明日のための移民講座(その3)

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3回目は日本から他の国への移民について書くつもりだったが、考えてみるとわしには必要な知識がない(^^;)
この頃は移民するにもTOEFLやIELTSで一定の得点をあげることが必須も必須、ヒッスッスだが、わしはそういう「英語試験」も受けたことがない。
受けると300点とかで、国語がんばろーになるのかも知れないが、ああいうものは国の知的水準が外にばれると困るのでアメリカもイギリスも国内の人間には受けさせないことになっている。
それが証拠にオーストラリアは「オーストラリアについて移民が最低限知っているべきことについてのテスト」というチョーばかなテストを移民希望者に課していたが、試しにオーストラリア人に解かせてみたら半分くらいは不合格だった。

行ったり来たりしていてももともと生まれたのは北のはての国なので移民に必要な知識がありそうなもので、自分でもそう思い込んでいたが、どうもそういうものでもないらしい。
まず子供の頃から毎年ニュージーランドの夏に来ていたが、そもそも言語が同じで、「ニュージーランドの人って、なんでばーちゃんの世代の英語で話してるんだ?」という程度の違いしかなくて、Rの音がぐわあらんぐわあらんと響くアメリカ合衆国にいるときの半分も英語の差異を意識しなかった。
習俗も同じで、なによりニュージーランド人の側にわしを同族であるとみなす傾向が強かったせいであると思う。
とーちゃんとかーちゃんが(南島に較べればいろいろな文化圏の人が当時からいた)オークランドに家を買えば、別であったかもしれないが、わしガキの頃はもともとマオリ人が極端に少ないクライストチャーチである上に、東アジアの人も会う機会はなく、インドの人に至っては町なかでみかけるということすらなかった。
イギリスでも当時はヨークの町ですら「まっしろ」で、異文化のかけらもなくて、連合王国も、どれもこれも似たようなアングロサクソン人だらけの退屈な国だったが、ニュージーランドも同じで、いま振り返ると世界中の国が争って少しでも優秀な技量をもつ移民を大量に受けいれようと競争を始める直前の時期だったのだと思います。

だからどちらかというと2万キロを旅して国内旅行をしているような、なんだかヘンな感じだった。
そのうちにわしガキはガキであるのにニュージーランドのさびれかたが気に入って、見渡す限り人工物のない荒れ地をひとりで徒歩であるいは馬に乗ってずんずん歩いていたりするのが好きになっていった。

そこで目下アメリカのマンハッタンに住んでいる義理叔父やトーダイおじさんたちの一部係累など、知っているひとびとに折りにふれて聞いておいたことや、あるいはニュージーランドの土着民の視点から見た「移民してきた日本のひとの姿」などをくわえて、マニュアルに近いものが出来ればいいかなあー、と思いまする。

前にも書いたが、「うーむ、これはもうあかんな。あのおやじの汚れた耳タボを見よ、あのおばちゃんの意地悪げな一瞥をみよ、日本はやばいかしれん。年金とかも払うだけでもどってこないんちゃうか。なんでわしが見知らぬじーちゃんやばーちゃんを養わねばならんねん。第一、そういうじじばばって、おいらがコンビニでバイトしてたときに釣り銭まちがえただけでキレやがって怒鳴りちらしてたのと同じやつだろ?」ときみが考えて、ここに至りては是非もなし、日本からとんずらこいちまうべ、と考えた場合には、ワーキングホリデービザを頼るのが最もよい。
http://www.jawhm.or.jp/

一応、このフロントページの右側に国旗が並んでいる国々に対する英語人の一般的なチョー無責任な評を書いておくと、

1 オーストラリア

人間が荒っぽくてアグレッシブである。
喧嘩っ早いというか、モニとわしがボンダイビーチ(海辺の原宿っちゅう感じのチャライ町です。ファッションモデル・女優・俳優及びそれになりたい人が夏にはいっぱい集まる)のカフェの通りに出たテーブルで昼食を摂っていると、おばちゃんがふたりで大声で怒鳴り合って喧嘩を始める。
「今度、わたしの家に一歩でも踏み込んだら、ナイフで切り刻んでミンチにしてやるからそう思え」
「あんたこそ、今度わたしに町で会ったら、そのときが人生の最後のときになるのをおぼえておけ」
というような、凄まじい応酬で、しまいには胸ぐらをとりあいだしたので、わしが「ごはんがまずくなるからね、ね」とゆって、ふたりにお願いして、通りの向こうにひきずってゆかねばならなかった。

