裸の王様

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福島第一事故の後で日本人を最もがっかりさせたのは学者と知識人だった。
当時の枝野官房長官をはじめとした政治家の対応も(外国人の目から見れば)酷いもので、2chやはてなのようなインターネットコミュニティはわざわざ「さん」づけをして、いつもの悪態や嫌味に満ちた態度とはえらい違いだったが、インターネット以外の(というのはインターネットをめんどくさがって使わないタイプのおじさんたち)コミュニティでは初めから「詐欺師みたいなことを言う奴だな」という反応だったのをおぼえている。
ぼくは「トーダイおじさん」のひとりが枝野長官が寝不足の目をしばたたせながら目の下に隈をつくって談話を述べているときに「日本もここまで落ちたか」と予測しなかった厳しい口調で政府の「猿芝居」を罵倒するようなeメールを送ってきたのが不思議だったので、その好対照に驚いたりしていた。

外から見ていて、自分の専門ですらない放射線の害について恐れるひとびとの知識のなさをあげつらって「危ないわけがない」と冷笑する日本人「科学者」たちの尊大な姿の滑稽さは極めて日本的な光景に見えたが、そのために逃げ損なった被災地のひとびと、取り分け子供達のことを考えれば、日本の社会の途方もない非人間性がうかがわれて、「大学教師」とさえ名前がついていれば物理学教師の説く痔の直し方でさえありがたがって拝聴しそうな「試験に勝ったものがえらい」社会の後進性を笑ってばかりいるわけにはいかない。

時間が経っていくにつれて、日本のひとびとにも何が起こったかが明らかになって、「放射能などはたいしたことはない」と言い募った学者達の大半は自分達を「学者階級」とでも呼べそうな架空の「他人よりも頭がよい階級人」と思いなして、三々五々、適当なことを言い散らしていただけなのが判ってきた。
いくら権威に弱くても、考えてみれば、船乗りに飛行機の飛ばし方を聞くマヌケはいない。
漁師にクマの撃ち方を訊いていた、というか、ただ「大学で教えている」というだけのことをありがたがって、彼らの言説をいちいち科学的な発言だと信じ込んでいた自分達の錯覚に気付いたのは最近のことでした。

この頃になってインターネットのあちこちにtumblr などの「認識共有サイト」を通して「今度のことで学者という人種がいかに頭が悪くて人間的に低劣な人間が多いかよくわかった」と書かれているが、実は、これは戦後初めての発見ではなくて二度目です。

東京大学安田講堂の攻防戦をクライマックスとする全共闘運動は、集結した機動隊員の上にガソリンを撒いてから火をつけたり、重さ十二キロの舗道の縁石を落としたり(この結果石敷きだった東京の舗道から平石が消えてアスファルトに変わった)、硫酸や塩酸の瓶を機動隊員の顔めがけて投げつけたりで、60年安保反対運動時と打って変わった学生側の戦術の暴力化で有名になった。

簡単に説明すると国際コミンフォルムの指令を受け入れた日本共産党と朝鮮総連が1950年の朝鮮戦争に呼応して「火炎瓶闘争」を繰り広げ破壊活動防止法違反の指定を受ける(いまも指定団体のはず)と、1955年には日本共産党は路線を修正して平和革命路線をとる。
その結果、この平和革命路線を「日和見主義」と非難する暴力革命路線の反代々木系と代々木系に全学連は分裂する。
「代々木」はなぜかというと、ここに日本共産党の本部があるからです。

代々木系・反代々木系を問わず想定した最終決戦は1970年6月23日の「日米安保改定」阻止のための決戦で、1967年10月8日の「第一次羽田闘争」を皮切りに1970年6月23日に日米安保条約が自動延長されてしまうまでが戦後日本の動乱の時代だった。

いま沖縄の問題を云々するひとたちの議論がなんだか奇妙な甘えた子供のようになって「安保で国は守ってもらいたいが沖縄の米軍という名の強姦集団はいなくなってもらいたい」というようなアメリカ人達が聞いたら恥辱で顔を真っ青にするようなことを平然と言うのは、一に沖縄はすなわち日本であるということを忘れて他者化して話すことの無責任さに気が付いておらず、二には当時の広汎な数の日本人がもっていた「安保は廃棄すべきだ」という決意がなんだかおとぎ話じみたものに感じられるようになったせいでしょう。

