「分解された光」のような幸福について

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子供のとき、メイドが必要なオトナになりたくなかった。
祖父は良い人だったが、なにも自分では出来ないひとだった。
卓上の、小さいわりにびっくりするようなおおきな音がするベルを振って使用人の誰かを呼ぶ。

ガキわしはいつもそれをとても「かっこわるい」ことだと思って眺めていた。

ワイングラスをいくら洗っても曇りが残るのにモニが洗うと魔法を使ったように綺麗になる。
どうやったらそんなに綺麗になるの?と聞くと、「ただふつうに洗うだけです」という。
でもわしが洗ってもモニが洗ったように綺麗にはならない。

そーゆーことはあるが、汚れ物の洗濯にしろ、(手でする)皿洗いにしろ、部屋の掃除にしろ、自分でやってめんどくさいと思うことはない。
かーちゃんと妹とわしと3人で並んでTシャツの「あっというまにたためるたたみかた」を習ったり、洗剤をどんなに使ってもおちない汚れがお湯を使えば落ちるのを教わって、「Mr.Hotwaterを讃える詩」を書いたり、
洗濯物があっというまに乾く(しかも、すっごく良い匂い!)ので「太陽の母上様」にふざけて手紙を書いたりした。

自分の身の回りのことがなんでも自分で出来る生活は、とても快適で、人間が自由になるということはほんとうは「自分の世話が自分で簡単にできるようになる」というだけのことなのではなかろうか、と考えたりした。

「小さいひと」が生まれてからは、小さいひとの面倒を見る人に始まって、さまざまなひとがモニとわしの生活を手伝ってくれるが、なんだかつまらない感じがすることがある。
自分達の生活でないみたい、というか、会社みたい、というか、(読んでて気が付いたひとがいるかもしれないが)広尾でモニとわしを手伝ってくれていた(スーパー家政婦)Yさんも含まれていて、とてもすぐれたやさしいひとたちばかりだが、それでもイタリアの田舎で、農家の二階で、おなかがすいて、モニとふたりでありあわせのトマトとモッツアレラにバジルを載せてacetoをかけて食べると、なんだか、そっちのほうが「ほんとうの生活」であるような気がした。

子供ができれば夫婦らしくなるのかと思ったが、全然そんなことはなくて、モニは本を読んでるときに気をひこうとおもってほっぺをつんつんすると「やだ!」と言ってものすごい勢いでいやがり、もっと、頭をなでなでする(モニは、これをものすごく嫌がる)と、チョー怖い顔でにらみつけて、「ガメなんか大嫌い!」と宣言する。

わしは周知のとおり温和で成熟した立派なオトナだが、夫婦としては、まるでふたりの5歳児が、床にお尻をぺったりくっつけて一緒に生活しているものであるという意見もあるよーです。

だがダメ夫婦はダメ夫婦なりに、「自分達がもっと幸せになるためにはどうすればいいだろうか?」と考える。
料理のひとたちとかはモニの実家に帰ってもらって、料理は、また交代で自分達でやったらどうだろうか。
あんなに年がら年中手伝ってくれる人達がうろうろしていては、家中を素足でどたどたと走りまわって、ふたりで素っ裸でおっかけっこもできないし、このブログ記事の初期頃には何度も出てきた「悪いお医者さんと哀れな若い女の患者ごっこ」もできない。

考えなおさないとなー、と思う。
さいわい「クビ」というような恐ろしいことをしなくても、助けてくれるひとびとを、それぞれモニの実家とかーちゃんととーちゃんの家に帰ってもらうだけである。

旅にでることの最も良い点は、どうやっても生活が簡素になることで、この一ヶ月余、おいしいものがあっちの市でもこっちの店でも売っているイタリアを北上しながら、いろいろなものをモニとふたりで料理しあって、一緒に肩をならべて野菜をとんとん切ったり、ふざけて、アメリカの「鉄板焼き」シェフをまねて包丁で、モニが捧げ持つ皿にトマトを切り飛ばして並べたりして遊んだ(^^;)

人間は簡単に言うとバカなので、そうやって夫婦で遊んでいるときのほうがおもわず50億円儲かってしまったときよりも幸せである。
しかも、ふたりでひそひそと幸福をかみしめているときのほうがみなに祝福される瞬間よりも幸せであるような気がする。

人間の文明などは地球という星の表面に射した一瞬の影にしかすぎない。
宇宙の膨張と不可逆な老化の過程で起きた、お互いに遠く隔たった宇宙の数カ所で斉一的に起きた現象であるにしろ、ただ、地球という惑星だけで起きた気まぐれで孤独な現象であるにしろ、有機体が神経系をもつにいたって、やがてそれが集中して、中枢を形成し、意識を持つに至ったといっても、うまく言えないが、実はただそれだけのことなのだと思う。

意識は言語を生成すれば必然として思惟をもち、意識をもたない自然から独立したものとして己を意識し、昂然として死んでゆくことを学ぶが、しかし、それは無意識の物質が自然の破壊の力のなかで滅んでいくことと、どれほど異なることだろう。

ブッダというひとは風変わりなひとで、「自分がいま吹いていて頬をなでている風と本質的に変わらない存在である」ということに耐えられなかった。
享楽を捨て、愛情を捨て、富貴を捨て、幸福そのものを捨てて、彼はそれによって旅に出た。

彼の哲学者としての偉大さは、神などいないと一点のくもりもなく確信できたことにあったが、その一方で(矛盾したことには)宗教者として、神は天上から見下ろす父などではなく、一杯のミルク粥を差し出す娼婦のなかにこそ存在することを知ってもいた。

わしが知っているかぎり、ブッダは「神などいない」ということと「言語で考える人間にとっては神が存在せざるをえない」というふたつのことのあいだに矛盾がないことを知っていた初めての人類です。

神を信じなかった彼の宗教は「超越的存在」を必要としなかったことによってパウロが発明した宗教やマホメットが宣伝した宗教よりも本質的にすぐれている。

テラスでイタリア風のリネンのサマードレスを着た天使の絵を描いていたら、いつのまにかやってきて後ろに立っていたモニが「ガメ、明日はまた悪魔がいる島に行こうか」といって笑っている。
嫌ですよ、そんなことを面白がって悪魔がのりうつったらどうしますか、と返事をしながら、わしは、モニとわしが遭遇したカタルーニャの悪魔たちについて思い出している。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/03/23/悪魔の住む町/

そんなことより、明日はかーちゃんととーちゃんがいる家にでかけて、妹夫婦やかーちゃんシスターや義理叔父も交えてみなでのんびり昼ご飯を食べて、それから、ふたりで湖にボートを出して、昔のようにのんびりしましょう。
夏の太陽は強いが、東岸ぞいにボートをすすめて、木陰で休もう。
いつも静かなコモ湖の水面で、太陽は「分解した鏡」のように反射して、モニとわしをうっとりさせるにちがいない。
そしたら、この神のいない世界の静けさを満喫しよう。

そうしてモニとわしと小さなひとの生活が、どうしたらもっと単純になってゆけるか、プロシアの野戦軍の参謀将校たちのように綿密に計画しよう。

この世界全体があなたとぼくの前に差し出された一杯のミルク粥にほかならないのだから。

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One Response to 「分解された光」のような幸福について

  1. 田鶴 says:

    ものすごいスピードで駆け、けれど決して動かない。
    わずかしか眠らず、孤独の中に巨体を投げ込む。

    読むことに私はすっかり慣れてしまったようだけれど、
    息つぎのたびに不安に陥る。
    私はたぶん全く違った仕方でしか理解しょうとしないのではないかと。

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