返信3号

NYC47

この数日、海は大時化で荒れてばかりだし、大雨は降るしで外に遊びに行かれなくてつまらない。
おまけに家のなかのひとはモニさんも小さい人も家を手伝ってくれるひとびとまで、みな風邪で、具合がわるいようだ。
元気なのは、わしひとりで「賢人は風邪をひかない」という諺は、ほんとうなのであると思われる。

ちょっとさぼっていたら、いきなり瓦解して、全然なにも読めひんやんというところまで落ちぶれていた日本語能力は復活して、本をちゃんと読めるところまではいかないが、短い文はちゃんととばさないで読めるようになったし、書く方は読むよりも常に楽なので、このくらい恢復すれば、日本戦後史くらいはでっちあげられそうな気がする。
書かないけど。

もう十全事業の日本文化征服計画に乗り出してから長いので、このもともとはゲームブログの初めからの読者のひとをふくめて、ガメ・オベールなるヘンタイな人と付き合うには、通常の10倍は忍耐心がないと付き合えないのを古いお友達はみな知っている。
自分で考えても、ツイッタで返事するのがめんどくさいとブロックしてしまうとか、コメントは、元記事よりも遙かにすぐれたものが多いのに、返信も書かないでほうっぽらかしであるとか、とんでもないというか、相変わらず無茶苦茶で、普通はこういう場合は「忙しかったので、すみません」と言い訳することになっているが、自他ともに認めるプーなので、忙しかったわけではありません。

コメントの返信をこれから書こうと思うが、新しいほうから書いていって、くたびれたら、そこでやめると思う。
この記事は返信だけなので、ふつーの人は読んでもおもろくないと思う。

*Rayどん、(黄土の影をめざして)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/22/黄土の影めざして/

>ガメが禅のことをケーハクと言うのは、このことと関係してるのかな。

いや、あんまり関係がない。
禅については、そのうち記事にして書くと思いまする

*megさん (明日のための移民講座その3)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/20/明日のための移民講座(その3)/

>自分は今年の7月の参議院選挙が終わったら、もう海外移住は難しいんじゃないかと悲観しています。 もうすでに、今月から送金は厳しい状況ですが、海外への資金移動も渡航も、7月からは大幅な制限が加わって、若い人達は逃げられなくなるんじゃないかと予想しています。

日本は文明国であるはずなので、露骨な資金移動制限はできないはずだが、心配は理解できる。日本のひとの頭にはなかなか浮かばないようだが、それとは別に、留学にしても移住にしても、たとえばアメリカでいうと我が友josicoはん(@josico)がH1-Bビザが、5日で埋まってしまったと述べている。3年前は9月でも空いていたそうなので、移住熱、というか、ごく少数の国に人が集住する傾向は激化しているよーである。
ほんとはばらしちゃいけないのかも知れないが、留学にしても地域やグループ別にゲタや逆ゲタがあるのは常識で、中国の人や韓国の人がどんどん入ってくるので「東アジア人枠」は相当難しくなっているはずと思う。

オーストラリアやニュージーランドに至っては、もともと人口が少ないので、移民が一定数を超えると社会の側からの「いいかげんにするべ」圧力が強くなる。
特に異なる文化圏の移民は目立つので、「移民反対」を謳うバカ政党が突如支持率1位になったりする過去の苦い経験に鑑みて、移民コントロールが重大な政府の役割であるのは暗黙の了解になっている。
ニュージーランドで言えば、特にマオリ人が、自分達よりも東アジア人のほうが増えることを警戒して、内々の場では「もうアジア人はいらん」と声を強めていうようになってきた。

そういう「受けいれ側からの抵抗」の値もだんだん高くなってくるように見えます。

*tetsujinさま、(黄土の影をめざして)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/22/黄土の影めざして/

このあいだから紀伊國屋書店の電子書籍店「Kinoppy」(なんという剽軽な名前だろう)で鉄人28号の販売が始まって、日本陸軍の最終兵器を研究中のわしは、全巻購入してしまった。お名前を見て、一瞬、鉄人がお礼を述べにきたのかと思いました。

>たくさんの記事を読みました。2008年や2009年のものも、もっと前の1970の表示があるものも、手当たり次第に開いては読んで、止まらなくなってしまった。

このブログ記事は、たいした理由もなく、めんどくさくなると削除していなくなるというとんでもないブログなので、「1970」とタイムスタンプがあるのは、多分はてなに載っけていた分で、バグで、1970年になっている。直そうとおもえば直せるが、なんとなくカッコイイので、そのままにしてありますw