図式は「安保反対闘争」だったが、見ていて面白いのは実際に学生達が憤激していたのは、この頃から大量に学生をうけいれるようになって「大衆化」の道を歩き出していた大学の腐敗で、「反対闘争」の標的は、あるいはこのころから凄まじい勢いであがりだした授業料であり、無給医制度、大学経営陣の運営金の着服、といった学内の身近な問題で、情緒的には眼前の具体的な学内問題のほうが本来の「政治目標」である「70年安保闘争」よりも重要であったように見えることで、無理もない、というか、かえってそれゆえに一般学生の支持もあったのだろーなあーと想像されることです。

900日を越える学生運動のあいだに警察側と全共闘学生側の両方から失望され軽蔑された存在が大学教師たちだった。
日本の研究者・学者達の人格の低劣さは大学を占拠してバリケードをつくって立てこもっていた学生側と、そのバリケードを破壊して死者・負傷者を出しながら、なぜか最後まで銃器を使わずに放水と微弱(CN)催涙ガス、大楯と警棒に頼っていっせい検挙をめざした警察側双方の無数の証言がある。

ついこのあいだまで防犯パトロールの警官が構内に立ち入っただけで「学園の自治を冒すものだ」と述べていた同じ大学人が自分達が学生に胸ぐらをつかまれる事態になると掌を返したように「この度警視庁のきついお達しにより、大学構内は立ち入り禁止とします」という看板を構内に立てて「警察側の」抗議によって看板を撤去せざるをえなくなったり、安田講堂ではカメラを持ってぞろぞろと集まり学生が巨大な体格の機動隊員に組み敷かれて血を流しながら連行されるのをみて拍手喝采して写真に撮り、あまつさえ「やっちまえ」「ざまーみろ」というような野次をとばして機動隊員たちの顰蹙を買ったりした。
上智大学では機動隊に両側から腕を取られた女の学生を後ろから蹴った大学教師兼業神父もいたそうで、機動隊員もびっくりしていたそうだが、目撃した一般学生のひとりであったおばちゃんは「わたし、あれでカトリックやめたんだもの」と教えてくれた。

173時間に渡ってただひとり学生達に軟禁されながら学生達のやっていることを民主主義のルールから外れ、礼儀にも悖ることだとして一歩も譲らず、逆に全共闘学生達から尊敬をうけ、警察が苦労して隠密裡に手渡した救出手順をしるした秘密のメモに「わたしの救出は必要ない。ただいま学生達を教育中」と返事を書いて警察人を感動させた林健太郎文学部教授をほとんどゆいいつの例外として、あるいは権力にこびへつらい、あるいは「大学を出ていない機動隊員」が大学構内にはいることに不快を示して、ある種の大学人はおもうぞんぶんアカデミックの世界に生きる人間の低劣な本性をさらけだして日本国中の軽蔑をかったものだった。
書き連ねても気分が悪くような醜態ばかりなので、ここではこの辺でやめておくがインターネット上に情報が少なく忘れ去られているだけでいろいろな形で活字にも残っていることなので「出典キボンヌ病」のひとたちも、一般の人間にアクセス可能な資料ばかりなのだから、怠け者の夜郎自大を捨てて、自分の力で本にあたってみれば、警察側と学生側の両方から炙り出しのように当時の「学者」たちの目を覆うばかりの人格崩壊者ぶりを目の当たりに出来ると思う。

福島第一原子力発電所事故後のひとりひとりの科学者の名を挙げて、その発言と行動の欺瞞ぶりを述べることも出来るが、いまの状態では、それは英語のような言語に譲った方が実効的であると思うので、ここでは述べない。
この短いブログ記事の目的は、学者たちが人間としてすぐれているわけではない、どちらかと言えば、蓋をあけてみれば、一般の水準よりも遙かに低劣な性格の人間のほうが多かったという単純な事実が学生紛争終熄後にはあっという間に忘れられてしまって、また「学者」たちが社会の人間の忘却に乗じて、またしても自分の専門とはほぼ無関係に「社会知の代表」としてふるまいだしたことのくだらなさについて話しておきたかっただけであると思う。