あるいはモニとふたりで最後にシドニーに滞在したときには、日曜日の原っぱで遊んでいたら息子の後頭部にサッカーボールがあたった父親が激昂してサッカーのボールを蹴ったおっさんにボールを乱暴に蹴り返す。それをきっかけに周りのおとなを巻き込んで40人の乱闘になって、ひとりが死亡して数人が重傷を負う惨事になった。

もうひとつネガティブなことを書くと、店員その他のサービスの質が極端に悪い。
わしなどは、オーストラリアのビザカードから5年前の請求が来たことがある。
もっとヘンなのは、ロンドンの家にオーストラリアのアメックスから「あなたはオカネを使いすぎです。ついては、もっと節制するように」という全然わけがわからない手紙が届いたこともある。
両方とも電話をして、アホか、と述べて、ゼネラルマネージャーとかなんとか言う人から正式の謝罪のお手紙をもらったが、サービスの質の圧倒的な低さを世界に誇るロンドンでも、こんなことは滅多に起こらないので、オーストラリアは先進的だのお、と感心してしまった。

良い方は、オーストラリア人は見栄っ張りが少ない。
話もまっすぐで、のんびりしている。
知らない人と仲良くなるのが簡単で、国全体が豊かである。
ごく自然に親切で、評判どおりのおおらかさである。

競争がゆるいので、あんまりがんばらなくても食べていけます。
自然が美しい国で、特に砂漠が素晴らしい。
わしの知り合いの連合王国のおばちゃんは、この砂漠のまんなかにでかけて数週間を過ごすのが好きなばっかりにオーストラリアにいついてしまった。
わしも、あの赤い砂漠に匹敵する自然の美しさは、この世界にはないのではなかろーか、と思うことがある。
「雄大な景色」が好きなひとは、よくグランドキャニオンに行って人生が変わった、というが、グランドキャニオンくらいで人生が変わるのならオーストラリアの青山、ブルーマウンテン

に行くと、人生が爆発して、一生など、どーでもよくなるのだと思われる。

…と書いていこうと思ったが、この調子で書いていくと記事がそのまま本の長さになりそうなので、やめる。
そんなええかげんな、と思うかもしれないが、ええかげんなのはこのブログ記事のテーマのごときものであるから、我慢してもらわねば困ります。

ビンボくさい言い方を思い切って採用するとワーキングホリデービザは日本のパスポートを持てる人の一種の特権のようなものなので、(どうもこういう言い方はかっこわるいが)手にした特権を使うにしくはない。

自分が日本人で21歳とかだったら、ここに並んでいる国のうちのどれにするかなあー、と思って眺めて考えると、台湾にするのではないかと思われるが、
イギリスはまっさきにダメですね。

まず第一に天気が悪すぎる。
生活費が高い。
超カネモチがうろうろしていて、なんとなくおもしろくない。

日本ではイギリスは不思議に人気がある国だが、わしから見ると、これは大変不思議なことであって、だって、そんなに住みやすい国ならなぜイギリス人は毎年たくさんの人間が国をぶち捨てて他の国に移住するのであるか?
いろいろ怪しいことがあるのではなかろうか?

マスメディアとか本とかにもっともらしく誉めてあるからといって、そんなのをちょろく信じてはダメである。
第一、あんなに物価が高い国に住むとオカネがたまらない。

移民をすると決心した人にとって最もやってはいけないことは「準備する」ことであると思われる。
航空券代があればそれで良いのであって、「英語が出来るようになってから」「充分な資金が出来てから」と言う人は、たいてい移住どころか日本の外に出ないで終わってしまう。
特に日本の人の場合は「英語が出来るようになってから」が鬼門で、だいたいここで計画が座礁するひとがおおいよーだ。

英会話学校の英語は教室のなかでしか通じないものであるらしい。
英会話学校では「ペラペラ」であった人がオーストラリアに着いて、周りが何を言っているか全然わからないし、自分が話そうとすると、周りはどんどん先に話が進んでしまって、頭のなかで組み立てた英語を使えないうちに話題が変わってしまう、という。
体験談を聞いていて、おおお、これが理由かな、と思うのは「頭のなかで組み立てた英語が」というところで、言語は頭のなかで組み立てて会話するものではなくて、あれはリズムとチューンなので、言語を使って大工さんをやろうと思っても、誰も待ってくれないからダメである。
考えないと話せない言語はまだぜんぜん身についていないのだと考えたほうがよい。
ほんで、「考えないで話せる」ようになるのは言語が生活空間の一部をなしている環境でしか起きるわけがない。

