正しいレミングの夕暮れ

DSCN1423

ロシア人たちが帰って行ったので、また静かになった。
ウクライナ人とロシア人には共通した文化性として「思い込みの激しさ」みたいなものがある。
コロンバスみたいというか、バハマ諸島をインドと思い込んでしまうとフロリダがマレーシア半島に見えて、これを遡っていけば富貴の王国である中国にたどり着くはずだと思い込んでしまうところがある。
ロシア人たちにものごとを訊くのははなはだ危険なことであって、わしはイギリス人旅行者に、このガスオイルがディーゼルですよね?と訊かれて、いやそっちの緑色のノズルがディーゼルだと自信をもってこたえたロシア人郎党を見て慌てて走って行って気の毒なイギリス人夫婦に、そのガスオイルがディーゼルです、と訂正しなければならなかったことがある。
不思議なのはこのロシア人郎党はもう6年もスペインに住んでいることで、いったいどうやってクルマを爆発させないで6年間を過ごしてきたのかいまでも不明である。

もうすぐ7月なので、夏にコモの別荘にやってくるひとびとはほぼやってきたように見える。
かーちゃんととーちゃんの「山の家」は「チェルノビオ」という、わしがチョーボロイ「息子版山の家」を買ったところからは離れたところにある。
息子さん御夫婦は今年の夏はコモ湖にいらっしゃらないのですか? 
いえ、息子たちはLのほうにおりますので、とかーちゃんが応えると、まあ、息子さんは、ずいぶん零落なさって、というような顔をされるようだが、旧世代の見栄の世界などわしの知ったことではない。

コモ湖は面白いところで、コモ湖にやっと頭を出しているような島にあるロカンダ(宿付きのレストランのことですね)の不思議な儀式は、昨日、なんであんなことをやるのだ、と思って調べてみたら、もともと島には悪魔が住んでいてとんでもないことばかり起こるので食事の前に「悪魔祓い」の儀式をしなければいまだに客達に対してすら取り憑いたり事故を起こして殺したりするので悪魔祓いをしなければ営業が出来ないのである。

けっけっけ、そんなん迷信にきまってるじゃんね、と思って調べてみると、ふたりの共同経営者のひとりは不可解な交通事故で死に、片割れも地元コモの伯爵夫人に刺されて死んでいる。

迷信を迷信と笑って受け流すことを許さないのが欧州というもので、実際にこの島は呪われているものであるよーだ(^^)

二回結婚して二回死別したせいで巨万の富を相続したアメリカ人のKさんは、わしの仲の良い友達だが、サンジョバンニの花火が終わった次の日にやってきた。
わしのかーちゃんと同じくらいの年齢の人だが、気が遠くなるように美しいひとです。
酔っ払うと「ガメは、わたしが旦那をふたりとも殺したと思っているのだろう?」というようなチョーあぶない冗談をいう。
そういうときにはライオンのような金髪をバサッとふって、さまざまな毒物の効果と遺留物質について滔々と論じたりする。

わしは、Kさんの傷つきやすい、やさしい人柄を熟知しているので、Kさんが自分の背中の後ろで陰口を利く、脳が半分しかない人間が大半の「上流社会人」たちをからかうために、自分についての卑しい噂を発明した人間たちをコーフンさせてやるために、最近になって勉強した知識だと簡単にわかる。

日本が戦争に負けたときに「階級社会」を完全に破壊したことは何と言ってもよいことだった。肝腎の貴族社会の元締めだった世界の歴史でも珍しいくらい無責任な王家である天皇家がマッカーサーの「ドンキ」の棚に並んでいそうな通俗的な貴族趣味のせいで生き残ってしまったのは日本の人のために残念なことだったが、聡明な国民性の日本のひとたちのことだから、早晩、あんな下らないものも廃止してしまうことだろうとは思う。

