ノーマッド日記13

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なんだか、むかし日本にいたことがあるなんて夢のなかの出来事のような気がする。
モニや妹やむかしからの友達はみな知っているが、ぼくは「日本語」という言葉がとてもとても好きだった。
イタリアでは相変わらずスペイン語とイタリア語が混濁して嫌な顔をされるし、フランスでは文法を間違って爆笑される。
日本語だけは「ニセガイジン」といわれるほど上達したのは、子供のとき住んでいた云々よりも、やっぱり「日本語」という言葉が好きだからだろう。
日本の社会は、あんまり好きでなかった。
マンガ(特にめぞん一刻)やアニメ(特にトトロ)から想像したのとは違って、毎日顔をあわせるひとは愛想がよいが、インターネットを通じてみる「ホンネ」の世界では軍隊の兵営内部さながらというか、「他人を傷つける」ことに自分の才能を特化しようとしている人ばかりで、しかもそれさえかなわず幼稚な悪罵に終わってしまう人が多くて、その上、頭のなかで辻褄が合うと、それが真実だと闇雲に信じ込んで、しかも辻褄の手妻に長じた「教祖さま」みたいなひとにもっと頭がうまく動かないひとたちがおおぜい従いて歩くという「ほんとうに先進国なのか」(ごみん)というていたらくの社会だったと思う。

言語が大好きなのに社会が嫌いなんてヘンなことがあるだろーか、と考えたことがあったが、考えてみればあたりまえなのかも知れなくて、唇をかみしめて、「個人」のことなど一顧だにしない社会のなかで生まれ育って死んだひとびと、「自由でありたかった」ひとびと「自分自身でいたかった」ひとびとの思いの丈は「日本語」という言語以外には行き場所がなくて、日本語がびっしょり濡れている「意味」や「情緒」にはそういう魂がいっぱい詰まっている。

英語なら「I don’t deserve this」という。
自分の人生はもっとマシなものだったはずだ。
おれは、もっとマシな人間なんだ。
「日本語」の奥底から、そういう「声」が低く、でも明瞭に聞こえ始めて、ぼくは
自分が日本語で書くもののなかで「聞き取りにくい声を聞きにいく」と繰り返し述べ始めた。

透谷は日本人にとってのほうが、もしかしたら、読むのが難しい作家で、なぜなら
「処女の純潔を論ず」という、その「処女」も「純潔」も、いまの手垢がついて意味が変容した「処女」や「純潔」とはまったく語彙としての意味が異なるからです。
北村透谷というひとは日本人にとっては、まったく巨大な罠のような作家で、語彙のおおくを透谷が「造語」していたのだということに気付いてひとつずつ意味を修正しながら読んでいかなければならない。

そうやって修正した北村透谷は、日本で初めて男も女も社会の部分ではなくて、商店の軒先の棚から一段昇華され止揚された「観念の高み」にある「一個の全体」でなければならない、と述べていたので、それに気が付いて読めば、力をつくして戦ったあげく自然を自然と認識できなくなったことを告白する「哀詞序」で(finnalventさん風の用語を用いれば)「離人症」の暗黒に落ちるまで、ひとつの高貴な魂の軌跡を描いた人で、世界文学のなかでもすぐれたもののなかに数えられるべき作家であると思う。

透谷を皮切りに日本には数々の「敗者」がうまれた。
日本人の自由への希求と渇望は、からみついてくるような集団の悪意と誹謗のなかで足をとられた魂たちの敗北の歴史だった。
たった一回の輝かしい勝利もなく、およそ日本語で「個人」の絶対の偉大さを述べて、それに較べれば社会などはクソだ(言葉が悪くてごみん)と述べたひとは、あるいは収監され、あるいは経済的社会的に葬られて、ほんのささやかな勝利も手にしたことはなかった。

日本には「われわれは、そうしなければ悪魔のような西洋に食われてしまうのだ。そうしなければ国が滅ぼされて皆奴隷にされるのだ」という日本人の心に訴えやすい危機を述べていつでも人心を収攬できるむきだしの姿の国家が生きていて、また(最近では下地真樹の逮捕劇をみれば判るように)必要とあればむきだしの国家のむきだしの牙で、自分の国の国民をくわえて連れ去ることに躊躇の気持ちを持たないからです。

日本の歴史のそこここに累々と無惨な骸をさらしている「個人の自由」と無力だった敗者の姿は、しかし、それこそが日本人と日本人を支えてきた日本語の偉大さを示している。
(なんかネトウヨみてえ)
その連続した敗北の歴史は、どんなに蹂躙されても、決して諦めずに手を変え品を変え自分達の「役にも立たない自由」を主張してきた歴史そのものでもあるからです。
日本語の闇に向かって耳をすましていると必ず聞こえてくる「聞き取りにくい声」、「ぼくは人間なんだ。社会の部品なんかじゃない」というか細い声の伝承は、日本の人にとって、最大の勲章であると思う。

モニとぼくは、相変わらずイタリアの人口が1000にも満たない村から村へ、ふらふらと移動して遊んでいる。
通りを挟んでアパートの窓から窓へでかい声でなかなかすっきり晴れてくれない天気に向かって悪態をつきあっているばーちゃんたちを通りから見上げて「ボンジョルノ」(もともとは英語の「グッデイ」と同じ意味)というと、ばーちゃんは、イタリア人固有の「まあな、どうしても、そう言いたければ、それでもいいが」の有名な身振りをしながら、しぶしぶ「ボンジョルノ」と述べている(^^;)