わしの知っているニュージーランド人の女びとは、バブル時代、日本がオモロイと聞いてワーキングホリデービザででかけることにした。
アイスクリームのつまみぐいが出来るという話に釣られてアイスクリーム工場で時給350円で働いて2ヶ月分の生活費6万円をもって東京に行った。

行ってみたら一週間で6万円なくなりそーなのでパニクったそうだが、一緒に行った友達が、「こうなったらニュージーランドの親兄弟には内緒でストリッパーをするしかない」というのを必死に止めて、某メーカーの英会話講師で食いつないだそーでした。

三角形の形をしていて各辺を高速道路が掠めて通っているという凄まじい騒音の「マンション」に住んでいたそうだが、バブル時代の東京で6万円しかもっていなくて生活できるなら、いまの世界のどんな町でも10万円も手持ちがあればなんとかなるのではなかろーか。

わしがあったことがある日本の人で、もっとも可笑しかったのはいまは美術業界の人であって、このひとは90年代に大学に落ちたのでイタリアに良い美術系の予備校の講習会があるからと親をだまして一週間の予定でミラノへ行った。
ホテルの部屋にいて、言葉も出来ないので、毎日ホテルの向かいのピザ屋へ行って同じピザを買って部屋で食べていたそうである。
4日目くらいになると、ピザ屋のおっちゃんが英語が出来る娘と一緒に待ち構えていて、「きみはなんで毎日うちにピザを買いに来るの?」と言う。
この人はケーハクで受け狙いしか考えないのでいまでもユーメイなおっちゃんなので、反射的に「ここのピザが世界一ですから」とおおげさなお世辞を言うと、おっちゃんはすっかり喜んでしまって、「ここで働かない?」という。
結局、そのまま4年間ミラノにいた。
話していて不思議に思ったので「ビザはどうしたんですか?」
と聞いたら、あっ、「ビザとかはいろいろだから」というので笑ってしまった。
いろんなビザが世の中にはあるが、「いろいろビザ」で長期滞在したのは、いまでも仲のよい、このおっちゃんだけであると思われる。

一般に、日本の人は身体が動く前に想像力全開で、こうなったらああする、こうきたらこうでると考えることに熱中することが好きであるように見える。
なんとなく、お布団のなかで戦争中の撃墜王になりきって右旋回や急降下で必死に空想世界の大空で戦っている子供のようであるといえなくもない。
わしは日本の人の、そういう過剰に頭がまわってしまうところが可笑しくて好きだが、日本の人が一生のあいだに、びっくりするほど少しのことしかやってみないで一生を終わるのは、「考えすぎ」が大きな原因であるように見えることがある。

西洋世界人のえーかげんさに馴れているはずの義理叔父でも、わしと一緒に旅行したりすると、予約もなんにもしないで、ガイドブックもみてなくて、突然、ボートで向こうの島まで行ってみんべ、ボート借りられるところあるでしょう、と言い出したりするのでむかっ腹が立つことがあるよーである。

何か起きたらどうする、って、なんか起きてから心配すればええんちゃうの? と言うと、いいとしこいたおとなのくせに妙に心配して、そんな無計画なことではいつかたいへんなことになる、などとばーさんのような意見を述べる。

日本には「千里の道も計画すれば一歩もいかずにいきなり終しまい」という諺があったと思うが、その通りで、もうすぐ儚くなりそうな日本国憲法の前文にあるとおり、諸国民の正義に信頼して、テキトーにでかけてしまったほうがよいと思われる。

なんだか長くなったので、もうやめるが、最後にひとつだけチョー重大なことを述べると、外国に行くときは、少なくとも初めは、ひとりで出かけるのがよい。
生活を始めても、努めて同国人を避けることが大事だと思う。
同国人を避けることには、住み着いた言葉の習慣や言語を身につけるために大事だ、ということの他に、日本人に限らないが、たとえば日本の人を欺すのはたいていの場合日本人で、アメリカ人を欺すのもアメリカ人が多いのは、有名な事実で、安全保障上の意味もある。