>やらなければいけない仕事があるのに。毎日、あっちこっち開いては読みふけっています。ガメ殿と関心が重なっているようだ。異論はほとんどない。

それは気の毒、というか、「tetsujin」さんは、危ない人なのではなかろーか(^^;
わしはチョー危険思想の持ち主なので、そのうち神様が軍団を率いて攻めてくるのではないかと思っている。
あのひとの軍団はローテクなので、わしのハイテク装備に勝てるわけはないが、備えあれば憂いなし、銃のキャビネットのなかのライフルをときどき磨いておりまする。
あと、スリングショットも。

>「「インチキだけど信じている」日本のひとの不思議な信念の合唱が聞こえてくる。(November 20, 2009)」
これを、一般的に、というか日本人の特殊性としてではなく、人間の認知と行動の一つのありようとして、説明する、ということは私の関心でもあります。

日本語で書いているので、なんでもかんでも日本のことにしてありますが、仰る通りで、これも日本人に特殊な心性ではない。
人間の価値のなかには、人間がほんとうは信じていないものがたくさんある。

このことについては、まだたくさん考えることがあるので、これからも繰り返し記事に出てくると思います。

>「言葉は明示的だから言葉をもつものは論理的必然によって「神」をもたなければならぬ。直覚的には「外側」がない世界には「内側」がありえないからです。(October 30, 2009)」は、分からない。

「言語にとって神とは何か」あるいは「神を仮定することによって言葉には何が生まれたか」というのは、このブログにはもともとのゲームブログ時代から繰り返し繰り返しでてくる問題で、あんまり才能がないのに、やむをえず、複数の言語の習得に乗り出して、「十全外人」事業をはじめるに至ったおおきな理由でもあります(^^

神は絶対者である以上、言葉によって解説されはしない。
言葉がとどいてしまえば、それはもう「神」ではなくて、かつて(言葉によって)神と仮構されたものに転落してしまう。
言語が神の存在に対して出来ることの限界は「どちらの方角を向けば神が存在するか」ということに過ぎないはずで、実際、ラテン語系統の言語(イタリア語、フランス語、スペイン語)には色濃くそれがある。

>直覚的には「外側」がない世界には「内側」がありえないからです。

のほうは数学から来ている話で、直感的には外側があれば必ず内側が存在するはずだが、実際には外と内という対立概念を使わなくても宇宙は説明できてしまうことが判っている。では、神は、どこにいるのか?という問題です。

言葉と神の問題について書くと、読む人の数がどっと減る(^^;
でも、ショーセツカでもあるまいし、読む人の数が増えても減っても、どーでもいい零細ブログなので、30歳をすぎて、これからどんどんジジイになると、ブログ記事はどんどん訳がわからなくなって、そのうち5人くらいの読者を相手に書くよーになるに決まってる、と思っているので、そのときはひとつどうかよろしく (なんちて)

*ゆーかさま、(明日のための移民講座その3)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/20/明日のための移民講座(その3)/
>私はパニック障害になりました

それはたいへんでしたのい。

>先回りして考えるなと言われました

たとえばクルマを駐車するときに、日本の人は出るときのことを考えて後ろからバックで駐車するがニュージーランド人は大半が頭から突っ込んで駐める(^^
そういう細かいところでもニュージーランド人の「そのときのことはそのとき考える」というええかげんさが出ている。

でも世の中のことなどは、適当にやってみて、失敗したら考えて、またやってみる。
結婚とかもで同じでいいや、というくらいが丁度よいみたい。
その点で「失敗を責める」日本の文化は個人にとっておおきな負担だと思いまする。

*DoorsSaidHelloどん、(奪われた責任)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/19/奪われた責任/

>私の父の家は長く続いた関東武士の家系です。

カッコイイ。

>子供のころから父に最も厳しく求められたことは「けっして嘘をつかない」ことでした。

イギリス人は「嘘をつかない」ことと「嘘をつく以外のことならなんでもやる」ので昔から有名です。
あれはなぜそういう伝統が出来たかというと、「やり方が汚い」ことより「嘘をつく」ほうが自分にダメージがおおきいからだということになっている。
ついでに余計なことを書くと、ドイツ人について戦争の話などを通してドイツ人は「やり方は綺麗」だが「嘘をつく」と教わるw
だから、あのひとたちは肝腎なところでこけるんだよねー、と教わります。
とんでもない教育ですね(^^;

>私がガメさんのブログを読むのは、昔懐かしい良識あるひとたちの気配が蘇るからなのかも知れない

さんきゅ

*AKどん (明日のための移民講座その3)

https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/20/明日のための移民講座(その3)/ 
>遂に、今の会社辞めようかと本気で考え出しました、私。

お友達としては慎重に考えたほうが、とか言うべきなのは知っているが、やめちゃえば。
(ひどいね)
(しかし、わしは無茶苦茶すんの好きなのね)
(ぶわあああああ、と全部ぶっこわして、むはははは、というのは人間が一生で何回もできない贅沢なので、なかなか良いのでわ、と思います)

