明日があるさ

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日本は2050年にも独立国でいたければ対中国戦略に全力をつくさなければならないし、そのことに集中力をもたなければならない。
極端ないいかたをすれば世界中の日本に興味がある外国人が知っていることで、日本人だけがぼんやりとおもいうかべることなのかもしれません。
もちろん他にも日本が生きのびる道はあって、中国が西洋諸国に向かって盛んに示唆する「中国圏の形成」提案にしたがって、中国圏に入り、古代の東アジア政治の文法に戻って中国の衛星国として生きてゆくという戦略は残されている。

でも、甘やかされた子供のように自分のいいたい放題を述べて、悪い事は全部同盟国に押しつけて、アメリカを「横暴な専制主義国家」と口汚く罵り、アメリカとの同盟を維持しようとする自国の政府は傀儡であり奴隷であると嘲って快哉を叫びながら、2050年にもいまのような政治的な立場である日本であることは絶対に望めない。
可能性はゼロです。
いま20代で2050年にはアメリカの支配層として国策を決定する立場になるひとびとと極東の将来に対するビジョンについて話してみれば簡単にわかることであると思う。

鳩山由起夫は日本では「バカな変人」ということになっているのは知っているが、論理の筋道は通っていた。
わしは彼の主張は観念の世界のみでうまくいくもので現実世界では到底無理だんび、と思っているが、たとえば沖縄の問題ひとつとっても「彼の主張が現実的でない」のならば、最小限沖縄県以外の日本人は沖縄人ひとりあたり年間200万円程度の賠償金を払っていなければおかしいはずで「お気の毒に」と述べて言っていることとやっていることにまったく整合性がない。
橋下徹に至っては沖縄の「風俗業」に従事する女びとたちごと「ダッチワイフ」扱いで、彼にとって「政治」などは観念を現実に無理矢理変換する遊びにしかすぎないことがばれてしまうていたらくだった。
くだらないことをいうと、橋下徹のような人は、むかし沖縄や横須賀で週末になれば性器裂傷や子宮口破裂で救急搬送されてくる「風俗業」の若い女びとたちを泣きながら「もっと自分の身体を大事にしなさい」と叱責しながら治療した女医さんたちの話でも聴きにいけばどうなのかと思う。
わしのようなプーのガイジンでも会って話を聞かせてくれたのだから、大阪市長という「要職」についている人間ならやる気になればいつでも出来るのではないでしょうか。

中国の外交はむかしからやりかたがはっきりしていて、先ず「こうしたい」とはっきり言う。友好協会や政治的にぶっくらこくようなことを述べても(シビリアンコントロールが発達している)西側ではたいした問題にならない西洋国家訪問中の高級将校、あるいは学者の口を借りて、公の場でのべてみせて反応をみる。
反応が手厳しければ、また4、5年待ってから同じことをやってみます。
アメリカで中国の将軍が「日本はすでに中国圏だ」と述べてみたり、「アメリカにはなにも出来はしない。きみたちアメリカ人がICBMを中国に打ち込むかどうか鳩首会議を開いているあいだに、われわれのICBMはロスアンジェルスにもシカゴにもワシントンDCにもニューヨークにも命中してとっくのむかしに灰にしているのさ。シカゴもワシントンDCもニューヨークも!」と言ったりするのは、中国のむかしからの外交の文脈に照らせば失言ではありえない。

あるいは中国の学者たちが突然「琉球は中国領土であって日本は簒奪者にすぎない」と述べるのも学説の主張であるよりも「歴史の事実を中国はこういうふうに書き直したいから、よく自分の国の損得を考えて日本に味方するのがいいか中国に味方するかよく考えてみよ」と言っている。
日本人は発言がなんとなく「先進国」に向かってされていると感じてしまうので「学説が正しくない」という「正しさ」の話になってしまうが、実体は近隣アジア諸国とアジア全体を取り仕切っているアメリカに対する政治的メッセージなので、正しくても正しくなくても、それ自体は発言の意味とはあんまり関係がない。

オーストラリア首相のジョン・ハワードは退任直前に「オーストラリアには百万人の中国スパイがいる」と述べて、オーストラリア人を爆笑させ、有名な中国礼賛政治家のケビン・ラッドが首相の座につく道を舗装したが、現実は常に意外なもので、この「オーストラリアの百万人中国スパイ説」はイギリスのような閉鎖的なところで政治が語られる習慣がある国では長い間常識とされていたことにすぎない。
ハワードは連合王国の誰かから在任中に警告を受けていたのでしょう。

アメリカに暮らす中国人スパイの人口は百万人どころではないが、なぜスパイ人の数がそんなものすごい数になってしまうかというと、「中国のスパイ」はかつてのロシアのKGBというような専門職ではなくて「パートタイム」だからです。