義理叔父の話を聞いていて、このひとはこれでうまくいったのかもなあー、と思うのは、一歩日本の外に出るとぜんぜん日本人と関わりをもたないで過ごしたらしいことで、「だって、生まれたときからずっと日本人の顔ばかり見てるんだから、日本人は飽きてるからね」とゆってすましているが、ほんとうの理由は、日本人の理屈にまきこまれては移住した意味がない、と思ったもののようでした。

義理叔父について書いた「ギリオージ」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/05/02/ギリオージ/
という記事は、約束した続きをそろそろ書こうと思っているが、
2回目は海外篇で、義理叔父が遭遇した数々の困難やアホな事件を書ければいいなあーと思ってます。

ほんでわ。

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6 Responses to 明日のための移民講座(その3)

  1. 田鶴 says:

    オベール氏の文体がとても好き。中毒症の一人かもしれません。

  2. AK says:

    >日本の人が一生のあいだに、びっくりするほど少しのことしかやってみないで一生を終わるのは、「考えすぎ」が大きな原因であるように見えることがある。

    よくぞ言ってくださいました!!
    本当にそうだと思います。

    遂に、今の会社辞めようかと本気で考え出しました、私。

  3. ゆーか says:

    大変興味深く読みました。
    お布団の中で、の、
    くだりは笑ってしまいました。
    やってましたー子供の頃!
    神様はいるのか、とか、正しいって何だとか
    w

    考えすぎな日本人の典型か
    平たく言えば心配性の所為で、
    私はパニック障害になりました。
    お医者さんには、先回りして考えるなと言われました。小心なので予防線を張って我が身を守ろうとする、長年の習慣だったのでしょう。おかしな事に、元々楽天的な人間なんですが。で、考えすぎるのやめました。結果にあんまりプラスでも無い。動けなくなるだけなんです。疲れるし。
    結局、やってみるか、みないかですよね。
    楽しい事も、片付けることも。
    思わぬ拾い物をして楽しくなることも
    ありますし(^ω^)

  4. meg says:

    ガメさんの義理叔父の話は、いつも読んでいて楽しいです。  この次の登場を楽しみにしています。

    それから、本題の移民講座の方なのですが、ガメさんの明るい文章を読みながら深刻な気分になりました。 自分は今年の7月の参議院選挙が終わったら、もう海外移住は難しいんじゃないかと悲観しています。 もうすでに、今月から送金は厳しい状況ですが、海外への資金移動も渡航も、7月からは大幅な制限が加わって、若い人達は逃げられなくなるんじゃないかと予想しています。 
    これから3ヶ月の間に、少しでも多くの若い人に日本を脱出して欲しいと思っています。 たとえどんなに日本の法律・政令・指導・政権・憲法が変わっても、その日が来たら、移民にとって重要なのは、「国境の外か内か」ということだけです。 

  5. スミス says:

    行ってきます。

    勇気をありがとうございます。

  6. Ryu says:

    ガメさんが日本語をうっちゃり投げて、このブログも消えてしまう前に、一番好きな記事のうちのどれかにコメントを残そうと思って書いています。
    やめないで、とは言えません。2014も日本語の中はクソったれだらけです。Web上だけじゃありません。もちろん政治の世界やニュースの世界だけでもなく、日常レベルでクソったれだらけです。正確に言えば、日常で出会うのは、クソったれな面を持ち合わせた善き人々、ということかもしれません。邪悪である自覚がないので、余計に対処が難しいところです。(Webでは邪悪な部分が特によくうかがえます。)

    でも、この間自分が日本語で考えて書いたことを英訳していて気づきましたが、日本語は細かいニュアンスの違う、あまりにも多すぎる言葉たちが、無駄なグラデーションを作るおもしれー言葉じゃないか、と思ったのです。時にそれが、日本語は憎悪語だ、と感じる原因になるとしても、表裏なのかなあ、と思ったのです。

    前にガメさんも書いていましたが、日本語は特にコミュニケーションには向いていない語かもしれません。このコメントもまたひとりごとのたぐいです。
    他人に向かって話している、という実感が持ちにくい言語なのかもしれません。他人の中の自分に話しかけているような。だから妙に親しかったり強い憎悪や強制を投げてきたりするのかもしれません。

    言いたいことがとっちらかりましたが、僕はガメさんの書く文章が好きです。読めなくなるのは寂しい、ということが言いたかったのです。

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