*田鶴どん (抱き合うひとびと)

>なりふりかまわない世界の渦中に投げ込まれた一人ひとりに、常に問われる品性の問題。

クソガキの頃から綺麗なねーちゃんが好きだっただけだ、という説もありまする。

*shiroganedori (奪われた責任)

>レイさんに言われたけど、現在の日本人の頭の中には100%善と100%悪しか存在しない。

あのおっさんは過激な人なので、あんまり付き合うと大阪府警にタイホされると思います

>日本では、庶民は責任を取らなくてはならない。

そこが日本のいちばんオモロイところで、指導者は絶対責任をとらなくて、「庶民」が責任をとるw
こんなオモロイ歴史の国はほかにないのね。
タシカニカニタシ

>ここら辺は、そういう考え方があるのか!と、目から鱗でありました。

第一次湾岸戦争では日本が殆どの戦費まかなったのは世界中の人が知ってまんがな

*田鶴どん (明日のための移民講座その3)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/20/明日のための移民講座(その3)/ 
>文体がとても好き。中毒症の一人かもしれません。

文体よりも軍隊に気をつけてくれ、と言うのね

*minameisa2cどん (奪われた責任)

>「潔い」という言葉で、(責任を含む)事実の追求よりも見せかけだけの辻褄合わせを重視するのは、武士の時代の頃から日本人に染み付いた恥ずべき風習なのかもしれないと感じました。

いま伝えられてる「武士道」は前期の血まみれの戦場に立った小農場主と後期のリーマン侍との奇妙な混淆ですのい。両立できるわけがない道徳がともに主張されている。
日本人の苦しさのおおくが、あの鵺行動規範から出ていることを考えると、新渡戸稲造て、ひでえおっさんだったなー、と思いまする。

*春渓さん、(奪われた責任)

名前かっこいいすな。

>正直言って、ガメさんの言っていることには不快感を感じることが多いです。

ツイッタにも書いたが、おかしいですのお、あまああああい金沢の落雁よりも甘い文章を書いているはずなのに。(甘すぎるのか)

>日本という国家の本質を認識させられる思いでいます。ありがとう。

反対者の意見を聞くのは強い理性が必要です。
カッコイイ

*Ukohどん、(抱き合うひとびと)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/18/抱き合うひとびと/   
>権利があって初めて拒否も出来るというもの。

その通り。

>自分達の娘は日本の信じられないバカな法律のせいで、実子にも出来なかった。

なんか、(こういう言い方をすると怒る人がいっぱいあらわれるが)遅れてるよね。
同性で結婚したりジェンダ変えて結婚したから家族つくれないとか、訳がわからん。

>国を相手にもっとゴネたかったけど、3.11でこの国が既にオカシイ事を了解したので逃げて来てしまった。

落ち着きましたか?

>日本の同性の恋人にも、娘の様な子にも、法の下の平等が訪れれば良いのにと思います。
兎も角も、このニュースには妻と一緒に歓声を上げたのでした^^
NZやったね!

NZと言えど、たまにはいいことすることもあんだよね。
婦人参政権(世界でいちばん早かった)以来の善行ではなかろうか。

*アッシュさま、(「時間を取り戻す」_教育篇)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/14/「時間を取り戻す」_教育篇/
>なんだか小学生なのに
妙に物分かりがよくて、誰と話しても
おんなじようなことしか言わない

義理叔父がみせてくれたビデオテープのなかでは、マイクを向けられて「将来は何になるの?」と聞かれた灘中学の受験ガキが、
「東大の文科一類から法学部に進んで財務省に入って国のエネルギー政策を考えたいと思います」とゆっておったw

どひゃあ、と思いました。

>なんか量産型の人間が増えていくような。

ついでに顔とかも全部おなじにしちゃえばわかりやすくていいね(^^ 

*ヒロタンどの、(「時間を取り戻す」_教育篇)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/14/「時間を取り戻す」_教育篇/

>毎日巻かれますから、海に投げ出される恐怖心がなくなります。

わしはレーザー級のちっこいヨットも好きなので、年中海のなかでこけてますから、恐怖心はねっす。
オークランドは西側に行かないとサーフィンに向いてるところがないのでクルマで西まで30分かかる東側に住んでるわしはめんどくさいのでサーフィンやらない。

*ひろたん (水上生活者の手記)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/04/水上生活者の手記/

>野球が好きなのでフロリダのタンパベイあたりで船浮かべて引退生活良いなあ とか思っていましたが時差がないからNEW ZEALANDも良さそうですね。米州南部とか撃たれそうで怖いです。