ある社会が信頼性をもった民主主義社会であるためには自分が「この人の言う事は信用できる」と考えた人間の言う事を妄信して、ぞろぞろ後ろをついて歩くのではなくて、自分の頭でものが考えられなければならない。
ここで重要なのは事象ごとに個人が十全な知識と情報をもっていることなどは有り得ないので「歴然として正しい」ことが何もない状態で自分なりの決定をくだし判断を下していくという難しい知的な作業を個々人に可能にしてゆく社会が個人を助けるものとして存在しなければいけないということだと思う。

放射性物質が安全だと説く情報統計学者の話に「相手が学者である」というダジャレに近い理由でとびついて、安全だと自分を言いくるめてしまうのではシャーマンの託宣を絶対のものとして、それを肯んじない部族の構成員を槍で殺しに出かける未開な人間たちと寸毫も変わらない。

日本の社会は歴とした国会議員が難訓の漢字を書いたカードボードを掲げて首相に「この字が読めるか」とマジメな顔で嵩にかかって質問するほどの些末知識偏重社会だが、ろくに英語の綴りが書けなかったジャクソン大統領が面白い奴だということになって、いまだに歴代のなかで人気のある大統領であるアメリカと自分の国を較べて、どちらがより健全な民主主義国家に近いかを考えてみることはよい事であると思う。

社会が成熟を迎えていれば権威の意匠を身にまとってもったいぶって物事を述べる人間は、その「お前達には判らないだろう」という尊大な態度の滑稽さによって「一般大衆」の哄笑の対象になるか、少なくとも警戒の対象にならなければならないはずだが、民主主義が根付かない社会では、逆に、自分を権威と仮想的に同一化して意匠でもよいから権威に連なろうとする人間が大量に出現する。
富国強兵の必要から上意下達の形に社会を歪めていけば社会はごく自然にそういう形になる。
その結果出現する社会は少数の「社会の意思の企画者」たちの思惑がそのまま社会全体の意志となる極めて脆弱な社会で、現代史上のドイツや日本、あるいはシンガポールや中国のような全体主義国家が民主主義国家よりも遙かに素晴らしい速い速度で成長するのも、前二者、ドイツと日本が破滅に向かって進み出したときに呆気なく加速がつくようにして徹底的な破滅にまで至ったのも、等しく同じ理由によっている。

前にも述べたことがあるが大学人などは学問という阿片に中毒した阿片窟の住人と言えばいいか、人間の能力のうち思考力という最も生産性が低くバランスを欠いた能力に自分の全存在を特化させた(言葉がひどいが)畸形的人格であると言えばいいのか、要するに研究者として優秀であればあるほど「社会一般に知性の代表として蒙を啓く」には最も向かないひとびとの集まりで、なかには学長という管理職になった者もいるが、殆どは研究者として配偶者に三行半をつきつけられたり学問に熱中したあまり家族生活を顧みずに娘に愛想をつかされて口を利いてもらえなくなったりしている「学者」が家系にぞろぞろ存在する人間が言う事なのだから聞いてもらわねば困る。
言葉を変えて言えば学者が述べることは自分の学問領域について専門学問の方法を直截に適用する場合のみ正確である可能性をもつので、学問上の方法から一歩でも離れれば、(あたりまえだが)学者の意見でもなんでもなくて、その辺にいるアマチュア学者よりも自分の知力への自負が強い分だけ妄信も激しく頑迷で、通常は有害である。

大学紛争の時代は学者にとっても社会にとっても「学問に秀でた者が社会的判断においても秀でている」という合理性のない考えに囚われていたことによって双方に不幸な結果をもたらした。
日本の大学群が荒廃するおおきな歴史的理由のひとつをつくってしまった。
いまも専門外の科学分野について得々と述べている「研究者」は日本にはたくさん存在して、見ていて傷ましい感じがするが、おおかたのひとが、どうやら目の前でしたり顔で「正しい科学的知見」を述べているおやじはいい気になっているだけで何もほんとうには知らないことを、ただ「大学教員」というこれまでの人生でならば「おや、頭がいいんですねえ」という素朴な反応で暖かく迎えられたタクシーの後部座席や定食屋のカウンタ越しに受け取った感触だけをよすがに、ほんとうは身につけていない煌びやかな知の衣装が見えないと曰うおまえはバカなのだと述べているにすぎないことに気が付きだしたことは良いことであると考える。

