移動性高気圧

大雨のなかをモニとふたりでクルマからスーパーマーケットのなかに駆け込んでゆくだけでも楽しい。

30歳の人間の生活は複雑で、事業(はっはっは、「事業」だって)どころか家の運営にすら複数の人が立ち働いていて、めんどくさいたらありゃしない。
でも生活を巻き戻して簡潔にしてしまう方法はある。
旅にでるのね。

今日は朝ご飯を食べただけだけど、途中においしそうな店がなかったから、イタリア式乾パンとワインだけでいいび。
普段は家のひとびとが代わりにでかけてくれるスーパーマーケットにモニとふたりででかけて、水とワインや、Tonnoの瓶詰め、パスタ(麺もペストリも!)、プロシュートに白アンチョビ、アラビアータソースを買う。
キッチンがあるところに泊まれば料理もする。
せっかく鍛えた料理の腕前を鈍らせないためには大事なことです。

旅行に出る度に人間の暮らしは簡単なほうがいいなあー、と思う。
生活が単純になるとテレビはおろかインターネットもあんまり見なくなるよーだ。
ラツィオからウンブリアへ抜けるイタリアの曲がりくねった山道を雷雨と競争で駆け抜ける。
雷雲に追いつかれて買い物袋を両腕に抱えたままびしょ濡れになったスーパーの駐車場で「バカップル」そのままに笑い転げている。

さっきまでの豪雨がウソのように晴れて、青空が広がったTODIの田舎道で馬を飼っている牧場に行き当たったので白い馬ばかりが5頭駈けているパドックの柵にもたれて、寄ってきた馬と遊ぶ。

ガメは、どうしてどんな馬にも好かれるのだろう?という。
考えてみれば馬だけではなくて犬も猫も。ロバまで!
「あっ、ロバはね、説明できるぞ。
彼らは日本語で話すのさ。
いいよおおおおー!て言う。
いいいいよおおおおおおー!!
ロバたちや日本人たちにとってはOKって意味なのさ。知らなかったでしょう?」
モニが、ウソばっかりと言いながら笑いころげている。
ほんとうのことなのに。

どんな動物にも好かれるのは、ぼくがほんとうは人間なんかじゃないからさ。
知ってるかい?
思い出せなくなってるだけで、モニも、もともとはぼくの種族なんだぜ、と冗談を言おうと思ったが、なんとなく言いそびれてしまった。
自分が何であったかを思い出されて、この楽しい地上の生活が終わってしまっては困る。
サイヤ人は辛いのだとゆわれている。

午前3時をまわったころ、窓の鎧戸の下を誰かがおおきな声でひとり声を言いながら歩いている。
RIETIの田舎にいるはずなのに日本語です。
はっきり意味が聴き取れないが「どうしてこんなことになったのだ」というようなこを言っているように聞こえる。
半睡半醒の間が睡眠に傾いているあいだは、それは軽井沢の「山の家」で、鎧戸の向こうなのに青い月の光が見えている庭だった。
だんだん目が覚めてくると、RIETIのオリーブ畑に囲まれた(元はワインセラーだった)一軒家を改造した宿屋の寝室にいるのが明瞭になってくるが、それでも同じ声は歴として窓の下に聞こえている。

でも抑揚だけを聞くと日本語に聞こえるその「鳴き声」は日本語としては意味をなしていなくて、なにかの獣の鳴き声のようである。
見当がつかない生き物の声を訝ってベッドに起き直っていたら到頭モニも目をさましてしもうた。

「イノシシかな?」と言うと、モニはさっさと起きていって窓を開けて身体を乗り出して懐中電灯で音がする方を照らしていたかと思ったら鎧戸と窓をしめてベッドのシーツのあいだにもぐりこんでしまった。
なんだった?
と訊いても返事をしてくれません。
シーツを無理矢理ひっぺがして、「ねえ、なんだったの?」と訊くと、
ニカッと笑って「蜘蛛の巣にかかったおおきなハエ」という。
ウソ。
ほんとです。
ウソ。

やむをえず自分でも窓を開けて軒先をみあげてみると、おおきなクモの巣にひっかかったおおきなハエだった。
なんだかモニがシーツをかぶって泣いている様子なので顔を覘いてみると泣いているのではなくて、声を殺して笑っているのだった。
ものすごく苦しそう。

「ガメって…….. イノシシかな? だって! イノシシ!! ガメの世界のイノシシさんにあって声を聴いてみたい…あんな鳴き声のイノシシって、火星かどこかにいるのか?…ああ、もうダメ…くるしい」

旅が教えてくれることのうちには、最良の人生には意味も教訓もないのだ、ということが含まれる。
青い空に輝かしい太陽がのぼるように幸福があらわれて、夜には水煙のように空ににじむ満点の星の光がきみと愛するひとのもとに静けさを届けてくれる。
そのときにこそ、一日という長さではないのはもちろん半日ほどもなく、一時間ですらなく、ただの一瞬間にすぎなくても、きみは「言葉によって翻訳されていない直截な幸福」を手にするのかもしれません。
神の掌に直に触れたひとのように。

ほんとなんだぞ。

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3 Responses to 移動性高気圧

  1. spacenoid says:

    日本時間でおはようございます。
    初めまして”すぺーすのいど”と申します。
    最近ガメさんのブログを愛読しておる者です。
    ブログがあまりに面白いのでツイッタ等でリンク貼ったり、FBでシェアしたりもしました。
    そんなわけで早々にご挨拶せねば、とは思っておりましたが、遅くなりました。
    何卒よろしくお願いします。

  2. 眠り頭 says:

    ええのう。楽しそうでなによりでやんす。( ’3’)ノシ

  3. isaokato says:

    さて、ガメさんのブログにも時々出てくる「つぶやきのような密やかな声」なのですが、最近、Medium(主に死者との媒介)を行う人のドキュメンタリー(http://www.mediums-lefilm.com/en/index.php)を見た際に、彼らが「あちら側の世界」でつぶやかれるひそひそ声を録音するシーンが印象に残りました。声帯を使わずに、口の動きだけで音を作るのが特徴なので(肉体がありませんから)、そのせいで「声」ではあるのだけど「人間ではない」のがわかる、と。ひょっとしたらそういう声が聞こえているのではないか、とふと考えてみました。聞いてみたいな、と思いますが、それは一生懸命聞けばそのうち聞こえる類いのものではない気がします。何らかの意味で受け入れる条件が整えば、勝手に聞こえてくるのを楽しみにしましょう。(楽しいかどうかは別ですが)

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