この頃は不動産価格が(豪州などは)ばかあがりしたので家を売りとばしてしまって、少しはりこんで45フィートくらいのヨット買って、どこと決めずに世界をくるくるまわりながら暮らしている人おおい。コースが出来て結構たくさんヨット通ってるw
海が好きなひとにとってはいいかしんないすな。

*田鶴どん (水上生活者の手記)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/04/水上生活者の手記/
>いつか、さよならって言ってオベールさんは去っていくのかもしれない。

ときどきアカウントが削除されていなくなりますが、どっか訳わかんないところでまたやってる。なんか人見知りするのね

*shiroganedoriどん、(TPP)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/03/17/tpp/
>さよりさんかジャンミンさんがコメするかすら?と待っていたけれども

さよりとかは、すぐカッカするから、ぶーたれてるのよ、きっとw
それがいいんだけど。

>TPP面白いんやなかろーか、と思いました。

TPPはアメリカの手によって変質してるので、どーでしょーね。
ひとつだけ言えるのは競争力のない産業にとっては、致命的な事態になると思う。
保護と淘汰は産業について繰り返される問題ですけど

*じゅらどん (ガメ・オベールからの手紙_3)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/03/11/ガメ・オベールからの手紙_3/
>わわわ超絶美人がまたもこっちを見て微笑んでいる

この画像を3回使ったことにはブログ全体がつくっているナゾナゾを解くのににおおきな意味があるが、いまは内緒

>空気が乾燥して、強風は土ぼこりやその他いろいろなものを巻き上げ、ほーしゃのーとかなくてもいっそガスマスクで外を闊歩したいような季節になりました。目がかゆい。

放射性物質の嫌な点は、からだに故障がでたとして、それが通常の不調なのか、それとも放射性物質に原因しているのか、誰にも答えられないことだのい。
人間の精神にとっては最悪の部類に属するストレスです。
わしが日本人なら「こんな状態に顧客を突き落としておいて、まだ電気代とろうっちゅうのか、こら、しばいたろか」と思うと思いますが、日本の人は温和しい、というか、夢見がちな人が揃っているので、そういうことは起こらないよーだ。

>この前久々に官邸前へ行ってみました。

じゅらの素晴らしいところは、そうやって、「ときどき定点に戻ってみる癖」があるところです。
とても大事なことだと思う。

>「なにがいいと言ってあそこ、本当にただの善意で動いてる人たちがいっぱいいると思えるんですよ。大阪の件についてカンパの箱を持ってたおじさんがいたので、本当にちょっぴりですが勇気を出して少し渡してきました。
歌や踊りや楽器の演奏も見かけます。あれは言葉の意味や理屈以前のところで、すごく人に訴えかけたり影響したりするみたい。ステージに上がってたり、ちょっと派手だったりする一隊の近くには、「警視庁」と書いた制服の人が変にたくさん集まってマークしてる感じです。若い女の子がほのぼのした歌を歌ってる程度でもものものしく集まってました。きっと経験的に何か知ってるんだろうなぁ。音楽や踊りのたぐいは「危ない」って。」

珍しい官邸前の現状報告なので全文引用しておきます。

>長い間外国に住んでいるらしい人が、金曜のデモについて「学生目当てに主婦が着飾って集まってくる」「出会い目的」みたいな、私には全然ぴんと来ない見出しの週刊誌記事をついったで紹介していて

なんじゃ、そりゃ。「長い間外国に住んで」なにをみていたのだろう。
デートの相手を探してばかりおったのだろうか。
なんなんだ。

>この間はたぶん自腹で食べ物とか測定して載せてるブログの人が、長期間の執拗な嫌がらせに疲れたとお休み宣言を出してました

「ちだい」さんね。悔しいでしょうね。
世の中が嫌いにならないといいけど

>こういうのはできれば一生避けて行きたかったんだけどなぁ。

ほんとだよね。日本のいまの社会は、傍から見ていても、ふつーなら人間が一生であわなくてもすむはずのものが次から次にあらわれて立ちふさがっては、「さあ、どう考える」「おまえは何も考えてないじゃないか」と、すごむ。
バカみたい、っちゅうか。
本来、おれが考えなくてもいーことだろーが、ぶわっかたれが、と思うようなことに強制的につきあわされている。
むかしの中国人が「政治や社会を考えなくてすむ世間をつくる皇帝が最も良い皇帝」とゆっていたのを思い出す。

>ありがとうガメさん。

万が一、放射能が蒸発して(するわけないけどw)日本に行ける日が来たときのために、くるみ餅をたくさん用意しておいてくれたまえ。

田鶴どん、 (あんはっぴー)

>舗道や電車などで時々、周囲をそっと見回してみる。あのオベール氏が其処を歩いているのではないかと。

日本もういかねーもん。
夏のNZとか(小さい人が人らしく固まってきたので)夏の欧州とかにいくと、昼間から酔っ払ってへろへろ歩いてる、ぬぼおーとしたにーちゃんがわたしであります。
たいてい横にむちゃくちゃ美人な人が一緒に歩いているので、それが標識になっていてわかる(^^; 

*じゅん爺 (あんはっぴー)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/03/01/あんはっぴー/
>うふふふ。ふ・・・

ブラックプール行った?