「無責任」と書いたが、それでは公平でないと言える。
日本の天皇家が「責任」という概念を持ったのはたった一代明治天皇があるかぎりで、他にはあとにも先にも存在しない。
天皇家における「無責任」がどういう伝統的な理由によるかは「調べる」というほどのこともなくて「承久の乱」について書かれた短い読み物を読めばそれで足りる。
普通の日本人の感覚で幕府方に追われて必死に逃げ場を求める元側近の西国武士たちに「おまえたちが勝手にやったことではないか。わたしの家に逃げてきては、まるでわたしが首謀者のようで迷惑である」と言い放った後鳥羽上皇の言葉は途方もなく人非人じみているが、落ち着いて天皇家の歴史を読めば天皇という存在にとっては「責任を認めること自体が最大の無責任」なのである。
種明かしは簡単で、歴代天皇の責任は「天皇家」に対してのみにあって日本人に対してなどはないので、日本人たちに対して自分の過失・責任を認めることは倫理的に酷い無責任にしかすぎなかった。

それはそれでよかった、といえばいいのか、「尊い者への畏れ」ということを理解しない西洋人にとっては「天皇家の不可侵な聖性」「現人神」などはただの日本に蔓延した未開野蛮な習慣にすぎなくても、それは一国の文化なのだから、尊重されるべきだということになって落ち着いた。

そのデタラメで突出した戦闘性ゆえに、わしが尊敬する年長の友人である内藤朝雄は今上陛下のファンである。
「偉大なわれらの天皇陛下バンザイ」というようなツイートがいくつも流れてきて苦笑させられてしまう。
どんな本や記事を読んでもなるほどアキヒト陛下は「善い人」であって、内藤朝雄が知らないことで誰もが感心しそうなことを述べれば、今上陛下は、若いときに昭和天皇夫婦と宮内庁の強い意向に敢然と反抗して、沖縄タイムスと琉球新報の二紙をとることに固執して結局周囲の失望を歯牙にもかけずに購読しつづけた。

顔を見ても、あのアキヒトという人の顔は極めて強い意志と善意をもつ人の顔であって、諸国の王族のなかでも、一生をすごすことによって、あんな立派な顔をつくってもちえた人はいないだろう。
個人としては極めて立派な人であることは、わしは違う理由によっても知っている。

しかし、それがなんだというのか。

福島第一事故が起きたのに誰も責任をとらないのだから、今度はもっと酷い事故がもういちど起きるに決まっているではないか、とツイッタで書いたら、日本人をやめてニュージーランド人になったわが友村上レイが、「責任をとらせる」なんていうことをガメまで言うのか、責任をとらせて何になる、とわざわざ書いてきて、いいとしこいて、なんというバカだろうか、移民局にちくって永住ビザとりあげたるぞ、と思ったことがあったが、「責任」という言葉の意味がまるでわかっていないとしか言いようがない。

「責任」という言葉を儒教的な個人徳目の違反に関わることとして見てしまうから村上レイのようなチョーバカなことが言えるので、責任とは(この場合には)社会的にシステムを究明して不良箇所を発見して繰り返させないためにある。

責任が糾明されない場合には、どうなるかというと、いまこの瞬間の世界中の人間が目撃しているように、南京虐殺はなかったことになってしまい、慰安婦はカネ欲しさに日本兵の男根の行列に向かっていっせいに股を広げて「戦争をすれば必ず止めがたく止みがたく自然昂進する」とたくさんの日本人論者が述べている加虐性性欲が暴力化する「自然事態」への「防波堤」になるヴァジャイナ・テトラブロックのようなものとなって、「結局日本人は悪くなかった」という世界中の人間におなじみになった日本人の「日本人はいつも正しい。お前がわるい」歴史観にたどり着くことになる。

ほんで、どうなるかというと、なんのことはない、そんなに遠くない将来に「日本人はもういっかいやる」に決まっているのだと思う。(ごみん)