たとえば横浜のバーで働く若くて気立ての良い中国人ホステスがいたとして、日本の暮らしも悪くないと考えて働いて、横須賀の海上自衛隊の将校と恋に落ちる。
この将校がたとえばイージス艦の技術将校ならばまず間違いなく、知らない中国人があらわれて「これこれこういう情報を聞き出してくれれば報酬をやろう。断れるとは思ってないよね。きみの両親は四川省の成都にいるんだっけ?弟さんは優秀で北京大学で政治学を勉強しているのだったね」と言われることになる。

日本のような国では外交回復以前の「日中友好協会」時代から育てた専業スパイもいると言っていたが、こっちはブログで書くことではないと思う。

そういう中国の「文脈」を考えるといま日本を巡って起こっていることは中国が明瞭に「日本は自分のものだ」と述べ始めたということで、物事の生起の順序と時間を考えると2050年という年を見つめて主張をはじめたのだと思われる。

尖閣諸島が国家としての中国にとって3本指にはいる重大な問題なのは中国がそれを問題の本質を覆い隠すための仮面にしている資源問題ではなくて「日本を中国圏に編入する」問題のロードマップの要に位置しているからだと思われる。

中国の「将来は日本を中国圏に組み入れたい」という希望の表明に対するアメリカの返答が以前に書いた「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」だった。

今年にはいってニュージーランドとの軍事同盟を実質的に回復したアメリカはオーストラリアとの軍事同盟を強化するだろう。
オーストラリアの「仮想敵国」であるインドネシアがオーストラリアの北に位置しているのはもっけの幸いで、アメリカとオーストラリアは伝統的な太平洋の拠点であるブリズベンよりもダーウィンのような土地に軍事力を集中していくと思う。

アメリカ人の友達から届いたemailを読みながら、ふと思ったのは、「日本はどうなるんだろう」という、自分でも理由がわからない胸を締め付けられるような気持ちで、わしは繰り返し述べているように日本語は好きでも日本の社会には大して興味がなく、日本人全体に至っては個別に名前が言える、すべりひゆやナス、ミナ、…義理叔父、TさんUさん…あるいはオダキンというような友達をのぞけば、チョーくだらなかった(マジメに騒いだはてなの人たちごみん)「ニセガイジン」騒ぎと、それにつづく「はてな」住民の大挙襲来と執拗でバカみたいな攻撃のあとでは軽蔑しか残らなかった。
(あの騒ぎのせいで当時日本語を勉強していたわし友達が大挙して日本語と日本文化の学習を放棄したのは前にも書いたが、やむをえなかったと思う)

だから「胸が締め付けられる」理由はどこにも見当たらないが、わしが「この人達が太平洋の未来をつくっていくのだな」と感じる若いアメリカ人たちは、はっきりと日本を「不誠実な同盟者」としてみているし、うんざりしている。
面白い、といっては語弊があるが、この若いアメリカ人のひとつ上の世代が日本人を日本人として見ていたのに較べて、若い世代のほうは(良い意味ではない)「アジアの国」とみなして、どれほど理不尽な悪態をつかれても未開なのだから仕方がない、国益のためにはここで怒るのはアホのすることである、という態度に戻ってしまったことで、ときどきは「日本の命脈もつきてしまったかなああー」と思うことさえある。

だから、どうだ、と言われても困るのだけどね。
ボストン近郊の友達のemailに珍しく日本についての長い記述があったを読んで、日本のことを思い出しただけです。
暗い話で、ごみん。

(画像はウンブリアの田舎のホームセンターで買った「蚊取り線香」。コモ湖には蚊がいないんだけどねw)

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One Response to 明日があるさ

  1. AK says:

    聡明なるガメさんはご存じのとおり、古来より中華思想とは、「世界(中原)は全て俺様のもの」であり俺様が手出ししない(出来ない)領地は「今のところ」蛮族共に管理させているだけだ、という、いささか倒錯した思想でございます。

    ご指摘どおり、中国が明瞭に「日本は自分のものだ」と述べ始めたようですが、今のところ彼らにしては随分と慎み深い主張ではないでしょうか。
    なにしろ、あの回教徒の宦官(漢人にちょん切られてしまった方ですね)鄭和の船団がコロンブスより先にアメリカ大陸を「発見」したことは、「従軍慰安婦」と同じぐらい確かな「史実」なのですから、本来であればアメリカ大陸の潜在主権は主張できるはずですし、だからハワイぐらいは即刻明け渡せとも要求できるでしょうに。

    そのような中国としては当然の要求は敢えて行わず、痩せた土地しかない日本列島の所有権主張で我慢するという、中国の深謀遠慮はさすがです。勿論、将来アメリカが落ちぶれたときのために、ノンフィクション小説「1421」で布石は打ってあるわけですが。
    そう、そのときこそは、「アメリカ」は「新華」に、「ニューヨーク」は「新北京」に、生まれ変わるときです。

    これから全世界中で花開く「中華ルネッサンス」に、きっとベネツィア人たち、いや、私たちは、呆れる、いや、驚かされるに相違ありません。

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