*nemurigasira (はっぴー)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/28/はっぴー/
>悲惨な目にあったりするんちゃうの?幸せな時に死ぬかもしれんし、もしかしたら野垂れ死にみたいになってまあ酷いといえば酷い人生の終わり方をするかもせぇへんやん

イギリス映画みなはれ、そーゆーのいっぱいあるw

>ドイツ人や韓国人のクラスメイトと展示会場であるほったて小屋を造ったことがあった。 言葉もロクに喋れない僕を彼らはいとも簡単に仲間として迎え入れてくれたので凄く嬉しかった。ある日木材を電ノコでガンガン切断して「ヒャッホーィ」していたら、手元が狂って手を割と深く切って血が出てしまって、「アッチャー」とか言っていたら周りの人らが真っ青な顔になって、その中の一人であったクソ可愛いドイツ人の女の子に速攻で病院に連れて行かれた。
 その子は見るからに慌てていて何度も心配そうに「君、大丈夫か。傷は痛むのではないか。なにか欲しいものはないか」というので「ダイジョウブデース。シンパイイラナイ、イラナイ、シンパイイラナイ」とオウムがそうするやり方で答えていたら、いつのまにか彼女はどこからともなく1.5リットル入りのapfel schorleを買ってきて、「やる。」と言う。僕は「と言うかでけぇしこれww」と思いつつ、それを飲みながら「人間っていいなあ」をしみじみ思ったものであった。

そういう体験がいっぱい積み重なって、人間は世界と和解するようになってゆく。
えがったのお。

>おれは日本のような国で(こう言うとガメさんは爆笑するやろうけど)何不自由無く育った

これからはどうか判らないけど、日本は80年代から90年代まで、すげー豊かな国だったからね。国が裕福な時期に生まれあわせてラッキーでしたのい。

*田鶴 (日本語ノート1)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/27/日本語ノート1/
>最近、英語で書かれた詩と日本語訳詩を仕事の合間に眺めています。

それいいと思う。
面白いよね。いろいろなことが判る。
たとえば「荒地」の同人が読んでいたのはT.S.Eliotではなくて「上田保が日本語に翻訳したT.S.エリオット」だったのが容易にわかる。
日本の文学を考えるうえで、たいへん重要なことだと思います。

*eatyveggyどん、 (日本語ノート1)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/27/日本語ノート1/
>「お腹がいっぱいになった」という日本語がありますが、私も家族も「お腹がりんりんになった」と言います。

おおお。かっけえ。

>「お腹がりんりんになったー」と言うと、先生に「りんりん」とはどういう意味かと聞かれ、「お腹がいっぱいになるとお腹が丸くなるけん、”わ→輪→りん”、じゃろ?」と得意げに紙に書いて先生に見せると、校長先生はすごい笑顔で「そりゃぁええ。そういう言葉はこれからも大切にせんといけんよ。他にも作ったら先生にも教えてぇよ」と優しく言ってくれました。

ラッキーな奴….

>ひょっとすると私と同じように漢字の音読み訓読みで「造語」を作り遊んでいた子供達から、周りの大人たちがその遊びを取り上げ、標準語を強制しているのではないかと思ったのです。

英語はおとなが造語ばっかしてるw
子供はたいへん迷惑しております

*DoorsSaidHelloどん、(愛国心)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/22/愛国心/
>だけど最近思うんだ、私が道を下りちゃったのは311のせいじゃない、ずっと前から下りなきゃだめだと思ってたからなんじゃないかなって

このブログをずっと読んでいた人は経緯を知っているが、わしの友達は311の一年前にぞろぞろと日本を出ていった。
「日本人がこんなにバカだとは思わなかった」と口々に述べていた。
ま、それで命が助かった人達もいたので、アホにも効用があったのがおかしかったけど、311以後よりも直前のほうが、「ダメになるところまでダメになった」感じで、返って311以後のほうがしゃんとしたのではないだろうか、と思うことがある。
最近、また「あっ、放射能とかダイジョブなんじゃん」で、また集団サディズムというか、しょーもないひとびとが復活しているよーだけど。

>自分のバカに付き合って一生を無駄に終わる方が、

言わずもがなだけど、だいたい、そういうものですのい。

*ゆーか (マイナス金銭講座_初級編)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/17/マイナス金銭講座_初級編/
>中級上級編楽しみにしてます。