しかし裸であった王様の衣装を見えるふりをした頃の自分の惨めさを忘れてしまってはまた元の黙阿弥になる。
元の黙阿弥だけならば良いが、それによって危険にさらされる子供達の将来を考えれば近代の寓話から何も学ばなかったことへの支払いとしては高すぎる代償であるようにも思えるのです。

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6 Responses to 裸の王様

  1. Ray says:

    こんな、付和雷同を諌める記事に、やんやの喝采を送らざるを得んのはいろいろな意味で悔しい限りやけど、よく言うたと言うしかないなあ。

    >ある社会が信頼性をもった民主主義社会であるためには自分が「この人の言う事は信用できる」と考えた人間の言う事を妄信して、ぞろぞろ後ろをついて歩くのではなくて、自分の頭でものが考えられなければならない。
    >ここで重要なのは事象ごとに個人が十全な知識と情報をもっていることなどは有り得ないので「歴然として正しい」ことが何もない状態で自分なりの決定をくだし判断を下していくという難しい知的な作業を個々人に可能にしてゆく社会が個人を助けるものとして存在しなければいけないということだと思う。

    日本の社会は、「おんなこども」が自ら考える存在であることを「おとなのおとこ」が一切認めないできた大きなツケを、今払わされているのやと思います。

    • momococoro says:

      日本の「おとなのおとこ」は「おんなこども」が自分より頭が良いことを言って見せたり自分と違う意見を述べると、よってたかってその意見をつぶしにかかります。
      「おんなこども」は空気を読んで、その人のそばにいるかぎり「そのひとより馬鹿であること」を選択します。相手の威信を傷つけるような発言は認められないし、「礼儀がなっていない」「敬意を払っていない」という理由(それはようするに「僕が一番でなきゃいやだ」ということなんだとおもう)で人格批判をされます。そうこうしていると、「正しいと思う意見を言うこと」より「いかにそのコミュニティでうまくたちまわるか」のほうに頭を使うことになるので、まともな意見はだんだん出なくなります。
      そのなかで自分の精神を磨耗させずに人の道を歩みゆく、というのは、なかなかの鍛錬です(これは日本に限らずどこの社会でもおなじなんじゃないかと思うけど、特にアジア圏)。

      平成生まれの男子は男女平等の精神を説かれて育ち、そうでもなくなってきていると思いますが、社会制度は女子に不利なままに、責任と負担をも男子と同様に配分することにも疑問を持っていないようなので、昭和でも平成でも、おんなびとをやるのはたいへんなことのようです。

      日本の女の「空気を読む」スキルは、学者の知識よりアテになるかもしれない。そこに「根拠」はないけど、机上の理論ではなくサバイバルスキルなので。

  2. AgathaChrio says:

    東京の歩道もコンクリートブロックだったころは、でこぼこで運動神経の悪い子供だった自分がよく躓いたのを思い出しました。当時、あれが撤去された理由として理解していたのは、過激派学生のデモがあれを割って投石したからだと言うことでした。実際に見たこともありました。
    その反面、安田講堂の事件であれがそのまま落とされたことや硫酸が投げられたことなど、初めて知りました。あの事件に関しては、妙に情報が統制されているような気もします。

  3. AgathaChrio says:

    肝心なことを書き忘れました。まさにおっしゃるとおりだと思います。もやもやと考えていたことがすっきりといたしました。

  4. isaokato says:

    「ブラック・スワン」などの経済書で有名になったナシム・タレブ氏が、一時期アカデミアの世界に身を投じた経験を聞かれ「変な話だけど、実業界のほうは人が良くて気もちいいのに学者の世界は誹謗中傷がうごめく嫌な人がいっぱいいた」と語っているのが印象的でした。

    学者の世界の問題は、実用的な利益(つまりお金)が得にくいし、ついでに言うと本物の尊敬も得られにくいので(だってアジアの教育熱心なママたちは子供達を学校に追いやるくせに、その子供が教師になりたいというと猛反対するでしょう。心の底では教師のことも、教師に頼る自分のことも軽蔑しているのではないか、と勘ぐったりします)、心のよりどころが「評判」になってしまう。

