうものでもないらしい。 まず子供の頃から毎年ニュージーランドの夏に来ていたが、そもそも言語が同じで、「ニュージーランドの人って、なんでばーちゃんの世代の英語で話してるんだ?」という程度の違いしかなくて、Rの音がぐわあらんぐわあらんと響くアメリカ合衆国にいるときの半分も英語の差異を意識しなかった。 習俗も同じで、なによりニュージーランド人の側にわしを同族であるとみなす傾向が強かったせいであると思う。 とーちゃんとかーちゃんが(南島に較べればいろいろな文化圏の人が当時からいた)オークランドに家を買えば、別であったかもしれないが、わしガキの頃はもともとマオリ人が極端に少ないクライストチャーチである上に、東アジアの人も会う機会はなく、インドの人に至っては町なかでみかけるということすらなかった。 イギリスでも当時はヨークの町ですら「まっしろ」で、異文化のかけらもなくて、連合王国も、どれもこれも似たようなアングロサクソン人だらけの退屈な国だったが、ニュージーランドも同じで、いま振り返ると世界中の国が争って少しでも優秀な技量をもつ移民を大量に受けいれようと競争を始める直前の時期だったのだと思います。 だからどちらかというと2万キロを旅して国内旅行をしているような、なんだかヘンな感じだった。 そのうちにわしガキはガキであるのにニュージーランドのさびれかたが気に入って、見渡す限り人工物のない荒れ地をひとりで徒歩であるいは馬に乗ってずんずん歩いていたりするのが好きになっていった。 そこで目下アメリカのマンハッタンに住んでいる義理叔父やトーダイおじさんたちの一部係累など、知っているひとびとに折りにふれて聞いておいたことや、あるいはニュージーランドの土着民の視点から見た「移民してきた日本のひとの姿」などをくわえて、マニュアルに近いものが出来ればいいかなあー、と思いまする。 前にも書いたが、「うーむ、これはもうあかんな。あのおやじの汚れた耳タボを見よ、あのおばちゃんの意地悪げな一瞥をみよ、日本はやばいかしれん。年金とかも払うだけでもどってこないんちゃうか。なんでわしが見知らぬじーちゃんやばーちゃんを養わねばならんねん。第一、そういうじじばばって、おいらがコンビニでバイトしてたときに釣り銭まちがえただけでキレやがって怒鳴りちらしてたのと同じやつだろ?」ときみが考えて、ここに至りては是非もなし、日本からとんずらこいちまうべ、と考えた場合には、ワーキングホリデービザを頼るのが最もよい。 http://www.jawhm.or.jp/ 一応、このフロントページの右側に国旗が並んでいる国々に対する英語人の一般的なチョー無責任な評を書いておくと、 1 オーストラリア 人間が荒っぽくてアグレッシブである。 喧嘩っ早いというか、モニとわしがボンダイビーチ(海辺の原宿っちゅう感じのチャライ町です。ファッションモデル・女優・俳優及びそれになりたい人が夏にはいっぱい集まる)のカフェの通りに出たテーブルで昼食を摂っていると、おばちゃんがふたりで大声で怒鳴り合って喧嘩を始める。 「今度、わたしの家に一歩でも踏み込んだら、ナイフで切り刻んでミンチにしてやるからそう思え」 「あんたこそ、今度わたしに町で会ったら、そのときが人生の最後のときになるのをおぼえておけ」 というような、凄まじい応酬で、しまいには胸ぐらをとりあいだしたので、わしが「ごはんがまずくなるからね、ね」とゆって、ふたりにお願いして、通りの向こうにひきずってゆかねばならなかった。 あるいはモニとふたりで最後にシドニーに滞在したときには、日曜日の原っぱで遊んでいたら息子の後頭部にサッカーボールがあたった父親が激昂してサッカーのボールを蹴ったおっさんにボールを乱暴に蹴り返す。それをきっかけに周りのおとなを巻き込んで40人の乱闘になって、ひとりが死亡して数人が重傷を負う惨事になった。 もうひとつネガティブなことを書くと、店員その他のサービスの質が極端に悪い。 わしなどは、オーストラリアのビザカードから5年前の請求が来たことがある。 もっとヘンなのは、ロンドンの家にオーストラリアのアメックスから「あなたはオカネを使いすぎです。ついては、もっと節制するように」という全然わけがわからない手紙が届いたこともある。 両方とも電話をして、アホか、と述べて、ゼネラルマネージャーとかなんとか言う人から正式の謝罪のお手紙をもらったが、サービスの質の圧倒的な低さを世界に誇るロンドンでも、こんなことは滅多に起こらないので、オーストラリアは先進的だのお、と感心してしまった。 良い方は、オーストラリア人は見栄っ張りが少ない。 話もまっすぐで、のんびりしている。 知らない人と仲良くなるのが簡単で、国全体が豊かである。 ごく自然に親切で、評判どおりのおおらかさである。 競争がゆるいので、あんまりがんばらなくても食べていけます。 自然が美しい国で、特に砂漠が素晴らしい。 わしの知り合いの連合王国のおばちゃんは、この砂漠のまんなかにでかけて数週間を過ごすのが好きなばっかりにオーストラリアにいついてしまった。 わしも、あの赤い砂漠に匹敵する自然の美しさは、この世界にはないのではなかろーか、と思うことがある。 「雄大な景色」が好きなひとは、よくグランドキャニオンに行って人生が変わった、というが、グランドキャニオンくらいで人生が変わるのならオーストラリアの青山、ブルーマウンテン に行くと、人生が爆発して、一生など、どーでもよくなるのだと思われる。 …と書いていこうと思ったが、この調子で書いていくと記事がそのまま本の長さになりそうなので、やめる。 そんなええかげんな、と思うかもしれないが、ええかげんなのはこのブログ記事のテーマのごときものであるから、我慢してもらわねば困ります。 ビンボくさい言い方を思い切って採用するとワーキングホリデービザは日本のパスポートを持てる人の一種の特権のようなものなので、(どうもこういう言い方はかっこわるいが)手にした特権を使うにしくはない。 自分が日本人で21歳とかだったら、ここに並んでいる国のうちのどれにするかなあー、と思って眺めて考えると、台湾にするのではないかと思われるが、 … Continue reading

Posted in 日本と日本人 | 6 Comments