移住するのにはオカネがいるからねー、と思って稼ぎ方を書いたら「そんな下品なものを書くな。オカネはみんなで稼ぐものです」といっぱいいろんな人が言ってきたので使うほうを書いたw 

こっちは文句こなかったな。
オモロイ

*名無之直人どん、(国債預金)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/04/09/国債預金/

>『実は税金は全廃にしたほうがよくて、国の予算をすべて国債発行で賄って税金をゼロにして消費と経済活動を極限まで奨励したほうが良いはずなのに』、ってそうなんですよね!そんなのが可能なら、無税金政府が可能って事に他ならないのに何故そうしないのか?!、とずっと前から思ってました。職場にいたんで膝は打てませんでしたけど

「国債をいくら発行しても大丈夫」という意見は、実は括弧書きで(国民のカネなんていつでも手をつけておれたちで使えるから)ということです。
普通の国なら、あんなことゆってただですむわけないのに、日本は「国民のものは俺のもの」が常識なので、あれですんでしまう。
楽だよねー。

>最初は強制で買わされていた国債も、メガバンク及びその他銀行の収益の中核というか外せない要素になってしまってるので、他に投資先見つけるにしても彼らにはリスク管理が出来ない体質になってしまってる

日本の銀行はむかしもいまも自分で経営する権利は与えられてないと思うよ。

*esattoどん、(新橋で、朝食を)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/20/新橋で、朝食を/

>食べ物が美味しい場所はもうそれだけでその街の魅力の一つになる

数寄屋橋はそうだった。なつかしい。
グラシア、コスタブラバ、…うー、腹減った

*yuki8948さん、(マイナス金銭講座_初級編)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/17/マイナス金銭講座_初級編/
移住する人がオカネをつくるための金銭講座は「オカネはみなで稼ぐものです。ふざけたことを書くな」という声がいっぱい届いたので、内輪だけの講座にしたw

日本て、ほんとおおおおおおに人民主義の国だのい。
おどろきました。

*アッシュ (マイナス金銭講座_初級編)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/17/マイナス金銭講座_初級編/
>ところで過去のコメントが消えてるんですが
なんか悪いことしたかなぁ。

えっ? 消えてるの? ええええっ?

*meg さん (天地無用社会)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/16/天地無用社会/
>海外にいる日本人同士がどうして仲良くなれないのかという話題がTWITTERであったのですが、私はこれは敬語が原因だとずっと思っています

なはは。ほんとだ。これ、面白い。
敬語付きで英語社会(特にアメリカ・オーストラリア・ニュージーランド)に来てしまうと、会話が成立しなくなるか、日本をそのままヤドカリみたくもってくるか、どっちかしかなさそうですのい。面白い。

>実は、私は、日本語でも関西弁には救いがあると思っています。

そうでしょうね。標準語は日本人の社会を破壊してきたと思う。
最後までつくるのを作家たちがさぼったせいもあるでしょう。

*kassharどん、(Buon soggiorno!)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/15/buon-soggiorno/
>通訳の綺麗なおねいさんとだけ、話した

ふだんの言動から言って初めからそれしか興味がなかったのでわ

*esatto どん、(Buon soggiorno!)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/15/buon-soggiorno/
>ダニーデンからクライストチャーチまで車で往復してきました。UKヴィザの指紋と顔写真の為に。運転時間往復約10時間

わしはいつもGeraldineから79号線→8号線、のたいへんアホな道を行く。
ま、もうマンチェスターだから関係ないよね。

>ガメさんに本当に伝えたかった事は今回の記事も分かるなあ、って事でした。

そりゃ、essattoどんは、そうだび。

*Miyakawa Akikoどの、 (「欧米」という幻)

>日本は千年同じ事を繰り返してきた歴史もあります。

それじゃアホですがな (ごみん)
日本の人は、もう少し真剣で工夫を積み重ねてきたのだとおもうけど

*nikuどん (An Ordinary Life_2)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/08/an-ordinary-life_2/
名前が肉丼になってもうた(^^;

>正解は、ほんの少し狼狽した身振りをしながら醤油を見つめて「あ、あのぅ醤油~」と言う。

わしはちゃんと、これやれる。
(ほんとよ)

*Mina (おとなという圧制者たちについて)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/01/18/おとなという名前の圧制者たちについて/

>子供のしつけや教育、育てるのは大変な苦労、という大きな声にかき消されて、ただ無条件に子が愛おしく、いるだけで素晴らしい存在だという想いが何の後ろだても保証もないところから湧き上がってくることは、まるで幻想のように今の日本では扱われてる。

