Back to Como

コモ湖に着いた。
ローマからだいたい3000キロをクルマで右往左往走り回りながらだんだん北上してきたのだ、とクルマの走行距離計が述べている。
北上するに従ってイタリアは「大陸欧州」に変貌して、ロンバルディアにはいると「カルフール」や「Auchan」があちこちにある(^^)
イタリアらしい典雅な田園は影を潜めて、欧州のカサカサとした風景がそれにとってかわる。

モニさんも自分が小さいときから馴染んだ「欧州」の風景に戻ったので安心したのでしょう。
「わたしは今日は酔っ払うのだ」と宣言して、かーちゃんととーちゃんの家に行く前から飲み始めてシャンパンとランブルスコで足下をふらふらさせて「山の家」のなかを歩き回っておる(^^;)

軽井沢に代わる「山の家」として買ったこのコモ湖湖畔の家は、コモの町から40キロくらい離れたところにある。
テラスに座って湖を眺めると、白い航跡をひきながらひっきりなしに行き来する船がみえます。
ときどき青空がみるみるうちに向かい側の山の端から姿をあらわした積乱雲に覆われて、すさまじい雷雨を降らせる。

晴れると、風景は「美しい」というようなものではなくて、魔法使いに悪戯した復讐に19世紀の風景画家の絵のなかに閉じ込められた人のような気分になる。
この村は後ろの山を登ればもうスイスだが、それでもたいそうイタリア的な村で、優雅という優雅が風景のどんな細部にも張り詰めたように敷き詰められている。

いちばん近いスーパーマーケットまで35キロ。
いちばん近い商店まで歩いて40分。
なにもなくて、ただ湖と山だけがある。
湖畔は観光地なので桟橋があちこちにあって、その周りにはミシュランに出ているレストランがいくつもある。
観光客でいちばん多いのはイタリア人、次がドイツ人、スイス人、7月になると連合王国人とアメリカ人たちもやってくる。

教会の鐘が鳴り渡って、他には鳥の声が聞こえるだけである。
「隣り」というものはちゃんと存在して、近くのホテルを経営する夫婦が住んでいる。
なんだかチョーまじめな夫婦で、チョーまじめな夫婦に感化されたチョーまじめな息子が、どうやらチョーまじめであるらしい寄宿学校から夏は戻ってきて、チョーまじめなかっこうでほおづえをついて太陽に輝く芝生をみつめながらチョーまじめな憂い顔で何事か考えごとをしている。

山の家に到着したので、やりたいことはたくさんある。
旅行中には無理だったAKさんやSDへの返信、tetsujinさんをはじめ、なんだかこのブログの特徴のようになってしまった記事よりも遙かに素晴らしいコメントのひとつひとつに返事を書きたい。
日本語フォーラムでちゃんと話をしたい。イタリア語やスペイン語に「けり」をつけてしまいたい。

いまくらいの時間(夜の9時半)になるとゆっくりと暗闇がやってきて、対岸の町に明かりがともる。コモ湖は長く細い湖なので、対岸の明かりが水面に映って揺れている様子が綺麗であると思う。

ジョン王と会話しなければならない。
かーちゃんやとーちゃんや妹たちとも一緒の時間を過ごしたい。
今年からかーちゃんシスターと義理叔父もコモに会合することになったので、楽しい時間がもてそうである。

最近はフランス語に続いてイタリア語やスペイン語で何かを書いていたり話していたりする時間が長くなってきたので「欧州とはなにか」というヘンなことを考えるくせがついてしまった。
北海の暗闇と暴力の世界と地中海の太陽と残酷の世界にはさまれてできたこの世界は、一般に考えられているほどの普遍性はもちえていなくて、あの「普遍性のある欧州」という観念は実は「誤訳された欧州」のほうなのではないか。

何代か前は欧州のイタリアやイギリス、フランスに住んでいたはずのアメリカ人さえ、欧州を完全に誤解していることが多いのを眺めていると、結局現実のままの欧州は地方性どころか単純に「個」に由来していて、「個」の発見のみが欧州の普遍性なのではないかと思う。
しかも、この「個」は欧州の外では呼吸ができないのではないだろうか。
そう思いながら自分のブログを開けてみると、tetsujinさんが同じ考えであるような、全然違う考えであるような微妙な意見を述べていて、めんどくさいから電話して話し合ってみたい、という衝動を感じてしまったりした。

イタリアほど「文明」について考える契機を与えてくれる土地はない。
イタリア人が1940年代につくったフォークリフトを観察すると、まるでレオナルド・ダ・ヴィンチが考えました、というような説明的な動力の伝達系で、「マッキーナ」というものが本来はどういう思想のもとに生まれたものか、というか、実は産業革命の申し子などでは全然なくてルネッサンスの直系の子孫であるのが判る。
産業革命で生産機械が生まれたという妄信はイギリス人のへのこ自慢でなければ、将来、必ず人間を不幸にするであろう機械文明の発明民族としての誹謗を免れるためにイタリア人が仕組んだ深慮遠謀なのではないかと思われる。

燃えるような赤色の薔薇が延々と続く湖畔の散歩道や、装飾性を極めたローイングボート、どんなものを作っても「デザイン」を絶対に優先してしまう「美への依存症」とでも言いたくなるようなイタリアの工業製品を見ていると、文明は、長い歴史をもつと集団としての病に似てくるのではないかと皮肉を述べたくなる。

アメリカ人や日本人は考えてみればそんなことが絶対に出来るわけはない「文明を解体・輸入して自国の社会で再構築する」という間違いを犯した。
ヘンなことを言うなあ、と考えて笑う人がいるだろうが、ペストリとスパゲッティが両方ともに「パスタ」である言語をもたない人間がローマ人に倣うことはやはり無理であると思う。
同様に、機械システムとして人間を見たかったレオナルド・ダ・ヴィンチと同じ視座をもてないものが機械文明を興してしまえば、それがどんなに興隆しても畸形性が拡大していくだけだった。

「思想を借りてくる」ということの困難と危険を現代の人間は世界中で体現している。
そう述べているわし本人が、ついこのあいだまで思想は普遍性をもちうる、言葉を変えれば言語に内蔵しうると、のほほんと考えていたわけで、無味透明な「個」などなくて、言語が染まったさまざまなものに(考えてみれば当たり前だが)「個」もまた染まっているところからすべての話は始まったのだということに気が付いて、「やべー」と思っているところなのだと思います。

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One Response to Back to Como

  1. lathe22biosis says:

    私、軽井沢から車で30分のとこが地元で、コモ湖にも行った事があるので、あ〜、軽井沢からコモに移ったのか〜 そかあー、となんかその場所の選択に納得してしまいます。いいなー。雨上がりのコモ湖見ながら過ごせるのか。。。あの登山電車みたいなのに乗ってコモ向って、山越えしたら一気に雰囲気変わるとこが好きです。そうそう、今住んでるインドのモールのスーパーマーケットがAuchanになりました。ここでフランスの店があるのも不思議な感じ。ところで菰野は行った事ありますか?三重の、温泉の多いいい田舎町なの。
    イタリア行くと、個の豊かさに圧倒されて、自分の悩みがなんてちっぽけなことで、悩んでるよりうまいごはん食べて花でも買うか〜って感じが好きです。ではまた。

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