新大久保の愛国者達のデモの英語動画を見て、わし友達は「ガメは徴候がでてくるのは2025年くらいからだろうとゆっていたが、もう始まってるじゃん」と言ってきたが、責任を認めないということは結局ああいうことなのであると思う。

皮肉ないいかたをすれば、この日本人が破滅にむかってレミングのように行進する「破滅への道」を切り開いたのはダグラス・マッカーサーであったと思う。
彼は、あのいかにもアメリカ人らしい安っぽい貴族趣味で昭和天皇が「私がすべての責任をとります」と言ったという彼らしい好みの一場の英雄劇を仕立てることによって近代日本から「責任の追及によって社会を正常に戻す」という機能を奪ってしまった。
昭和天皇が日本に貢献できるゆいいつの道であった「自らを死刑に処する」という英雄的な死を彼から奪ってしまった。

いまも事故を起こした原子力発電所から30キロしか離れていない学校の校庭で遊んでいるというフクシマの子供たちの将来の運命は、あのとき、1945年の第一生命ビルの密室で決定されてしまっていたのかもしれません。

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

2 Responses to 正しいレミングの夕暮れ

  1. 寅吉 says:

    ガメさんの書く記事やツイッタを読んでいて、こんな感想を持ちました。

    日本という名の水族館があり、その水槽の中に生きる者たちがいる。
    ガメさんはじめ、日本に興味を持った外国の人々は、その水族館を訪れては水槽の前で色々な話をしてくれる。

    「君たちはこの様な環境で生かされている。」
    「来訪者には、このように見られている。」
    「外の世界には海があり、場所場所で環境が異なり、生き物たちも多種多様である。」

    その一方で、水槽の中で生まれ育ち、何の疑問も持たずに生きてきた者たちには、ガラス一枚隔てていることもあり、話がなかなか伝わらないもどかしさがある。

    それでも面白いことに、ごく稀に水族館の不備で、イルカやペンギン、アザラシなどが脱走してしまい、そのまま外の海で逞しく生き抜いてしまう者たちが出てくるのです。

  2. AK says:

    フクシマの惨事の原因究明と責任追及が全く為されないことに苛立っている私でございます。

    ただ私は天皇万能論者ではないので、フクシマの惨事は天皇制が存在しなければもっと上手く対応できたとは思えないのですが、一方で、古来より日本が、外来思想と技術を「部品」としてのみ導入するだけで「システム」として捉え導入することに失敗し続けている(あるいは興味がない)ことは、大きな問題であると考えております。
    よって、明治維新の悲劇とは、世界中から最高の「部品」を取り入れ組み合わせればきっと最高のものになるに違いない、という無邪気な試みが無残な失敗に終わったことにあると私は考えているのですが、これはまた今後ガメさんと対話してみたいテーマでございます。

    なるほど、日本の「無責任体制」の頂点には「天皇制」があるのだからこれを除去することが責任ある問題解決の第一歩に違いない、との言説には護国卿クロムウェルは賛同されると思われますが、なかなか「レミングの群れ」日本人には受け入れられないでしょう。
    なぜなら、中国に対して阿片戦争を仕掛けて完全勝利した英国に衝撃を受けた幕末の志士が考えたとおり、やはり「天皇制」の本質はその時代の権力の正統性を示す為の「玉(ぎょく)」としての役割なのであり、だからこそ古代は大陸の中華帝国に対する独立の象徴であり、戦国武将は「征夷大将軍」を目指し、ガメさんの故国(?)英国は大室寅之祐じゃなくて明治天皇に「ガーター勲章」を授与し、戦勝国アメリカは昭和天皇に「日本国の象徴」という地位を与えたのではないでしょうか。

    ガメさんが心配されるように欧州が中国の伸張に耐え切れずに民主主義を捨て寡頭制に先祖返りしつつある現在、日本もまた大陸の「偉大なる」中華帝国の復活に備え先祖返りしつつあるのかもしれません。

    でも今度は、卑弥呼みたいに「金印」は受け取らないと思うけど。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s