ほんにx2

>子供にさえ賢く見られたい、ばかにされたくない、という親や指導者の批評家じみたさもしい考えが、日本を苦しめてる

ほんにx3

>子への愛情にさえ理由や出典、見返りを求めてる。
貧しい。

ほんにx4

>親の子への愛情なんて、この世に唯一出血大大サービスしてもまだ溢れてきてしまうものなのにね

ほんとだよねー。
子供なんて、見たら溺愛以外できるもんちゃうやんね。
そんなもんまで理屈で固めるちゅうのは病的と思う。

*mint (近況報告に名を借りて)

>日本語で書くことがムダだからこそ日本語で書いているのでしょう

そー

*odakinどん、 (近況報告に名を借りて)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/04/近況報告に名を借りて/
>成功した人が成功したジャンルについてもっと若い人に「こうやるんだよ」って教えてあげる事に対する強い強い含羞がある

当たり。そもそもはそれがブレーキになってるところに頭の悪い人がいっぱいあらわれたのでめんどくさくなったのねw 
親切心が不足しておるのだ。
オダキンをくやしがらせると、面白がって書いてあったことを採用した義理叔父は「株」の項だけで、いちおくさんぜんまんえんオカネが増えたw
税務署にちくる機会を待ってたら「税理士に聞いたらアメリカで税金払うんだって」だそーでした。非国民だな、あの、おっさん。

*ゆーかどん (日本に残ると決めた人のための金銭講座その3)

その4と一緒に削除しちゃったのでコメントも消えちゃったよねー、ごみん

*森野夏 (日本に残ると決めた人のための金銭講座その3)

>世界中の人が大儲けするって可能なんですか?

理論的には可能だのい

*Ryuさん (日本に残ると決めた人のための金銭講座その3)

>トーダイ出てフリーターなって飽きたのでそろそろ就職しようかなと思ってた

自分でなんかやったほうがオモロイんちゃう?

*iro (いつかどこかで)

>最後の段落で涙がこぼれました。
あったかい言葉が欲しくていつもここにきてしまいます。

来るブログが不適切なのでわ….

*孤茶どん (from hell_1)

>バブルの頃の「良い話」を書こうと思ったけど、いくら考えてもそんなの、ない。
タクシーが捕まんなくて、1万円札ヒラヒラ振って運転手さんにアピールしたとか、なんかビンボーじゃないのにビンボ臭い話ばっかりだ。

ビンボくさい、とわしも80年代の日本映画観ておもう。
孤茶はやっぱり良く見てるのい。

孤茶のコメントは、読めばすぐわかるとおり随筆だもんね。
引用しないで、みんなにそのまま読んでもらったほうがいいみたい。
いつも、さんきゅ

あー、ぢかれた。
でも、コメント読むのは、やはり滅茶苦茶面白い。

わしは昔から、書くよりも読む方が、話すよりも聴くほうが、断然好きで、いまでも、いいとしこいて、モニさんに「お話」を読んでもらいながら眠るのが好きであるw

午寝の前とかにも、モニさんが読んだ本や新聞の記事を読んだ感想を聞かせてくれるので、モニさんの良い匂いをかぎながら、へえええ、ほんとだねえええ、ぐわあああああ、と眠る。
天国です。

えーと、なにしろわしのチョーのろいペースなので、ご返信が3ヶ月かかるなんてざらだが、待ちくたびれてキレないよーに。

ほんでわ、また。

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2 Responses to 返信3号

  1. tetsujin says:

    ガメ・オベール様

    すばやくお返事いただけて、感激しました。

    >お名前を見て、一瞬、鉄人がお礼を述べにきたのかと思いました。

    そちらさんは別人28号だのい(←おっと、ガメ語が伝染った)

    >それは気の毒、というか、「tetsujin」さんは、危ない人なのではなかろーか(^^;

    そーでもない。人格的の問題は多少あるよーだが、あまり人様を傷つけたりはせぬ。と本人が申しております。周りの声は拙者の知ったことではない。ってこのあたりが人格的の問題なんだな。

    >「直覚的には「外側」がない世界には「内側」がありえないからです。」のほうは数学から来ている話で、直感的には外側があれば必ず内側が存在するはずだが、実際には外と内という対立概念を使わなくても宇宙は説明できてしまうことが判っている。では、神は、どこにいるのか?という問題です。

    うむ、ちょと分かってきた。そして、ここんところがわっしに(←また伝染った)すっごく興味深い。というのも、どうやら宇宙の外と神の居場所と言葉の外がサクッとつながってるのだ。そしてそこには、言葉のはたらきに対する直観がからんでいる。