チョーうまそうな料理屋があったので、まだ朝の11時半だったが、「開いてますか?」と訊いてみたら、「客が来たのに、開いてない料理屋なんかないのさ」と述べてウエイターのおっちゃんがテーブルを大急ぎでセットしてくれる。
500mlたった€3のテーブルワイン、メッツオリトロのビノロッソデラカサから始まって、おおげさでなく天にものぼる味のtartufo(イタリアトリュフ)をいっぱいかけたカルボナーラとバルサミコをシュッシュッと噴きかけて食べる「これでランプステーキなのかあ」なステーキ
でお腹がいっぱいになったぼくは、
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同じようにtartufoをかけたクリーム入りのカルボナーラとローズマリーで味付けしたステーキで、うーくるしー、になったモニとふたりで、その知らない村を散歩した。
頭がくりくりのでっかいおっちゃんが全部手作りしているお菓子屋さんによって、あとで無茶苦茶法外においしいことが判明したやわらかいカントチーニを1キロ買った。
指先に心を凝らすようにして丁寧に紙で包装してセロテープで丹念に止めるこまやかな仕方が日本の人のよーである。

帰りには、「産直野菜販売所」に寄って枝についたままのポモドーロ(トマト)を山のように買った。
トマトを使う予定はないが、モニもぼくも、なんとなくトマトをたくさん買う気分だったから。
それから花屋に行って呆れかえっているおばちゃんを横目に店にある花という花を買い漁った。
野菜や花をたくさん買って、両腕に抱えきれないほどになって、降り出した雨のなかを帰ってきました。

こんなに唐突では、だいいちなんのことだかちっとも判らないし、面食らうだけだろうけど、モニもぼくも、日本のひとが幸福になるのを心から願ってる。
フクシマもアベノミクスも、なんだか遠くなってしまって、一生懸命神経を集中させても、うまく起きていることが聞こえてこない。
でも、こうして日本語を使ってみるたびに、ひとつひとつの語彙を通してさえ明然と聞こえてくる「聞き取りにくい声」は、やっぱり耳殻のなかを共鳴している。
もう、どんなふうに話してみても、ぼくの声は届かないだろうけど。

日本の人よ!

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3 Responses to ノーマッド日記13

  1. Ray says:

    日本から「若者の車離れ」という言葉を聞くたびに苦笑してしまう。若者に「個人の自由」を教えて与えるつもりのない社会に「若者の車離れ」を憂う理由なんてこれっぽっちもないはずやから。

    そもそも、他の国と違って、日本では運転免許は(原則として)厳重なお上による教育を受けた結果として発給されてる。そこでは陽には「運転免許は国が運転者に与える特別な許可と責任であり、自由の象徴ではない」と教示され、陰には「取締官ではある警察官には(多数が元警官である運転教官を見れば判るように)絶大な権限と裁量を持っていること」が暗示される。

    ニュージーランドのように、車の運転が親が子供に伝える生活技術のひとつで、行政がそれを追認する仕組みになっていない。日本は車の運転だけやなく「個人の自由」全部がそういう扱いや。日本の交通規制とその運用のでたらめさは、「個人の自由」に対する態度をそのまま表してると思う。

  2. 眠り頭 says:

    〉もう、どんなふうに話してみても、ぼくの声は届かないだろうけど。

    そんなことはない。ガメさんの声は多くの人に届いとるよ。

    おれは以前、「あなたのブログを読んで日本語に出会うことができた」とツイッターで云ったことがある。
    (ガメさんのリプライは確か「ふんふん(えびぞりちゅう)」だったと思う(笑)。

    気が付いていると思うけれど、おれのツイッターやコメントで書く文章はガメさんの文体、いやさ、文体というよりはもっと抽象的な呼吸のようなものを模倣して書いている。

    実際、ガメさんのブログを読むまでは文章なんて200文字もまともに書けなかったし、喋ったりするのはもっと出来なかった。 自分の気持ちを全然引き受けてくれない日本語という言語が信用できなかったんだ。 喋りだすといつもこれはただ空気を振動させているだけだというのが直観的に分かってしまうんだよ。 「なにも語れない。」そんな気持ちでいっぱいだった。 

    でも日本語練習帳を見つけて読み始めると不思議なことに、ガメさんの紡ぐ文章につられて自分の頭の中でぽろぽろと言葉が溢れだして、そのうち秩序を成しておれに語りかけてくるようになった。
    それらの言葉は今までおれが言葉に出来ないと思っていた、心の底で蟠っていたもっと抽象的で断片的な手触りのようなものとくっついて、知らず知らずのうちにおれの手を引いてひとりでに歩き出すようにまでなった。
    以前は自分の口から出る言葉には全て嘘が混じっているように、そして自分が全てを欺いているように思えて随分苦々しい思いをしていたけれど、日本語練習帳を読み始めたのを境に随分変わったんだ。ほんとだよ。

    なぜ日本語練習帳の文章だけが自分をこんなにも揺さぶったのかはわからないのだけれど。

    あの時の、このブログを見つけて読み始めた時のおれの気持ちがわかるだろうか。 危機に瀕していた時に味方が駆けつけてくれたようだった。錯乱して気が狂いかけていた俺の横っ面をぶっ叩いて正気にもどしてくれた。

    言語としての日本語はきみの言うとおりもう殆ど死に体だと思うけど、それは悲しいことだけれど、それでも、少なくともおれはおれ自身が日本語という言語と和解することができたことを嬉しく、そしてなによりも心強く思っているよ。 

    こんなふうに書くとブログの記事に何を大げさなと笑う人もいるだろう。でもおれにとっては全然大袈裟じゃないのさ。

    あんがとねガメさん。

    ああ、やっと言うことが出来た。
    ブログのコメントなのに私信のような文章を書いちまったい。許されよ。

    ステーキがうまそうであーる。 夜中に腹が減ってきたなー。

    ではまた。

  3. momococoro says:

    届く人には届くよ。だいじょうぶよ。
    (って言いたいのに。)

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