    「評判」の致命的な欠点は他者に依存することなので、その「評判」にすがりつかざるを得ない学者達に「一貫して正確な情報を出せ」なんて無理でしょう。お金もない、真の尊敬もない、残ったのは身内の評判だけなのに、それすらはぎ取られたらどうやって生きていくのですか?どんなことをしても、自分の権威を保証してくれるあの人やこの人を振り向かせてみせる、演歌も真っ青な世界が始まる気がするのです。

    僕は学者達に同情するつもりはありませんが、そんな世界にあって、お金も尊敬もあげないのに評判を犠牲にしても本当のことを言ってくれ、と願う僕らは無い物ねだりをしてるんだろうな、と思います。いや、それでも本当のことを言う人はいるのでしょうが。

  5. tetsujin says:

    ガメ・オベール様

    読後、しばらく考えていた。

    >ある社会が信頼性をもった民主主義社会であるためには自分が「この人の言う事は信用できる」と考えた人間の言う事を妄信して、ぞろぞろ後ろをついて歩くのではなくて、自分の頭でものが考えられなければならない。

    自分の頭でものをかんがえるというのが難しい。日本では、奇妙な悪戦苦闘に巻き込まれる。下に述べます。

    >民主主義が根付かない社会では、逆に、自分を権威と仮想的に同一化して意匠でもよいから権威に連なろうとする人間が大量に出現する。

    民主主義より先に、個人主義が根付くことが必要でしょう。人々の意見にもとづく政治的決定をするためには、人々が意見を持たなくてはならない。でも、その意見が借り物の操作された意見に過ぎなければ、もとづくに値しない。で、借り物でない意見を持つために大事なのは、自分が「これだっ!」と思わないかぎり何一つ受け入れない、ということだと思います。かたくなだけれど、これしかない。すると。

    真理の規準は、結局、考える私の明晰判明な判断だけなのだ。西洋の近代哲学、例えばデカルトやジョン・ロックから学ぶべきことは、これに尽きる。でも、これって学べない。 学 べ な い。ちょっとしたパラドックスになる。悪戦苦闘の始まりです。

    「連中が個人主義でやってるから、俺たちも個人主義でやろう」というのはダメダメ。近づこうとすればするほど遠ざかるはめになる。付和雷同しない人の真似をして付和雷同しない人になろうとする人の付和雷同は、どうやって取り除けばよいのか?

    誰かの(船橋洋一だったかな)書いたもので読んだのですが、敗戦後に昭和天皇がマッカーサーに会ったとき、ミカドは「これからは日本人もキリスト教でやっていかないといけないと思う」というようなことを言ったとか。するとマッカーサーは、「キリスト教というのは、みんなで一斉になるようなものではないと思う」と返した。

    真偽不明のゴシップですが、私はこの小話が妙に好きです。尊大なマッカーサーに分かっている何かが、謙虚なミカドには分からなかった。たぶんそれは、感傷ぬきの、混じりっ気なしの、孤独、というものなのだと思われる。そして、マッカーサーとミカドの隔たりを埋める方法は、ほとんど思いつくことができない。

    「おお、私は独立した個人として振る舞うということを理解していなかった。これからは独立した個人として振る舞おう」っていうのは、最初の一歩でまちがった方向に歩き出している感じがする。あるいは、どこに向かっても歩き出していない。独立した個人になろうとすること自体が、何かへの迎合になってしまっている。

    ここで、神の出番でしょう。(毎度、生煮えの神サマ談義であいすみませぬ。)

    神を置くことで、私の歩みに何かへの迎合が含まれているかいないか、測定できるようになる。神から逸れるたびごとに、私は何かに迎合している、というように。

    この「神」は「真理」に置き換えてよく、「神から逸れる」は、「真理の追究を途中でやめる」に置き換えてよい。

    神と対話しない学者は、ごく自然に、誰かのご機嫌伺いでもするかのように語ってしまうだろう。大衆に向かってエラソーに語るのは、どこかの誰かに迎合することと表裏一体だろう。それならば、神を持たない私としては、誰のご機嫌取りもいたしません、といって虚勢を張るしかない。だから。

    うー、わんわん!咬みつくぞ!! (永遠に吠えることのない狼に見えてしまうことがないように、ということです。)

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