    以下、私めによる、哲学者ガメ・オベールに関する日本の学生向けの授業風景です。

    みなさん、初めに、神は宇宙を創造し、物質と精神の両方に命令(自然法則)を与えた、という基本的な構図を仮定しておきましょう。神はこの宇宙の中の存在ではなく、外から宇宙を支配する存在です。哲学者ガメ・オベール自身が、この17世紀西洋哲学風の枠組みを文字通りに受け入れているかどうかは不明ですが、準拠枠として仮定しましょう。さてそこで。

    今かりに、言葉の名指すはたらき(明示)によって、「なになにが在る」とあなたが言えたとしましょう。しかし、その、「在る」と言って名指されたモノは、あなたの言葉の中にとらえられたモノにすぎませんね。そのモノを言葉の外からあなたの言葉の中に送り込んできた何ものかの方は、けっして名指すことができない。名指せば次にはそれが言葉の中のモノになってしまって、それを送り込んできた何ものかは、やっぱり名指す言葉の外にある。

    ここで、言葉の外の何ものかを否定するために、名指すことによってモノが生まれる、と考えるのは無理です。まるでダメ。言葉にそういう力は無い。ウソだと思ったら、「あ、ここにイチオクエンあった」と言ってキミのカバンの中を指差してみよう。でも残念! なんもありゃしません。かくして、あなたの言葉の外に、「在る」の卸元が何かあるのだ。

    「在る」の卸元は、それを名指そうと思って追いかけても、ちょうど逃げ水のように、名指す言葉の外にいつも楽々と立っている。だから、語りうるすべての「在るモノ」、言い換えれば、全宇宙、の外に、在るの卸元にしてすべての在るの総元締め、つまり、神、が立っていることになる。神が「在るの元締め」であることは、本人が(ま、人ではないが)そう言っている。「わたしは在る、在るものだ。(Ex.3:14)」ホラね。

    かくして、言葉は神をとらえられないのにもかかわらず、言葉をもつなら必ず言葉の外に神が立つことになる。ところが。

    宇宙が外も内もなく説明されてしまうのなら、神の立つ場所は与えられない。立つ場所の無いものは存在もしない。だから、精神に対する神の命令、神を愛せ、汝の隣人を愛せ、という愛の命令も、発せられなかったことになる。だったら、いったいどこに、私たちは、人と人を結びつける原理を見出すことができるのだろうか?

    うち見たところ、こういった具合にガメ・オベールの考えは動いているもののようであって……

    と、まあ、哲学者ガメ・オベールに関する授業をするとしたら、私はこんな風に語るでしょう。(勝手に授業の題材にしちってごみん。)

    さらに付け加えて、ガメ・オベールは、まったく当然のこととして、言葉はまずもってこの世界に在るモノを指し示す(名指す)ために使われる、と考えている点に注目しよう、と日本の学生さんたちに注意をうながすでしょう。

    なんとなれば、日本のみんなは、言葉はまずもって話し手と聴き手がお互いに気持ちを伝え合うために使われる、とだけ考えやすいからです。この考え方もまちがってるとは言えないのだが、こう考えている「だけ」では、ものごとを指し示すよりも、お互いへの気くばりの方が大事になってしまう。ガメ殿がつねづね言っておられることですが、こういう言語感覚は、日本語での議論をなかなか困難にしているよーだ。

    こうして、言葉と存在と神と愛と議論可能性が、みんなひとつにつながる。つながりのどこかが損なわれると、全部に影響が及ぶ感じ。これは意外な成り行きではないだろーか。って言っても、まあなんというか、大きな勘違いをご披露しただけかもしれないのですが。

    では今日はここまで。

    妄言多謝。

  2. 田鶴 says:

    ヒトは幼い頃から天上を見つめながら大きくなっていく。
    最初はおっぱいを飲みながらだけど、おっぱいの向こうに誰かの顔がぼんやりと見え、
    さらにその向こうには青い空、暗い空があって、ちっともヒトを見つめ返そうとはせず、
    悠々と彼方に在りつづける。

    大きくなるにつれてヒトはその「無関心」に気づき、いつしか耐えられなくなる。
    私は此処にいるよ、呼吸しているよーーー木霊ばかりで、応えはなし。
    腕を振り回して暴れても仕方ないので、習い覚えた言葉を駆使して
    広大な「無関心」と向かい合い、呼びかけはじめる。

    始まりは「無関心」に名前を付けること。
    死、宇宙、否定、鎖、空虚、闇、あなた、救い・・・・・・
    その一つである神の名など、とうに手垢まみれで、
    地に堕ちている。

    さらに大きくなるとヒトは、あの「無関心」を変えられるかもしれないと考える。
    ーーー言葉は、けれど、、なんて不自由なのだろう。
    軽率で間抜けな言葉たち。
    「無関心」を見るがよい。ありのままの無関心をーーー。      田鶴より

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